自己 愛 性 パーソナリティ 障害 顔つき。 自己愛性人格障害は顔つきで見分けられるのか

自己愛性パーソナリティ障害

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 顔つき

社会の変化に伴って、患者数は増加の一途! 他人に全く無関心。 愛しているのは自分だけ。 家族や周囲の人たちがとるべき好ましい対応法 近年、このような疾患を抱えておられる方が増えていることは理解しているつもりでいました また、少なからず、誰にでも自分を大切に思ってもらいたい自分を認めてもらいたいという思いが当然あっていいと思うのです。 誰だって一人でいたいときもあるし、誰かと繋がりたい時があって当然です。 ただ、それが過剰で、明らかに逸脱している状態だと、もはやそれは性格の範疇を超えた弊害を生みだします。 例えば、周囲を振り回し、自分の意見のみが正しいと思う同僚が相手だとどうでしょうか。 大切な情報を隠蔽し、自分の思い通りに情報操作をしていた場合や、自分よりも高い評価を受けた場合の相手へのとんでもないこき下ろし。 これらは脆弱な自我機能が原因であると思われますが、本人がいかに孤独に苛まされているのかを理解することができました。 ですが、最も問題なのは、周囲への軋轢がもはや修復不可能で、その人とはほとんどの人が関わり合いになりたくない状態だとどうでしょうか。 様々な人間トラブルを起こしながらも、嘘が露呈しても言い逃れし、それでも常に他罰的な言動には、周囲は正直怒り心頭です。 さらに、泣いて自分の正当性を訴える姿には、もはや呆れ感さえ漂います。 ですが、本人も困っていて、そこには脆弱な自我機能があると考えれば、周囲と同様に本人も大変苦しんでいる状態であることも理解できました。 この本を糸口に、関係がいくらかでも改善できればと感じています。

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《渡部不倫》精神科医が分析「妻を愛していながら、自己愛と性欲はなぜ暴走したのか」

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 顔つき

どうも、精神疾患・発達障害を専門にしている心理カウンセラーの泉です。 この記事を読んでいるあなたは、尊大で傲慢な態度を取る人に悩まされているのではないでしょうか?またはあなた自身が、自分は自己愛性人格障害なのではないか…と疑っているのかもしれません。 メンタル系の病気の中でも、特に人格障害(現パーソナリティ障害)はなんとなく誰にでも当てはまりそうな感じがして、自分やまわりの人が本当に人格障害なのか判断しにくいです。 私の大学の友人は心理学の講義で人格障害を学んでから、まわりの友人全員が人格障害に見えるようになったと言っていました…。 それくらい、半端な知識では判断しにくいものなのです。 そこで今回は、自己愛性人格障害の特徴のなかでも特にわかりやすいものを10個に厳選してお伝えしていきます。 医学的な診断基準に加えて、わたしが実際に対応したケースを元に具体例を交えてお伝えします。 自己愛性人格障害の特徴~医学編~ 尊大な態度の人、横柄な人というのは身の回りにときどきいますよね。 それが単なる性格で一般的な範囲内なのか、それとも異常で診断名がつくレベルなのか、判断はとても難しいものです。 では、精神科医はどうやって判断をしているかというと、DSM-5という診断マニュアルを使っています。 DSM-5の診断基準 誇大性 空想、または行動における 、賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになります。 次のうち5つ またはそれ以上 によって示されます。 自己の重要性に関する誇大な感覚 例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待します。 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれています。 自分が特別であり、独特であり、ほかの特別なまたは地位の高い人達に または施設で しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じています。 過剰な賞賛を求めます。 特権意識、つまり特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待します。 対人関係で相手を不当に利用します。 つまり自分自身の目的を達成するために他人を利用します。 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしないです。 しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込みます。 尊大で倣慢な行動または態度。 なんとなくイメージはつくでしょうか?ただ、医学的な専門書の記載なのでちょっとイメージしにくいものもありますよね。 自己愛性人格障害の特徴~具体例編~ ここからは、自己愛性人格障害の具体例をお伝えします。 実際が私が対応したケースの特徴を3カテゴリ10種類にまとめてみました。 ほかの方がやっている分類もたくさん参照してみましたが下記の情報でほぼ網羅できていると思います。 プライドがクソ高い 自己愛性人格障害の特徴で一番わかりやすいのが「プライドの高さ」です。 より細かい特徴と具体例は下記になります。 根拠はないけど自分は特別だと思ってる• なんの実績もないのに、「自分が本気を出せば何でもできる」と信じ込んでいる• 10年以上引きこもっていて就職した経験もないのに「自分はマネジメントとかできちゃうんで」という。 いまの総理大臣の名前も知らないのに「日本を変えなきゃいけないから選挙に出る」とかいう 2. 