ユー ち ぇ る 社長。 トップメッセージ

【FX初心者ch】 by 筋肉トレーダー

ユー ち ぇ る 社長

1968年生まれ。 東京理科大学卒。 1992年住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)入社、2000年バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)入社。 公的年金などを中心に、多岐にわたる運用業務に従事。 2007~2008年、大病とリーマン・ショックをきっかけに、それまで信奉してきた金融工学、数式に則った投資、金融市場のあり方に疑問を持つようになる。 2008年11月、鎌倉投信株式会社を元同僚と創業。 2010年3月より運用を開始した投資信託「結い2101」の運用責任者として活躍した。 鎌倉投信退職後の2018年9月、株式会社eumo(ユーモ)を設立。 著書『投資は「きれいごと」で成功する』(ダイヤモンド社)、『持続可能な資本主義』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『幸せな人は「お金」と「働く」を知っている』(イーストプレス)、『共感資本社会を生きる』(共著・ダイヤモンド社) 株式会社 eumo ユーモアカデミーディレクター 株式会社 ワークハピネス Co-Founder 一般社団法人 ユーダイモニア研究所 理事 大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。 法人営業および外国為替業務を担当。 様々な企業経営者と向き合う中で、経営において「人と組織のもつ潜在能力をどう引き出すか」という命題にたどり着き、自ら実践者となるべく2002年ワークハピネスの立ち上げに参画。 経営において社員やステークホルダーのハピネスが創造的価値を生むということの実証に取り組む。 また株式会社eumoでは、次の社会を担う認識の拡がった(OSチェンジ)人材創出と、自律分散型共感ネットワーク構築のための教育と場を提供するユーモアカデミーを立ち上げディレクターを務める。 東北大学会計大学院教授 元EY新日本有限責任監査法人 シニアパートナー 株式会社ダイブ 監査役 茨城大学大学院農学研究科修士課程修了 昭和63年に太田昭和監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)に入所。 グローバルに事業展開する日本企業の監査・アドバイザリー業務、金融機関・官公庁等のシステム監査に従事してきた。 世界4大会計事務所のひとつであるアーンスト・アンド・ヤングにおいて、日本エリアのChief Knowledge Officer, Chief Information Officer、新日本有限責任監査法人・常務理事 等を歴任。 アーンスト・アンド・ヤングのグローバルレベルでのIT組織統合プロジェクトに参画。 2010年クロスボーダーでITオペレーションを担う、アーンスト・アンド・ヤング・ビジネスイニシアティブ株式会社の設立に関わった。 著書に『図解でスッキリ仮想通貨の会計とブロックチェーンのしくみ』(共著、中央経済社)、『できるCIOになるための「経理・財務」の教科書』(共著、税務経理協会)などがある。 ソーシャルベンチャー活動支援者会議(SVC)事務局 一般社団法人ユーダイモニア研究所CFO 株式会社大阪送風機製作所 取締役 40年におよぶグローバルな企業財務の実務経験や金融・投資会社の経営経験と多様な人財ネットワークをもとに、社会的課題に挑戦する若手起業家、悩める大企業人や中小企業経営者達に寄り添い、人々のIKIGAIを見つけるお手伝いやお節介を日々実行している。 1955年大阪生まれ、滋賀県長浜市出身、慶応義塾大学経済学部卒、London BusinessSchool CF 卒、1979年4月日本電気 株 (以下NEC)入社。 20年近く本社財務部門および欧州金融子会社にて、コーポレートファイナンス関連業務に従事。 2000年本社財務部財務室長、05年米国統括会社初代CFO。 12年NEC上場金融会社代表取締役CFO。 16年 株 リサ・パートナーズ代表取締役社長就任、18年3月同社会長退任。 18年10月より株式会社eumo経営戦略本部経営企画室長を経て、2020年4月より現職 1983年、横浜生まれ。 Los Angeles Citrus College芸術学部音楽学科を卒業。 アメリカでの体験から起業するも、倒産・事業売却を経験。 「関わるもの全てに貢献することが企業の使命」と考えを新たにし、2007年ダイヤモンドメディア株式会社を創業。 「給与・経費・財務諸表を公開」「役職・肩書を廃止」「働く時間・場所・休みは自由」「起業・副業を推奨」「代表・役員は選挙で決める」といった独自の「管理しないマネジメント」として注目を集め、2017年「ホワイト企業大賞」を受賞。 ティール組織・ホラクラシー経営等、自律分散型経営の日本における第一人者としてメディアへの寄稿・講演・組織支援などを行う。 2018年にはこれらの経営を「自然(じねん)経営」と称して一般社団法人自然経営研究会を設立、代表理事を務める。 2018年に一般社団法人不動産テック協会を設立、初代代表理事を務める。 株式会社すららネット 取締役 株式会社トビムシ 取締役 株式会社西粟倉・森の学校 監査役 1974年長野県生まれ。 米国ペイス大学法科大学院修了。 信州の山と清流の自然環境に囲まれて育つなかで持続可能な社会システムの構築、特に環境法政策への関心が芽生える。 米国留学後、複数の日系企業・外資系企業にて法務実務と課題解決の研鑽を積み、株式会社トビムシ設立に参画。 「論理の中にも情のある仕事」をモットーに、人情と自然と美味い食と温泉が揃う場所に好んで出没中。 1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。 キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。 慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。 博士(工学)。 日本機械学会賞 論文 (1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。 専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。 岡山県出身。 (株)ベネッセコーポレーションで20年勤務。 進研ゼミ事業、人事部門を経て出版部門に。 妊娠・出産・育児の雑誌「たまごクラブ」「ひよこクラブ」生活情報誌「サンキュ!」を創刊プロデュース。 2001年「みよしようこ事務所」を設立。 仕事の目的によってチームを作り、新規事業の立ち上げ、出版・人・商品をプロデュース。 ゆりかごから墓場まで女性の一生で自分や家族や友人がして欲しいサービス、商品を新しい価値観と仲間と共に世の中にうみだすことに喜びにしている。 ほぼ毎日、着物を着続け中。 自分の体験から40代50代の変化をチャンスにする「一般社団法人 オトナ思春期をデザインするプロジェクト(オトハル)」を設立。 会社概要 会社名 株式会社 eumo 所在地 〒106-0032 東京都港区六本木7丁目3-13 トラスティ六本木ビル 7階 連絡先 TEL : 03-6455-4084 代表者 代表取締役 新井和宏 取引銀行 巣鴨信用金庫、第一勧業信用組合.

