お 題目 意味。 【勤行の意味】なぜ勤行をするのか?

御題目を唱える理由とは

お 題目 意味

創価学会が、「五座三座」の読経から「方便品・自我偈の読誦と唱題」による独自の勤行方式を確立したのが、2004年(平成16年)9月。 それから11年後の2015年11月17日、聖教新聞紙上にて、池田先生のご了承の下、会則に則り、師範会議と最高指導会議の賛同を得て、「創価学会『勤行要典』」が制定された旨、発表がありました。 日々の学会活動で、信行学に勤しむ創価学会員の方にとって、納得の御観念文となった「創価学会 勤行要典」であったと思います。 筆者も当然賛同であって、以下、「創価学会 勤行要典」の御観念文(ごかんねんもん)を記し、これに、御観念文の意味することや所感を付してみました。 1、御本尊への報恩感謝 法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊に南無し、報恩感謝申し上げます。 末法の御本仏・日蓮大聖人に南無し、報恩感謝申し上げます。 日興上人に南無し、報恩感謝申し上げます。 妙法の信心は、法への帰依と実践です。 その法こそ、南無妙法蓮華経の御本尊であり、これを開顕されたのが、御本仏・日蓮大聖人です。 そして、これをそのまま継承された唯一の僧こそ、日興上人に他なりません。 「南無とは帰命、すなわち妙法蓮華経に絶対にしたがうという意味です」とは、第二代会長 戸田城聖先生の指導です。 かつての御観念文に、「南無し奉り、報恩感謝~」とありましたが、「奉り」は過剰であったと思います。 仏法僧(ぶっぽうそう)の三宝(さんぽう)への南無と報恩感謝の御観念文です。 法への帰依は実践を通して現実に現証を顕現させます。 世に言う、ありがたい神仏へのおすがりでは断じてありません。 その実践の範を示し、導いて下さったのが創価学会の三代会長に他なりません。 三代の会長の師弟不二の闘いの継承があってこそ、世界192カ国地域に妙法は弘まりました。 私の妙法への信心と実践も、その全てが池田先生から教えていただいたものであるという事実からして、三代会長への報恩感謝は当然です。 自身の人間革命と宿命転換を祈り、種々の願いが成就しますよう御祈念申し上げます。 天体は公転と自転があいまって運行していて、公転と自転は一体不二です。 世界広宣流布大願成就とは公転であり、自身の種々の願いの成就は自転にあたります。 大白蓮華2016年(平成28年)1月号(No. 795)の巻頭言で、SGI会長の池田先生は、『青き地球の新しい一年の自転(じてん)と公転(こうてん)が始まった。 我らも、久遠元初の生命の太陽を輝かせながら、新しい息吹で、「一生成仏」という自転を、そして、「広宣流布」という公転を、たゆまずに進めたい。 その推進力は、「法華経の行者の祈り」である』と仰せです。 筆者には、この自転と公転の御観念文が、「我が意を得たり!」でした。 仏法僧の三宝• 師弟不二• 法華経の行者の祈り.

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内藤淳 助詞「は」と「が」の研究

お 題目 意味

勤行とは? 創価学会員の 勤行 ごんぎょうとは、 法華経 ほけきょうの 方便品 ほうべんぽんと 寿量品 じゅりょうほんの 読経 どきょう、つまり創価学会版 『勤行要典』 ごんぎょうようてんを読むことが、勤行であると広く認識されています。 ただ、本当は 唱題 しょうだい お 題目 だいもくを唱え、祈ること も含めて勤行といいます。 朝夕の 一日二回、 ご 本尊 ほんぞん様 曼荼羅 まんだら に向かい、方便品、寿量品という お経の一部を読経し、 南無妙法蓮華経 なんみょうほうれんげきょうという お題目を唱え、境涯を、高く、深く、広げて、いきます。 この 心を磨く作業 修行 を 勤行といいます。 方便品と寿量品の読経に慣れた人で 5分ほどかかります。 読経後に 唱題を行い、唱題中に自身の 願い、祈りを念じます。 この唱題の時間は個人により様々です。 5分~60分、180分、と開きがあります。 唱題し、祈った後に、 勤行要点の巻末に記載された ご 観念文 かんねんぶんを心中で読み上げて、勤行は修了となります。 一回の勤行で早い人で最低10分ほど 読経3分、唱題5分、ご観念文2分 はかかります。 