自分の評価に敏感• 面接など評価される場面に弱い、避ける• 思ったよりも氷菓が引いと評価者をバカにする• 褒めてくれる人が大好き 3. 外面はめっちゃいい• 初対面では頼りになりそうないい人• 身なりもしっかりしていて清潔感がある• 仕事できそうオーラを出している人も多い 4. 自分より下に見た相手はとことん下に見る• 「こいつ頭悪いな」と思った人の意見はまったくきかない• 気に入らない上司の言うことは聞かない• 下に見た人に対してはあからさまに馬鹿にしたような態度・発言をする 5. 人に相談しない• 自分の悩みを一切他人に相談しない• 「悲しい」「つらい」といった弱音をまったく吐かない• 助言をもらっても行動に移さないため何も改善されない 失敗を受け入れられない脆さがある 自己愛性人格障害の大きな特徴の2つ目は弱さ・脆さです。 具体的には下記のような特徴があります。 うまくいかないことは病気や他人のせいにする• 就活の面接で落ちた理由を「自分が優秀で扱いづらいと思われた」と思い込む• 仕事がデキないから昇給しないのに、評価する上司が無能だから理解されないとグチる• うまくいかないのが怖いことが原因なのに、うつ病を理由にして引きこもる 7. 言い逃れができない失敗をすると一気にボロボロに崩れる• 完璧に論破されると寝込んで出勤できなくなる• 恥をかいたと感じるとそのコミュニティからこっそり抜け出し二度と参加しなくなる• 理想通りの自分ではなくなると、すべてがどうでも良くなる 8. 指摘してきた相手を過剰に責める• ちょっとした指摘に対して逆上する• 指摘ですらない提案に対しても逆上する• 指摘される雰囲気を感じ取るとあからさまに威圧的になる 自分の価値を高めるもの大好き 自己愛性人格障害の人は、「ありのままの自分」に価値を感じられません。 そのためスキルや資格、名声など自分の外側のものをたくさん得て価値を高めようとします。 やたらと人に教えたがる• 後輩が入ってくると率先して教えようとする• 「お前は教えなくていい」と指示されても教えようとする• 新入社員にあることないこと吹き込んで自分の味方につけようとする 10. 資格や肩書が大好き• なにかといつも資格勉強している• 受かったら大げさに自慢するが、落ちたときには誰にも何もいわない• 肩書に固執し、まわりを蹴落としてでも一度得たポジションを手放そうとしない 以上が自己愛性人格障害10の特徴でした。 あなたも当てはまるものがあったかもしれません。 でもなぜこんな特徴を持つようになってしまうのでしょうか?自己愛性人格障害の人だって望んでこうなったわけではないのです。 もっと具体的にいうと、幼少期に愛されなかった、または歪んだ愛情をうけて育った、というパターンが非常に多いです。 ちゃんとした愛情を受けて育つとどうなるか ちゃんとした愛情を受けて育つと下記のような感覚を得られるようになります。 世界は安全な場所だと感じられる• ありのままの自分に価値を感じれるようになる なぜ上記のような感覚が得られるようになるかというところもご説明しますね。 赤ちゃん時代に、泣けばミルクをもらえて、おむつを取り替えてもらえて、あやしてもらえて、傷の手当もしてもらえて…という経験を積むことができると、「この世界は安全だ。 自分を守ってくれる。 自分の不快さは全部解消してもらえる」というような安心安全感覚を得られるようになります また、自分が笑いかけるだけでまわりの大人たちが笑い返してくれたり、自分が何もしていなくても抱きしめてもらえたりすると、「何もしていなくても自分は愛される存在なんだ」とありのままの自分でも価値があるという感覚を育めるようになります。 こういった感覚をちゃんと持てると、• 逆に自己愛性人格障害の人は、「世界は危険」・「ありのままの自分は価値がゼロ」だと思い込んでいます。 そしてその思い込みは、ちゃんとした愛情を受けられずに育ったことが原因なのです。 つぎは自己愛性人格障害の原因をより深くお伝えしていきますね。 甘えようとしたら殴られる、おとなしくしていれば=良い子であれば殴られない、そんな環境で子どもが育ったとしたらどうなるでしょうか…? 「自分の身は自分で守らないといけない」、「人を頼ってはいけない」、「他人は自分を攻撃する存在だから気を許してはいけない」と感じるようになりますよね。 また虐待を受けて育つと、子どもは「自分は親からすら愛されない存在なんだ」と信じ込んでしまうでしょう。 でも、子どもは誰かに愛されたり注目を浴びたりしたいものなので、まわりの評価を気にするようになって外面を良くして親以外からの愛情を得ようとしたり、自慢話をして人の注目を引くようになったりします。 これが、自己愛性人格障害の原因です。 少しだけ補足をすると、ここでいう愛されないのイメージは、虐待やネグレクトという極端な例もありますし、両親が教育熱心で厳しい、あまり褒めるタイプの両親ではない、みたいな場合もあります。 「自分の親はわりと普通な親なのに自分には自己愛性人格障害っぽい特徴がある…」と感じている方のなかには、両親が厳しく、子ども時代にあまり褒められたりしなかったり、テストの点数がいいときだけ褒められるなど条件付きの愛情を受けて育った方も多いです。 それが愛されすぎて育つパターン。 よくあるナルシストのイメージはこちらが多いのではないでしょうか?いつまでも親離れせず、ママが大好きというパターンですね。 虐待とかと比べるとだいぶましに思えるかもしれないのですが、このパターンでも「世界は危険」「ありのままの自分には価値がない」と思い込みやすいです。 愛しすぎる親は、ほとんどの場合、過保護・過干渉になります。 ちょっと転んだだけで母親が大騒ぎしたり、けがをすると危ないからという理由でブランコで遊ばせてもらえなかったり、どこに行くにも母親がついてきて危ないことがないか監視したり… そんなことが続くと、子どもは「自分は独りでは何もできない弱い存在なんだ」と感じるようになります。 