スタジオジブリ 休み。 2005年2月

非公式ファンサイト「ジブリのせかい」開設10周年!

スタジオジブリ 休み

本日、1月20日は何の日か知っていますか? どうでも良いことですから、きっとご存じないでしょう(笑)。 実は、1月20日は当サイト「ジブリのせかい」の開設記念日なんです。 2010年に立ち上げましたので、なんと10年も経ってしまいました。 ジブリが好きだからとりあえず作ってみるか、という軽い気持ちで初めたんですけど、まさか10年間も続けられるとは思わなかったです。 最初は不定期更新でしたけども、2013年頃から毎日更新にしましたので、約7年は毎日何かしらの記事をアップし続けてこれました。 ちなみに、現在のブログ形式のサイトは10年前からですけど、HTML時代のサイトでは2002年だか03年頃に作ったジブリのファンサイトがありました。 サイト名もドメインも違うので、きっとご存知の方は一人もいないでしょう。 そこから換算していたら、どえらい期間なんですけど、現在のように更新するタイプのサイトではなかったので数えるのはやめておきましょう。 更新しながら10年間サイトを維持し続けられたことには、ちょっとだけ満足感もあります。 本来であれば、一方的にこちらが追いかけるだけだったはずなのに、制作者側の人に少なからず認識してもらえたこともあって嬉しかったです。 サイトを更新し続けていて良かったと思える瞬間でもありました。 これも偏に、スタジオジブリが存在してくれるお陰ですし、そのスタジオジブリが存在するのも、東映動画で『白蛇伝』を作ってくれたお陰なわけで、その『白蛇伝』を作るに至ったことも……ゴニョゴニョ。 ありがとうございました。 これまでの10年間 スタジオジブリは、この10年でいろいろなことがありましたね。 2010年といえば、『借りぐらしのアリエッティ』の公開年です。 米林宏昌さんが長編アニメーション監督としてデビューして、大ヒットしたことで、今後のスタジオジブリを担っていくような空気感がありましたっけ。 その翌年には東日本大震災が起きて、『コクリコ坂から』が公開されました。 震災の影響で会社を休みにしたことで、生産点を放棄してはならんと怒鳴り散らす宮崎駿監督に職人の凄みをみました。 『ゲド戦記』のときには、あまり評価の良くなった宮崎吾朗さんが、『コクリコ坂から』で評価を一変させたりもしましたね。 2013年には『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』が公開。 そして、宮崎駿監督の引退、制作部の解体と、ジブリファンにとっては少し寂しい時期もありました。 この期間に、高畑勲監督がご逝去されてしまいました。 2015年には、西村義明プロデューサーと米林宏昌監督によって、スタジオポノックも設立されました。 森康二さんから始まった、あの柔らかいタッチの絵柄が、小田部羊一さんや宮崎駿監督へと継承され、スタジオジブリの絵と世間から認知されるようになり、今後はスタジオポノックがこの絵を継承していくのか、という流れを感じさせました。 しかし、どんどん状況は変わっていくもので、愛知県にジブリパークを開園することになり、宮崎駿監督が長編アニメーションに復帰。 アニメーション工場として、スタジオジブリが完全復活することが決まりました。 この10年は、ジブリの大きな変動期だったんじゃないでしょうか。 さてさて、当サイトをオープン当初から見てくれている人は流石にいないかな? たまに覗きに来てくれている皆さま、ありがとうございます。 10年も掛けて、牛歩ですけども、ある程度見てもらえるサイトに育ったかなと思っています。 今後も、よろしくお願い致します。

