赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法。 切れ字

国語 3−1−期

赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法

有名な俳句について• 一般的に「有名」「名作、名句」といわれ、評価が高い俳句を中心に選びました。 並んでいる順番は、俳句の文字の五十音順です。 有名な俳句 30選 赤い椿 白い椿と 落ちにけり 【意味 1】赤い椿、白い椿 の花が 落ちて 広がって いるなあ… 【意味 2】赤い椿、白い椿 の順に花が 落ちてゆくなあ… 【作者】 河東碧梧桐 かわひがし へきごとう 【季語】椿-春 【補足】碧梧桐は正岡子規 まさおか しき から俳句を学びました。 秋深き 隣は何を する人ぞ 【意味】秋は深まってきた。 隣の人は何をしているのだろうか… 【作者】松尾芭蕉 まつお ばしょう 【季語】秋深き 【補足】芭蕉は 俳聖 はいせい と称されますが、俳句 発句 よりも連句 俳諧 を好んだといわれています。 朝顔に つるべとられて もらい水 【意味】朝顔に つるべを取られて しまって もらい水 をしました … 【作者】加賀千代女 かがのちよじょ 【季語】朝顔-秋 【補足】千代女には、朝顔について歌った句が多くあります。 あさがほや まだ灯火の 薄明り 朝顔や 宵から見ゆる 花のかず 荒海や 佐渡に横とう 天の川 【意味】荒海… 佐渡 の方角 に横たわっている天の川… 【作者】松尾芭蕉 【季語】天の川-秋 【補足】「横たふ」は「横たわる」の意味です。 うまさうな 雪がふうはり ふわりかな 【意味】うまそうな雪が「ふうわり ふわり」と 落ちて来る … 【作者】小林一茶 こばやし いっさ 【季語】雪-冬 【補足】一茶は約22,000もの句を作り、芭蕉 約1,000句 、蕪村 約3,000句 らと比較しても群を抜いています。 梅一輪 一輪ほどの あたたかさ 【意味】梅が一輪 咲いた … その 一輪分の暖かさ が感じられるようだ … 【作者】服部嵐雪 はっとり らんせつ 【季語】梅-春 【補足】嵐雪は、芭蕉の 高弟 こうてい=弟子のなかでも特に優れた者 といわれています。 柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺 【意味】柿を食べたら ちょうど 鐘が鳴った、法隆寺の 鐘が … 【作者】正岡子規 まさおか しき 【季語】柿-秋 【補足】子規は生涯で20万以上の句を詠みました。 行水の 捨てどころなし 虫の声 【意味】行水の 残り水を 捨てる場所がない、虫の声 がするので … 【作者】上島鬼貫 うえじま おにつら 【季語】虫-秋 「行水」は夏 【補足】鬼貫は芭蕉とも交友がありました。 鶏頭 けいとう の 十四五本も ありぬべし 【意味 1】鶏頭の花が 見えるが 14、5本もあるのだろうか… 【意味 2】 私はまだ見ていないが、今年も 鶏頭が 14、5本も咲いているのだろうか… 【作者】正岡子規 【季語】鶏頭-秋 【補足】鶏頭は、花の形状が ニワトリの鶏冠 とさか に似ていることから名付けられました。 これがまあ 終 つい のすみかか 雪五尺 【意味】これがまあ、最期の家 になるの か… 雪が五尺 ほど積もっている … 【作者】小林一茶 【季語】雪-冬 【補足】五尺は約1. 5メートルです。 五月雨を 集めてはやし 最上川 【意味】五月雨を集めて早い 流れとなった 最上川 もがみがわ … 【作者】松尾芭蕉 【季語】五月雨-夏 【補足】五月雨 さみだれ とは、旧暦の5月頃に降る長雨のことをいいます。 さらさらと 竹に音あり 夜の雪 【意味】さらさらと竹に 当たる 音がする、夜の雪 が … 【作者】正岡子規 【季語】雪-冬 閑 しず かさや 岩にしみ入る 蝉の声 【意味】 この 静けさ… 岩に浸み入る ような 蝉の声… 【作者】松尾芭蕉 【季語】蝉-夏 【補足】この句は、芭蕉が出羽国 でわのくに、現在の山形市 の立石寺 りっしゃくじ に参詣したときに詠んだもので、『奥の細道』に収録されています。 