アルティメット ウォリアー。 アルティメット・ウォリアー:最期の鼓動を打ち鳴らした不動の戦士【レスラー列伝#18】

吉田豪 モーニングCROSSでアルティメット・ウォリアー急死を語る

アルティメット ウォリアー

ロード・ウォリアー・ホーク プロフィール リングネーム ロード・ウォリアー・ホーク ホーク・ウォリアー クラッシャー・フォン・ヘイグ 本名 マイケル・ジェイムズ・ヘグストランド(マイク・ヘグストランド) ニックネーム 殺刃戦士 身長 191cm 体重 125kg(全盛時) 誕生日 死亡日 2003-10-19 (46歳没) 出身地 トレーナー デビュー ロード・ウォリアー・ホーク( Road Warrior Hawk、本名: Michael James Hegstrand、 - )は、の。 の上では出身を自称し、との、のメンバーとして一世を風靡した。 日本では ホーク・ウォリアー( Hawk Warrior)と呼ばれ、パワー・ウォリアーこととのでも活躍した。 詳細は「」を参照 アニマルが負傷欠場中だった下期からは、で扮するパワー・ウォリアーをパートナーに、新チーム「 」を結成。 の王者チームとなって長期政権を築いた。 同時期、が主宰していたのにも単独で遠征、1992年12月19日にからCWA世界ヘビー級王座を奪取している。 初期のにも出場し、4月16日にのにおいて、の保持していたに挑戦した。 、の自宅で心臓発作に見舞われ死去。 46歳没。 、アニマルとのロード・ウォリアーズとして、初代マネージャーのと共にに迎えられた。 得意技 [ ]• タッグ用の合体技で、パートナーが肩車で抱え上げた相手を、ホークがコーナー最上段からで撃墜する。 獲得タイトル [ ]• ジム・クロケットSr. CWA世界ヘビー級王座 : 1回 インディー•