次の

宇野康秀

ユー ち ぇ る 社長

近藤光社長ユーフォーテーブルの顔画像や経歴は? 【「鬼滅の刃」アニメ会社脱税告発】脱税額は4億円 被災地チャリティーにも不正疑惑 人気マンガ「鬼滅(きめつ)の刃」のアニメ版を手掛ける制作会社「ユーフォーテーブル」が、運営する飲食店の売り上げを少なく見せかけるなどして4億4000万円あまりの所得を隠し、計約1億4000万円を脱税したとして、東京国税局が同社と近藤光社長(50)を法人税法違反と消費税法違反の疑いで東京地検に告発していたことが明らかとなった。 東京ムービー新社(現:トムス・エンタテインメント) テレコム・アニメーションフィルム 『スパイダーマン』 『ルパン三世 くたばれ! ノストラダムス』などの制作。 映像コンテンツ会社のステップ映像で制作プロデューサー 1999年に独立。 「自身が25歳だったらいたいと思う会社を作りたい」 スタッフ友人の住む北池袋の古いマンションの四畳半部分に作業机を2台持ち込み、ufotableを設立。 告発内容 ufotableが運営するカフェで、近藤社長が経理担当者に帳簿を改ざん 2015、17、18年の各期3年間で計約4億4600万円分の売り上げを申告せず、法人税など約1億3千9百万円を脱税した疑いがあるとされた。 近藤社長は、それらカフェの売り上げをすべて現金のまま都内の自宅で保管し、経費などを支払った残りの売り上げの一部を申告せず、同社の事業資金などに充てていた。 2019年3月 東京国税局の調査が入る。 東京地検に告発された。 東京国税局が近藤氏の自宅を家宅捜索したところ、金庫から現金約3億円が発見された。 近藤光社長の家族や妻や子供は? 妻 調査中です。 子供 調査中です。

