ヘテロ クロミア。 在るがままの日常 2/2

なぜいくつかの人々は2種類のアイカラーを持っていますか?

ヘテロ クロミア

2 建物の外は目にも眩しいほどの陽の光が降り注いでいるけれど、大きなガラス窓にシフォンのカーテンの揺れる室内は柔らかな光に満ちている。 直接的な光とはまた違う眩 (まばゆ)さを、そこに溢れさせながら。 暗色になるまで磨きこまれたチーク材の広いフロアは、くるくると踊り続ける華やかな色をほど良く引き立てている。 フロアの一角では、《エーデルトーン (ヴァイオリン)》を中心とした管弦楽10数人の楽団が、途切れることなく舞踏曲を奏で続けている。 笑いさざめく人々の声すらも、その伴奏にして。 「浮かない顔ですね、フロイライン・ワイマール。 「申し訳ありません、少し考えごとをしていました。 フォン・アイヴァルグ」 栗色のアイゼルの髪よりまだ一段濃い彼の髪色は、まるで黒檀のようだった。 瞳は『狼の瞳』とも呼ばれる琥珀色。 彼の一族に多い色彩だった。 その容貌は繊細で、どこかの当主や実業家というよりは、学者や研究者という言葉を髣髴 (ほうふつ)とさせる。 事実、アイヴァルグ一族は学問の探求を好む家柄であり、芸術家のパトロンとなるよりも学者への援助や教会への寄進が多いということだった。 「ダンスの最中にさえ貴女が心囚われてしまう事とは何でしょう。 気になります」 「アカデミーの課題ですと答えても、まだお気になさってかしら」 「それは……もっと気になりますね。 羨ましい」 アイヴァルグ家はザールブルグ建国からの貴族の一員だった。 また、次期当主であるこの青年は国の発展のためにあらゆる産業を興そうという国王の意志を理解しさらには錬金術にも偏見はないという、偏屈者の多い貴族には珍しい考えの持ち主だった。 本当はネクセル・ローネンハイムのように自ら錬金術を学びたいのだと、人伝 (ひとづて)に聞いたこともある。 「アカデミーの課題」なんて錬金術の話題をはっきりと出せたのは、彼がそういう考えだと知っていたからこそだ。 そんな彼と踊るのは、アイゼルだって嫌ではなかった。 それが気詰まりだったのは、どうしても考えてしまうからだった。 ここにはいない友人たちを。 ふくよかな薔薇の香りではなくつんとした薬草と薬品の匂いの充満した、煌びやかどころかほの暗い実験室での調合を。 今は思い出すなと、心に命じれば命じるほど逆効果。 「羨ましい、ですか」 「えぇ。 お蔭様で頭の固い古狸連中には、怪しげな術に目を眩ませられるなと言われてばかりです」 純粋な憧れを感じさせて囁かれた言葉に、アイゼルはけれど、素直に頷けなかった。 思い出される、先日の母親の冷たい視線。 アカデミーで学びたいと告げたある日、気に入らないと口にこそしなかったものの、黙って立ち去った父親の背中。 そうまでして飛び込んだ錬金術とアカデミーという新世界。 アイゼルという個人からワイマール家という柵 (しがらみ)を絶ち切るつもりでいたというのに、両親は相変わらず自分に干渉してくるし、自分もそれから逃れることは出来ないでいる。 今、ここで錬金術のことばかりを考えながら、踊り続けているように。 「貴方が思い描いていらっしゃるよりは、もどかしい毎日かもしれませんわ」 「それでも、フロイラインは私の知らないことを知っている…… 今まさにそんな人々の一部であったアイゼルは、顔の表皮一枚に張り付いた笑顔を崩さないように踊り終えたパートナーに別れを告げると、次なる誘いを笑顔のままに断って踊りの輪を離れた。 「やっと終わった」と、誰に告げるでもない呟きを胸の中に零しながら。 フロアの上座に近いテーブルで談笑をしていた王室縁 (ゆかり)の貴族と主催者のドラウバウアー夫妻には、このパーティーが始まってすぐに両親と挨拶を済ませている。 ならばいつまでもこんな気に入らないことをする必要はないだろうと、人々から逃れるように、アイゼルはフロアを離れた。 そのうちに、フロアはまた軽やかな舞踏曲の旋律に満ちる。 