ドリカム 何 度 でも 歌詞。 DREAMS COME TRUE 何度でも 歌詞

【音楽の日】ドリカムの『何度でも』に視聴者みんな涙!ツイッター感想まとめ

ドリカム 何 度 でも 歌詞

頑張れとか希望とか夢とかを歌ってるのが苦手 この番組は、ゲストが得意ジャンルや、現在ハマっているものをマツコさんにプレゼンしていくという内容だ。 この日のテーマは「ドリカムの世界」。 ゲストは、「DREAMS COME TRUE」のリーダー、中村正人さんだった。 コーナーが始まってすぐ、「どうもドリカムが苦手だという方々がいる。 マツコさんに象徴されるドリカムアレルギーをなんとかしたい」と、話し始めた。 マツコさんも、「嫌いではないけど、何がアレルギーの原因かって考えると、歌詞の世界観ですね。 私からすると完全な夢を見させられている感じ」「ドリカムは幸せの象徴なのよ」と反応。 自身がドリカムアレルギーであることを認めた。 このトークをきっかけに、Twitterでは 「斜に構えたヤツからするとなんか眩しすぎるんだよな。 直視できない」 「『ドリカムアレルギー』じゃないのよ。 吉田美和アレルギーなのよ」 「ドリカム限定じゃないけど、万人受けするような曲だったり、前向きとか頑張れとか希望とか夢とかを歌ってるの自体が苦手やわ」 「ドリカムアレルギーわかる............ 光・良い人・同調求め系がだめなんだわ」 「長年、DREAMS COME TRUEという人達に、何やら大変もやもやした、複雑な感情を抱いていたのだが、「ドリカムアレルギー」という大変判りやすい単語で言語化されたことによって、そのもやもやしていたものがいっぺんに具体的になり、非常にスッキリした気持ちであります」 など共感する声があがり、一時はトレンドワード1位にまでなった。 コメントを見てもわかるとおり、アレルギーの人は、吉田さんが書く歌詞の世界観、「愛」「頑張れ」「希望」といったポジティブさに拒否反応を示すようだ。 ドリカムは、1988年1月に結成。 ヴォーカルとベースの2人編成で、全ての作詞を吉田美和さんが行っている。 1992年の5thアルバム「The Swinging Star」は累計売上枚数300万枚を突破した。 影響力は多岐にわたり、2006年に大和総研が「ドリカム人気が上がれば、株価も上昇する」という調査結果も発表している。 これほどまでドリカムの曲に勇気づけられた、というファンが多い一方で、アレルギーと呼ばれる人が出てくるのはなぜなのか? 心理学者の杉山崇氏に話を聞いた。 それもキレイなメロディー、美しい歌声にのせて伝えてくれる。 諦めそうな夢を励ましてくれる気分になれるんです。 ただ、その一方で、『もう諦めてしまいたい人たち』『現実を見ている人たち』は、このドリカムワールドに違和感を感じます。 耳障りという人もいるでしょう」 杉山氏によると、もともと日本人は夢よりも現実を見る人が多い国民性だという。 ドリカムの世界観とは反しているが、なぜドリカムは国民に愛されたのか? ドリカムが流行った90年代は、バブルの残り香がまだあった。 「終わり」が分かっていつつもこの生活を手放したくないという「ポジティブ強迫」になっていた。 そこに、ポジティブなドリカムの世界観がはまったのでは、と杉山氏は分析する。 そして時代は流れ、今は「さとり世代」の発信力が強まっている。 「さとり世代の人たちは、基本、現実を見ていますから。 当時では『ドリカムはちょっと...... 』と言いづらい風潮も、徐々に緩和されていったのでしょう。 そこに来ての『ドリカムアレルギー』という言葉。 ざっと見ただけでも、西野カナアレルギー、aikoアレルギー、大塚愛アレルギー、EXILEアレルギー、ミスチルアレルギー...... いずれも、多くの人に影響を与えるアーティストばかりだ。 有名になると聞きたくない人の耳にも入ってきてしまう。 そこでついていけない人が出てくるのは当たり前なんです。 でもね、アレルギーの人がいるということは、それだけ際立った『色』がある証拠です」 と、話す。 「色」があればあるほど、アレルギーを発症する人が多いのは仕方ないのかもしれない。

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ドリカムの「何度でも」の歌詞をしらないので、教えて下さい...