お題目を唱える 祈る ことがメインなので、読経よりは長く時間を取ることが望ましいですね。 経文 勤行 の意味 勤行要点に記された 経文は 法華部 ほっけぶ(無量義経、 妙法蓮華経 みょうほうれんげきょう[ 法華経 ほけきょう]、観普賢菩薩行法経、涅槃経)の中の 妙法蓮華経 二十八品 にじゅうはっぽん 28章 の内の 第二品 だいにほんと 第十六品 だいじゅうろっぽんです。 第二品である方便品と 第十六品である寿量品には、生命は皆本質的に 平等でありいかなる境涯の者でも 成仏が可能であること、さらに生命は 永遠であり、仏は永遠の中を常に 『どうやって人々を速やかに仏界に成就させようか』と思いめぐらしている旨、が記されています。 これら 仏の知恵を経文の中で 随所随所 ずいしょずいしょに 讃嘆 さんたんしつくされているのが 方便品と寿量品です。 いかなる人でも変われるという 絶対の希望、いかなる事柄でも乗り越えられる、楽しんでいけるという 圧倒的な仏の智慧。 人間の生命はなんたる素晴らしさか、美しさか、との讃嘆の趣旨が書いてあるのです。 一文一文の中身が解れば解るほど、こんなにも思考に思考を重ねて 究めつくされているのか!!と 筆舌 ひつぜつしがたい感動があります。 このサイトでは勤行全文を詳しく解説させて頂いておりますので、経文一文一文にご興味のある方は 『方便品寿量品解説』も合わせてご参考ください。 【参考】 なぜ勤行をするのか? 方便品・ 寿量品には 『生命に対する絶対の希望、すべての困難を楽しんでいける無限の知恵、それら仏の境涯の如何に素晴らしいことか』との趣旨が記されていると説明しました。 詳細を説明するにはあまりにも長くなりすぎてしまうので、簡単にお伝えしますと、第二品と第十六品の方便品・寿量品は、妙法蓮華経二十八品の 肝心要 かんじんかなめです。 重要な真実は 悉 ことごとくこの方便品寿量品に 集約されていることから、方便品寿量品を読めば、 妙法蓮華経二十八品を全て読んだことと同義、とされています。 つまり私たち創価学会員は 妙法蓮華経二十八品全てを 朝晩に読経しているのです。 妙法蓮華経を読み、生命は永遠で美しい!仏の知恵はなんたる素晴らしいことか!と 妙法蓮華経に記された真実と思想を 讃嘆しているのです。 妙法蓮華経 という思想 を讃嘆し尽くした後に、妙法蓮華経に 南無 します、 命を任せます、信じます、と南無妙法蓮華経と唱題をし、 ご本尊様の境涯や知恵を譲り受けていくわけです。 生命に読み聞かせをすると言えば伝わりやすいでしょうか?胎内の赤ん坊に 読み聞かせや クラシック音楽を流すことに効果があるように、方便品・寿量品の 意味が 解 わからずとも、その妙法蓮華経 讃嘆の言葉は、 音声 おんじょうは、生命に効果があるのです。 読経だけをして題目をあげないことは、妙法蓮華経を褒め称えておきながら、 結局南無しない、つまり妙法蓮華経を 軽視 不信 していることになります。 唱題が主菜 ごはん で、 方便品寿量品の読経が副菜 あるいはスパイス である、との指導がありますが、これはまさに副菜、スパイスだけあって肝心の 主食がない状態と説明できます。 逆に題目だけあげて 読経をしないことは、妙法蓮華経に帰命 南無 してはいるものの、経文の 読み聞かせがない為に生命の永遠・真実が 解らず、いかなる境涯でも仏界を開いていけることも 解らず、仏の知恵の讃嘆もない つまり仏の知恵の幸福さが 解らない 状態となります。 これは結局題目をあげているのに、 迷いが多いことを意味します。 ごはんだけ食べて、おかずがないと、ビタミンやミネラルなどの 栄養失調をきたします。 力だけあって使い方が解らない、 空回りな状態と説明できます。 このように勤行は、生命の真実を 読み聞かせ妙法蓮華経を讃嘆する為に方便品寿量品を読経し、そして妙法蓮華経に 帰命し仏の境涯を開く為に南無妙法蓮華経を唱えるのです。 勤行の功徳 鹿島建設とサンシャイン60 勤行の功徳で有名な話と言えば、鹿島建設とサンシャイン60です。 若い世代の方は最早知らない人も多いでしょう。 勤行を30年間一回も欠かさなかった人 サンシャイン60をご存知でしょうか? 東京都豊島区東池袋にあるサンシャインシティの中核を担う超高層ビルです。 地上高239. 