くるくると、鮮やかな色のドレスが翻 (ひるがえ)る。 遠ざかる楽団の音色を背に、アイゼルは控え室として用意されていた一室の扉を開け、人気の少ないのに息をついてその中へと入り込んだ。 「ケントニスに行くつもりなのね」 「はい」 「近いうちに、あなたがそう言いに来るだろうとは思っていました」 傍らの机の上には、昨日ノルディスから返され、また今日貸し出すかもしれないからと用意していた古びた糸綴じの本。 それはイングリド自身がケントニスにいたころ、今となっては誰かも覚えていない老人から譲り受けた、いつのものとも知れない錬金術書だった。 「一つ、確かめさせて。 今のあなたには、ケントニスへ行くよりもマイスターランクで研究をする方が、得るものが多いとは思わないの」 「そうかもしれません。 けれど、そうではないかもしれません。 少なくとも、僕にはどちらの可能性も残されていると考えます」 彼女の錬金術はこの古びた本から始まった。 それが今、歳若い錬金術師の新たな扉を開くきっかけとなったことが、感慨深かった。 イングリドは喉に詰まった何かを砕くように、吐息した。 「いつの間にかあなたも変わったものね、ノルディス。 昔の生真面目なあなたなら、そんな大胆なことなんて考えもしなかったでしょうに」 かすかな笑みまで、そこに紛らせて。 「イングリド先生?」 「ノルディス・フーバー、ケントニス行きを許可します。 そうして、あなたの錬金術に新たな風をもたらしなさい」 イングリドの目の前、見上げる薄茶色の瞳に驚きが広がる。 やがて深々と頭を下げて部屋を退出した教え子を、イングリドは不思議に晴ればれとした気持ちで見送ったのだった。 それでも手元を見なくてもすむ石の研磨くらいなら、何とかできた。 乗り合い馬車が比較的空いていて、研磨剤や磨き布を広げていても他の客の邪魔にならないことも幸いした。 ケントニスへの中継地、港町カスターニェに向かう乗り合い馬車に揺られるノルディスの手には、《太陽の首飾り》と呼ばれる錬金術の調合品から取り外された宝石《コメート》があった。 その手を、横合いから褐色の肌に海色の瞳、短い淡灰色の髪の娘がじっと見つめている。 彼女が着込んでいるのは年頃の娘らしい丈の長いスカートやブラウスではなく、白く染めた革服に白銀色の胸当てという武装だった。 緑の紐で飾られた白い剣帯には、細身の曲刀が下げられてもいる。 「すごいね〜、本当に傷が消えちゃったよ」 「まだ荒磨きだけだよ。 これから仕上げ磨きをして、台座も直さなくちゃ」 ミューからノルディスが受け取った《太陽の首飾り》は、長旅でついたらしいたくさんの傷で輝きを失い、壊れかけていた。 2年ほど前にカスターニェでエリーと出会って成り行きでザールブルグへと居ついていたミューは、ザールブルグよりもずっと南の国の出身だと言った。 もともと一つ所にじっとしていられない性格らしく、またどこかに旅立とうと、ついでに行商人の護衛でもと飛翔亭で職探しをしているところをディオに声をかけられ、ノルディスの護衛を引き受けた。 そこで彼女が身につけていた《太陽の首飾り》にノルディスは目をつけ、その壊れようがどうにも我慢できなかったためにミューに修理を持ちかけた。 「マリーがくれたんだ」と、ミューは言った。 その『マリー』がアカデミーでただ一人《賢者の石》の調合に成功した大先輩マルローネだと気付いたノルディスは、一度は声をかけておきながら修理を躊躇 (ためら)った。 それでも引き受けたのは、「直してくれるんだ、ありがと〜」と大騒ぎをするミューの手前、できないとは言い出せなかったからだった。 事実、出来ないレベルではなかった。 月や星たちとともに、規則正しく天空を巡る太陽。 太陽は温かな光として地上に恵みをもたらし、《太陽の首飾り》はより効率良くその恵みを受け取れるようになるという効果がある。 天空の巡りの周期性を、それを魔法陣という図形に描き出して白金 (プラティーン)の上に意匠化する技術を、ノルディスは知り、身につけていた。 