子どもであっても無力な状態は不快ですから、とりわけ力を求めるようになっていきます。 このときに求める力は「世界は危険」と感じる子どもが求める力と同質のものです。 また、母親がここまで子どもにベッタリになる家庭にありがちなのが、父親と母親の不仲さです。 母親が父親の悪口を言うくらいの家庭もあれば、実際に母親がDVを受けているような家庭もあります。 どちらにしても子どもにとっては母親のほうが養護者として味方に感じることが多いため、父親は敵になります。 でも敵である父親から母親を守る力が自分にはない。 この場合も子どもは必要以上に力を求めるようになっていきます。 一方の「ありのままの自分には価値がない」という感覚もちゃんと植え付けられていきます。 過保護・過干渉な親というのは、子どものためにやっているわけではなく、自分が不安だから過保護・過干渉な行動を取っています。 そして、子どもは親の行動の意図に非常に敏感です。 すると、「親は不安になりたくないんだな。 親を不安にさせてはいけないんだな」と無意識で感じ取って、親を不安にさせない行動を取るようになっていきます。 ありのままの自分が感じる欲求を押し殺してまで、親を安心させる行動を取ってしまうようになるんです。 それが続くと、「ありのままの自分」は親を不安にさせてしまう悪い自分として感じるようになってしまい、「ありのままの自分には価値がない」という思い込みにつながっていってしまいます。 つまり、親から愛されすぎて育つことも、親から愛されずに育つのと同様、自己愛性人格障害の原因になってしまうわけです。 子どもの生まれながらの性質 同じ親に育てられて、同じように接された兄弟であっても、自己愛性人格障害っぽくなる場合もあれば、ならない場合もあります。 これはどうやって説明できるでしょうか? 一つの回答としては、生まれながらの子どもの性質の差であると考えられています。 体の大きい小さい、強い弱いが遺伝的に決まってくるように、神経系の強い弱い・周りの環境へ敏感鈍感も生まれながらにある程度決まってきます。 神経系が生まれながらに弱く、繊細な子どもほど、自分が愛されていないことを敏感に感じ、人格的な障害を持つ可能性は高くなっていきます。 自己愛性人格障害の特徴と背景 ここまで読み進めてくださったかたなら、自己愛性人格障害の特徴が育ち方と強い関係があることがおわかりでしょう。 そこで、前述した自己愛性人格障害の特徴の3分類と育ち方の関連を確認していきたいと思います。 「プライドがクソ高い」と育ち方の関連 自己愛性人格障害のひとが「プライドがクソ高い」のは、自分自身に価値を感じられず、まわりに自分を受け入れてくれる人がいなかったことに関係しています。 「人を頼ることができない、相談できない」というのは育つ過程の中で相談できる人がいなかったから。 「自分は特別だ」と思っているのは、そうやって根拠がなくても自分で自分を認めないと自分が保てなかったからです。 知人のカウンセラーで自己愛性人格障害を持っている方がいるのですが、彼は発達障害もあり親から叱られまくって育ったそうで、まったく褒められた思い出がないとのことです。 だから 少年時代の彼は自分のことを自分で「天才だ」と言い聞かせながら必死で自分を保とうしていたといいます。 「外面がいい・評価に敏感」というのも、「世界は危険で自分には価値がない」という思い込みから来ています。 「スキを見せてはいけない、自分の価値のなさがバレてはいけない」と常にアンテナを張っているからこそ、外面や評価を過剰に気にします。 「まわりを見下す」というのは、ありのままの自分に価値が感じられないことと直結していますね。 少しでも自分に価値を感じたいからこそ、まわりを下げて見ようとするわけです。 「失敗を受け入れられない」と育ち方の関連 自己愛性人格障害のひとが失敗を受けれ入れられないのは、「ありのままの自分に価値を感じれない」ことに原因があります。 「ありのままの自分に価値を感じれない」ということは、逆に言うと「うまくやれている自分」「良い子でいる自分」にしか価値を感じることができないということです。 大前提として、人は自分に価値を感じていたい存在ですから、自己愛性人格障害の人は「うまくやれている自分」を必死で演出しようとします。 「うまくやれている自分」でいる間は「生きている価値」を感じることができるからです。 ところが、ひとたび失敗してしまうと、自己愛性人格障害の人は「自分は生きている価値がない」と無意識で感じてしまいます。 このプロセスが、自己愛性人格障害の人が失敗を受け入れられない原因です。 「うまくいかないことを病気や他人のせいにしてしまう」という特徴は、自分に原因があって失敗をしたと認めてしまうと「生きている価値がない」と認めてしまうことになるから。 「言い逃れができない失敗をすると一気にボロボロに崩れてしまう」のは、自己愛性人格障害にとって失敗が致命的な価値の喪失だから。 「指摘してきた相手を過剰に責めてしまう」のは、自己愛性人格障害の人にとってちょっとした指摘ですら「お前は生きている価値がない」といわれることに等しいからです。 「自分の価値を高めるものが大好き」と育ち方の関連 これはもうわかりやすいですね。 「ありのままの自分に価値がない」と感じているからこそ外側の自分の価値を高めてくれそうなものを追い求めるわけです。 「やたらと人に教えたがる」というのは、人に教えるという行為が相手よりも自分のほうが上だと感じられる行為だからです。 また、「資格や肩書が大好き」というのもわかりやすく自分の価値を表現できるものだからですね 自己愛性人格障害を活かしていく方法 さて、ここまで自己愛性人格障害の特徴をお伝えしてきました。 お知り合いの方をイメージしながら読んでいた方は、「そうそう!」と納得感を得ていただきながら読み進めてくださったかもしれません。 