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スタジオジブリ 休み

吉祥寺に1985年に開店した「茶房 武蔵野文庫」という喫茶店があります。 早稲田大学の正門の側にあった「早稲田文庫」という喫茶店が1984年に閉店し、そこで働いていた方がオーナーとなって引き継ぐかたちで「武蔵野文庫」をオープンさせたのだそうです。 ところで、吉祥寺で1985年といったら、何かとピンときませんか? そう、スタジオジブリと同じなんです。 スタジオジブリは1985年に設立され、当初はまだ自社ビルを持っていませんので、吉祥寺井野ビルの2階に入居していました。 そして、「茶房 武蔵野文庫」はというと、スタジオジブリの真下の1階にオープンしていたわけです。 そんな事情もあって、宮崎駿監督は毎日のように、この武蔵野文庫に来ていたといいます。 諸説ありますが、カレーライスとアイスミルクを好んでよく食べていたとか、サンドウィッチとホットミルクを毎日食べていたと言われています。 まあ、しょっちゅう来ていたそうなので、両方食べていたのでしょう。 いずれにしても、牛乳は必ず注文していたようです。 そんなわけで、宮崎駿監督と同じものを食べるため、私もカレーライスとアイスミルクをオーダーしました。 カレーは、お店の一押しメニューでもありますし、やはり抑えておかねばなりません。 うまし糧! 見てください、この豪快に入ったジャガイモとチキンの塊りを。 味のほうも、スパイスが効いていて、ほろ苦い風味が口の中に広がります。 ふむふむ。 この味を宮崎監督は気に入っていたのか。 と思いを巡らせながら食べるカレーは格別です。 『天空の城ラピュタ』や『魔女の宅急便』の構想を練りながら、このカレーを食べていたわけですね。 アイスミルクのほうはというと、ただ冷えているだけじゃなくて、なんと氷入りでした。 マ、マジー!? と心の中で叫んでしまうほど、豪快に氷が入っています。 マクドナルドのコーラのごとくです。 宮崎監督って、牛乳が好きでしたっけ? ドキュメンタリーなんかでも、飲んでいるところは見たことないのですが……。 店内には古美術品や古書なども並んでいます。 店名も「武蔵野文庫」というだけあって、文学のかほりが漂っております。 訪問したのは昼過ぎのおやつタイムでしたけど、カウンター席にお一人様で来ている方が多かったです。 しっとりと文学に浸りたい方や、若かりし宮崎駿監督に想いを馳せたい方は訪れてみては如何でしょうか。 茶房 武蔵野文庫 場所:武蔵野市吉祥寺本町2-13-4 電話:0422-22-9107 時間:9:30~22:00 休み:月曜.