しばらくは 花の上なる 月夜かな 【意味】しばらくは、花の上に月がある今夜… 【作者】松尾芭蕉 【季語】「花」は春の季語、「月夜」は秋の季語なので、 異季の季重なりの句ということができます。 すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る 【意味】雀の子よ、そこをどけ 早く どけ、お馬が通るよ 【作者】小林一茶 【季語】すずめの子-春 旅に病 や んで 夢は枯 か れ野を かけめぐる 【意味】旅 の途中 で病にかかり、夢 の中 で 私は 枯野をかけめぐっている 【作者】松尾芭蕉 【季語】枯れ野-冬 【補足】この句は、 松尾芭蕉の辞世の句といわれています。 遠山に 日の当たりたる 枯野かな 【作者】高浜虚子 【季語】枯野-冬 【補足】前出の河東碧梧桐と高浜虚子は「子規門下の双璧」といわれました。 夏草や つわものどもが 夢の跡 【意味】夏草… その昔の 武士たちの夢の跡… 【作者】松尾芭蕉 【季語】夏草-夏 【補足】「つわもの」は、とても強い武士たちのことをいいます。 菜の花や 月は東に 日は西に 【意味】菜の花… 月は東に 昇って 、日は西に 沈んでゆく … 【作者】与謝蕪村 よさ ぶそん 【季語】菜の花-春 【補足】蕪村は数多くの俳画 絵画 も残しています。 ねぎ白く 洗ひたてたる 寒さかな 【意味】ねぎを 泥を落とし 白く洗いたてる =よく洗う と、寒さ が一層 … 【作者】松尾芭蕉 【季語】ねぎ 葱 -冬 【補足】この句は、美濃の国の本龍寺でつくられたといわれています。 春の海 ひねもすのたり のたりかな 【意味】春の海… 一日中、のたりのたり… 【作者】与謝蕪村 【季語】春の海 【補足】「ひねもす」は、「終日、一日中」という意味です。 古池や 蛙 かわず とびこむ 水の音 【意味】古池… 蛙が飛び込んだ ようだ 、水の音 が … 【作者】松尾芭蕉 【季語】蛙-春 【補足】俳諧集『庵桜 いおざくら 』には、芭蕉の句として「 古池や 蛙飛ンだる 水の音」が収録されています。 名月や 池をめぐりて 夜もすがら 【意味 1】池に映る中秋の名月を眺めながら、一晩中池の周りを歩いた 【意味 2】空にある中秋の名月を眺めながら、一晩中池の周りを歩いた 【意味 3】中秋の名月が、一晩かけて池の周りを移動していく 【作者】松尾芭蕉 【季語】名月-秋 【補足】「夜もすがら」は漢字で「終夜」と書き、夜通しを意味します。 名月を とってくれろと 泣く子かな 【意味】 今夜の 名月を「取ってくれ」と泣く子… 【作者】小林一茶 【季語】名月-秋 【補足】「とってくれろ」とは、「とって欲しい」の意です。 目には青葉 山ほととぎす 初がつお 【意味】目には青葉 が映り … 山にはホトトギス… そして 初鰹 が出回っている … 【作者】山口素堂 やまぐち そどう 【季語】青葉、山ほととぎす、初がつお-いずれも夏 【補足】素堂は松尾芭蕉と親しい交流がありました。 やせ蛙 がえる 負けるな一茶 これにあり 【意味】やせ蛙よ、負けるな。 一茶がここにいるぞ 【作者】小林一茶 【季語】蛙-春 【補足】この句は、武蔵の国の竹ノ塚でつくられたといわれています。 やれ打つな はえが手をする 足をする 【意味】やれ、打ち =叩き なさるな。 蠅が手をすり、足をすっている から 【作者】小林一茶 【季語】はえ-夏 【補足】蠅のしぐさを命乞いする姿に見立てた句です。 夕立や 草葉をつかむ むら雀 【意味】夕立… 草の葉をつかむ雀たち… 【作者】与謝蕪村 【季語】夕立-夏 「むら雀」は春 【補足】「むら雀」とは、雀の群れのことをいいます。 雪とけて 村一ぱいの 子どもかな 【意味】雪が解けて、村いっぱいの 遊んでいる 子供たち… 【作者】小林一茶 【季語】雪とけて-春 をととひの へちまの水も 取らざりき 【意味】おとといの糸瓜の水も取らなかった… 【作者】正岡子規 【季語】へちま-秋 【補足】子規の辞世の句といわれています。 【関連ページ】 関 連 ペ ー ジ 芭蕉、蕪村、一茶の俳句や季節ごとに集めた俳句などは、こちらをご覧になってください。

