近頃私たちは。 近頃私たちはのお話|ヒゲ美・ド・魔T・ハッピーハッパー|note

近頃私たちはいい感じ〜。

近頃私たちは

私の環境は何一つ、変わっていないのですが・・・、近頃、周りに振り回されることが格段に減りました。 もちろん、ガッカリすることや、投げだしてしまいたくなることは起こります。 起こるのですが、そこに囚われている時間が圧倒的に少なくなったということです。 これまでは、その度に何日もガッカリし、やる気が削がれるまま放り出し、感情のままに反応していました。 でも、ここ最近では、そんなところにエネルギーを使うなら、もっと創造的なことに使おうとする意志が優先されている感じです。 同時に、地球の波動も猛スピードで高まっているので、そんなエネルギーにも助けられているのでしょう。 私たちの目覚めの時期、どうでもいいことにはもう、構っていられなくなっているのかもしれませんね。 更なるスピードで二極化されていく たった数ヶ月で、世界はガラリと変わりました。 今後も猛スピードで変わっていくでしょう。 振り返った時、この時期の数ヵ月は、かつてない数ヵ月になり、始まりであるだろうと感じています。 二極化、二極化と言われていますが、その扉も、そろそろ閉まりそうだという共通したマスターたちからのメッセージ。 それは、古代からの叡智を今に受け継ぐホピ族をはじめとする少数民族たちも、同じことを語っているのは、とても興味深いですね。 これまで混在していた者が、それぞれの世界へと移っていく日はきっと近いのでしょう。 私自身も、日常で出会う方々に、リアルに教えられているようです。 強烈な二極化へのスピードは、否応なく『目覚めた人』たちと、『痛みの中で生きる人』たちの間は、目に見えて更に離れていくでしょう。 今、私たちは、そんな重要な渦中の真っ只中にいるのです。 そして、ここが大切なのですが、どちらの世界に移るかは、自分で決めることができます。 愛と安らぎの世界を選択するのか、更なる痛みと欲望にまみれた世界を選択するのかは、個人の自由意志です。 一連の出来事が与えてくれたもの 世界が一変してしまうほどの出来事から、私たちが得たものは計り知れません。 ウィルスは、私たちに本当に大切なことは何かに、気づかせてくれました。 幸せの価値観は、混乱前と後では、かなり違っているのではないでしょうか。 自分にとって、何が本当に大切なのかを、見極められた方は少なくないはずです。 これまで経験したことのない、グローバルな経済的ダメージは大きいかもしれません。 でも、マニュアルや過去のデータがないからこそ、新しいものがたくさん生まれました。 こうした混沌とした時を経て、新しいものが生まれ、確立されていく。 (サラのお話し)も是非、読んでみてください。 これまでの世界が壊されていくのは、とても怖く感じますが、実は私たちの智恵によるものであって、美しい自然の摂理そのものなのです。 起こるべくして起こっています。 私たちは、大きなエネルギーの中で生かされていて、そこは常に流れています。 私たちが留まることはあり得ません。 重たいエネルギーの変容 ドランヴァロは、恐れを持っているとハートの聖なる空間の中には入りにくいと『フラワー・オブ・ライフ』の中で語っています。 あなたがもし、目覚めを選択するなら、恐怖を手放すことは必須です。 必要のないエネルギーは、私たちの重荷になるからです。 それは行きたいところへ行かせず、自らの不安の檻に閉じ込め、足止めさせます。 すると私たちは、更に重たいエネルギーに覆われ、自分が望む人生を創造することに、更なる困難を感じてしまいます。 扉が閉まる前の大切なこの時期に、重たいエネルギーを変容させて、本来の輝くエネルギーにしておくことをお勧め致します。 ハートに入ると、そこはもう愛のエネルギーが満ちています。 恐れは、幻想にすぎないことに気づきます。 私たちは、そうした気づきによって、自分自身を解放し、真の自由を手にすることができるのです。 ハートの中では、全てが繋がっています。 大嫌いなあの人も、納得いかないあの出来事も、人生の痛みやイベントは、完璧なタイミングで起こっていることを実感するかもしれません。 それは、相手への深い理解にも繋がります。 そして、どうしてその人を嫌うかの理由さえ、自分の痛みによるものであることが分かるでしょう。 誰かのせいではなく、状況や社会のせいでもなく、自分がずっと抱えていた過去の痛みが作用していることを見破ると、人生はあなたのものになります。 生き方ができるからです。 すると、人や状況によって自分が傷ついたり、落ち込んだりすることが格段に少なくなります。 反応している自分がいたとしても、ハートを思い出し、繋がることで、私たちは自分でさえ気づかなかった過去からの痛みを手放すことができるのです。 テーマは 変容です! 魂の望む生き方を願うなら、あなたは、必要があります。 起業家さまへ をプレゼントしております。 【自分の人生に感動を起こす!】無料講座はです。

