北 センチネル 島 ドローン。 地球岬クルーズ、動画で発信 スターマリン、ドローン使い撮影:北海道新聞 どうしん電子版

地球岬クルーズ、動画で発信 スターマリン、ドローン使い撮影:北海道新聞 どうしん電子版

北 センチネル 島 ドローン

インド東部アンダマン・ニコバル諸島で、外部からの接触を拒絶する先住民族が暮らす北センチネル島に上陸した米国人の男性(27)が、殺害された。 先住民族に殺されたと見られる。 インドの地元紙などが伝えた。 先住民族を保護するため、北センチネル島は上陸が禁じられている。 地元紙などによると、男性は11月中旬、別の島の漁師を雇って、北センチネル島に近づいたという。 北センチネル島には狩猟採集の生活様式を続ける先住民族センチネル人が暮らしている。 だが、その人口や暮らしぶりは、はっきりと分かっていない。 世界で最も孤立した民族 センチネル人は外部からの接触を強く拒絶しており、世界でほとんど最後とみられる、現代文明と接触しない民族だ。 近づくと弓矢などで攻撃してくるため、かつて一帯を植民地として支配した英国や現在のインド政府も、島に上陸できない。 2011年の国勢調査で、センチネル人の人口は「15人」とされているが、これも推測に過ぎない。 周辺の島とは言語が異なるため、センチネル人とコミュニケーションを取る方法もないという。 政府は上陸を禁止 地元行政当局は2015年、島の先住民とこれ以上接触せず、文化や生活に干渉しないことを表明。 刑法などインドの国内法を先住民に適用することも断念した。 インド海軍は島の周囲3海里(約5. 5キロ)を航行禁止とし、観光客らが島に近づかないようにしている。 一方、インターネットなどを通じて情報が広まっているため、不用意に上陸する人が出る事態も懸念されていた。 アンダマン・シーカによると、米国人の男性は11月14日、漁師5人を雇って島に上陸した。 贈り物としてはさみや安全ピン、サッカーボールなどを持っていったという。 同紙は男性が「キリスト教の布教を目的としていた」としているが、地元警察幹部は別のインドメディアに「冒険に向かった」としており、上陸の理由ははっきりしない。 11月16日夜、沖合で待機していた漁船に泳いで戻り、「島に残る」と伝え、13ページの日誌を残して再び島に向かったという。 日誌には「何人かは親切で、何人かは非常に攻撃的だった」「私は丁寧に接しているのに、なぜ彼らはこうも怒っていて攻撃的なのか理解できない」と記されていたという。 遺体の回収も困難 17日朝、先住民らが男性の遺体を浜に埋めているのを漁師らが目撃し、殺害されたことが分かった。 警察も近づけないため、遺体の回収が難しい状況が続いているという。 人口12億人を超え、ヒマラヤ山脈から熱帯の島まで広大な国土を持つインドには言語や信仰が異なる数多くの先住民族が暮らしている。 インド政府は先住民族を保護することを憲法でうたっており、公務員採用や大学入試などでの優先政策を採っている。 705の民族・部族の計約1億人(2011年国勢調査)が、優先の対象となっている。

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【衝撃の島】地球最後の秘境「北センチネル島」が色々ヤバすぎてシャレにならないレベル!

