アート リー 和 太鼓。 「李・藝(アート・リー)」の和太鼓コンサート : 旅鳥の独り言

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アート・リー氏とはどんな功績がある人? アートさんがどんな経歴の持ち主で、どんな功績からCM起用されたんでしょうか。 和太鼓奏者として芸術ビザを取得した唯一の外国人 出身はアメリカ、カリフォルニア州。 学生時代に日本の和太鼓グループの演奏を初めて目にし、感動のあまりこの練習に没頭するようになったそうです。 日本のプロ集団 『鬼太鼓座(おんでこざ)』がアメリカ講演をした際、彼は練習を初めて1年目にしてスカウトされたとのこと。 彼がただラッキーな人だったのではなく、練習もさることながら、和太鼓や日本への情熱、自分を売り込んでいくという気概がプロの目に留まったんです。 1994年に初来日し、鬼太鼓座のメンバーとして各地をツアーで巡る中、和太鼓のプロになろうと決意しました。 その後一度帰国し、大学を卒業後にふたたび来日、自らもプロ和太鼓奏者を目指すことに。 1998年より、長野県飯田市に拠点を構え、和太鼓奏者として世界的に活躍 2001年、芸術ビザを取得 2004年、TOKARA結成 芸術ビザを取るのは簡単なことじゃない 日本において、次のような者が行う収入を伴う芸術上の活動が該当します。 ただし、展覧会への入選等、芸術上の相当程度の業績のある者であり、芸術上の活動のみにより日本にお いて安定した生活を営むことができると認められることが必要です。 1.創作活動を行う作曲家、作詞家、画家、彫刻家、工芸家、著述家、写真家等の芸術家 2.音楽、美術、文学、写真、演劇、舞踊、映画、その他の芸術上の活動について指導を行う者 これを見る限り、生半可な才能だけでは決して取得できないことがわかります。 美大生や音大生などアーティストやクリエイターを目指している人はごまんといますが、実際にその中で成功し、かつ「安定した生活を営む」ことができるのは日本人でさえほんの一握りです。 しかも、「芸術上の活動のみ」により収入を得ることが条件なので、売れない芸術家だからといってアルバイトをしながら生計を立てても、芸術ビザを取ることはできないんです。 これは一個人がふらっと日本に来て芸術活動を始めても、なしうる可能性は極めて低いといえるでしょう。 ではなぜアート・リーさんが芸術ビザを取ることができたか。 それは彼の努力や才能を発揮できる強力なバックボーンがあったからだろうと思います。 それが 鬼太鼓座(おんでこざ)という和太鼓のパフォーマンス集団です。 鬼太鼓座(おんでこざ)の衝撃的なエピソード とは1971年に結成された和太鼓のパフォーマンス集団。 創設者の田耕(でん たがやす)氏が、拠点としていた 新潟県佐渡市の郷土芸能『鬼太鼓(おんでこ)』をもとに命名しました。 トレーニングにマラソンを取り入れており、 1975年のボストンマラソンにて、42.195㎞を5人全員完走したあとそのまま舞台に上がり、三尺八寸の大太鼓を演奏し、これがアメリカでのデビューとなりました。 一尺は約30.3㎝、一寸は約3㎝ なので三尺八寸は 直径約1mの大太鼓となります。 全員が完走したうえ、その足でこの大太鼓を披露したとなると、そのインパクトは絶大だったことでしょう。 それが1976年、作曲家石井真木氏による作品で小澤征爾指揮 「モノプリズム」という、和太鼓とオーケストラのコラボした作品。 現在モノプリズムを収録したCDはネットで購入できます。 (演奏は による) リンク その後メンバーを入れ替えながらも、アメリカ、中国、中東、南アフリカ、東欧、南米と、世界中をめぐって現在も和太鼓パフォーマンスを続けています。 鬼太鼓座のメンバーたちは独立する奏者も多く、ソロデビューを果たしたり、自らの一座を作り上げる人もいました。 アート・リーさんはそんな中の人ひとり。 独立後、TOKARAという国際色あふれる和太鼓アンサンブルを創設したのです。 TOKARAってなに? TOKARA(トカラ)とはアート・リーが2004年に結成したパーカッショニストのグループで、日本だけでなく世界各国からメンバーが集結しています。 「TOKARA」とは、日本語の「遠くから」を縮めた造語。 メンバー一人一人が「遠くから」集まり、異なった文化の出会いを表しています。 結成後まもなくして国際デビューを果たしており、現在までも年に数回、日本やアメリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニアでワールドツアーをこなしているとのこと。 また、海外への和太鼓の普及のため、2008年から外国人を対象とした研修プログラムも実施しており、毎年アジアやヨーロッパ各地から大勢の希望者が参加しています。 和太鼓に情熱を注ぐ人が世界中にいて、同じ志を持ったまま日本に集結するというのは、思わず鳥肌が立ってしまうほどの勢いを感じる。 最近公式サイトが一新されました。 彼の拠点は長野県飯田市。 緑豊かな穏やかな土地です。 よろしければどうぞ。