ただ、大先輩の作品に自分が手を入れてしまうことが、ノルディスを怖がらせていた。 引き受けてしまったとはいえ、始めに白金の台座から《コメート》を取り外すときには指が震えそうだった。 傷を消すためとはいえ、まだ輝きを保っている《コメート》に研磨剤をつけて磨き始めるときもなかなか決心がつかなかった。 それでも「壊すのではなく、修復するためだから」と自分に言い聞かせて、《コメート》を留める白金の爪を曲げ、すべらかな宝石の表面に研磨剤を擦り付けた。 やってしまって思い知らされたのは、怖いのは、始めのその瞬間だけということだった。 手作業で宝石を磨くというのは、ずいぶんと時間のかかる作業だった。 おまけに単調な作業。 カスターニェまで15日あまりの日程の半分以上を《コメート》磨きに費やしている間、ノルディスの傍に座るミューはいつしか世間話から身の上話までを語っていた。 他に娯楽もない乗り合い馬車の旅。 道々で降りては乗って顔ぶれを変えていく他の客たちも、思いおもいに隣り合わせた客たちと話し合っている。 大剣を抱えてじっと座り込む冒険者風の大男。 商売道具らしい薬草の効能を婦人に説き続ける商人風の中年男。 《コメート》を磨き続けるノルディスに飽きもせずその手元を眺め続けるミューも、そんな光景の一部だった。 「ね〜、もしワタシがその《コメート》の代わりに他の《コメート》を自分でくっ付けたら、どうなるのかなぁ」 「見た目は元通りだろうけれど、『太陽の恵みを受け取る』って効果は弱くなるだろうね」 「それは、ワタシが錬金術師じゃないから?」 「それよりも、調合に必要なことを知っていないから、ね。 『それ』はどうしてそこに存在するのか、周りのものたちとどう関係をしているのか。 例えば、僕とミューさんが出会ったことは、5年後や10年後、もっともっと先の世界に、どう影響してくるのか」 仕上げの研磨を終えた《コメート》は、ついていた傷の深さだけ小さくなりながらも滑らかな輝きを取り戻す。 その仕上がりを陽の光に翳 (かざ)して出来映えを確かめていたノルディスの耳に、うんざりしたようなミューの声が届いた。 「ひゃぁ、マリーもエリーもそんな難しいコト考えてたんだ。 ちっともそんな風には見えなかったのになぁ」 「理詰めで考えるのは僕の錬金術だよ。 もっと魔術的に精霊たちとの対話を重視する人もいるし、直感を大切にする人もいる。 マルローネ先輩は、典型的な直感タイプだったそうだよ」 「ふ〜ん、じゃぁエリーは?」 アカデミー生でも錬金術師でもないミューは、当然知り合いの錬金術師も多くはない。 ノルディス以外で知っている錬金術師といえば、かつて知り合いだったらしいマルローネとその恋人クライス、そして2年前に知り合ったというエリーがせいぜいだろう。 その誰もが、只の錬金術師としてはあまりにも特異な存在であることを、きっとミューは知らない。 天性の直感を研ぎ澄ませ、ついには錬金術師たち永遠の命題《賢者の石》の調合に成功した希代の錬金術師マルローネ。 己にも他人にも妥協を許さず、明晰な頭脳をただ錬金術の探求のみに傾け続けた天才クライス・キュール。 錬金術を用いなければ生活も出来ない環境に追い込まれ、ついには同級生たちの誰よりも深くその真理に触れたエルフィール・トラウム。 条件付き入学という、誰の目にも明らかな最下点から始まった彼女のアカデミー生活。 けれど、深い理論も解らないままただ続けられた調合の実践は彼女に経験という底力を与え、彼女を高みに押し上げた。 いつか、哲学の教師が「錬金術とは祈りのようなものだな」と言っていた。 修道士たちが神へ祈るように、錬金術師たちは調合を行う。 寝食をも忘れかけた祈りの果てに魂の平安があるように、脳が焼ききれそうな調合という祈りの果てに真理はおぼろげに姿を現す。 「エリーは、経験を大事にしていたかな。 実際、僕たちの誰よりも多く錬金術を実践していたしね」 「ノルディスよりも? アナタ、エリーより真面目そうなのになぁ」 「エリーだって真面目だったよ」 「そうなの?」 「うん。 