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2005年2月

スタジオジブリ 休み

累計300万部の人気児童文学シリーズ『若おかみは小学生!』(講談社青い鳥文庫)が、アニメ映画になる。 監督を務めるのは、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』『風立ちぬ』などスタジオジブリ作品の作画監督や『AKIRA』の原画、『MASTERキートン』のキャラクターデザインなど、数多くの名作の制作に関わったアニメーターの高坂希太郎さん。 交通事故で両親を亡くした小学6年生の女の子が、祖母が女将を務める温泉旅館「春の屋」の若女将として奮闘する姿を描く。 宮崎駿監督の一番弟子と呼ばれた高坂さんの初の長編映画監督作品。 映画について、仕事について、高坂監督に聞く。 今回は、どんなきっかけで『若おかみは小学生!』に関わることになったのでしょうか。 高坂:最初はテレビアニメシリーズの企画を立ち上げるので、イメージキャラクターを描いてほしい、と頼まれたんです。 ただ、テレビシリーズの企画がなかなか形にならなくて。 そうこうしているうちに、いっそアニメ映画をつくろう、という話になったらしく、監督を、となりました。 原作の題名と女児向けのイラストを含めて、自分ができるのか、という不安があったのは正直なところです。 触れたことがなかった世界でしたので、戸惑いましたよね。 ただ、頼んできたのが友達でしたので、断るのはかわいそうだな、と(笑)。 高坂:原作を読まないことには、キャラクターの雰囲気がつかめませんので。 たくさんの子どもたちに支持されてきたわけですから、原作の全体感をつかんだ上で、そのイメージが壊れないものを、と考えました。 意外だったのは、物語がとてもオーソドックスだったことです。 いろんなファクターがバランスよく見事にひとつの話にまとめあげられているんですが、内容そのものはいたってストレートな展開というか、いい意味で古風なんです。 こういうものが、一回り、二回りして、若い人に受け入れられているのか、と驚きました。 高坂:もちろん原作を読んできた子どもや、かつて子どもで読者だった大人もターゲットにしていますが、映画ですから間口を広げないといけない。 それは意識しましたね。 高坂:有名な旅館について書かれた本などを、たくさん読みましたね。 旅館仕事のやりがいが見出された記述があったりすると、それをヒントにしたり。 僕は何も知りませんので(笑)。 和の作法なんて、まるっきりわかりません。 映画でも、畳の上の歩き方やふすまの開け方が出てきます。 『風立ちぬ』を手伝ったとき、着物を普段着で着る時代の話でしたから、そのときにちゃんと勉強しておかないといけなかったんですが、してなかったんです(笑)。 だいたいアニメーターなんて、家の中に籠もって絵を描いてばかりいるのがほとんどですから。 絵を描くときくらいは、学ばないといけない。 そうでないと、表現の幅は広がらない。 高坂:いや、現実を見なくていいから空想の世界に行ってしまうんですよ(笑)。 四季折々の自然、動物たち、季節の風物詩……。 高坂:それは美術監督が頑張ってくれたからですね。 ジブリでも一緒に仕事をしていました。 もともとの原作の挿絵のキャラターがカラフルな色遣いになっていますので、ちょっと強めに色を使いました。 原作の令丈さんがモデルした場所があり、そこにはロケハンにも行きました。 机上ではイメージできないものも、現地に行くことでアイディアが生まれたりしますね。 今回、主人公とライバルが大げんかをするシーンがあるんですが、そのヒントはロケハンに行った温泉で聞いた女将の話だったんです。 年配の大女将は表には出ない、という話だったんですが、そこからイメージを膨らませました。 高坂:すべてにおいて、ですね(笑)。 「かわいらしさ」というものに、これまでちゃんと向き合って表現してこなかったですから。 「かわいい」ということを第一義に考えて、「これでかわいくなるか」ということを常に頭に置いて作りました。 今はなんでも「かわいい」という時代ですけど、ツボがあるじゃないですか。 これがよくわからないわけです(笑)。 女の子らしい仕草とか、服の着こなしとか、女性スタッフもたくさんいてくれたので、いろいろ相談に乗ってもらいましたね。 高坂:旅館って、仕事としても特殊ですよね。 自分の感情の手当ばかりに一生懸命になると、生業として成り立たない。 そこは興味を持ちました。 自分のことよりも人のことに尽くすことで、得られない力が得られる。 これが面白く描けたらいいな、と。 しかも、主人公は自分で選んだわけではない。 苦労しながら、受け入れていく。 そこで違和感が生まれないよう、原作ではうまく表現されていました。 仕事って、自分で選ばなくちゃいけないとか、やりがいがないといけないとか、楽しくないといけないとか、いろいろ今はあるじゃないですか。 