一方でご自身が自己愛性人格障害なのではないか…と感じている方は、少なからずショックがあったかもしれません。 どうしてもネガティブな特徴が多くなってしまうので>< ただ、自己愛性人格障害はネガティブな特徴ばかりではないのです。 というか、どんな特徴でも同じなのですが、状況によっては強みにも弱みにもなり得ます。 そこで最後に、自己愛性人格障害の長所についても触れていきます。 自己愛性人格障害の長所 自己愛性人格障害の特徴である、成功を追い求める傾向は健全な努力がともなうとビジネス的な成功にもつながっていきます。 よく社長さんなんかに自己愛性人格障害の傾向が強い人が多いと言われたりするのですが、それはこの特徴からくるものでしょう。 また、自己愛性人格障害の人は独特なものの見方で世界を見ているため、それを活かして芸術家や作家として成功している人もいます。 「ありのままの自分には価値を感じれない」という傾向から、ボランティアなど人へ奉仕活動に熱心になる人も多くいます。 うまく活かせるか、迷惑な存在になるかの分かれ目は、自分を高めようとする方向性に向かえるかどうかです。 「自分に価値を感じていたい」と感じる方向性が、まわりを蹴落としたり、嘘をついたりといった不健全な方に向かうと迷惑な存在になっていってしまいます。 (そしてそちらに向かうほうが遥かに楽です) もし自分に自己愛性人格障害の傾向があると感じるのであれば、楽な方に流されず自分を高めていく健全な努力の方向に向かっていけると、ゆくゆくは本当の意味で「価値のある存在」になっていくことできると思います。 まとめ じつは自己愛性人格障害の傾向は現代において増えているといいます。 成果主義・個人主義が台頭し、自己中心的な人格が育ちやすい環境になっているのが原因だそうです。 自分の傾向を把握して、対策を打つことです。 自覚さえできれば、うまく生かして成功につなげていくこともできる人格ですから。 あと、自己愛性人格障害の人はじつは傷つきやすくて、内面ではとても苦しむことが多いです。 とても苦しいのに、まわりを頼ることができない。 そんな障害だったりもします。 だからこそ、もしあなたが今回お伝えした特徴で悩んだり、苦しんだりするようなことがあれば、ぜひ自分で抱え込みすぎず相談してみてください。 近い関係の人には相談しにくければ、遠い関係である私達にご相談いただいても大丈夫です。 今回の記事が、あなたにとって役立っていれば何よりです。

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岡田クリニック

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 顔つき

自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)を患う者は、幼少時からの性格や行動特性だけでなく、顔つきなどの外見にも共通性があり、特に目に特徴があり、従って、この障害を見分けるためには、目を見るとよいと言われています。 病的な自己愛者は、獲物を探しているかのように目をギョロギョロさせており、周りに脅威を放ちながら、男なら爬虫類、女なら般若のような顔をしていると言われています。 彼らは、気配を鋭く察知し、敵か味方か、興味があるかどうか、嫌悪するものかどうかを常に見定めており、情報を集めながら 、獲物を見つけると凝視(目が動かない)します。 そして、今ここに留まることが怖く、危険を察知すると、いつの間にか肩は上がり、首がガチガチで、奥歯を噛み締め、身体は緊張していきます。 無意識のうちに、身体の中に閉じ込めてあるトラウマが疼くために、焦りや苛立ちが出て、過緊張から委縮させられそうになると、相手を罵るか、怒りになるか、投げやりな態度をとるか、無力に落ちるかなどの特徴が現れます。 そのため、できるだけ相手には自分の価値観に沿ってくれることを望み、どうやったら目的を達成できるかを考え、マイルールに従ってほしいと願っています。 その一方で、相手から褒められると、気分が乗っていき、調子に乗るようになって、なんでもできそうな気分になります。 一般的に、ひとの顔や姿勢を見ればその方の性格や生活背景をなんとなく想像できるものです。 また、自己愛パーソナリティ障害からくるキャラクターや行動傾向が顔つきにあらわれているのかもしれません。 特に、対人コミュニケーションにおいての視線や表情、姿勢、発声、呼吸数、心拍数、感情のコントロール、覚醒度(過覚醒-低覚醒)等の情報処理の仕方は、その方の性格傾向を見ていくうえで重要な項目になります。 しかし、障害を抱えていなくても、それに近い顔つきの方もおられるので、顔つきで判断してしまうと人権侵害に繋がるので注意が必要です。 人間は、胎児期から乳児期、さらに児童期に入る頃までに、生存本能を司る脳幹(爬虫類脳)や大脳辺縁系(旧ほ乳類)が成長していきます。 しかし、その時期に虐待、DV、ネグレクト、母性剥奪、事故、事件、自然災害、手術の医療トラウマ、出生時の医療処置の影響、アトピーや高熱など身体の弱さ、母胎内のトラウマなどを受けると、恐怖や戦慄の衝撃が、情動脳(脳幹、大脳辺縁系)を激しくして、脳や身体の神経系が、通常とは違う形で防衛パターンが変質します。 身体内部にトラウマを抱えると、同じ姿勢でじっとしている時とか、寝ている間でも、ソワソワ、モヤモヤ、ザワザワなどの 得たいの知れない不可解な力(過剰な覚醒、凍りつき、解離させてバラバラにする力、内部で進行している破壊活動)が働くようになります。 そして、一瞬それが取り憑くと、身体に違和感や焦燥感が出て、胸が搔き乱されていくために、その場にじっとしていられなくなり、問題解決を図ろうとして、動き回ろうとします。 一方、学校の授業中や厳しい親の元にいて、身動きが取れない状況では、その場にじっとしているしかできないので、居ても立っても居られなくなりますが、その動きが封じられてしまうと、固まり閉じ込められるような恐怖が襲います。 