7メートルは、 完成当時はアジアで最も高かったビルです。 このビルは、勤行を30年間一度も欠かさなかった人が建てました。 鹿島建設副社長 三苫 みとま 仕 つこうさん 創価学会全国副指導長 サンシャイン60の創始者です。 死ぬ前にもう一杯 事業はうまくいかず、栄養失調の子供を抱え、盲目の妻を抱え、 三苫さんはもう自殺しようと考えていました。 踏み切りに飛び込んで死のうと……。 死ぬ前に、 一杯だけ、旨いおでんを食って死にたいと思い、見えた 赤ちょうちんに向かいます。 おでん屋と思い、死ぬ前の一杯なので確認もせず飛び込むと、それは 創価学会の座談会場でした。 昔の創価学会の拠点は会員が少ないこともあってわかりづらいので 赤ちょうちんを点けていたのです。 その座談会場で 戸田先生と出会った 三苫さん。 言われたことは、 『いいか、今から30年間、一回も欠かさずに勤行をしてみろ。 そしたらあんたはね、世界中どこへでも行けるような、ものすごい大金持になるよ。 そして、何千人も何万人もいるような大会社の重役になるぞ。 そして最後にひとつ、あなたは 皇居を見下ろすような大きなビルを建てるだろう』 嘘と思わなかった三苫さん。 言われた通り30年間、何があっても 一日一時間半の唱題と勤行を 一回も欠かしませんでした。 結果三苫さんは鹿島の 副社長になります。 一年間のお小遣いは 一億円を超えました。 そのうち 日本一のビル 当時 を建てるという計画が持ち上がります。 幾社も合同参加する中での 陣頭指揮は三苫さんに抜擢。 完成式のテープカットのとき、三苫さんは泣いていました。 「皇居が見えた。 本当に皇居が見えた。 これが、 勤行の力なのです。 自分には無理だと、うなだれる 惰弱 だじゃくさを叩き出す戦いだ。 悲哀 ひあいの追放なのだ。 希望の点火なのだ。 運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。 自らを信じよ!卑下するなかれ! 卑下は仏法への違背だ。 胸中の仏界への冒涜だからだ。 宇宙に包み込まれていた自分が、宇宙を包み返し、 全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める 逆転のドラマなのだ。 いいかげんな勤行 一日三千編 約一時間 の、お題目をしっかりあげなさい。 勤行は信心の一番の基本です。 今、 いいかげんな勤行をやっていたら、十年、二十年後には必ず失敗する。 それが 子供に出て来たり、 家庭に出て来たり、個人の立場で、いろんなところに波及して行く。 自分の信心をちゃんとやって行かないと、どんなに頭が良くても 薄っぺらな葉っぱみたいになってしまう。 信心の鎧を着ないで、 増上慢の鎧を着ている人は勤行一つにしてもはりがない。 そういう人は要注意だ。 学会の組織についていろいろ問題があるというけれども根本の一切の原因は 勤行そのものである。 本当に勤行をし、実践した人は、学会を築いて来た人達の 悩みと苦しみを自然にわかってくるものだ。 題目をあげ、勤行をし、学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ批判になってしまう。 毎日三千編 約一時間 の題目をあげていこう。 その一日三千編の題目があがると生命の回転が始まってくるのだ。 生命が綺麗になってくるのだ。 三千編の題目があがると学会のリズムになってくる。 常な三千編あげればそれだけ生命力が豊かになり、それ自体が行力になって来る。 題目をあげて魔を打ち破っていこう。 仏道修行で一番優しいのは題目だ。 又、 仏道修行で一番難しいのは題目だ。 しかし、一切の勝利の源泉、福運の源泉は 唱題にある。 戸田先生の勤行指導 勤行唱題というものは大事なものであります。 数の多いほどけっこうなことであります。 ただし、私が御本尊にすがりなさいということは、私も説明がたりませんでした。 それをはっきり申し上げておきます。 これは「 主師親 しゅししんの三徳」と申しまして、仏は、 主人と 親と 師匠の徳をもっているのであります。 大御本尊様は、この三徳を兼備していらっしゃるのであります。 