次の

宇野康秀

ユー ち ぇ る 社長

自由闊達な社内とお客様に対峙した時の一糸乱れぬ強さ、 この2つをどちらも実現させたい 他業界から転職し、食品版ユニクロを立ち上げる• 竹内 早速ですが、子どもの頃の夢は何でしたか。 柚木 実は子どもの頃から経営者になりたいと思っていました。 でも、お山の大将というよりは参謀、副官タイプで、中学高校時代はサッカー部に在籍していたのですが、選手兼マネージャーでした。 各々の役割や戦術、練習計画を決めて、みんなの力を合わせて勝つととても嬉しかったのを覚えています。 竹内 まさに経営者のようなマネージャーだったわけですね。 それで、大学を出て総合商社に入られた。 柚木 はい。 その会社は今でも大好きなのですが、当時の仕事は企業と企業の取引を仲介することでした。 でも、そうやって自社の製品をもたず、人の褌で相撲を取る仕事が好きになれず、転職を決意しました。 ファーストリテイリング(以下FR)に入った動機は4つあります。 一つ目はお客様が目の前にいる仕事であること。 二つ目が、それこそ自社製品をきちんと持っていること、三つ目が「日本発世界一」という目標にとても共感できたことです。 実はFRに入社する前に外資系金融に転職しています。 そこを辞めた理由は、自分はやっぱり日本人だと気づいたから(笑)で、外資より日本企業で働きたくなったのです。 これがFRを選んだ四つ目の理由です。 竹内 柚木さんといえば、野菜を中心とした食品の直販事業を提案し、役員会でことごとく反対されながらも、最後に柳井さん(柳井正:現FR会長兼社長)のOKが出て、事業化が実現しましたね。 柚木 あまり思い出したくないことですが(笑)、エフアール・フーズのことですね。 僕自身、反対する役員に「なぜそんなに後ろ向きなの?サラリーマン根性が抜けないからじゃないの」と、心の中で毒づいていました。 ユニクロの商売はそもそも、流通の「目詰り」を除去し、生産者から直接消費者へ、良質な衣服をリーズナブルな値段でお届けする、という極めてまっとうなものです。 その成功が起爆剤になり、メガネやパソコンなど、同じようなビジネスが次々に出てきた。 そういう中、「目詰り」という意味では、改革が最も難しいという食品や農産物の世界で、ユニクロモデルをやりたかった。 それで役員会に提案したのです。 事業は大失敗、でも辞めさせてもらえなかった• 竹内 その役員会の直後、柳井さんにお会いした時に聞いてみたのです。 「柚木さんの提案した事業は成功が難しいでしょうね」、と。 そうしたら柳井さんはこう言いました。 「あんなに本気の柚木君を初めて見た。 新規事業に大切なのは必死さで、本当に死ぬ気でやらないとモノにならない。 だからやらせてみることにした」と。 柚木 死ぬ気はありませんでしたが(笑)、当時の僕はまさに前のめりで、ある意味狂っていました。 スーパーに12時間立っていてお客様の様子を観察したり、いい食材があったら私費で妻と2人でアメリカまで確かめに行ったり……。 竹内 結局は失敗に終わったものの、エフアール・フーズはFRにおいてユニクロ以外の初の新規事業でした。 それを立ち上げたのが柚木さんでした。 柚木 そう言っていただけると光栄ですが、とにかく研究不足、準備不足でした。 工業製品と異なり、出荷が不安定、商品の品質もブレて、大赤字が続き、1年あまりで事業をストップせざるを得ませんでした。 結局、立ち上げから撤収まで3年かかりました。 関係した方々には本当にご迷惑をお掛けしましたし、僕自身は完全に自信を喪失しました。 竹内 それは大変でしたね。 柳井さんにはどう報告されたのでしょう。 柚木 責任を取って会社を辞めようと、辞表を胸元に忍ばせて報告に行ったら、開口一番、「柚木君、会社辞めようなんて思ってないよね。 損失分のお金はきっちり返してね」と言われ、思い止まりました。 忘れもしない2004年6月、39歳の時です。 自信喪失で「経営者になりたい」という気持ちは完全にしぼんでいて、暫くはマーケティングや人事の仕事をしていましたが、その後に命じられたポジションがGOVリテイリング(現ジーユー)という子会社の副社長で、れっきとした経営者です。 「務まる自信がないのですが……」と、正直に社長に明かしたら、「一度会社を潰したからって、何言っているの」と言われ、はっと我に返りました。 