そして、トラウマが根深くある場合は、喉から気管支にかけて縮こまり、息ができない、心臓が止まりそうになるなど、心身が脅かされます。 この破綻恐怖の防衛(私が私で無くなって、絶滅する恐怖、消えてなくなる恐怖、機能停止、崩れ落ち)として、捨て身で反撃してでも、優位に立ちたいとか、支配したいとか、目的を達成したいという病理的な部分を理想化します。 そして、理想化された対象にしがみついて、なんでも人はしようとします。 発達早期のトラウマを負った方は、恐怖により、身体感覚が麻痺状態に陥り、私は人間であるという体験が欠如させられます。 自己感覚が麻痺していくと、自分で自分を満たすことができなくなって、対象を求める質が病的になります。 また、私が私でいられる力が弱まると、自他の区別がつきにくく、相手の感情や周囲の気配に良くも悪くも影響を受けやすくなります。 そのため、自己愛が強く出ている方は、私が私で無くなるような不安から、対人場面で自分の存在を誇張するようになり、周囲に溶け込み、巧みに操作して、他者に認められようと努力し、不当に相手を利用します。 また、彼らは、日常生活において、あたかも正常であるかのように表面上を取り繕いますが、軽いストレス刺激にさえ、脳の扁桃体という部分は、迫りくる緊急事態として察知します。 そして、動物的で反射的に危険を察知して、警戒レベルが上がると、ストレスホルモンが副腎から多量に分泌され、 体中の細胞は「力を見せつけてやれと…」指令を受けます。 ストレスホルモンが常に高い状態にあると、体は硬直していき、自分をどうにかして守ろうとするため、目や顔、首、肩、腕、足は特定の方向に向いて、闘争・逃走反応に移る準備をします。 脳はサバイバル状態になっていき、気配や物音、視線、臭い等に過敏傾向が高まり、目の前にあるものが敵か味方か、好きか嫌いかを頭の中で評価します。 そして、自分の気分を高めるために、興味のある刺激には接近しますが、嫌悪する刺激に対しては回避するか、戦うか、排除します。 また、できる限り、不快なものや予想外のことを無くしたいので、周りに良く思われようと努力し、自分の思い通りにできる空間を作ります。 自己愛の病理を患う者は、トラウマや神経系の問題から、通常の人と比べて、注意の向け方が違い、強い情動反応による感覚過負荷や意識狭窄、視野狭窄の間を行き来しています。 また、注意欠陥、集中困難、過集中などの状態が原因となって、自分の状態に気づくことや同時に複数の視点から考えることが難しい状態にあります。 彼らは、些細な問題に直面しただけで、身体は硬直し、自制が利かなくなるため、苛立ちやすく、短気になります。 そして、神経が外の世界に向けられ、視覚や聴覚、嗅覚などの知覚過敏から、疲れやすく、闘争・逃走モードのスイッチが切り替わるたびに、前頭葉が十分に機能しなくなり、自分や他者の精神状態を十分に読み取って、受け取ることが難しくなります。 また、嫌悪する刺激を目の前にすると、闘争や逃走モードのスイッチが入りやすく、一方で、興味がある刺激に対しては、気分が乗っていき、なんでもできそうな気になって、能力の限界の認識を欠き、テンションが高くなります。 また、自己愛の強い親のもとで育った子どもは、親の価値観(プライドを持て、強く生きろ、一番になれ)を刷り込まれていくので、自己中心性は高まり、行動が極端になります。 このような状態が続いていくと、性格が歪んで、行動傾向も変化していき、理性的な判断を求めても難しくなって、その後の人生に暗い影を残します。 ここまでをまとめると、 病的な自己愛の方は、両生類や爬虫類といった進化上の祖先たちには有効であった太古的防衛操作の中に全身すっかり汚染されて、他者の気持ちを読み取ることが難しく、無意識のうちに、警戒していて、緊張が強く、 顔つきまで爬虫類のようになっていくのかもしれません。 赤ん坊は、波長を合わせてくれる大人がいると、身体が落ち着くため、愛着システムや社会交流システムが作動して、話し方が穏やかになり、柔らかい表情や目つきになります。 その一方で、交感神経系に乗っ取られて、興奮状態から過覚醒システムが駆動すると顔つきは一変して、獲物を狙うような目つきになります。 子どもの頃から、様々なトラウマ的な体験に曝された子は、神経組織は捕食する側(闘争して勝利を得る側)と捕食される側(生き延びるために逃走か服従か)ともに双方が有利になるよう形成されていきます。 つまり、発達早期に異常な環境にいると、脳や身体の神経システムはその過酷な環境の中で生き抜ける最適な形に作り変えられます。 捕食する側は、自己愛性パーソナリティ障害になりますが、損得勘定が最優先される市場主義社会において、劣等感をバネに優位に立って、支配しようとする自己愛性パーソンリティ障害の方は社会的に成功する可能性が高いです。 一方で、捕食される側は、虐待やいじめ被害者に多い解離性障害やうつ病、回避性パーソンリティ障害、恐怖症の方々ですが、自己愛過敏型の方は解離傾向があるので、捕食されもするし、捕食する側でもあるのかもしれません。 複合的なトラウマを負うことによって、人間の最も洗練された理性脳を働かすよりも、興味や危険があるかどうかに反応し、過剰に警戒する情動脳や爬虫類脳が支配していくので、目の前にある快に飛びつき、不快なものは避けるようになります。 頭のなかでは、敵か味方を瞬時に判断して、得をしたいとか、安全でいたいとか、楽したいとか、動物的本能の赴くまま行動します。 そして、快原則や損得勘定が何より優先されて、自分だけの利益を守るために行動します。 自分の利益のためになら、身近な人を道具のように不当に利用しますが、罪悪感や自身の加害性に無自覚で、そんな自分は合理的な思考ができていると自己肯定します。 脳の方は、危険を察知しやすく、勝手に警戒していき、あらゆる情報に注意が向いていくので、身体の感覚は切り離されて、本当の自分は何をしていいか分からずに、その場その場で反応しているところがあります。 