瀬奈 じゅん ブログ。 今こそ語りたい!元月組トップスター瀬奈じゅん

宝塚 瀬奈じゅん

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瀬奈じゅんさんについて アサコさんは、78期生で、同期に貴城けいさん、大空祐飛さん、檀れいさんがいます。 その一つ上が、伝説の77期生、花總まりさん、春野寿美礼さん、朝海ひかるさん、安蘭けいさん。 春野寿美礼さんと「おさ・あさ」コンビで人気がありました。 おささんが花組トップに就任してからも、「おさ・あさ」黄金時代に。 当時おささんの大ファンだった私は、そのまま二人のコンビは継続していくと思っていました。 しかし90周年の「2番手シャッフル時代」になって、アサコさんは月組公演「飛鳥夕映え」に出演。 その公演では、同期の貴城けいさん、大空祐飛さんと3役役替わりを経験。 そしてその公演の 東京公演の集合日に、アサコさんは応接室に呼び出されて 月組に組替して、「エリザベート」のエリザベートを演じ、次期月組主演男役にと、告げられたそうです。 その内容は、「日々、ことだま 瀬奈じゅんエッセイ集」に記されていました。 ご本人が記されているので、本当でしょう。 組替えのショックと、「エリザベート」のエリザベート役を演じるということで、トップスターになれるという喜びなんて感じている余裕はなかったそうです。 当時の花組ファンとして、乗りに乗っている「おさあさ」が引き裂かれて、アサコさんが月組に組替することは、とても残念でした。 当のアサコさんは、花組に対して 未練がありありのように思え、月組のトップが嬉しそうでなかったように、私は勝手に感じていました。 月組のトップ時代より、花組の自由な若手の時の方が、キラキラして魅力的だったような。 これは私の主観です 瀬奈じゅんトップは花組の延長体制でスタート 花組時代に主演東上公演「マノン」の相手役をし、仲の良かった 彩乃かなみさんを宙組から呼び、相手役に就任。 元花組だった 霧矢大夢さんを頼りにしているようにみえました。 トップスター就任後しばらくして、下級生の 花組の桐生園加さんを月組に呼びました。 この組替は、明日海りおさんが花組トップに就任してから、 鳳月杏さん ちなつ を月組に組替させたのと少し似ている感じもします。 しかし今回の「トーク」で、 組替を自分にとってとても良かったと仰っていることが、印象的でした。 花組時代が輝いていたというのは、私の勝手な思い込みでした。 瀬奈じゅんさんの組替についての話 アサコさんによると、組替をクラス替えくらいの感覚で捉えている人が多いけど、実際にしたら、組替は、 ゼロからの出発だそう。 「クラス替え」なんかに例えられない、大変なものだということですね。 組替えをせず、花組にいたなら、みんなを知ろうとしなかったし、 甘えていたと思う。 人間関係が出来上がっている所にポッと入っていくので、一人ひとりを知ろうと努力する。 組替えでトップになったことで、みんなを知ろう、知らなきゃあ、みんなのことを見なきゃあと思えたことは、本当に良かったと思う。 自分は芝居では「受け身」なので、トップに向いていないと思っていたけど、 やりたいことをやるためには、トップになるしかないと思った。 そして、背中を見て、ドーンと見せることのできるトップを目指した。 スペインの闘牛場で写真集の撮影をしたときに、360度客席に囲まれていて、その真ん中でマントを振ることで、スキを見せれない状況を経験して、それを舞台で組子にみせれたらと思った。 このアサコさんのトップスターとしての姿勢は、ちなつさんにしっかり伝わっていて、大尊敬しているようでした。 アサコさんのアドバイスは、しっかり覚えているそうです。 組替え経験者同士 アサコさんがちなつさんの月組公演を観ての一言目は、 「組替えして良かったでしょ」 「組替えして、戻って来て良かったね」 アサコさんによると、「月組」と「花組」は真逆な組だそう。 ちなつさんが花組に行って、それまで「物足りない」と思っていた部分が、自分で変わっていったのをとても感じていたそう。 花組は独特の「俺だけを見ろ」という男役の押し出しの強さがあって、組替後ちなつさんは、それがぐっと出てくるようになった。 そのちなつさんが、月組に戻ってきたので、それに月組生が刺激を受けて変わっていったらよいなと思っているそう。 明日海りおさんとのLINE 明日海さんの退団公演をアサコさんが観劇した後、みりおさんから、下記のようなLINEが届いたそう。 「 月組に来て果たして幸せに退団されたのかな、と思っていた自分を反省しています by明日海りお」 「みりおらしいでしょ。 多分みりおは色々なことを感じていて、みりお 自身が幸せに卒業したから、私も幸せに卒業したから、その気持ちがわかるのだと思う」と、アサコさんは仰っていました。 さらに追加でアサコさんは、 「 それで戻ってきたのだもの!」と、さらに 組替経験+戻り の貴重さを強調されていました。 「 御曹司」的な、育った組でのびのびと成長する幸せ感もあるけれど、 アサコさんご自身や、ちなつさんは、「組替を通せないと変化できなかった」存在であり、私たちには、 「組替えが合っていた」と仰っていました。 アサコさんは、2009年12月27日に『ラスト・プレイ』アリステア/Heat on Beat! 』で、宝塚を退団されました。 今年が退団10周年だそうです。 彩輝直さんがトップの時に「エリザベート」のエリザベート役を演じる時に月組に組替をしているので、厳密にいうと 「落下傘」トップでは無いかもしれませんが、組替後トップというのは、苦労も大きかったけど、得るものも大きかったようです。 永久輝せあくんについて 花組に組替した 永久輝せあくんもで組替のことを語っています。 振付された瞬間から「男役というものを常に意識しながら踊っている」のが花組の男役さんだそう。 この一言からも、なんとなく花組らしさを感じます。 「ダンスオリンピア」の舞台からひとこちゃんの成長をとても感じました。 組替前の「雪組全国ツアー」から、覚悟ができていたように感じました。 「組替はゼロからのスタート」とアサコさんが表現されていたように、本当に本人にしかわからない 大変さだと思いますが、それに匹敵する スターとしての魅力の深まりがファンにつたわってきます。 昨年組替の発表があって実際に異動が終了したところですが、 2020年も新たな組替がありそうな気がします。 アサコさん、ちなつさん、ひとこちゃんの話を聞いていると、組替は悪いものではないのだな、と思います。 2回の組替を経て芸の幅を広げたちなつさんは、素晴らしい舞台を魅せてくれるだけでなく、後輩のお手本としても貴重な役割を担っていらっしゃると思います。 今日の夕方から観劇予定なので、また感想を記します。 ここまで読んでくださってありがとうございます。 ランキングに参加しています。 スポンサーリンク•