次の

近頃、私たちは いい感じ~♪♪: miyakoの日々是好日

近頃私たちは

女性の健康情報サービス『ルナルナ』などモバイルサービス事業を手がけるエムティーアイで広報を担当する小林さん。 仕事柄、女性の生理事情が気になっているという。 広報活動の最前線で活躍する100社100名の担当者が集まる「若担会」のメンバーが、仕事や生活の現場でふと考えた日々の思いをつづります。 氷の上で優雅な演技を披露するフィギュアスケートの選手、妖精のように舞う新体操選手の少女たち、あるいは過酷な登山やジャングルでのロケに身を挺して挑んでいる女芸人。 彼女たちを見ると、共通してある考えが頭をよぎる。 とにかく色々な女性の「生理事情」が気になってしまう。 そんな生理業界ど真ん中にいる立場から、昨今の生理を取り巻く環境を「生理3. 0」と呼びたい。 「タブー」や「穢れ」から 「耐え忍ぶもの」へ 生理の受け止められ方は時代によって大きく変化している。 日本に西欧文化が入って来る前の明治時代以前を「生理1. 0」とすると、この頃の生理は穢れの象徴であった。 今では信じられないが、日本でも生理中の女性たちが「月経小屋」なるものに隔離され、地域によっては不浄の存在とされていた時代が長く続いたことは知っているだろうか?このような小屋は世界各地に存在しているという見聞が残されている。 現代においても、一部のインドの大学では生理中の学生は寮への立ち入りが禁じられており、生理かどうかの確認のため服を脱ぐよう命じたことで女子大生らが抗議を行ったという驚きのニュースが報じられたことは記憶に新しい。 1960年代に入り高品質な生理用品の登場などをきっかけに日常に溶け込み、生理が市民権を得てきたのが「生理2. 0」の時代としよう。 この頃になると「穢れ」のイメージは払しょくされたものの、生理は「耐え忍ぶもの」であったとされる。 生理を上手にコントロールして、自分が望む生き方を そしてここ数年で遂にやってきた生理3. 現代の女性が一生涯に経験する生理は約450回と言われており、初潮も遅く、複数の子どもを産み育てるのが当然だった戦前の女性と比べるとなんと9倍にもなっているという。 そう考えてみると、物理的にも「生理」が非常に身近で当たり前であるこの時代に、世の中の「生理観」が変化するのも当然のことなのかな、としっくりくる。 昨今は、女性の社会進出も後押しし多くの人が「生理」について語れる世の中になってきたのを肌で感じている。 生理をテーマにした漫画や映画も生まれ、男性もそのようなコンテンツに触れる機会ができたのは驚くべき進化だろう。 このような流れの中で気を付けたいのは、「生理をオープンに語ること」だけを強調しないことだと思う。 他人に生理を語れることで心が軽くなる人もいるが、誰もが生理を語りたいわけではない。 生理がある人も、ない人も、その話題に触れられたくない女性は沢山いるだろう。 だからこそ、生理3. 0は「選択の時代」になればと願っている。 生理をオープンにしたい人もそうでない人も、自身が望む生き方をおかしな偏見や同調圧力に阻まれずに実現するために、男女ともに正しい知識を持つことが大切である。 知ることは、生理において多様な選択肢を持つことにつながる。 例えば、毎月の生理痛が辛い人は、耐え忍ぶのではなく婦人科を受診してみるというのは大切な選択の一つだ。 私が尊敬する産婦人科医は「本人が困ったらそれは病気」という言葉を教えてくれたように、生理によって日常に支障があるのであれば、迷いなく婦人科に行って欲しいと強く思っている。 また、スポーツや受験など、人生の大事な局面で生理に影響されずに最大限のパフォーマンスを発揮したいときには、婦人科で「ピルを処方してもらう」という選択肢があること、ナプキンやタンポンが合わないときには「月経カップ」や「吸水性ショーツ」などの新しい生理用品があること、生理は女性だけが耐えるべきものではなく、家族やパートナーの男性に助けを求めても良いこと。 これらの選択肢を上手に活用することが「生理3. 0」の時代を生きる男女のあり方ではないだろうか。 夫とナプキンの初対面 生理3. 0がやってきたといっても、当社の場合業務のなかで毎日のように「生理が~」「卵子が~」「精子が~」という用語が飛び交っており、男性社員でも女性のカラダや生理にいついてやけに詳しい人が多いため、今さら「生理3. 0」を提唱しても響かない。 そこで、生理業界と全く関わりのない仕事をしている夫に、同意を得た上で、手始めにナプキンを触ってもらった。 女性から遅れること十数年、人生で初めてナプキンに触った夫は「ふわふわだね」と一言。 その言葉に、私も接地面にはあまり触れたことがないことに気付いた。 その後ショーツにナプキンを装着するのに戸惑っていた彼は、今後もうナプキンに触れることは一生ないかもしれないが、最も身近な女性に日常的に生理があることを、実体験を通して改めて実感しただろう。 0」の世の中をつくる一歩だと思う。