こころや身体は空っぽで、自己存在は希薄で、想像性や身体感覚に乏しく、そのような自己の不全感がバレないようするために、自分を良く見せようとします。 一方、恥をかいたり批判されたりした時に、感情をコントロールできなくなることを恐れていて、闘争モードに火がつかないようにするため、周りを気を使い、周囲を盛り上げようとするところがあります。 そして、生き残りをかけた損得勘定から、理性を働かせて、社会の規範には忠実に従い、規則正しく、スマートに振る舞うことができます。 また、過剰に見栄えを気にして、素晴らしい自分を演じることで、他者の反応が良くなって、心を満たすことができます。 自己愛性パーソナリティ障害の方は、一方では、世間の目を気にして、環境に順応し、紳士的で、自然な流れに従っていく本来の自分、そして他方では、世間の目を気にせず、環境に順応せず、自然な流れを拒んで、自己中心的で浅ましく誇大妄想を持った自己の部分の両極の間を行き来しています。 生まれたての赤ん坊は、交感神経系と副交感神経系のなすがままになっており、乳児期は爬虫類脳(脳幹)が取り仕切っていて、身の安全などに努めています。 母親の世話(肌を包んで安心させてもらうぬくもり)があると、喜びや安心の感覚が育ち、愛着システムや社会交流システムが活性化して、人間らしく生きるための土台になります。 その一方で、赤ん坊の頃から、母親と心響き合う関係性が出来ていないと、落ち着いて心を休める神経の働きが育ちません。 こうした自己の不全感を抱えている子は、絶えず次の変化に緊張し、警戒を強めて、焦っており、リラックスするための社会交流システムがうまく働きません。 不安や緊張が強くなると、集中力が途切れたり、じっとしていられなかったり、近くにいる者にどう思われいるかどうか細かいところまで気にしたり、ついつい攻撃的になったりして、人間関係に失敗しやすくなります。 そして、恥ずかしい思いをしないようにするために、自分を良く見せるように努力したり、周りから悪意を向けられないような完璧な姿でいようとします。 例えば、養育者が虐待的であると、子どもは危険や恐怖に怯えて、自己否定、不信、警戒心、焦り、不満、興奮、怒り、攻撃性、麻痺、孤独、依存心、無力さなど様々な気持ちを同時に持つようになります。 子どもは安心させて落ち着かせてくれる母親対象が欠如すると、私は人間であるという体験が希薄になり、こころの育ちが悪くなって、感情や自己調整機能に障害が出ることがあります。 そして、幼少期の頃から、自律神経系の調整不全や生体機能のリズムに異常がある子は、大衆の前で予期せぬ出来事が起きると、身体の中の生理状態が変動して、自分が変に思われていないかを気にしたり、恥をかくことを恐れたりします。 病的な自己愛が強い方ほど、恥をかかされるか批判されたときに、身体の生理反応や感情を処理できず、過剰に覚醒させられてしまって、自己愛憤怒になるか、手が震えるか、体が固まるか、パニックになるか、赤面してその場にいられなくなります。 また、自律神経系や生体機能のリズムの乱れは、体調不良に直結するため、子どもは予測不能な出来事を避けようとしたり、死への不安に取り憑かれたりします。 緊張状態が続くと、身体感覚が麻痺していくのと、恐怖や怒り、悲しみなどの感情は自分の行動の邪魔になるため、切り離していきますが、そのうち、いまここに存在しているという感覚が弱くなって、人間らしさを病的に求めていくことがあります。 子どもは怒ると怖い養育者をなだめようとして、本来の感覚や感情を最大限に抑制し、一生懸命に振る舞い、小さい子どもなりに理性脳をフルに使って、養育者のご機嫌を取りながら、行動の順序を考え、誉めてもらおうと努力します。 養育者の虐待やDVが続くと、いつくるか分からない暴力に対して、どうしたら暴力を振るわれないか考えて、行動します。 子どもは愛着を持ちつつも、自分を悪い子だとを責めたり、他者の顔色や気持ちに過敏に反応するようになって、身体に落ち着きが無くなります。 脳の扁桃体は、親の表情の変化に対して、危険であると素早く察知するようになり、ストレスホルモンの高まりと交感神経系の働きが優位に発達します。 そして、ほんの些細な刺激にも強いストレスになって、情動や身体が闘争・逃走・凍りつきモードに染まっていき、それと同時に、体調不良(呼吸が浅く早く、動悸の激しさ、感情のコントロールの難しさ、倦怠感、身体疼痛、腹痛、便秘など)が出ます。 子どもは、自身の生理的反応への対処法を探り、コミュニケーション能力を鍛えたり、リーダーシップを取ることで自分の思い通りに支配していこうとしたり、、自分に厳しく他者に厳しくすることで完璧な状態を作ろうとしたり、不要な感覚や感情を切り離していったり、自分は価値があるという空想の世界に退却したりして、万能的自己像を保つことで、自己の不全感を克服します。 別の言い方では、トラウマにまみれた身体の不快感を切り離して、頭の中では自分がどう思われているか気にするようになり、他者に良く思われるように振る舞い、目的を達成するために行動し、周りの人に良く思われているという誇大妄想に耽ります。 その一方、現実は、ひどい親へのやり切れない思いとか、理解してくれないどうしようもない親への怒りとか、親の身勝手な行動に振り回されてしんどくなります。 さらに、親が一貫して愛情を与えず、傷つけてくる場合には、親からの愛情を諦めて、一人で生きていくために強くなろうとします。 また、親に依存させてもらえず、絶望の気分のなかにいれば、自分の内的世界に引きこもり、誇大化させた自己イメージを使って支えます。 そして、社会的地位やお金、外見、頭の良さなど、もっと素晴らしい完璧な姿を目指して、完全性、美的性などの追及や理想化が病的にまで進むと、対象を求める質も異質になります。 厳しい家庭環境にいる子どもは、幼稚園や保育園、小学校に通い始めると、幾分か自由になりますが、より複雑な集団場面での適応を求められます。 