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激動の経歴 1992年78期生として入団、花組に配属されます。 同期には 貴城けいさん、 大空祐飛さん、 檀れいさんがいます。 1998年「SPEAKEASY」で、新人初主演。 2001年『マノン』でバウホール公演初主演。 着実にキャリアを積んでいきます。 新人公演を卒業した辺りから、1期上の 春野寿美礼さんとコンビで活躍されるようになり、「オサアサコンビ」と呼ばれるようになりました。 そして2000年、宝塚ファンを激震させる制度が発足します。 それは俗に「 新専科制度」とよばれ、各組の2・3番手の男役をまとめて「新専科」に移動させるというものです。 ベテランが所属する「専科」とは一線を画し、「新専科」の生徒は各公演の2番手格として特別出演するのです。 バウホールなどの小劇場には主役として出演することもありました。 当時、男役スターが飽和状態だったためにとられた措置といわれています。 今、同じ制度が出来たらと思うと・・・良くも悪くも考えられないですね。 そして翌年の2001年、 春野寿美礼さんが在団12年目にしてトップスターに抜擢、 瀬奈じゅんさんは2番手を務めるようになります。 「オサアサコンビ」として息の合ったコンビネーションを魅せてくれていましたが、2004年次期トップスターに内定し、月組に組換えとなります。 そして組み換え後初の公演『エリザベート』では、2番手男役でありながらヒロインそしてタイトルロールのエリザベートを演じるのです。 月組トップスターとして 2005年、満を持しての月組トップスターに就任します。 相手役には、花組時代に共演経験のある彩乃かなみさんを迎えました。 彩乃かなみさんとのトップスターコンビ、大空祐飛さんとの同期コンビ、霧矢大夢さんとの1・2番手コンビ、どの角度から見ても楽しめる、魅力的なトップスターでした。 しかし就任以来作品に恵まれず、ヒット作のない状態が続きました。 2008年、『ME AND MY GIRL』の主人公ビル役を演じます。 若手の頃から、ビルのイメージにぴったりとのことで、ファン待望の公演でした。 私も観に行きましたが、「ひとりのラッキーより、ふたりのハッピー」というキャッチフレーズにぴったりな、心からハッピーになれる素晴らしい公演でした。 余談ですが、現在の月組トップスター珠城りょうさんは、この公演が初舞台でした。 そしてこの『ME AND MY GIRL』は、相手役 彩乃かなみさんの退団公演でもありました。 以来退団まで相手役不在のトップスターとなったのです。 それだけお二人の絆は深かったということなのでしょうか。 もしくは、劇団からの指示だったのでしょうか。 その真相はわかりません。 相手役不在の間には、大作『エリザベート」も公演され、エリザベート役を全組にわたるオーディションで決めるという異例中の異例の方針がとられました。 これらの出来事には賛否両論ありました。 「あさかなコンビ」の絆に涙するファンもいれば、月組の娘役とは組めないの!?という怒りの声もありました。 そういった意見の矢面に立たされたのは、瀬奈じゅんさんなのです。 そして2009年に12月、宝塚を退団します。 男役の美学 瀬奈じゅんさんを語るうえで欠かせないのが「男役の美学」です。 「男役10年」という言葉が物語るように、男役は10年のキャリアを経てようやく完成すると言われています。 ただ男を演じるのではない、「男役」を演じなければならない。 — 2019年 4月月26日午後7時33分PDT 「男役」に到達するまでには、並々ならぬ努力、様々な紆余曲折があるのでしょう。 月組トップスター時代、男役数人との対談にて語られました。 「こんなに自分の欠点ばかり探す仕事無いよね。 」 瀬奈じゅんさんは、長身・小顔・端正な顔立ち・抜群のスタイルと一般人とは比べ物にならないほどの魅力をお持ちです。 しかし、毎日鏡を見てはメイクの研究をし、衣装の細部までミリ単位で調整するそうです。 また、照明の角度や光の当たり方、発声の方法、この役ならスーツのどこにしわが出来るのだろう・・・といったことにまで気を遣われていました。 完成した男役は後ろ姿が違うそうです。 瀬奈じゅんさんの後ろ姿は、紛うことなき本物の男役でした。 そんな瀬奈じゅんさんに憧れるタカラジェンヌは多いでしょう。 まさにスターですね。 退団後の活動 宝塚を退団後、女優・瀬奈じゅんの初披露は「エリザベート」です。 宝塚時代には3度の出演経験があり、いずれも主要人物を演じただけあって、まるで本当にエリザベートの魂を宿したような、圧巻の演技でした。 その後も舞台女優として、コンスタントに活動を続けています。 また、舞台より少ないですが、時々ドラマにも出演しています。 元タカラジェンヌがそんな役をするの!?と驚いた方もいたかもしれません。 しかし、瀬奈じゅんさんは月組時代、度々アフロ姿を披露しているため、ファンには懐かしい装いだったのではないでしょうか。 気の強いお母さん役、とてもはまっていましたね。 プライベート 2012年、舞台俳優の千田真司さんと結婚されています。 舞台での共演がきっかけで交際が始まったそうです。 昨年、特別養子縁組制度にて、お子さんを迎えられたことが、大きな話題となりました。 「我が子は、その小さな体ではまだ抱えきれないであろう運命を持って産まれてきました。 私たちは常に寄り添い、支え、共にその運命を乗り越えていく覚悟です。 」 あさこさん、そして夫である真司さんの、暖かいお人柄を感じさせる言葉ですね。 2019年8月には、月組トップスター時代、2番手を務められていた霧矢大夢さんのディナーショーに出演されるそうです。 再びあさきりコンビを見られるなんて、ファンは感無量です。 やはり同じ時期に宝塚で過ごしてきた仲間との絆は深いのでしょう。 元タカラジェンヌのSNSにも度々登場されているので、見逃せないですね。 まとめ 元月組トップスター、瀬奈じゅんさんについて語ってきました。 退団して何年も経ち、宝塚時代の瀬奈じゅんさんを知らない方も増えているでしょう。 しかしその男役としての生きざまは、いつの時代も「私の御贔屓さんも、こういう男役になってほしい」と思わせる魅力があるのです。 これからも女優として、母として、「瀬奈じゅん」として、私たちの記憶に刻まれていくでしょう。

