ヤマタノオロチ 退治。 鬼ノ城

出雲神楽「八岐大蛇」鑑賞)

ヤマタノオロチ 退治

ヤマタノオロチ伝説の残る「八重垣神社」を参拝しました。 本日は、島根県松江市佐草町227にありますをご紹介させていただきます。 八重垣神社は、スサノオノミコトがクシナダヒメ(櫛名田比売命、稲田姫)をヤマタノオロチからかくまった場所であり、また結ばれた地とされ夫婦良縁のパワースポットとしても有名な神社です。 ご祭神は、素戔嗚尊、稲田姫命、大己貴命(大国主命)、青幡佐久佐日古命 境内社に伊勢宮、脚摩乳神社、手摩乳神社、貴布禰神社、山神神社、天鏡神社があります。 境内の奥には佐久佐女の森があり、そこにある 鏡の池でできる 鏡の池占いが人気になっています。 占いをされる方は、池へ行かれる前に、授与所で占いの用紙をいただきましょう。 100円で拝受できます。 この鏡は!? 案内図です。 隋神門です。 八重垣神社由来記です。 貴布禰神社と手摩乳神社です。 手摩乳神社は稲田姫命の母親神様です。 脚摩乳神社です。 稲田姫命の父親神様です。 伊勢宮です。 ご祭神は天照大御神 大蛇を退治して、日本最古の和歌といわれる「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」という喜びの歌を詠ったそうです。 山神神社です。 安産と子宝及び下半身の病にご利益があるそうです。 大きな男根が供えられています。。。 佐久佐女の森入口です。 この奥に鏡の池があります。 佐久佐女の森は、素盞嗚尊が八岐大蛇を退治された際、稲田姫を難からお救いになった場所とされています。 森の大杉の周囲に「八重垣」を造り、稲田姫をお隠しになったということです。 「八重垣」とは、稲田姫命をお守りした八つの垣根で、大垣、中垣、万垣、西垣、万定垣、北垣、袖垣、秘弥垣と呼ばれ、今も一部地名などに残っています。 森の中がとても気持ちがいいです。。。 鏡の池占いの動画です。

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ヤマタノオロチが大暴れした場所には意外な事実と元八重垣神社?