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アルティメット・ウォリアー伝説

アルティメット ウォリアー

若手時代はスティングとタッグを組んでた 今回紹介するのは、アルティメット・ウォリアーという選手。 主にアメリカのWWF(現在のWWE)で活躍していました。 WWFでスターとなった選手の多くは有名になる前、違う名前で全日本や新日本など日本の団体に来たことのある選手が多いんです。 しかしアルティメット・ウォリアーは日本を全く経由してないレスラー。 ただし日本のプロレスメディアからは若い頃から注目されていて、週刊プロレスで幾度となく「未知の強豪」として取り上げられていたため、その名前や顔は私もWWF登場前から知ってました。 最初に彼の存在を知ったのは、まだ彼がアルティメット・ウォリアーではなく「 ディンゴ・ウォリアー」というリングネームだった時で、当時の主戦場はWWFではなく、「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックが主宰していたテキサス州ダラスを本拠地とする団体、WCCW。 WCCWの前、まだ若手だった頃は、後にNWAやWCWで活躍したスティングと「ブレード・ランナーズ」というタッグチームを結成していたそうです。 確かこの頃はウォリアーもスティングも、まだ顔にペイントしてなかったんじゃないかな。 二人とも有名になった頃は既にペイントレスラーでした。 WCCWでディンゴ・ウォリアーと名乗ってた頃から彼には興味があったんです。 顔もハンサムで、筋肉モリモリで、フェイスペイントもなかなかイケてる。 全日本でも新日本でもいいから呼んでくれないかなーと願ってました。 しかしウォリアーは日本に一度も来ることなく、1987年にテキサスWCCWから全米ナンバー1のWWFへ移籍。 名前もアルティメット・ウォリアーとなり、タイトル戦線に絡み始めるようになります。 初来日は「日米レスリングサミット」 ウォリアーはどんどんステータスを上げ、遂には当時の絶対的エースだったハルク・ホーガンを破り、WWFタイトルを獲得。 どこからどう見ても「次のエースはウォリアーだ」とメディアやファンは認識するようになりました。 WWFの頂点に立った直後、1990年に東京ドームで開催された、全日本・新日本・WWFの3団体合同興行「 日米レスリングサミット」でウォリアーは初来日。 初の防衛戦を日本のリングで行いました。 相手はテッド・デビアス。 試合前、控え室で気合いを入れるために咆吼するウォリアーをゲストコメンテーターの徳光和夫氏がレポートする、という場面がありました。 同じ日、天龍源一郎とランディ・サベージが対戦した際、サベージの悪役女性マネージャー(センセーショナル・シェリー)に対しブチギレて実況席から怒鳴りまくり、ものすごく威勢が良かったはずの徳光氏が、ウォリアー独特の咆吼にビビリまくって半泣きというなんともトホホなシーンがお茶の間に流されました。 完全にウォリアーがイロモノ扱いされた瞬間だったわけで、日本初登場なのにヘンな色が付けられてしまったわけです。 まあこれは日本テレビや徳光氏が悪いとかよりもウォリアーのファイトスタイルやキャラクター設定を考えたら仕方なかったんですけども。 登場シーンと試合序盤までは誰もが盛り上がる 初来日で、しかもホーガンを破って新チャンピオンとなったばかり。 ウォリアーがどんな荒っぽい攻撃で魅了してくれるのか、と期待したファンは多かったかもしれません。 しかし残念なことに、当時の(いや、今もか)日本のプロレスファンで、WWFの試合スタイルを理解してる人は少なかったように感じます。 なので試合の空気というか、観戦する雰囲気がとても散漫なものになっていました。 ウォリアーの特徴は、テーマ曲がドドドドドと低音で鳴り始めたらすぐ登場するなり花道を勢いよく疾走してリングに駆け上がる。 アドレナリンが必要以上に分泌されてるかのごとく、リングのロープを握って上下にブルンブルンと激しく揺らしまくる。 ファイトスタイルはパワーファイターそのまんまの直線的なもの。 チカラに任せて相手を圧倒する攻撃の数々。 なので 登場シーンから試合序盤まではいいんです。 多分誰もがカッコイイと感じるし、日本のファンもここまでは盛り上がった。 ただ、次第にウォリアーがデビアスに一方的にやられ始めます。 ここでファンのテンションが一気に下がる。 おいおい、こんなもんか、意外に弱いやんけ、と。 WWF、いや現在のWWEでもそうですが、いわゆるベビーフェイスなレスラーは、 基本的にヒール(悪役)な対戦相手にやられまくります。 あのホーガンですら試合の半分以上は攻撃されて悶絶してばかりでした。 現在でもWWEのベビーフェイスなレスラーは基本的にボコボコにやられまくるんです。 それがお約束なんです。 そこをしのいで反撃することでベビーフェイスに声援が集中する、ってのが基本的な試合展開なんです。 それを1990年当時の日本のプロレスファンがどこまで理解してたか。 たぶん大半は理解してなかったはず。 プロレスファンは試合に飽きてくると声援で遊び始めます。 これ、日本だけかと思ってたらアメリカ(WWE)でも同じ現象が起こります。 ファンは飽きると声援でふざけ始める。 当時、川田利明選手がキックを放つ時に「シャー!」とか、谷津嘉章選手が攻撃する時に「オリャー!」など、彼等の口癖を茶化して野次るのが一部で流行ってました。 私はあれが死ぬほどキライでした。 で、ウォリアーとデビアスの試合中盤でもこれが発生しました。 誰かが谷津のパロディーでウォリアーの攻撃の際に「ウォリアー!」と野次ったら、それがウケて調子に乗ったんでしょうね。 一方デビアスの時は「デビアス!」って。 パンチやチョップの応酬の際に「ウォリアー!」「デビアス!」が交互に飛び交い、野次ってる自分たちがウケて笑ってる。 ベビーフェイスが反撃をして、終盤に一進一退の攻防にでもなったらファンは再び盛り上がるんですけど、ウォリアーは反撃したら一気に試合を終わらせちゃった。 しかもフィニッシュが「アルティメット・スプラッシュ」という、相手がうつぶせで倒れてる背中にボディープレスでそのまま3カウント奪う技。 WWFではフィニッシュとして認知されてるからいいんですけど、それがフィニッシュだと知らない日本のファンは、そりゃ怒ります。 そんな技で試合終了とかフザケンナ!って。 北尾がデビュー戦でビガロにギロチンドロップで勝った時と似たようなもんです。 