きっと、誰よりも真剣に取り組んでいたんだと思う」 寮住まいで生活を保障された通常のアカデミー生であれば、そこまで自分を追い込む必要などない。 けれど、『自活をする』という条件付き入学によって半ば強制されたとはいえ、やり遂げたのがエリーだった。 その結果、彼女はほとんどの者が進学できるだけで満足してしまうマイスター・ランクの講義を「物足りない」と言い切って、ケントニスを目指した。 「アカデミーに入学したときには、僕たちの間に差なんてなかったのに……今では、エリーはずっと遠くにいる。 アカデミーに守られてぼんやり暮らしていた僕たちなんかより、ずっと努力したんだろうね」 「そっか。 エリーってば、あぁ見えてがんばり家さんだったんだ」 「……そうだね」 応えるノルディスの声は明るかった。 表情も、見て分かるほどに綻 (ほころ)んでいた。 「あはは、何でエリーを褒めてノルディスが喜ぶかな〜」 当然のミューの指摘。 ノルディスは苦笑を混じらせはしたけれど、浮かぶ笑みを消すことはなかった。 小規模な町ながら、発足から数世代を経ているという錬金術の研究機関である賢人会と、普及と研究のための機関である本家アカデミーとを有している。 今も昔も錬金術が発展の礎となっているのだが、大っぴらに錬金術を宣伝しているようではなかった。 それが、町と錬金術とが常に一緒にあったためなのか、それとも過去に錬金術が引き起こした惨事を知るためなのかは、部外者には判らない。 海から見えた白亜の街並みは、そこへ立つともっと顕著になった。 自然の緑が多く残されているために、白が一層引き立つのだろう。 人々に場所を聞きながら、中心部から山際のアカデミーへと辿り着き、受付らしいところでザールブルグ・アカデミーからの紹介状を渡したときだった。 「ザールブルグ・アカデミーのマイスターの方ですか……珍しいですね。 ついこの間もザールブルグのマイスター生が来られたばかりですよ」 建物の白と装飾の青のコントラストが美しいケントニス・アカデミーの中、受付にいた事務員らしき女性はそう言って、青と金の金銀妖瞳 (ヘテロ・クロミア)に微笑みを浮かべた。 「その人は、エルフィール・トラウムという女性ですか」 「えぇ、お知り合い?」 「はい。 ザールブルグ・アカデミーの同級生 (クラスメイト)です」 「だったら、一緒に来ればよかったのに」 「そうですね。 せめて、これから探します」 「その必要はなさそうね。 ほら」 話しながらもさまざまな書類を探したり書き付けたりしていた女性事務員の手が、ついでのように上がってノルディスの背後を指した。 つられてノルディスも振り返る。 「…………」 「……ノルディス?」 青と白で調和されたケントニス・アカデミーの建物の中、オレンジ色の法衣の少女が驚きの表情でノルディスを見詰めていた。 あるぅぇ〜? お貴族様の名前は、瞳の色を調べついでに目に付いた遺伝子学者の名前をドイツ風に。 始めはバイルシュミットにしようとしてたのを根性で押し留めました。 褒めろ。 てか、昔は日本の東北でも、青い瞳っていたんだね。 山人伝説と絡んでいたら面白いな。 (そんな伝説級の存在じゃない) 彼が微妙にアイアイといい雰囲気になっているのは、後ほどアイアイが言う「羨ましい」という言葉を一度出しておきたくて会話を弄り続けた結果。 深い意味はありゃぁせん。 ま、もしもこういうキャラが本当にいたら、それこそアイアイの最良の伴侶たりえるのではなかろうかとは妄想しています。

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Happinessx3 03

ヘテロ クロミア