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中学国語「よく出る覚えておきたい俳句一覧」

赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法

碧梧桐の碑() 温泉郡千船町(現・千舟町)にて士で・明教館のであった河東坤(号・静渓)の五男として生まれる。 少年の頃はの友人で後に海軍中将となる秋山淳五郎()を「淳さん」と敬愛していた。 (明治21年)、伊予尋常中学(現在の)に入学。 (明治22年)、帰郷した子規にを教わったことがきっかけで、同級生の高濱清(後の)を誘い子規よりを学ぶ。 (明治26年)、の入学。 (現在の)に編入の後、中退。 (明治33年)、の妹、茂枝と結婚。 (明治35年)に子規が没すると、新聞『』俳句欄の選者を子規より受け継ぐ。 (明治38年)頃より従来の五七五調の形にとらわれない 新傾向俳句に走り始め、(明治39年)より(明治44年)にかけて新傾向俳句の宣伝のため二度の全国俳句行脚を行う。 (昭和8年)、祝賀会の席上でからの引退を表明した。 (昭和12年)1月、を患い、更にを併発し、2月1日、にて64歳で死去。 墓所は父母が眠る松山市の宝塔寺及びの梅林寺に分骨されている。 作家論 [ ] 碧梧桐と虚子は「 子規門下の双璧」と謳われ、青年期には厚い友誼を結んでいたが、芸術面では守旧派として伝統的な五七五調を擁護する虚子とは激しく対立していた。 新傾向俳句から更に進んだ定型や季題にとらわれず生活感情を自由に詠い込む俳句誌『 層雲』を主宰すると行動を共にした。 しかし、(4年)には井泉水と意見を異にし、層雲を去っている。 碧梧桐はその年の3月、俳誌『』を主宰。 更にこれもに譲る。 昭和初期にがにフリガナ()を振る ルビ俳句を試作、これに賛同した碧梧桐もこれを作るようになるが、これは支持を得られなかった。 引退については「俳句創作への情熱の衰え」と「虚子への抗議」の意味が込められていた。 子規は、碧梧桐と虚子について「 碧梧桐は冷やかなること水の如く、虚子は熱きこと火の如し、碧梧桐の人間を見るは猶無心の草木を見るが如く、虚子の草木を見るは猶有上の人間を見るが如し。 」と評していた。 碧門の人々 [ ]• 1836• 1863• 1871• 1872• 1872• 1873• 1875• 1875• 1877• 1877• 1878• 1879• 1881• 1881• 1882• 1883• 1883• 1884• 1886• 1887• 1887• 1887• 1888• 1890• 1891• 1893• 1894• 1893• 1889• 1897 数字は生年 代表句 [ ]• 蕎麦白き道すがらなり観音寺• 赤い椿白い椿と落ちにけり• 相撲乗せし便船のなど時化 (しけ)となり• 雪チラチラ岩手颪 (おろし)にならで止む• ミモーザを活けて一日留守にしたベットの白く• 曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空だ 著書 [ ]• 俳諧漫話 新声社 1903. 俳句評釈 人文社 1903. 俳句評釈 大学館 1904. 3 俳句入門叢書• 蚊帳釣草 俳書堂 1906. 新俳句研究談 東京大学館 1907. 三千里 金尾文淵堂 1910. 12 のち春陽堂文庫• 続三千里 金尾文淵堂 1914/上下 1989• 新傾向句集 日月社 1915• 碧梧桐句集 編 俳書堂 1916• 碧梧桐は斯う云ふ 大鐙閣 1917• 支那に遊びて 大阪屋号書店 1919/復刻・ 1999• 八年間 碧梧桐句集 玄同社 1923• 二重生活 1924 改造社随筆叢書• 子規乃第一歩 俳画堂 1925• 画人 中央美術社 1926• 碧梧桐青鸞俳画集 黒住常二郎 大日本美術社 1926• 新興俳句への道 1929• 山を水を人を 日本公論社 1933• 子規を語る 汎文社 1934/ 2002• 煮くたれて 双雅房 1935• 山水随想 日本公論社 1937• 子規の回想 昭南書房 1944/で復刊 1992、1998• 碧梧桐句集 ・共編 1954• 碧梧桐全句集 編 蝸牛社 1992. なつかしき人々 碧梧桐随筆集 滝井孝作編 1992. 河東碧梧桐 蝸牛社 1996 蝸牛俳句文庫• 河東碧梧桐全集 全18巻 短詩人連盟 2001-2009• 碧梧桐俳句集 編 2011• 碧梧桐句集 中塚唯人・ 共編 2015 脚注 [ ]• 『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)110頁 参考文献 [ ]• 『新版俳句歳時記』()近現代俳人系統図 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] ウィキクォートに に関する引用句集があります。