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[画像のクリックで拡大表示] 人口の流出入がなく、基本的に外界との接触がないセンチネル族の人々が、いつからこの島に住んでいるのか、正確なところは誰も知らないが、いくつかの研究により、数万年前にアフリカから移住してきた可能性が示唆されている。 センチネル族の人々は弓の名手で、外の人間が島に接近すると、追い返すために激しく攻撃してくることで知られる。 森に覆われたこの島の住人は彼らだけで、人口はおそらく100人程度。 過去の接触の試みは、槍と矢の雨で迎えられた。 1974年には、アンダマン諸島のドキュメンタリー番組の制作のためボートからセンチネル族を撮影していたナショナル ジオグラフィックTVのディレクターが、投げつけられた槍で負傷する事故が起きた。 遠征に同行したナショナル ジオグラフィックの写真家ラフバー・シン氏はこのとき、白い砂浜で弓と矢を掲げて小躍りする戦士たちを撮影。 この写真は、外界からの接触を拒絶するセンチネル族を象徴する写真となっている。 彼らの猛々しさを示す事件は、2006年にも起きた。 舟で眠っている間に北センチネル島の砂浜に漂着してしまった2人の漁師が、センチネル族によって殺害されたのだ。 遺体を回収するためにヘリコプターが着陸を試みたが、島民がヘリコプターに矢を放ってきたため、回収は断念された。 (参考記事: ) 今回殺害されたチャウ氏は、最初に上陸を試みた11月15日の体験を日誌に記していた。 彼はまず、防水加工された聖書を高く掲げた。 すると、島から矢が飛んできて聖書を貫通したという。 さらに2人の男性が弓に矢をつがえるのが見えたので、チャウ氏は慌ててカヤックを漕いで退却した。 彼は漁師たちに約350ドルを支払って島の近くまで送ってもらい、海上で待機してもらっていた。 サタンの最後の砦 チャウ氏は日誌に、北センチネル島の人々は「サタンの最後の砦」なのだろうかと記し、「彼らはなぜ、こんなにも身構え、敵意をむき出しにするのだろう?」と、自分が歓迎されなかったことに失望していた。 おそろしい思いをしたにもかかわらず、チャウ氏はその夜、再び島に行くことを決めた。 そして漁師に、今回は自分を待たず、アンダマン諸島を管轄する行政府があるポートブレアにいる友人に手紙を届けるように指示した。

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北センチネル島とは? 上陸しようとした宣教師殺害。現代社会との接触を拒む「世界最後の秘境」

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彼はキリスト教の布教活動をするために、北センチネル島に向かっていた。 はアンダマン・ニコバル諸島警察当局のデペンドラ・パサック長官の言葉を、以下のように伝えている。 「チャウさんは現地に住む友人を通して、北センチネル島に連れていってくれる地元漁師を雇った。 漁師によると、11月15日に漁師と木製のモーターボートで北センチネル島に向かい、島の沖合い500〜700メートルで停泊した。 そこからはチャウさんはカヌーで島に一人で向かったが、部族からの矢で傷を負って帰ってきた。 16日に再度、島に向かったが、カヌーを部族に破壊されたため泳いで帰ってきた。 11月17日、彼は戻ってこなかった。 漁師たちはその後、チャウさんの遺体を部族の人々が引きずっているのを見た」 警察はチャウさんの死を完全に確認できたわけでないが、漁師たちへの聞き取りの結果、殺害されたのは確実とみており、チャウさんの遺体を回収する捜索隊の編成を計画している。 センチネル島は部族の生活を守るため保護区域となっており、約9キロ以内への進入は禁止されている。 チャウさんの訪問を手助けした7人の周辺住民は全員逮捕された。 によると、センチネル人に関しては、接触すること自体が違法であるため訴追は不可能だという。 では「世界最後の秘境」と報じている。 「」によると、面積は72平方キロで、東京都の八丈島と同じくらいだ。 ほとんどが密林で、周囲をサンゴ礁に囲まれている。 先住民で狩猟採集の生活をしているセンチネル人が50人から400人ほど住んでおり、数千年にわたって近隣の島と交流を持っていなかったとみられる。 インド政府は1960年代からセンチネル人との接触を試みてきた結果、91年に初めて友好的に接触できた。 しかし、他の島の先住民と交流をはかった際に島民が病気で死亡するという惨事が起きたこともあり、交流プログラムは1996年に中止された。 センチネル人は現代社会との接触をかたくなに拒んでおり、自分たち以外の人間が上陸しようとすると弓矢で追い払うことで知られている。 1974年にはドキュメンタリー映画の撮影スタッフが襲撃されて、腿に矢が。 2004年のスマトラ沖地震の翌年には、島の津波被害を確認するためにインド沿岸警備隊のヘリコプターが上空を飛んだ。 その際、ヘリコプターに向かってセンチネル人が弓矢を構えている様子が。 2006年には地元漁師2人が北センチネル島に漂着した際に、部族に殺害された。

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