ヤマタノオロチ 退治

ちなみにその尻尾から得られたのが「 三種の神器」の一つ「 草薙の剣」だ。 スサノオはこの剣を姉のに献上し、その後、アマテラスから孫に授けられ地上に下り、天皇家の神器として受け継がれていることになる。 そして景行天皇の皇女で伊勢神宮の斎宮だったから弟のヤマトタケルに手渡された。 平安時代の熱田神宮に伝わる記文(由緒)によれば、その時、アマテラスはヤマトヒメに神懸りして「 この剣は、そなたが前世でスサノオであったとき、出雲国でヤマタノオロチの尾より取り出して、私に献上した剣です」と伝えている。 ヤマトタケルはスサノオの生まれ変わりであり、時を経て「 草薙の剣」が元の持ち主のもとへ還ったという、なんともドラマチックな展開だ。 ヤマトタケルの熊襲健討伐 こうして草薙の剣を手にした日本神話の英雄ヤマトタケルだが、彼にも酒の力をかりて敵を討ち取ったというエピソードがある。 ヤマトタケルがまだ 小碓命(おうすのみこと)と名乗っていた16歳の頃。 父である景行天皇より、九州で反乱を起こした 熊襲健(クマソタケル)兄弟を討つように命じられた。 ヤマトタケルはヤマトヒメから策を授けられ、女物の着物を羽織った美少女になりすまし、熊襲健の宴の席に潜り込むと隠し持った剣で兄健を刺殺。 さらに弟健にも襲いかかり、弟健はそこで美少女が若い男であることに気づいた。 己を殺そうとしている相手に彼が名を問うと、「 景行天皇の子、小碓命」と名乗り、弟健は「 汝こそ倭(やまと)の健(たける)なり」と言ったという。 以降、小碓命は ヤマトタケルと呼ばれるようになる。 もしかしたらこの時も、アマテラスはスサノオのヤマタノオロチ退治を参考にしてヤマトヒメに神懸かり、酒の力を利用するようアドバイスしたのかもしれない。 平安の鬼 酒呑童子退治 さらに時は流れて「御伽草子」に登場する 酒呑童子(しゅてんどうじ)の話も紹介しておこう。 酒呑童子とは、平安時代に京を騒がせた鬼である。 悪行を繰り返す鬼に困った時の帝は、武将のにこれを討つよう命じた。 その時、京都を守護する 住吉神社、八幡神社、熊野神社の神々が頼光に酒呑童子を倒すための秘策として「 神便鬼毒酒」(じんべんきどくしゅ)という酒を与えた。 この酒は人間が飲めば神の加護を与え、鬼が飲めば鬼の神通力を失わせる霊力の備わった神酒であった。 頼光は酒呑童子に宴と称してこの酒を飲ませ、泥酔し、神通力を失ったところで襲いかかり討ち取った。 この酒呑童子の出自には越後の美少年説など、幾つかの説がある。 その一つである比叡山に伝わる伝説では、酒呑童子はスサノオに退治されたヤマタノオロチの子供とされている。 スサノオに退治されたオロチは死なずに近江に逃げ、そこで富豪の娘と結ばれた。 二人の子供(酒呑童子)は比叡山に預けられたが、父譲りの大酒飲みがやめられず、山を逃げ出して鬼になったという。 父親のヤマタノオロチと同じく、酒を飲まされ討たれてしまったというオチである。 実在している「ヤシオオリノサケ」とは では、最後に。 現代に再現された、ヤマタノオロチを酔わせたという伝説の酒「 ヤシオオリノサケ」とはどんなものなのだろうか? ヤシオオリノサケは、漢字では「 八塩折之酒」と表記される。 「八」は「たくさん」、「塩」は「熟成した醪を搾った汁」、「折」は「繰り返し」という意味。 つまり、醪を搾った汁に麹と蒸米を入れて発酵させ、それを何度も繰り返して発酵させて造られた酒であったと考えられる。 一般的に日本酒の仕込みには水と米を使用するが、上記のように水を使わず仕込みの全てに酒を使う製法もあり、「 貴醸酒」の造りとして1973年に国税庁醸造試験所(現在の醸造研究所)が開発している。 ちなみにこの製法は、平安時代に編集された「 延喜式」に記されている製法「しおり式」を基にしている。 しおりの「おり」と前述した「折」は同じ意味。 島根県松江市にある國暉酒造㈱は、この製法を応用して「八塩折の酒」を再現し販売。 八塩折の酒は、貴醸酒のように琥珀色でとろみがあり濃厚な味わいの酒だ。 日本酒度(甘口辛口を表すもの)が-60度なので、かなり甘口だということを想像してもらいたい(一般的な日本酒は+10度から-10度。 -にいくほど甘口) 一本300mlで5,400円と、日本酒としては高めではあるが、伝説のヤマタノオロチを酔わせたという極上の日本酒に、あなたも討ち取られてはいかがだろうか? 関連記事: カテゴリー• 106• 351• 349• 1,410• 149• 807• 589• 169• 100• 177• 142• 134• 106• 559•

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ヤマタノオロチ事件(古代史の復元)

ヤマタノオロチ 退治

ヤマタノオロチ(八岐大蛇、八俣遠呂智)は、日本神話に登場する伝説の生物。 八岐大蛇は、日本書紀での表記。 古事記では八俣遠呂智と表記している。 略称は「オロチ」または「遠呂智」であり、「大蛇」はダイジャと混同するため避けるべきであるとされている。 「お」は峰、「ろ」は接尾語、「ち」は霊力、また霊力あるものの意。 8つの頭と8本の尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤で、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、8つの谷、8つの峰にまたがるほど巨大とされている。 高天原を追放されたスサノオは、出雲国の肥河の上流の鳥髪に降り立った。 川上から箸が流れてきたので、川上に人がいると思って川を上ってみると老夫婦が泣いていた。 その夫婦はオオヤマツミの子のアシナヅチとテナヅチであった。 夫婦には8人の娘がいたが、毎年古志(からヤマタノオロチがやって来て娘を食べてしまった。 今年もオロチのやって来る時期が近付き、このままでは最後に残った末娘のクシナダヒメ(櫛名田比売、奇稲田姫)も食べられてしまうので、泣いているのであった。 スサノオは、クシナダヒメを妻として貰い受けることを条件に、ヤマタノオロチ退治を請け負った。 スサノオはクシナダヒメを守るためにその姿を櫛に変えて髪に刺した。 そしてアシナヅチ・テナヅチに、強い酒を醸し、垣を作って8つの門を作り、それぞれに醸した酒を満たした酒桶を置くように言った。 準備をして待っていると、ヤマタノオロチがやって来た。 オロチは8つの頭をそれぞれの酒桶に突っ込んで酒を飲み出した。 オロチが酔ってその場で寝てしまうと、スサノオは十拳剣を抜いてオロチを切り刻んだ。 尾を切り刻んだとき、剣の刃が欠けた。 剣で尾を裂いてみると大刀が出てきた。 これは不思議なものだと思い、アマテラスにこの大刀を献上した。 これが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)である。

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