そこで、すがるということは、 親にすがるように題目を唱えては「この小児マヒの子供をなおしてください」「私はいま、貧乏で困っております」「お父様どうかお願いいたします」と、 そしてまた、題目を唱えては 「ご主人たすけてください」そして題目を唱えるたびに、題目を五へん唱え十ぺん唱えしてはたのむ。 「 お師匠様、私によい方法を教えてください。 こんなに貧乏していては困ります」「うちのだんなは競輪ばかり行って困ります。 なんとかいい方法を教えてください」と、主人と親と、お師匠様にすがってたのむように、御本尊様にたのむことを すがるというのです。 この純真な心から信心をすれば、また折伏もできるのであります。 長い時間やったほうがいいとか、二時間やったほうがいいとか、功徳があるとか、そんなのは形式であります。 御本尊様へ、ほんとうの心でぶつかっていくのです。 お父さんたのむ、ご主人様たのむ、お師匠様たすけてくださいという、その熱意、その心情が、信心に現れてこそ、 医者もなおせない病気がなおるのです。 苦境を成功に転じ、苦悩を成長の糧にする。 変毒為薬、難即悟達。 そのための信仰である。 逃げずに、今いる場所で立ち向かうと決め、知恵を発揮していくことだ。 カテゴリ【教学】の記事一覧 Sponsored Links 帰命(きみょう) 帰命の意味、以下引用。 神や仏、またその教えを尊崇し身も心も従い、それに基づく言動を行うこと。 南無の訳語の一つ。 南無はサンスクリットのナマスあるいはその変化形のナモーの音写。 sokanet.

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題目(だいもく)とは

お 題目 意味

勤行とは? 創価学会員の 勤行 ごんぎょうとは、 法華経 ほけきょうの 方便品 ほうべんぽんと 寿量品 じゅりょうほんの 読経 どきょう、つまり創価学会版 『勤行要典』 ごんぎょうようてんを読むことが、勤行であると広く認識されています。 ただ、本当は 唱題 しょうだい お 題目 だいもくを唱え、祈ること も含めて勤行といいます。 朝夕の 一日二回、 ご 本尊 ほんぞん様 曼荼羅 まんだら に向かい、方便品、寿量品という お経の一部を読経し、 南無妙法蓮華経 なんみょうほうれんげきょうという お題目を唱え、境涯を、高く、深く、広げて、いきます。 この 心を磨く作業 修行 を 勤行といいます。 方便品と寿量品の読経に慣れた人で 5分ほどかかります。 読経後に 唱題を行い、唱題中に自身の 願い、祈りを念じます。 この唱題の時間は個人により様々です。 5分~60分、180分、と開きがあります。 唱題し、祈った後に、 勤行要点の巻末に記載された ご 観念文 かんねんぶんを心中で読み上げて、勤行は修了となります。 一回の勤行で早い人で最低10分ほど 読経3分、唱題5分、ご観念文2分 はかかります。 お題目を唱える 祈る ことがメインなので、読経よりは長く時間を取ることが望ましいですね。 経文 勤行 の意味 勤行要点に記された 経文は 法華部 ほっけぶ(無量義経、 妙法蓮華経 みょうほうれんげきょう[ 法華経 ほけきょう]、観普賢菩薩行法経、涅槃経)の中の 妙法蓮華経 二十八品 にじゅうはっぽん 28章 の内の 第二品 だいにほんと 第十六品 だいじゅうろっぽんです。 第二品である方便品と 第十六品である寿量品には、生命は皆本質的に 平等でありいかなる境涯の者でも 成仏が可能であること、さらに生命は 永遠であり、仏は永遠の中を常に 『どうやって人々を速やかに仏界に成就させようか』と思いめぐらしている旨、が記されています。 これら 仏の知恵を経文の中で 随所随所 ずいしょずいしょに 讃嘆 さんたんしつくされているのが 方便品と寿量品です。 いかなる人でも変われるという 絶対の希望、いかなる事柄でも乗り越えられる、楽しんでいけるという 圧倒的な仏の智慧。 人間の生命はなんたる素晴らしさか、美しさか、との讃嘆の趣旨が書いてあるのです。 一文一文の中身が解れば解るほど、こんなにも思考に思考を重ねて 究めつくされているのか!!と 筆舌 ひつぜつしがたい感動があります。 このサイトでは勤行全文を詳しく解説させて頂いておりますので、経文一文一文にご興味のある方は 『方便品寿量品解説』も合わせてご参考ください。 【参考】 なぜ勤行をするのか? 