とても特徴のある目をしているんですが、 虹彩異色症(ヘテロクロミア)というんだそうです。 なんでも、白人の目では、「0. 06%」の確率でヘテロクロミアの目を持った人がいるんだとか。 つまり、10,000人に6人いるわけなので、日本の人口でいえば72人いることになります。 さて、さらによ〜く見てみると、 ベネディクトカンバーバッチの目の色彩が左右で微妙に違うのが分かりますか?これが セントラルヘテロクロミアというとても珍しい目の色彩になるんです。 さらに、セントラルヘテロクロミアの目と言っても、 ベネディクトカンバーバッチの目の色彩は、中心部が円環状に異なる色彩を持った目になります。 「星が爆発する瞬間」「透き通った湖」「サファイアの煌めき」「万華鏡を覗き込んでるみたい」「冷たい泉のようだ」「星が散ってる」などなど。 やっぱり、日本語は表現が豊かですね。 ベネちゃん!とうるさい妻に「君はなんて表現する?」と聞いたら、「恋の予感を感じさせる瞳!」と言ってました。 ハイ、ハイッ・・・。 実は、この記事を書いてから2、3日経ったくらいに妻から欲しいカラコンがあると相談されたんです。 お分かりの通り、左右で色彩が違うカラコンを組み合わせてカンバーバッチの「セントラルヘテロクロミア」に近い瞳にするんだとか・・・。 もともとが日本人の瞳なので全く同じになることはないんですが、数あるカラコンの中から探しに探した結果、「 」と「 」のカラコンの組合せが良さそうだという結論に達したそうです。 子供がまだ小さくて毎日子育てで忙しい妻のちょっとした気分転換と妻のパート先で臨時ボーナスがちょこっと支給されたこともあって、そのカラコンを購入することにしました。 そして先日、妻自称の「ベネちゃんカラコン」を装着して、久しぶりに家族でレストランに行ってきたんです。 いや〜、お出かけ着とマッチしていて似合ってましたね。 雰囲気がガラッと変わっていい感じでしたよ。 購入したカラコン専門のネットショップは、カラコンの色彩もかなり充実していたのでお気に入りが探せたという感じです。 妻の場合、乱視がちょっと入っているので乱視用で購入しました。 全品送料無料というのも良かったですね。 blog. fc2.

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在るがままの日常 2/2

ヘテロ クロミア

Happinessx3 03 Happinessx3 03 夏期休暇最終日、その日は朝から煙るような雨が降っていた。 朝食後の日課に課せられている植木の剪定だが、雨が降ってはできないから、とヤンは家事の手伝いをしたあとコンスタンツに勉強をしたいからと言って自室に篭った。 勉強と言っても造園のことではなく、歴史の方であったがヤンにはこれも勉強のひとつである。 一方、雨で植木の剪定が中止となり、ヤンが自室で勉強をしていることを知ったミッターマイヤーは、ノートパソコンを持ってヤンの部屋へと訪れていた。 「戦略戦術シミュレーション?」 ヤンは手にしていた本を閉じ、ミッターマイヤーの持参してきたノートパソコンを覗き込むと、そこにはまるで三次元チェスのような画面が映し出されていた。 勉強をしているから邪魔してはダメよ、と母親に言われてきたものの、ヤンは造園関係の本でカムフラージュしながら歴史の本を読みふけっていた。 こうなっていることを予想していたミッターマイヤーは、「今日で最後の休暇だから付き合ってくれないか」と言って、ヤンに戦略戦術シミュレーションの相手を頼んだのだ。 「ああ、まあ、チェスみたいなものだ」 「チェスねぇ……」 チェスと聞いてヤンはわずかに顔を顰める。 「どうかしたかウェンリー?」 「その……自慢じゃないけど、私はチェスでは誰にも勝ったことがないんだ。 それでもいいのかい?」 「チェスみたいなものだと言ったが、まるっきり同じというわけじゃない。 まあ、試しに一戦やってみないか?」 まったくの素人のヤンと、経験のある自分ではフェアじゃないからな、と言ってミッターマイヤーは自兵力を半分にするハンデを付けてやり、シミュレーションをスタートさせた。 三時間後ーーーーー。 戦闘が終了するとともに画面の中では勝利者の名前が大きく表示された。 勝利者の名前はヤン・ウェンリー。 