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長野の和太鼓教室

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『幸い下伊那和太鼓フェスティバル』は、午前に行う「幸いフリンジ祭り」と、夜行う「スーパーショー」からなる和太鼓の交流を目的としたイベントです。 幸いフリンジ祭りでは、地元や国内外から集まるアマチュア太鼓グループが演奏します。 入場無料で一般の方も鑑賞でき、アットホームな雰囲気で皆さんの交流の場になればと思っています。 近年、和太鼓は物凄いスピードで世界に広がっています。 この幸いフリンジ祭り当日も、海外から遥々この伊那谷へ和太鼓の勉強に来日される皆さんが、特訓の成果を発表します。 太鼓が好きな方もそうでない方も、年齢性別国籍問わず、皆様で楽しんで頂けるフェスティバルになるよう努めて参ります。 そしてご来場くださった皆様に、和太鼓は世界に誇るべき日本の文化であり、素晴らしい表現方法だという事を実感いただける機会になったらこれ以上嬉しい事はありません。 同時にレベルや活動地域、国は異なっても私たちに流れる太鼓に注ぐ情熱に変わりは無いと再認識出来るような機会になればと願っております。 一転、夜のスーパーショーは、毎年プロのグループが演奏します。 これまでに、海外で活躍される和太鼓のグループやその国独自の打楽器や太鼓のグループ、又日本の太鼓界の第一線で活躍するグループなど招待し開催してきました。 過去のスーパーショー.

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幸い下伊那和太鼓フェスティバル

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和太鼓トカラの芸術監督、アート・リーで出演ビデオ。 1993年、アメリカ、カリフォルニア州にて和太鼓を始め、翌年 、鬼太鼓座(おんでこざ)にスカウトされ、同グループのツアーに同行。 日本各地、 ニューヨーク・カーネギーホール等にて演奏。 その後、一度は帰国し大学卒業を機に1998年より長野県に移住し、2001年日本政府より芸術ビザを取得し和太鼓奏者のプロとして現在に至ります。 和太鼓でこの芸術ビザを取得できたのは未だに彼が唯一です。 2002年、北京世界音楽祭をはじめ、日本国内のみならず、 海外でもイベントやコンサートにて作曲、企画等を担当。 現在は地元太鼓グループへの指導の他、自らがリーダー、 アーティスティックディレクターを務める和太鼓アンサンブルTOKARAを運営。 海外でも積極的に活動し、年の3分の1をツアーで過ごす。 その実力は和太鼓界の様々なコンテストでも認められ、 2005年、最も権威ある『東京国際和太鼓コンテスト』大太鼓部門にて最優秀賞を受賞。 その他、全日本和太鼓コンテスト特別賞、熊本城大太鼓打ちコンテスト特別賞など多数受賞。

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