方便品・ 寿量品には 『生命に対する絶対の希望、すべての困難を楽しんでいける無限の知恵、それら仏の境涯の如何に素晴らしいことか』との趣旨が記されていると説明しました。 詳細を説明するにはあまりにも長くなりすぎてしまうので、簡単にお伝えしますと、第二品と第十六品の方便品・寿量品は、妙法蓮華経二十八品の 肝心要 かんじんかなめです。 重要な真実は 悉 ことごとくこの方便品寿量品に 集約されていることから、方便品寿量品を読めば、 妙法蓮華経二十八品を全て読んだことと同義、とされています。 つまり私たち創価学会員は 妙法蓮華経二十八品全てを 朝晩に読経しているのです。 妙法蓮華経を読み、生命は永遠で美しい!仏の知恵はなんたる素晴らしいことか!と 妙法蓮華経に記された真実と思想を 讃嘆しているのです。 妙法蓮華経 という思想 を讃嘆し尽くした後に、妙法蓮華経に 南無 します、 命を任せます、信じます、と南無妙法蓮華経と唱題をし、 ご本尊様の境涯や知恵を譲り受けていくわけです。 生命に読み聞かせをすると言えば伝わりやすいでしょうか?胎内の赤ん坊に 読み聞かせや クラシック音楽を流すことに効果があるように、方便品・寿量品の 意味が 解 わからずとも、その妙法蓮華経 讃嘆の言葉は、 音声 おんじょうは、生命に効果があるのです。 読経だけをして題目をあげないことは、妙法蓮華経を褒め称えておきながら、 結局南無しない、つまり妙法蓮華経を 軽視 不信 していることになります。 唱題が主菜 ごはん で、 方便品寿量品の読経が副菜 あるいはスパイス である、との指導がありますが、これはまさに副菜、スパイスだけあって肝心の 主食がない状態と説明できます。 逆に題目だけあげて 読経をしないことは、妙法蓮華経に帰命 南無 してはいるものの、経文の 読み聞かせがない為に生命の永遠・真実が 解らず、いかなる境涯でも仏界を開いていけることも 解らず、仏の知恵の讃嘆もない つまり仏の知恵の幸福さが 解らない 状態となります。 これは結局題目をあげているのに、 迷いが多いことを意味します。 ごはんだけ食べて、おかずがないと、ビタミンやミネラルなどの 栄養失調をきたします。 力だけあって使い方が解らない、 空回りな状態と説明できます。 このように勤行は、生命の真実を 読み聞かせ妙法蓮華経を讃嘆する為に方便品寿量品を読経し、そして妙法蓮華経に 帰命し仏の境涯を開く為に南無妙法蓮華経を唱えるのです。 勤行の功徳 鹿島建設とサンシャイン60 勤行の功徳で有名な話と言えば、鹿島建設とサンシャイン60です。 若い世代の方は最早知らない人も多いでしょう。 勤行を30年間一回も欠かさなかった人 サンシャイン60をご存知でしょうか? 東京都豊島区東池袋にあるサンシャインシティの中核を担う超高層ビルです。 地上高239. 7メートルは、 完成当時はアジアで最も高かったビルです。 このビルは、勤行を30年間一度も欠かさなかった人が建てました。 鹿島建設副社長 三苫 みとま 仕 つこうさん 創価学会全国副指導長 サンシャイン60の創始者です。 死ぬ前にもう一杯 事業はうまくいかず、栄養失調の子供を抱え、盲目の妻を抱え、 三苫さんはもう自殺しようと考えていました。 踏み切りに飛び込んで死のうと……。 死ぬ前に、 一杯だけ、旨いおでんを食って死にたいと思い、見えた 赤ちょうちんに向かいます。 おでん屋と思い、死ぬ前の一杯なので確認もせず飛び込むと、それは 創価学会の座談会場でした。 昔の創価学会の拠点は会員が少ないこともあってわかりづらいので 赤ちょうちんを点けていたのです。 その座談会場で 戸田先生と出会った 三苫さん。 言われたことは、 『いいか、今から30年間、一回も欠かさずに勤行をしてみろ。 そしたらあんたはね、世界中どこへでも行けるような、ものすごい大金持になるよ。 そして、何千人も何万人もいるような大会社の重役になるぞ。 そして最後にひとつ、あなたは 皇居を見下ろすような大きなビルを建てるだろう』 嘘と思わなかった三苫さん。 言われた通り30年間、何があっても 一日一時間半の唱題と勤行を 一回も欠かしませんでした。 結果三苫さんは鹿島の 副社長になります。 一年間のお小遣いは 一億円を超えました。 そのうち 日本一のビル 当時 を建てるという計画が持ち上がります。 幾社も合同参加する中での 陣頭指揮は三苫さんに抜擢。 