自分が負けるとは夢にも思っていなかったミッターマイヤーは、呆然と画面を見つめている。 いくらハンデがあったとはいえ、経験のある自分が素人に負けるなんて……。 今まで自分は士官学校で何を勉強してきたのか。 「もう一度だ……。 今度はハンデなしでやる!」 これで負けたら、戦略戦術の勉強を二時間増やす!と決めて、ミッターマイヤーは続けて二戦目をヤンに挑んだが、結果は惨敗であった。 「ウェンリーは参謀の素質があるな」 本気を出しても勝てなかったミッターマイヤーは潔く負けを認め、ヤンを賞賛する。 「そんな、たまたま運がよかっただけだよ」 「運だけで二度も俺に勝つことはできないさ。 自慢じゃないが、シミュレーションの腕は学年で五本の指に入る」 「へえ、すごいじゃないか」 「その俺を二度も負かしたウェンリーの方がすごいと思うぞ。 徴兵されたら、俺のところで参謀として使ってやろう」 参謀と聞いてヤンはクスリと笑った。 士官学校を卒業すれば階級は少尉からはじめる。 そこから中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、准将、少将、そして参謀を従えることのできる中将まで、道のりは遥か先に長い。 さらに士官学校を卒業していても、一個艦隊を指揮できる中将など雲の上の存在なのだ。 はたしてミッターマイヤーがそこまで出世することができるかどうか。 未来を予測することのできないヤンは士官の卵が殻を破ったあと、どのように成長するかなど知る由もなかった。 「参謀になったりしたら、私はミッターマイヤー閣下とお呼びしないといけないね」 「閣下か……。 貴族のバカ息子どもに言わせたら、さぞ気分がいいだろうな」 軍人には貴族も平民もない。 実力とわずかばかりの運があれば誰でも将帥になれるのだ。 ただ、うしろ楯のない平民であるミッターマイヤーが閣下と呼ばれるようになるには、常に死と隣り合わせの戦闘を幾度も繰り返さなければならないのだが。 「見てろウェンリー、俺は三〇代のうちに必ず閣下と呼べる地位についてみせる」 「ウォルフならきっとできるさ。 そして誰に聞いても良い上官だと呼ばれるようになるだろう」 「そ、そうか?」 ミッターマイヤーがヤンの言葉に照れていると、コンスタンツが昼食の知らせにやってきた。 「ウェンリーお昼の支度ができたわよ、下へ降りていらっしゃい。 あら、ウォルフも居たの?」 「俺が居ちゃ悪かったのか?」 コンスタンツは息子の言葉をスルーし、ヤンに笑顔を向けた。 「勉強の邪魔されなかった?」 「はぁ、まぁ……」 曖昧に答えるヤンにコンスタンツの視線がキッと息子を睨み付けた。 それに対し、ミッターマイヤーは素早く首を横に振って、母親の視線を避ける。 コンスタンツは腕を腰に当て溜め息を吐きながら言った。 「困った子ね……」 しかし息子を咎めるコンスタンツの表情は何故か笑顔である。 最初はギクシャクしていたふたりが、いつの間にか仲良くなって彼女自身嬉しいのであろう。 「でもまあ、ウォルフの休暇も今日で最後ですものね。 昼食後もゆっくり親睦を深めなさいな」 昼食後、夕食後とヤンとミッターマイヤーのふたりは、シミュレーションを通じながら将来のことを語り合い、さらに親睦を深めていったのだった。 * * * * * 「とにかく、俺は一度も勝てなかったんだ。 今度の休暇にうちにきて、試しにウェンリーと対戦してみないか?」 ミッターマイヤーが話をしているのは一学年上のオスカー・フォン・ロイエンタール。 学年首席でミッターマイヤーとは肉体関係もある親友である。 帝国では同性愛が禁じられているとはいえ、男ばかりの士官学校や軍隊では、ふたりのような関係はあまり珍しくもない。 「ミッターマイヤーがどうしても勝てない同居人か……。 面白い、相手になってやろうじゃないか。 上には上がいることを教えてやろう」 シミュレーションで誰にも負けたことがないロイエンタールは、意地とプライドとミッターマイヤーの強い勧めもあって、冬の休暇がはじまったその日にミッターマイヤー家を訪れた。 