次の

近頃の若いもんは・・・

近頃私たちは

女性の健康情報サービス『ルナルナ』などモバイルサービス事業を手がけるエムティーアイで広報を担当する小林さん。 仕事柄、女性の生理事情が気になっているという。 広報活動の最前線で活躍する100社100名の担当者が集まる「若担会」のメンバーが、仕事や生活の現場でふと考えた日々の思いをつづります。 氷の上で優雅な演技を披露するフィギュアスケートの選手、妖精のように舞う新体操選手の少女たち、あるいは過酷な登山やジャングルでのロケに身を挺して挑んでいる女芸人。 彼女たちを見ると、共通してある考えが頭をよぎる。 とにかく色々な女性の「生理事情」が気になってしまう。 そんな生理業界ど真ん中にいる立場から、昨今の生理を取り巻く環境を「生理3. 0」と呼びたい。 「タブー」や「穢れ」から 「耐え忍ぶもの」へ 生理の受け止められ方は時代によって大きく変化している。 日本に西欧文化が入って来る前の明治時代以前を「生理1. 0」とすると、この頃の生理は穢れの象徴であった。 今では信じられないが、日本でも生理中の女性たちが「月経小屋」なるものに隔離され、地域によっては不浄の存在とされていた時代が長く続いたことは知っているだろうか?このような小屋は世界各地に存在しているという見聞が残されている。 現代においても、一部のインドの大学では生理中の学生は寮への立ち入りが禁じられており、生理かどうかの確認のため服を脱ぐよう命じたことで女子大生らが抗議を行ったという驚きのニュースが報じられたことは記憶に新しい。 1960年代に入り高品質な生理用品の登場などをきっかけに日常に溶け込み、生理が市民権を得てきたのが「生理2. 0」の時代としよう。 この頃になると「穢れ」のイメージは払しょくされたものの、生理は「耐え忍ぶもの」であったとされる。 生理を上手にコントロールして、自分が望む生き方を そしてここ数年で遂にやってきた生理3. 現代の女性が一生涯に経験する生理は約450回と言われており、初潮も遅く、複数の子どもを産み育てるのが当然だった戦前の女性と比べるとなんと9倍にもなっているという。 そう考えてみると、物理的にも「生理」が非常に身近で当たり前であるこの時代に、世の中の「生理観」が変化するのも当然のことなのかな、としっくりくる。 昨今は、女性の社会進出も後押しし多くの人が「生理」について語れる世の中になってきたのを肌で感じている。 生理をテーマにした漫画や映画も生まれ、男性もそのようなコンテンツに触れる機会ができたのは驚くべき進化だろう。 このような流れの中で気を付けたいのは、「生理をオープンに語ること」だけを強調しないことだと思う。 他人に生理を語れることで心が軽くなる人もいるが、誰もが生理を語りたいわけではない。 生理がある人も、ない人も、その話題に触れられたくない女性は沢山いるだろう。 だからこそ、生理3. 0は「選択の時代」になればと願っている。 生理をオープンにしたい人もそうでない人も、自身が望む生き方をおかしな偏見や同調圧力に阻まれずに実現するために、男女ともに正しい知識を持つことが大切である。 知ることは、生理において多様な選択肢を持つことにつながる。 例えば、毎月の生理痛が辛い人は、耐え忍ぶのではなく婦人科を受診してみるというのは大切な選択の一つだ。 私が尊敬する産婦人科医は「本人が困ったらそれは病気」という言葉を教えてくれたように、生理によって日常に支障があるのであれば、迷いなく婦人科に行って欲しいと強く思っている。 また、スポーツや受験など、人生の大事な局面で生理に影響されずに最大限のパフォーマンスを発揮したいときには、婦人科で「ピルを処方してもらう」という選択肢があること、ナプキンやタンポンが合わないときには「月経カップ」や「吸水性ショーツ」などの新しい生理用品があること、生理は女性だけが耐えるべきものではなく、家族やパートナーの男性に助けを求めても良いこと。 これらの選択肢を上手に活用することが「生理3. 0」の時代を生きる男女のあり方ではないだろうか。 夫とナプキンの初対面 生理3. 0がやってきたといっても、当社の場合業務のなかで毎日のように「生理が~」「卵子が~」「精子が~」という用語が飛び交っており、男性社員でも女性のカラダや生理にいついてやけに詳しい人が多いため、今さら「生理3. 0」を提唱しても響かない。 そこで、生理業界と全く関わりのない仕事をしている夫に、同意を得た上で、手始めにナプキンを触ってもらった。 女性から遅れること十数年、人生で初めてナプキンに触った夫は「ふわふわだね」と一言。 その言葉に、私も接地面にはあまり触れたことがないことに気付いた。 その後ショーツにナプキンを装着するのに戸惑っていた彼は、今後もうナプキンに触れることは一生ないかもしれないが、最も身近な女性に日常的に生理があることを、実体験を通して改めて実感しただろう。 0」の世の中をつくる一歩だと思う。

次の