自分の安易な考えが恥ずかしくなって、やらせてもらうことにしたのです。 竹内 FRらしいエピソードですね。 その失敗の前後で柚木さんは変わりましたか。 柚木 変わりましたね。 さすがに謙虚になりました。 それ以前はもっと自信家でした。 自分が一番正しいといつも思っていましたから(笑)。 でも今は自分ひとりではまったく何もできない、と本心から思っています。 今の若者が目指すべき会社とは• 竹内 いま社長をやられているジーユーをどんな会社にしていきたいですか。 柚木 社員一人ひとりのアイデアや夢、志が社内にとめどもなく溢れ、それらを一つ一つ、確実に実現していける会社にしたい。 一方で、ジーユーはユニクロと同じ製造小売業で、製造から販売まで、すべてを自社で行いますから、お客様にとって、あたかもジーユーという人格をもった一人の人間がすべてことを行っているかのように見えるブランドにしたい。 自由闊達な社内と、お客様に対峙した時の一糸乱れぬ強さ、一見、二律背反に思えますが、この2つをどちらも実現させたいのです。 竹内 日本発世界一ということでもユニクロと同じコンセプトですね。 柚木 もちろんです。 これからは、あらゆる産業において、国境がなくなっていくと思います。 だから、必ず世界に打って出て大成功したいと思っています。 逆にそうでないと、日本で生き残ることも出来ないと思っています。 竹内 そういった時代ですが、今の若い人は、どういう会社を目指すべきでしょう。 柚木 不確実性の高いこの時代、業績がいつも安定している、「恵まれた会社」というものはどんどんなくなっています。 そういう時代に生きるビジネスパーソンは、会社に人生を預けず、自分自身に力をつけていくしかありません。 従って、仕事をするなら、3つの条件を備えた会社が良いと思います。 一つは、組織がフラットで、若いうちから責任をもたせてくれる会社です。 自分自身に力をつけるには、早く試練とチャンスを手にする必要があります。 二つめは、これから伸びる会社です。 伸びる会社ほど、活躍のフィールドが広いですし、鍛えられる刺激的な仕事がたくさんあります。 三つめは、グローバル展開を前提としており、国内の競争だけに埋没しない会社。 ジーユーはこの3つを兼ね備えています。 竹内 そもそもジーユーとユニクロはどんな関係なのでしょうか。 柚木 ユニクロより安い価格帯のカジュアルファッション衣料を扱うところからスタートして、最初の2~3年は思うように売上が伸びず苦戦しつつ、2009年の春に990円ジーンズを売り出して大当たりしたのです。 しかしながら、その翌年にはまた不振に陥ってしまいました。 そこで原点に返って、安いだけではなく、ファッション性も追求することにしたのです。 ジーユーは「自由」から来ており、「ファッションを、もっと自由に。 」というブランドメッセージが込められています。 ユニクロが優等生のお兄ちゃんだとしたら、ジーユーはやんちゃな妹、というイメージでしょうか。 目標はユニクロと肩を並べるグローバルブランドになること• 竹内 柚木さんは若い時から服には興味があったのですか。 柚木 いいえ。 元々、服にうるさい人間、いわゆるオシャレな人間ではまったくありません。 でも、そんな私が、「ファッション」すなわち「装うこと」が持つ力を信じています。 その時その時、どんな気分でいたいか、どんな自分でいたいか、それにちょうどフィットした服を着ることで、気分がイキイキしてきますし、場合によっては周囲の人までをイキイキとさせることができます。 ファッションを楽しむ、装うことで、人は元気になり、未来志向になると思っています。 竹内 おっしゃる通りですね。 柚木 でも、どれだけの人がファッションを人生の味方にしているでしょうか。 例えば、ファッションが大好きな女性だとして、欲しい服は山ほどあるのだけれど、値段が高くて買えない、或いはバーゲンを待たないといけない。 でも、本来はシーズンを先取りして着たいもので、バーゲンになると欲しいものは売り切れている、となりがちです。 或いは、男性の場合、よく海外の方から「日本の男の子は世界一オシャレだ」なんて言われるのですが、結婚した途端にファッションをあまり楽しまなくなり、子供が出来たらもう完全に縁がなくなってしまう、といった人も多い。 