完成式のテープカットのとき、三苫さんは泣いていました。 「皇居が見えた。 本当に皇居が見えた。 これが、 勤行の力なのです。 自分には無理だと、うなだれる 惰弱 だじゃくさを叩き出す戦いだ。 悲哀 ひあいの追放なのだ。 希望の点火なのだ。 運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。 自らを信じよ!卑下するなかれ! 卑下は仏法への違背だ。 胸中の仏界への冒涜だからだ。 宇宙に包み込まれていた自分が、宇宙を包み返し、 全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める 逆転のドラマなのだ。 いいかげんな勤行 一日三千編 約一時間 の、お題目をしっかりあげなさい。 勤行は信心の一番の基本です。 今、 いいかげんな勤行をやっていたら、十年、二十年後には必ず失敗する。 それが 子供に出て来たり、 家庭に出て来たり、個人の立場で、いろんなところに波及して行く。 自分の信心をちゃんとやって行かないと、どんなに頭が良くても 薄っぺらな葉っぱみたいになってしまう。 信心の鎧を着ないで、 増上慢の鎧を着ている人は勤行一つにしてもはりがない。 そういう人は要注意だ。 学会の組織についていろいろ問題があるというけれども根本の一切の原因は 勤行そのものである。 本当に勤行をし、実践した人は、学会を築いて来た人達の 悩みと苦しみを自然にわかってくるものだ。 題目をあげ、勤行をし、学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ批判になってしまう。 毎日三千編 約一時間 の題目をあげていこう。 その一日三千編の題目があがると生命の回転が始まってくるのだ。 生命が綺麗になってくるのだ。 三千編の題目があがると学会のリズムになってくる。 常な三千編あげればそれだけ生命力が豊かになり、それ自体が行力になって来る。 題目をあげて魔を打ち破っていこう。 仏道修行で一番優しいのは題目だ。 又、 仏道修行で一番難しいのは題目だ。 しかし、一切の勝利の源泉、福運の源泉は 唱題にある。 戸田先生の勤行指導 勤行唱題というものは大事なものであります。 数の多いほどけっこうなことであります。 ただし、私が御本尊にすがりなさいということは、私も説明がたりませんでした。 それをはっきり申し上げておきます。 これは「 主師親 しゅししんの三徳」と申しまして、仏は、 主人と 親と 師匠の徳をもっているのであります。 大御本尊様は、この三徳を兼備していらっしゃるのであります。 そこで、すがるということは、 親にすがるように題目を唱えては「この小児マヒの子供をなおしてください」「私はいま、貧乏で困っております」「お父様どうかお願いいたします」と、 そしてまた、題目を唱えては 「ご主人たすけてください」そして題目を唱えるたびに、題目を五へん唱え十ぺん唱えしてはたのむ。 「 お師匠様、私によい方法を教えてください。 こんなに貧乏していては困ります」「うちのだんなは競輪ばかり行って困ります。 なんとかいい方法を教えてください」と、主人と親と、お師匠様にすがってたのむように、御本尊様にたのむことを すがるというのです。 この純真な心から信心をすれば、また折伏もできるのであります。 長い時間やったほうがいいとか、二時間やったほうがいいとか、功徳があるとか、そんなのは形式であります。 御本尊様へ、ほんとうの心でぶつかっていくのです。 お父さんたのむ、ご主人様たのむ、お師匠様たすけてくださいという、その熱意、その心情が、信心に現れてこそ、 医者もなおせない病気がなおるのです。 苦境を成功に転じ、苦悩を成長の糧にする。 変毒為薬、難即悟達。 そのための信仰である。 逃げずに、今いる場所で立ち向かうと決め、知恵を発揮していくことだ。 カテゴリ【教学】の記事一覧 Sponsored Links 帰命(きみょう) 帰命の意味、以下引用。 神や仏、またその教えを尊崇し身も心も従い、それに基づく言動を行うこと。 南無の訳語の一つ。 南無はサンスクリットのナマスあるいはその変化形のナモーの音写。 sokanet.

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