体がだるい時の原因と解消法【頭痛・眠い・やる気が出ない】
ふと、ふわりと夜の風に当てられながら彼女は裸足でひたひたと外を駆けていた。 表の玄関からではまだ起きている両親にばれてしまうので、仕方なく裏から、靴も履けずにのどかは息を吐きながら名前を呼んでいた。 身体の中の血が、沸騰していくように。 瞳孔も開いていって、でも、身体と心が充足していくのがわかった。 カーディガンを握りしめながら、前は走ることも出来なくてリハビリで歩くだけだった、もんね、とうち震えるような、その感動に静かに目を伏せた。 心拍音が、いとおしくワルツを刻む。 小石を蹴り飛ばす足先が、絶好調。 感覚が澄み渡って、行き届く。 細胞まで、その奥までゆっくり揺さぶって循環する。 これが、生きているということ。 不規則に息を漏らしながら、周りを見るもラテたちはいなくて。 もしかしたら木の上からならわかるかも、と思い切ったことを躊躇いなくしようとしたのも、気持ちがあふれていたからかもしれない。 早く、擦り切れる前に、使い果たしたい。 このしあわせを。 この、充実感を。 近くにあった、並木道前の木の根元に手をかけてから呻きながら掴んでいき、その時点で既に息を漏らしていると不意に、見えた影に目を丸くした。 青白い、肌。 透かして見える、くすんだコントラスト。 そうして、銀色に光るピアスがちか、と煌めくとダルイゼンが背中を預けながら佇んでいた。 不思議な、ひと。 まるで、色が死んでいるような、ひととしての拍動を感じられないように見えるのに、目を離せなくなった。 だるい、ぜん、と。 初めて、あの時ラビリンが口にしていた名前を唱えると。 静かにようやく振り向いた彼がぱち、と目を開けるとはた、と顔を上げてから。 「…えっと、お、お邪魔しました。 って、ふ、ふわ、っ！」 気の抜けた瞬間、手のひらが緩まって落ちかけたところで咄嗟に目を閉じてしまうが、予感していた傷みはなかった。 しゅる、と巻きついていたのは彼の蠍のような艶光りした尾だった。 優しくそれがのどかを抱き上げると、僅かに一瞥してから下ろしかけるも、そのままダルイゼンの隣に置かれた。 頭を下げてお礼を言うも、ほんときれいだなあ、とまじまじ眺めてしまっていた。 全体的に、彼の瞳や唇、髪の毛に至るまで線が細くて、量は多くない。 それゆえの、少年の中に繊細な美貌が開花している。 けれども、何故だろうか。 彼と対峙していると、常に死の匂いがまとわりつく。 それは、憶えがあった。 あの時、のどかの周りに漂った、清廉な、赤黒い泥のようなそれ。 見つめていると、引きずり込まれそうになって。 それ、から。 「…ラテと、ラビリンを探してたんだけど」 「さっき、追いかけ回してたのは見た」 「え、ほんと？」 「ぐるぐる回って喧しかったけど、ぐったり気味に捕まえてたから。 見習いに毛の生えた珍獣をいじめても、時間の無駄だからほっといただけ。 これなら、信じる根拠だろ？」 「そんなふうに言わなくても、信じるのに」 緩い笑顔で応えるも、そもそも時間外まで仕事はしたくない、と言うと。 ところで、と。 彼にとっては、変身をしていない、プリキュアではない花寺のどかは雑草と同じなのかもしれない。 そもそもの価値を見出していないのなら、憶える意味すらない、と。 単にお世話係と思われているのだろうか。 小説でも、文字の載らない白紙は直ぐに忘れてしまうように。 色の乗らない花は、ただの、草っ原。 仕方ないはなしだ。 全然来なかったから、名前最後まで覚えて貰ってなかったな。 いつも、最後。 いつの間にか、忘れられてて。 それが寂しいと思うのも、いつぶりなんだろう。 前は、傷つくことすらなかった。 そういう不幸せも滅菌された部屋の中でじ、と生きるだけ。 いや、きっと、それすら充たしてなかった。 首を傾けてから、感触として、音として今度は憶えて貰えるように。 