養育者のネグレクトや不在、虐待を受けた子どもは、家ではおとなしく良い子でいますが、学校社会では交感神経系のなすがままになっている乱暴なタイプと、なるべく目立たないようにしておとなしくしているタイプに分かれます。 自己愛が強い子どもは、身体内部の不快な感覚や感情を外に吐き出して、快感を求めていくために、抑圧されていたものが溢れ出すかのように感情的になり、警戒心から正義を振りかざしたり、臆病さから仲間を裏切ったり、行動が活発で荒くれ者のレッテルを貼られたりすることがあります。 また、周りの子どもよりも動物的で反射的な行動を取りやすく、注意散漫になったり、過集中になったり、不作法に振る舞ったりするなど、学校集団で浮いた存在になり、不適応になることがあります。 このようにトラウマがあり、自己調整の難しい子どもには、学校という社会の枠のなかに収めようとしたり、価値観をがっちり固めるような教育の場では耐えられないことが多く出てきます。 そして、先生に理解されることなく、うまく立ち回ることができない子は、自分だけが理不尽に怒られ、集団のなかでは吊し上げにあって、公開処刑に遭い、恥や敗北、無力感に打ちのめされて再トラウマ化します。 トラウマが複雑化することで、体の方が限界になり、皆と同じ動作をさせられるとか、規則やルールに縛られて、じっとしていることが苦手になります。 自分の意志に反して、じっとさせられて、無意味な行動を強いられることが、身動きが取れなかった過去のトラウマと重なって、反発する力や自然に逆らう力が育ちます。 心の内側では、逆恨みや被害妄想、怒りが大きくなっていき、自分は正しく、相手が間違っていると認識していくようになります。 様々なトラウマを負っている子どもでも、腹側迷走神経が優位なときは、落ち着きリラックスしていられます。 しかし、交感神経が優位になり、過覚醒から思考過多や過活動になると、全身に力が入り、身体を動かしたくなって、興味があることに対しては、とことんまで打ち込みます。 その一方、危険があるかどうかを入念に調べるようになり、細かいところまで気にするために、周りの子どもとの食い違いが増えていきます。 また、嫌悪させる相手に対しては、許せないというスイッチが入ってしまって、今までの恨みつらみから、ひつこく付き纏い、復讐しようとします。 このようにトラウマによる自律神経系や覚醒度の調整不全が起きると、正常な状態と興奮した状態(過剰な思考や行動)の切り替わりが起こりやすくなります。 そして、身体症状として表現したり、攻撃的になったり、衝動的な行動を取ったりして、悪い面ばかりが目立ち、恥をかく、誤解を招く、不当な罪を着せられるなどの失敗体験が増えます。 ただし、年齢を重ねるごとに、自分の恥ずかしいところに気づいて、それをバレないようにするために、周りの目が気になって、良い子を演じるようになります。 また、過緊張で怯えたり怖がったり、イライラしてばかりでは、学校のクラスメイトとうまくやれないので、生き残る術として、自分のいらない感覚や感情を切り捨てて、自分を強く見せたり、明るく振る舞ったりして、他者に良く思われることが自分の快感となっていきます。 さらに、自分は大したことなく、価値のない人間で、恥ずかしい存在だと思うと、胸の中が搔き乱されてしまうため、人から賞賛されることが、自分の価値が高まる手段となり、学校集団の輪の中心に入ろうとします。 親の不在やネグレクト等を受けた子どもは、幸せな思い出を語るだけの経験がないので、無意識のうちに、自分を誇張させた作り話をしたりします。 同じクラスの子どもとの会話は、自分では変えようのない不幸や絶望を思い出す言葉が散らばっているので、自分は生まれつき劣っているんだと思い込み、元気を無くしていきます。 その一方で、落ち込んでいるときは、自分を誘惑してくる悪魔が囁き、欲求を満たそうとか、気分を晴らすことに対して、ドーパミンの神経物質が異常に刺激されます。 家庭と学校の二重苦になりながらも、なんとか必死に生きているので、楽に生きている奴らや普通の暮らしをしている人を憎く思います。 また、つまらなくて満たされない思いとか、やり切れない思いを分かってくれない怒りとか、自分なんて何をやってもダメだとか、無力さ、孤独、被害者意識、警戒心が高まります。 小学校の生活が辛くて、自分の力の無さを嘆き、ただただ強くなりたいと子どもながらに努力していき、コミュニケーション能力を身につけて、盛り上げ役をして、皆の輪の中の中心になりたいとか、一番に目立ちたいとか、人の上に立とうとして、周りから賞賛されたいと頑張ります。 そして、自分がリーダーになり、思い通りにやっていたら気持ちが楽で、やりたいようにやっているときが一番輝いていると感じます。 このように自己愛的な子どもは、周りの評価に敏感なため、他者と比べて、自分の方が優位に立っているときに幸せを噛みしめて、気持ちが落ち着きます。 逆に、優位に立てない自分を受け入れらず、いたたまれない気持ちになり、その場にいられません。 頑張っていても。 自分の思い通りにいかなくなると、不快さが強くなるため、苛立ち、無表情、不機嫌、投げやりな態度を取って、精神的ストレスが溜まります。 学力が高いタイプや運動神経が良いタイプの子どもは、学校で教師からの信望が厚くなり、心と身体を最高の状態にしたまま、自分の主張を一方的に押し切る尊大な自己愛を持つようになります。 一方、知的に弱く、空気が読めない自己愛的な子どもは、周りの大人から見ると、身勝手で気分屋で自己中心的な行動を取っているようにしか見えないので、なかなか評価されません。 典型的な自己愛性パーソナリティ障害と診断されるような方は、子どもの頃から、闘争本能が剥き出しで、視野が狭くて、サッカーなどの集団競技では、誰にもパスを回さず、自分一人でゴールを決めようとするような自己中心性を発揮します。 