「オスカー・フォン・ロイエンタールだ」 「ヤン・ウェンリーです」 ミッターマイヤーに紹介され、ヤンとロイエンタールは握手を交わしながら、それぞれ心の中で第一印象を呟いていた。 (こんなボーッとした男がミッターマイヤーを負かしただと?) (こんな美形が私と同じ歳だなんて……) 意味は違えど、互いに容姿のことで驚くふたり。 (あれ……?) ふとヤンはロイエンタールの顔に違和感を憶えた。 本来、ふたつ揃っていなければならない物が揃っていない。 どうしてだろう……ヤンの疑問は無意識に口を割ってしまった。 「左右の瞳の色が違う……」 珍しい物でも見るようなヤンの視線に、ロイエンタールの秀麗な顔が歪む。 「金銀妖瞳を見るのははじめてか?」 「ヘテロ…クロミア……?」 「この瞳はな、」 まずい、とミッターマイヤーがふたりの会話に割って入ってきた。 「ウェ、ウェンリーっ、すまないがコーヒーを淹れてきてくれないか」 「えっ、コーヒー? ああ、すっかり忘れていた。 すぐに用意してくるよ」 客がきてくれたのに、お茶も出さないのは失礼だったね、とヤンは慌てて階下へ降りて行った。 「すまんなロイエンタール、ウェンリーに悪気はないんだ」 「わかっている、気にしないでくれ」 ロイエンタール家の深い事情や、瞳のことを知っているミッターマイヤーが心配そうな表情を浮かべている。 「誰もが俺の瞳に興味を抱く。 ヤンも例外ではなかったと言うことだ」 例外だったのはミッターマイヤーだけ。 はじめて会話を交わしたとき、金銀妖瞳に興味も疑問も抱かなかったミッターマイヤーにロイエンタールは逆に尋ねた。 「瞳が気にならないのか」と。 そのときミッターマイヤーは「言われるまで気付かなかった」と、屈託のない笑顔で返していたのだ。 このことがきっかけで士官学校入学して以来、親友のできなかったロイエンタールはミッターマイヤーという唯一の親友を得ることができた。 「ウォルフ……」 ロイエンタールがミッターマイヤーの顔に近付き唇を奪おうとしている。 「お、おいっ、やめろロイエンタールっ!」 「いいじゃないか、キスくらい」 「時と場所を考えろっ! もうすぐウェンリーが戻ってくるんだぞっ!! 」 じたばたと抵抗するミッターマイヤーだが、頭の上で腕をひとまとめにされうえに、ロイエンタールの足が膝のあいだに入り身動きが取れない。 「見られたら俺たちの関係を教えればいいことだ」 「そんな、俺は嫌だっ、身内には知られたく、んんっ!! 」 話の途中に唇を塞がれ、ミッターマイヤーが身を捩って暴れていたところへ、三人分の飲み物をトレイで持ってきたヤンがタイミング悪く戻ってきてしまった。 「遅くなってすまな……」 戻ってくるなり男同士のキスシーン。 はじめて見る衝撃の光景に、ヤンはトレイを持ったままその場に凍り付いた。 ヤンが戻ってきたことにまったく気付いていないロイエンタール。 調子にのって手を下肢へと伸ばし、ミッターマイヤーの官能を煽っている。 このままでは本当にまずい、と感じたミッターマイヤーは唇が離れた瞬間、怒気を込めて呟いた。 「やめ…ろって…本気で怒るぞっ!! 」 嫌がるミッターマイヤーの声に我に返ったヤンは、無我夢中、後先考えずに手にしていたトレイをロイエンタールに投げ付け叫んだ。 「ウォルフに何をするんだっ!」 アイスコーヒーまみれになったロイエンタールが振り向いた先には、怒りに眉を釣り上げたヤンが立っていた。 「お前っ!! 」 「ウォルフを放せっ! この変態っ!! 」 「ウェ、ウェンリーっ!」 なんてことをしてくれたんだと怒っているロイエンタールと、何が何でもミッターマイヤーを助けるんだ、と息巻いているヤンが睨み合っている。 そのあいだではまずいところを見られてしまった、とミッターマイヤーがオロオロと困惑し、室内はしばし険悪なムードに包まれた。 storyのtopへ戻る 次のページへ進む.

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