手のひらをくるりと取ると、ゆっくりと指でつづる。 は、な、でら、の、ど、か、と。 復唱すると、彼は変なものを見る目で黙殺していた。 その手を握ったり閉じたりしているのを一瞥して。 「よろしくね、ダルイゼン。 …あ、」 「…なに」 「ここ、ピアス？お花なんだ。 私も好きなんだ、こう、ふわーっと開くまで凄く頑張って頑張って咲かせてる、って思うと好きだなあって。 あなたも、好きなの？」 「別に。 物心ついた時からついてたから。 それに花なんて直ぐ枯れるし、病気にも弱い。 眺めても面白くないじゃん」 「でも、それでも強いんだよ、って思うよ。 コンクリートの隙間でも、冬でも。 耐えて、耐えて。 踏まれたって、咲ける。 短くても生きてる、って満たされてる。 だからひとは花に憧れる、って。 先生が言ってた」 髪の毛に触れながら私とおそろいだね、と言うと目線を背けられ、彼が泥のついた、砂利で少し擦れた裸足のそれを眺めて。 もう帰らなきゃ、そうすっくと立ち上がりかけたところで、思ったよりも下が高いこと。 そして、まだこの街の道を覚えきれていなくて、どう帰れば良いのかわからなくなっていたことに今更動揺し始めた。 「どこ」 「…え、」 「あんたの家」 「ええっと、ちょっと森を抜けて。 …ううんと、あ、多分あそこ。 正確にはダルイゼンがのどかを抱いて、空中を蹴って跳躍しているのだが。 これでもだいぶ落としてるんだけど、と言われるもぶんぶん首を横に振ればだいぶ減速された。 肌も冷たくて、呼吸音はする、皮膚はゆるく震えるけれど、機能だけと思ってしまって。 こわいとは感じなくて。 ただ、さびしいなあ、と思って自分の心臓の音を擦り付けた。 それを見下ろしていたダルイゼンが、何も言わずに跳んでいて。 気付けば、華麗にふわ、と着地していた。 「…ところで、エレメントボトルは常備してるの？」 「…あ、うん。 ポケットに入ってるし、まだ半分くらい残ってるよ。 さっきまでは、なんともなかったのに。 急に心臓が狭くなった、締め付けられて苦しくなっている。 意識を薄めながら、一粒程のそれを朦朧と保っているうちに、ふと、唇が息をしていないことを察する。 代わりに押し付けられた柔らかい感触に僅かにはく、と呼吸を取り戻す。 近く、近く迫る息を飲むほどの仄かに煌めく容貌と閉じた睫毛にびっくりしていれば、流れ込む甘い水が注ぎ込まれた。 唇が離れてからぷは、は、と息を覚え直してから彼の名前を呼ぼうとすれば、不意に彼が血を垂らしてるのが見えた。 彼は今、ヒーリングパワーから出来た水を寄越してくれた。 口、移しで。 だが、ビョーゲンズたちが直接少しでも摂取したらどうなってしまうのか。 「別に、直ぐなおるし」 「…そういう問題じゃないよ」 「嫌なことすれば、怒ると思ってもう口も聞かなくなると思ったのに。 なんでこんなことで怒るのか、わかんないんだけど。 単に内蔵潰れて血吐いたぐらいで大袈裟なんだよ」 「全然、大袈裟じゃないよ。 …大袈裟じゃ、ない」 「へんな、やつ」 軽く咳き込みながら、縁に立って去ろうとする彼に声をかける。 また、会える、と問いかける。 「聞くまでもなく否応なしに、逢うことになるんじゃないの」 「…それって、」 「初っ端からメガビョーゲンに踵落として投げ飛ばしたくせに、今は俺を蹴り飛ばさないんだ」 そう、からかうように言われてから彼の意図を悟った瞬間にはもういなかった。 暫くしてからラビリンが謝りながら近づいてきて、何かあったのか聞かれるが彼のいなくなった月の降りる影を一度見つめてから。 「なんでも、ないよ」 微笑んだ先で、空になった桃色のボトルを抱えながら。 その逢瀬は、月の光に濡れる森の中に隠されて。 次に逢うまでにずっと彼との秘匿を箱にしまい、見つめ続けることになるだろうともう、知っていた。
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