あれはホーガン大好きな北尾がフィニッシュを真似したんですけど、ギロチンドロップ程度で相手が負けるわけねえだろ! と日本のプロレスファンは許さなかった。 あるいはアメリカのプロレスを理解してるファンなら「オマエごときがホーガンのフィニッシュ使ってんじゃねえよ」という感じですかね。 だから北尾は「純日本のプロレスファン」と「アメリカプロレスのファン」、両方から猛烈に叩かれました。 ウォリアーの話に戻りますが、序盤こそ圧倒したものの、途中やられっぱなし、やっと反撃が始まったと思ったら背中にピョーンとボディープレスして試合が終わっちゃったもんだから、「ふざけんな!」と憤った人は多かった。 私自身は「ふざけてたファン」に激怒してましたけど。 メインイベントのホーガンvsスタン・ハンセンは、両者が場外乱闘で大流血するなど、WWFでは絶対にあり得ない日本向けの試合展開になったことで高い評価を受けました。 あれは日本のファン気質を理解してたホーガンがスタイルを少し変えたのと、WWFスタイルを理解してたハンセンがホーガンに合わせたという、両者の歩み寄りがあったからこそなんだと私は思ってます。 だから余計に、ウォリアーvsデビアスの試合は散々な評価で、ボロクソ叩かれたと記憶しています。 「凡戦」「ウォリアー期待外れ」「試合に勝って勝負に負ける」、いろいろ書かれてたんじゃないかな。 あのウォリアーが再び吼えた! 結局、私がウォリアーの試合を観たのは「日米レスリングサミット」の1回だけ。 その後、ホーガンに変わって天下を取るのかと思ったらそうでもなく、いつの間にか週刊プロレスにもウォリアー情報が載らなくなり、気付いたらWWFを退団したと知り、その後も数回ほどWWFに復帰したらしいですけど解雇されたりケンカ別れで辞めたりと、フェードアウト。 すっかりプロレス界から離れてしまったウォリアー。 上半身を見てたら明らかに「打ってるでしょ」って肉の付き方でしたから、どうなってしまったんだろう、後遺症に苦しんで大変なんだろうか、と気にはなってました。 動きがあったのは昨年(2013年)の秋。 WWEがアメリカで発売したゲームソフト「WWE 2K14」のCMにウォリアーが登場したというニュースを聞いてビックリ。 WWEと絶縁したとばかり思ってたので、これは嬉しいニュースでした。 トレーラー映像がYouTubeにアップされてました。 著作権を侵害してない公式の動画なので以下に掲載しておきます。 なんだか 昔のまんまのアドレナリン出っぱなし状態で笑っちゃっいました。 髪型が昔のスティングみたいに短くなってるのは新鮮ですね。 さすがに年を取ってるけど、このテーマ曲はやっぱりイイ。 さらに、ウォリアーは2014年のWWE殿堂入りが発表され、「レッスルマニア30」前日の殿堂式典に参加。 久々に公の場でスピーチし、かつてウォリアーのライバルだった選手たちと再会。 さらには「レッスルマニア30」に殿堂者として登場し、翌日のレギュラー番組「RAW」にもオープニングに登場。 感動的なスピーチを披露してファンから盛大な拍手を送られていました。 まさかあんな最期を迎えることになるなんて想像すらしていなかった。 RAW翌日の悲劇 2014年4月8日(日本時間4月9日)、 アルティメット・ウォリアーが急死したとの報道がありました。 死因は心臓発作。 享年54歳の若さ。 あまりに突然の訃報。 ものすごく驚き、絶句しました。 だって前日にウォリアーの勇姿を見たばかりなんですよ。 前述した通り、ウォリアーは4月5日の殿堂式典に参加し、翌4月6日の「レッスルマニア30」に殿堂者として登場。 さらに翌4月7日のレギュラー番組「RAW」にも生出演し、ファンに向けてスピーチをしました。 そのスピーチ内容の冒頭が現在もファンや関係者の間で論議の的になってるんです。 人間は誰も、心臓が最後の鼓動を打ち鳴らし、肺が呼吸という役目を終える日を迎える。 もし彼の成し遂げたことが他の人間を躍動させ、興奮させ、血潮を熱くさせたのならば、その偉大な魂は不滅のものとなる。 それは彼を讃え、彼が永遠に生き続けたということを証明する語り手、ファン、そして記憶により可能になるのだ。 自らの死を予告してたかのような内容なんですよね。 なぜウォリアーはこんなスピーチをしたのか。 もちろん、ずーーっとファンの前から消えていたウォリアーが、久々に公の場に出てきて、熱烈な拍手と声援で迎え入れてもらったんですよ。 すごく嬉しかったはずなんですよね。 それは分かるんです。 消えていた間もアルティメット・ウォリアーという名前や存在がファンの間で生き続けてくれていた。 それにしても、「心臓が最期の鼓動を打ち鳴らし」と叫んだ翌日に心臓発作で亡くなってしまったんです。 残された奥さんや娘さんが可哀想でならない。 4月8日に亡くなったワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)の人気プロレスラー、アルティメット・ウォリアーさんの死因は心臓発作だったことが明らかになった。 亡くなる3日前にルイジアナ州ニューオーリンズでWWEの殿堂入りを果たしたばかりのアルティメットさんは検死の結果、アテローム性動脈硬化症を患っていたことが明らかになり、これが原因でひどい心臓発作を起こしたようだ。 検死官は、アルコールや薬物は死因には一切関連していないとTMZ. comに語っている。 アルティメットさんはアリゾナ州のホテルの外を妻と歩いている途中で発作を起こし、病院に搬送されたが、その後、意識が戻ることはなかった。 訃報を聞いたレスリング界からは多くの追悼メッセージが寄せられている。 「アルティメット・ウォリアーが亡くなり、皆悲しんでいます。 彼の妻ダナと2人の娘さんにお悔やみ申し上げます」とWWEのオーナー、ヴィンス・マクマホンはツイート。 ドウェイン・ジョンソンは「死というものは、最大限に生きて、愛すべきだということを思い出させてくれる。 彼の家族のために祈っている。 アルティメット・ウォリアーよ、安らかに眠ってくれ」とつぶやいた。 先日、レッスルマニア30に登場したハルク・ホーガンも「ウォリアー、安らかに眠ってほしい。 愛を贈るよ。 HH」とツイートしている。 via:.

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おくやみ情報 : アルティメット・ウォリアー (元プロレスラー) の死亡日,享年,経歴など

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