そのため、普段の頑張りが親や先生から評価されなくて、ガラガラと崩れ落ちるような絶望のなかにいると、現実よりも空想の中で、自分をを守るようになり、自分は何でもできるんだとか、凄いんだと思い込むようになります。 そして、周りから認められたいと何かを欲すれば欲するほど、ストレスになって、更なる欲求が生じてくるので、対象を求める質も病的になります。 強いストレスに曝される環境では、人はそのストレスを発散しようとするので、今までの不平、不満、恨み、自己存在の虚しさを晴らすようになり、自分より立場の弱いものに向くようになります。 また、 幼い頃からの不幸な人生を回避しようとして、先手を打 って安全な環境を作ろうとします。 気に入らない相手や、身近にいる相手には、ひつこく粘着し攻撃して、無意識のうちに自分が有利になる構造を作り出します。 自己愛的な子どもから、ターゲットにされた子どもは、憎悪を向けられ、しつこく付き纏われながら、暴言や暴力を振るわれたり、いじめられたりして、とことんまで追いつめられていきます。 そして、被害を受けるたびに、人が怖くなり、無表情になっていって、視線恐怖、関係妄想、被害妄想、うつ病、解離などの症状を呈して、生きる屍のようになることがあります。 中学生以降になると、自分のことが客観的に見れるようになり、児童期の怖がりで泣き虫な部分や衝動的な部分は不利に働くと考え、抑制できるようになります。 病的な自己愛が強い方ほど、自意識が過剰で警戒心も高くて、近くにいる者の視線や反応を気にします。 そして、学校のいけているグループに入れるか、入れないかで運命は変わってきます。 上位のグループに入れない子どもは、現実との関わりを避けて、自分で決断や実行をしなくなり、自分ひとりの誇大な妄想に耽るようになります。 このようなタイプの方は、回避型や解離型の自己愛性パーソナリティ障害になるかもしれません。 その一方で、いけているグループに入れる子どもは、自分は優れていると思うようになり、誰よりも目立ちたいとか、自分の思い通りにできると傲慢になって、自分の主張を振りかざし、強圧的な態度で周りをコントロールしていきます。 人前で注目を浴びたり、褒められたりすることが快楽や心地良さに変わります。 そして、その快感を何度も得ようとして、他者に良く見られるために完璧な役柄を演じていきます。 そのうち、一目置かれている自分のことを凄いと思い込むようになり、他者に良く見せている自分でいられることが好きになります。 本当の自分は臆病で、怖がりで、傷つきやすくいのですが、そういった恥ずかしい部分がまるでないかのように無視され、強いところを見せていくようになります。 小さい頃の恥をかかされてきた子どもの部分の感覚を切り離し、他者と比べて自分の方が素晴らしいと思うようになります。 そして、自分でいられる感覚の希薄さや劣等性を、他者から承認されることで埋め合わせをします。 このようなタイプの方は、一般的な自己愛性パーソナリティ障害になります。 こうした偏った行動様式が形成されると自己愛性パーソナリティ障害になります。 過激な言い方をすると、自己愛性パーソナリティ障害の方は、私は人間であるという人間化が十分になされておらず、感情は鈍磨し、自己感覚も希薄で、その場その場の反応だけで生きています。 他方、野獣のように本能を剥き出しにして、こうなりたいという目先の利益を追求します。 また、感覚は鋭敏で、嫌悪するのもや雑音に耐えられず、自分の置かれた状況や周りの雰囲気、他者の気持ちに過敏なところがあります。 身体内部から不快さが出ると、すぐに問題解決しようとするか、怒りとして吐き出すか、心の中の誇大妄想に耽り、心地よい状態を得ようとします。 嫌悪するものをシャットダウンしていくようになると、悲しみを悲しいと感じにくく、罪悪感も消えて、自己存在が希薄になります。 自分らしさを取り戻して、穏やかに安定した状態を維持するには、他者の賞賛を必要としており、周りの視線や反応を気にして、身のこなしがスマートで外見的な魅力があります。 また、外見的な魅力とコミュニケーション能力の高さから、人を惹きつけることができますが、どさくさに紛れて、自分が有利になる構造を作り出します。 そして、すごい自分のことを愛しており、そんな自分を賞賛してくれる者を好きになりますが、相手の内面まで理解しようとしたり、人を愛そうとする利他性は育っていません。 自己愛的な子どものは、副交感神経が優位になると、自分が周りにどう見られているか気にして、環境に順応していく良い子でいられます。 しかし、交感神経系が活発になると、安全かどうかが気になり、自分と他者を比較して勝ち負けにこだわって、人を見下し、周りの気持ちを無視して、自己中心的、操作的、不寛容な行動をとります。 また、家庭や学校生活が厳しく、幼い頃からストレスホルモンが絶えず高い状態にあると、環境に順応せずに、反発する力が育っていき、抑制的で良い子どもの部分は無力化されます。 そして、自分には実現できないことなど何もないといった尊大で全能感を持った子どもの部分が日常生活の代わりを担います。 自己愛性パーソナリティ障害者は、人によって両極(世間の目を気にして、環境に適応し、抑制的で麻痺しやすい無力な部分と、環境に適応するよりも、賞賛されることを求めて、傲慢な行動を取る誇大化された部分)の振れ幅は違いますが、この二重の状態を行ったり来たりして、相手や場面によって極端な動きを見せるのが特徴です。 この自己調整不全ゆえに、自己中心的な見方をするようになり、自分が楽しいかどうか、自分に価値があるかどうかが判断の基準になります。 そして、穏やかさを願うこともあれば、他者のことなんてお構いなしに力を求めて、理想や幻想の世界のなかで生きています。 トラウマケア専門こころのえ相談室 更新:2020-06-22 論考 井上陽平.

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