でも、それは「エンゲージリングは給与の3倍」みたいな呪文のようなものだと思うんですよ。 そんなことにとらわれてはいけない。 それこそ映画では、主人公が成長して、両親の死を乗り越えていきますが、「人感万事塞翁が馬」だと思うわけです。 禍福はあざなえる縄の如し。 何がいいか、何が悪いか、なんてことは最後までわからない。 その意味で、旅館業は興味深いわけです。 自分よりまず先に、お客さんにいかに喜んでもらえるかを考える。 そこにはやっぱり、成長があると思うわけです。 高坂:僕が10代の多感な時期は、巨匠と言われる人たちがTVアニメシリーズを作っていたんです。 高畑勲さんの『アルプスの少女ハイジ』、宮崎駿さんの『未来少年コナン』、松本零士さんの『宇宙戦艦ヤマト』、富野由悠季さんの『機動戦士ガンダム』……。 たたみかけるように面白いアニメーションがあって。 僕自身、絵を描くのが好きで、いろいろ真似て書いていたら友達から「うまいね」なんて言われてその気になって、その道に行くしかないと思う込むわけです。 それで高校の途中から下請け会社の門を叩いて、休みの日にアルバイトをさせてもらっていたんです。 それでそのまま。 何も考えていなかったですね。 後に宮崎駿さんから評価されることになるわけですが、若い頃はどんな意識で仕事をしていましたか。 高坂:宮崎さんの絵は好きでしたから、好きだった絵がいかに生まれるか、描かれるか、つぶさに見てましたよね。 一挙手一投足、見逃すまい、と思っていました。 どんなことを言い、どういう考えがあの絵に反映されているか。 意識して見ていました。 でも、当時のわたしの生活態度は、とても褒められたものではなかったですけど(笑)いい加減で、ちゃらんぽらんで。 あまりに度が過ぎて、宮崎さんから一度、追い出されたことがありました。 1986年、『天空の城ラピュタ』の原画を作っているときです。 ただ、この作品もそうですが、仕事が人を作る、とよく言いますね。 ある程度、仕事を任されるようになったら、責任を感じるようになって態度も改まるんです(笑)。 どこまでできているかはわかりませんが(笑)。 高坂:厳しいですね。 厳しいです。 僕の場合は、長年の付き合いがあるので「いつもの感じでやっといて」で済むところがありますが、新人にとっては普段あまり細かく説明しない宮崎さんとのやりとりは、分かり難いと思います。 擬音での説明も多い。 ドゥワワー、とか、ゴォーとか、ビュッとなって、グォー、とか聞いているうちに、聞いている新人の眉間のシワがどんどん深くなっていくわけです(笑)。 できないですよね、当然。 でも、妥協はしない。 バイタリティありますね。 自分との戦いに勝つ力があるんです。 怠ける自分にムチ打つ。 僕も監督をやってわかったのは、宮崎さんはよくやってたな、です。 作業がつらくなると、ホントはこうしたほうがいいけど、まあいいか、と妥協したくなるんです。 それをどれだけ抑えられるか。 宮崎さんは「吐きそうだ」と言って描いていましたけど、その気持ちが今回すごくよくわかりました。 僕も吐きそうでした(笑)。 ある程度のことは受け入れること。 高坂:やっぱり見てくれる人のことを考えたら、力が出るんですよ。 喜んでもらえると思ったら、踏ん張れる。 不思議と頑張れる。 そういう経験は、この業界に入ってから、よく感じましたね。 高坂:普段からいろんなものを見て、表現したい物のストックを溜めておく事ですかね。 ちょっとした人の仕草とか。 自然の美しさとか。 そういうものをちゃんと見ておくと、やはり説得力を持って表現することができるし、楽しい。 あと、クオリティには、こだわりを持つことでしょうね。 今回も、スタッフの尽力のおかげが大きい。 無理を言いましたから。 ただ、そのためにも監督が動かないといけない。 宮崎さんと一緒に仕事をして、文句は言えないなぁ、と思ったのは、宮崎さんが誰よりも仕事をしていたからです。 一番仕事をしているんです。 若い人は、時間が来ると帰りますけど、宮崎さんは帰らない。 ずっと仕事をしている。 誰よりも仕事をしている人に、文句なんて言えないですよ。 今回は、YouTubeなどで早めに出来上がった絵を出して反応を見ました。 いい反応が来たりするとうれしいですよね。 スタッフ共々ずいぶん励みになりました。 手間暇惜しまず描いたら、やっぱり評価されるんです。 だから、あきらめたように、みんな納得して手間暇かけてやっていましたね(笑)。 やっぱり描いてナンボ、なんだと。 あとは、流れを大事にすることです。 今回も、最初は監督を引き受けるのに不安がありましたが、タイミングも良かったし、流れかな、と思って受けたんです。 でも、振り返って思うのは、やって良かったということ。 自分がこうしたい、こんなことやりたい、と思っていても、思い通りになんかならない。 でも、ある程度のことは受け入れること。 流れって、大事だと思います。

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