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「怒っても」というワードを入れています。 後半にも登場する 「やり場のない怒り」というフレーズ。 この歌がリリースから時が経つにつれ支持されるようになったのは、現代人がそれほどやり場のない怒りを抱えているからなんでしょう。 この繰り返しが曲の説得力になっています。 また、ここは意外とリズムが難しい箇所。 この裏拍を刻むリズムが聴き手を前へ前へという意識に向かわせます。 吉田美和のリズム感が歌詞に力を与えているんですね。 「きみ」はひらがな表記。 この「きみ」は家族や友達や恋人やかつての自分や未来の誰かのことかもしれない。 ひらがな表記なので、聴く人がイメージを広げやすくなっています。 そして、こちらも印象に残る 「10000回だめで へとへとになっても 10001回目は何か変わるかもしれない」というフレーズ。 「一万回」と表記してもいいところですが、あえて0の数の多さが分かる「10000回」を選んでいます。 一万回の挑戦というのは果てしない数。 しかし、この過剰さこそがこの曲の魅力です。 また、「いちまんかい」という音が良い。 たとえば 「一千回」「一億回」でも歌詞の音の数は合います。 しかし「いっせーんかーい」「いちおーくかい」と発音するより「いちまーんかーい」のほうが語呂がいい。 「ま」と「か」で口を「a」にする音のリズムを作っているからですね。 日本語は大切なことを最後のほうに言います。 何度でも何度でもと繰り返した先にあるこの「自分と戦ってみる」フレーズ。 これがこの曲の要である「何度でも自分と戦ってみる」というメッセージ。 そして「10001回目は 来る」という言いきり。 「変わるかもしれない」という憶測を、ラストで確信に変えています。 一か所でも「来る」というフレーズがあるから、聴く側が「10001回目」を信じることができるんですね。 後半になって、「きみの歌を思い出すよ」というフレーズが登場します。 この曲が、 「苦しい時に思い出して自分や他人を励ます歌」になったのは、歌詞の中で「歌を思い出す」というフレーズがあったから。 『何度でも』は2005年にシングルとして発売されました。 ウイークリーチャート3位。 この曲は、当初から売上が良かったわけではありません。 ドリカムのメンバーである中村正人は、当初はこの歌詞がウケないのではと思っていたことを、インタビューで語っています。 しかしこの曲は、ファンに愛されます。 2007年のファンによるリクエスト投票で1位を獲得。 そして2011年の東日本大震災をきっかけに再び注目されます。 被災者へのエールの曲として全国のラジオ局でこの曲が流れました。 歌詞どおり 「歌を思い出す」現象が起きたのです。 吉田美和が歌詞に込めた想いが、何年も経って伝わったんですね。 TEXT:改訂木魚(じゃぶけん東京本部).

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下記は、ドリカムの「何度でも」の歌詞です。この曲は、浅田真央と佐藤コーチや...

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頑張れとか希望とか夢とかを歌ってるのが苦手 この番組は、ゲストが得意ジャンルや、現在ハマっているものをマツコさんにプレゼンしていくという内容だ。 この日のテーマは「ドリカムの世界」。 ゲストは、「DREAMS COME TRUE」のリーダー、中村正人さんだった。 コーナーが始まってすぐ、「どうもドリカムが苦手だという方々がいる。 マツコさんに象徴されるドリカムアレルギーをなんとかしたい」と、話し始めた。 マツコさんも、「嫌いではないけど、何がアレルギーの原因かって考えると、歌詞の世界観ですね。 私からすると完全な夢を見させられている感じ」「ドリカムは幸せの象徴なのよ」と反応。 自身がドリカムアレルギーであることを認めた。 このトークをきっかけに、Twitterでは 「斜に構えたヤツからするとなんか眩しすぎるんだよな。 直視できない」 「『ドリカムアレルギー』じゃないのよ。 吉田美和アレルギーなのよ」 「ドリカム限定じゃないけど、万人受けするような曲だったり、前向きとか頑張れとか希望とか夢とかを歌ってるの自体が苦手やわ」 「ドリカムアレルギーわかる............ 光・良い人・同調求め系がだめなんだわ」 「長年、DREAMS COME TRUEという人達に、何やら大変もやもやした、複雑な感情を抱いていたのだが、「ドリカムアレルギー」という大変判りやすい単語で言語化されたことによって、そのもやもやしていたものがいっぺんに具体的になり、非常にスッキリした気持ちであります」 など共感する声があがり、一時はトレンドワード1位にまでなった。 コメントを見てもわかるとおり、アレルギーの人は、吉田さんが書く歌詞の世界観、「愛」「頑張れ」「希望」といったポジティブさに拒否反応を示すようだ。 ドリカムは、1988年1月に結成。 ヴォーカルとベースの2人編成で、全ての作詞を吉田美和さんが行っている。 1992年の5thアルバム「The Swinging Star」は累計売上枚数300万枚を突破した。 影響力は多岐にわたり、2006年に大和総研が「ドリカム人気が上がれば、株価も上昇する」という調査結果も発表している。 これほどまでドリカムの曲に勇気づけられた、というファンが多い一方で、アレルギーと呼ばれる人が出てくるのはなぜなのか? 心理学者の杉山崇氏に話を聞いた。 それもキレイなメロディー、美しい歌声にのせて伝えてくれる。 諦めそうな夢を励ましてくれる気分になれるんです。 ただ、その一方で、『もう諦めてしまいたい人たち』『現実を見ている人たち』は、このドリカムワールドに違和感を感じます。 耳障りという人もいるでしょう」 杉山氏によると、もともと日本人は夢よりも現実を見る人が多い国民性だという。 ドリカムの世界観とは反しているが、なぜドリカムは国民に愛されたのか? ドリカムが流行った90年代は、バブルの残り香がまだあった。 「終わり」が分かっていつつもこの生活を手放したくないという「ポジティブ強迫」になっていた。 そこに、ポジティブなドリカムの世界観がはまったのでは、と杉山氏は分析する。 そして時代は流れ、今は「さとり世代」の発信力が強まっている。 「さとり世代の人たちは、基本、現実を見ていますから。 当時では『ドリカムはちょっと...... 』と言いづらい風潮も、徐々に緩和されていったのでしょう。 そこに来ての『ドリカムアレルギー』という言葉。 ざっと見ただけでも、西野カナアレルギー、aikoアレルギー、大塚愛アレルギー、EXILEアレルギー、ミスチルアレルギー...... いずれも、多くの人に影響を与えるアーティストばかりだ。 有名になると聞きたくない人の耳にも入ってきてしまう。 そこでついていけない人が出てくるのは当たり前なんです。 でもね、アレルギーの人がいるということは、それだけ際立った『色』がある証拠です」 と、話す。 「色」があればあるほど、アレルギーを発症する人が多いのは仕方ないのかもしれない。

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