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元月組トップスター瀬奈じゅんさんの人生【養子縁組が当たり前の選択肢に】

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俳優の瀬奈じゅんさんは、特別養子縁組で生後まもない赤ちゃんを家族に迎えました。 その決断や、子どもとの日々について、お話をうかがいました。 イヤイヤ期に入ってきたかな。 たとえば、バナナが大好きなんですが、むいて渡すと自分でむきたいから「イヤ」って。 でも、むかずに渡すと、「むいて」って渡してくるんですけど(笑)。 大変だけど、おもしろい。 なぜかお菓子のことを「アバ」と覚えちゃって、お菓子を見ると「アバ、アバ」って言うんです。 最近は「開けて」と言えるようになったんですけど、なぜか「あーけーて」と言う。 出来ること、言える言葉がひとつひとつ増えていくのが本当に楽しいです。 結婚したのは2012年、38歳の時です。 体外受精を7回しましたが出産にはいたらず、精神的に不安定になった時期もありました。 夫婦で何度も話し合い、特別養子縁組で生後5日の赤ちゃんを迎えました。 特別養子縁組は実父母が育てられない子どもを、子育てを望む夫婦が迎えて戸籍上も親子になる制度です。 不妊治療は、やろうと思えばいくらでも出来るから、きりがないんです。 ただ、私が目指していたのは子どもを産むことではなくて、育てて家族になること。 それが描いていた未来でした。 でも、いつの間にか産むことが….

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