ジーユーはそういう人の大きな味方です。 値段は安いし、ファッション性も高い。 私のよくしっているインドネシアに住む日本人の女性が、日本に帰るとジーユーの商品を山ほど購入して帰ります。 お土産にするそうです。 竹内 ところで、柚木さんは奥様とは仕事の話をよくされるんですか。 柚木 めちゃくちゃします。 衣料という身近な商品を扱っていますから、消費者の一人として妻の意見をよく聞きます。 母親仲間がうちに来た時は、「ブラジャーはどこで買っていますか」なんていう質問を平気でします(笑)。 竹内 それはすごい(笑)。 ジーユーにはどんな人を仲間として迎えたいですか。 柚木 一言でいうと、成長意欲の高い、商売っ気のある人でしょうか。 そういう状況が楽しめる人がいいですね。 女性は大歓迎です。 例えば、僕が商品に関して何か言うと、「それは違います」と堂々と反論してくるんです。 頼もしいですよ。 女性的感性をもった男性も大歓迎です。 竹内 ユニクロは既に出来上がった組織というイメージがありますが、ジーユーは違いますね。 柚木 その通りです。 今のジーユーは、そのままでいいところは何ひとつありません。 新たに迎え入れた人と既にいる人が協力して、まったく新しいジーユーをつくっていきたいと思っています。 竹内 柚木さんにとってジーユーの社員はどんな存在ですか。 柚木 まさに宝物ですよ。 例えばですが、パワハラをするような社員がいたら、「俺の宝物に何しやがる!」と怒鳴り込んでいくと思います。 竹内 今後の展望についてはいかがでしょう。 柚木 今の日本には経営者の数が足りません。 僕のように、普通のサラリーマンだった人間が頑張って経営者になるという道をもっと太くしなければなりません。 ジーユーからも、経営者をどんどん生み出したいと思います。 あとはFR=ユニクロと見られがちですが、このジーユーを大きくしていくことで、「ユニクロ以外もあるんだぞ」ということを社会にアピールしたいですね。 竹内 「ホンダがあるからトヨタがある」「ローソンがあるからセブンイレブンがある」とよく言われます。 1位と2位が競い合う業界は全体が伸びていくものです。 そのうち本当に、「ジーユーがあるからユニクロがある」となるかもしれませんね。 今後ますますの発展を期待しています。 」というブランドメッセージのもと、「旬のファッション」「驚きの低価格」「安心品質」を兼ね備えた商品を次々と展開し、ブランドの知名度や1店舗当たりの売上が順調に拡大し、急成長しているとお聞きしています。 2009年3月の990円ジーンズ発売で一躍有名になり、2010年10月には大阪心斎橋に初の旗艦店、2011年4月には池袋に関東初の旗艦店をオープンし、大勢のお客様、特に若い女性が多く来店しており、大成功を収めています。 これまでジーユーは、郊外のショッピングセンターや、ユニクロの後継テナントとしてロードサイドへの出店が中心でしたが、ここのところ、都心の大型旗艦店や駅前ファッションビルなどにも積極出店を進めており、今後も、年間40~50店舗の大量出店を予定しています。 新規出店が進むと同時に、生産面でも素材の集約や、中国に加えて東南アジアの生産拠点の強化などによる生産コストの削減を行い、採算性の改善によって、2011年8月期の業績は大幅な増収増益を達成しています。 シーズンごとに旬のファッションを、低価格でお客様に提供している現在の強みをさらに磨き、よりファッション性の高い商品を開発されていく方針であるため、ますます人材面の強化が急務であると言えます。 最後に柚木社長に今後の目標をお聞きしたところ、2012年8月期には、当初の予定を1年早めて500億円の売上を達成し、近いうちには1000億円、そして必ず海外進出すると力強くお答え頂きました。 また、ジーユーはユニクロ価格の半額で買える商品を揃えていますので、将来的にユニクロと併設しても十分共存できると考えているとの事でした。 ユニクロが海外で成功しているように、ジーユーへのニーズも世界には十分あるはずだと思っています。 形式:株式会社ジーユー 柚木社長・スピリッツ 社長 竹内 対談 株式会社スピリッツは、20代・30代で転職、海外で仕事をしたい方を支援致します。

次の