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短歌・俳句

赤い椿白い椿と落ちにけり 表現技法

初めまして。 こんにちは。 私は今、俳句について色々と調べているのですが、 自由律俳句と字余り字足らずの定義がしっくりきません。 ある程度の定型感が保てていれば、定型俳句の字余り、字足らずになるのでしょうか。 そもそも自由律俳句は碧梧桐が提唱し、 更に井泉水が徹底していったものですが、 自由律俳句で有名なのは、山頭火と放哉だと思います。 例を挙げれば、 【夕立やお地蔵さんもわたしもずぶぬれ】 山頭火 【こんなよいつきを一人で見て寝る】 放哉 などは、自由律俳句の典型かと思いますが、 では、 【赤い椿白い椿と落ちにけり】 璧梧桐 の詩は、自由律俳句なのでしょうか。 それとも字余りの詩なのでしょうか。 定型感を保っていれば、定型詩だとしても、 ある程度の基準などがあるのだと思います。 そういった基準や、どういうものなら自由律なのか、 どなたがご教授ください。 宜しくお願い致します。 No1さんの回答に触発されて、のこのこやってきた者です。 素人ですから参考程度にお聞きいただければと思います。 まず結論から考えると「自由律俳句と字余り字足らずの定義」は無いのでは ないでしょうか。 そして例に出されいる碧梧桐の句である、 「赤い椿白い椿と落ちにけり」は単なる字余り俳句ではないのでしょうか。 俳諧との別れを告げ、五七五定型の俳句として認知されるようになったのは 子規の登場からだと言われていますが、その後継者である、虚子と碧梧桐では 俳句に対して目指していたものが異なっていますよね。 もともと自由律俳句は虚子の「ホトトギス」系の季語定型の句にたいして、 反旗を翻した要因も多少はあるでしょうし、当時の自由思想に感化されたことも あるでしょうが、もっともおおきな要因は やはり作者たちの内部的な誘因があるのではないでしょうか。 碧梧桐の「赤い椿白い椿と落ちにけり」の句ですが、 山本健吉さんはこの句についてこのように述べられています。 「地上の落椿ではなく、落下の瞬間の、空中に引かれた紅白の二本の棒のごとき 鮮やかな色彩として詠んだ、抽象絵画的なイメージである」(俳句鑑賞歳時記より) 以後はこの句にたいするわたしのの感想ですが、「赤い椿」を「赤椿」と表現しても、 表現上さして問題はないのですが、「赤い椿」と中に「い」を挿入することによって 椿の色の独自性がより強調されてきますし、句全体から溢れてくるスローモーション的な イメージの重要な役割をはたしているように思います。 ですから作者はどうしても「赤い椿」「白い椿」と表現したかった。 それが結果的に 字余りになってしまった。 こんな風に感じるのですが。 まずはじめにどうしても表現したいものがある、 こうした内部的な誘発と言えばいいのでしょうか、それを推し進めていったのが、 碧梧桐の後継者である、荻原井泉水や放哉なんだと思います。 現在でも自由律俳句の結社はあるでしょうし、季語定型にこだわらない結社もあると思います。 しかし肝要なのは作者が何を表現したいか、(あるいは何を表現したかった)であって、そのぎりぎりの表現のところで、結果的に字余り字足らずになってしまったり、自由律俳句になってしまうのではないでしょうか。 また読者はそのように鑑賞すれば良いのではないかとしきりに思うのですが。 私は職業柄、子供たちに俳句を教えなければならなかったので、もし明確なものがあるのなら知りたいなと思ったのです。 その明確な定義が存在していないことは、俳句を鑑賞する側にとっては、自由な解釈や読み手によって変わってくる感じ方を楽しめますし、それが俳句の面白さや奥深さでもあるのだと思います。 読み手によって判断が違うことを、正岡子規は俳句の欠点だと仰っていましたが、やはりそれがあるからこそ面白いのだとも思います。 詳しく解説して頂いて、有難う御座いました。 あまり俳句は好きでは無かったのですが、切っ掛けは仕事でしたが、最近少しずつ面白さを感じています。 ご回答有難う御座いました。 五七五を少し囓っているだけで、とてもご回答を差し上げるほどの者でもないのですが、(レスが少ないようですので)ご参考までに。 五七五音の定型俳句に対して、音数や季語にしばられず文字通り自由につくる俳句が自由律俳句と呼ばれるものですよね。 ということは、 >ある程度の基準などがあるのだと思います。 >そういった基準や、どういうものなら自由律なのか・・・ については、基準が無いから自由律ということは、言えないでしょうか。 ある句があり、結果として自由律があるのではなく、句を作ろうとする時点で定型、自由律の違いが既に出ているということは言えないでしょうか。 >【赤い椿白い椿と落ちにけり】 璧梧桐 についても、作者が定型句を意識して作ったのであれば、字余りであり、そうでなければ自由律という風に。 蛇足ですが私は今、自由律の俳人「住宅顕信」さんにとても興味があります。

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