ゴー 宣 道場。 ゴー宣〈憲法〉道場I 白帯

【ピカブイ】格闘道場のサワムラー・エビワラーはどっちを選ぶべき?|じっぺゲーム

ゴー 宣 道場

概要 [ ] これまではギャグおよびコミカル的漫画のスタイル採っていた小林にとって、そのスタイルを180度転換し、的・風刺的・時事漫画的な内容として書き上げたことが話題となった。 「ゴーマニズム」とはからの作者の造語である。 各回の文末には「 ごーまんかましてよかですか? 」というキメ台詞と共に、総まとめをするスタイルになっている(初期など一部の回において上記のキメ台詞が無い回もある)。 「ゴーマニズム宣言」は時期が進むにつれ「 新・ゴーマニズム宣言」、「 ゴー宣・暫」と名前が変遷している。 2007年9月から、再び当初の「ゴーマニズム宣言」に戻っている。 『』・『』から続き、現在再度『SPA! 』に掲載されている通常連載と、『』内の『ゴーマニズム宣言EXTRA』特別連載、『』誌での『本家ゴーマニズム宣言』連載、『』などの論シリーズなど数種類の連載・書き下ろしで発表されている。 関連する連載として、『』における「よしりん辻説法」がある。 連載当初はエッセイ風の漫画として始まった作品で、な内容に富んだ作品だった。 連載が進むにつれ読者や、との論争など思想本としての色合いが強くなっていき、様々なやに対し主張を起こし、注目を浴びた。 所謂、およびの面もある。 『ゴー宣』誕生 [ ] 連載以前、『』に『』を約2年半連載していた。 しかし、読者から反感を買うような内容が多く、編集側もページ末に作品を茶化すような書きをしており、良好とは言えない状態が続いていた。 これを見たの『』より「ウチでもあんなのをやって欲しい」と執筆依頼を受け、1月22日号より『ゴーマニズム宣言』を開始。 当初のエッセイ的漫画から、社会に切り込む思想漫画と変遷し反響を呼んだ。 その後、漫画活動の軸足をこれへと移していくこととなる。 皇太子徳仁親王成婚に関する回の掲載拒否 [ ] とそれを報道するマスコミをギャグにした作品(タイトル:「カバ焼きの日」)は当初『SPA! 』誌での掲載を拒否された。 このため小林は原稿を『』()に持ち込み 、特別篇として1993年9月号に掲載される事となった。 その後から発行された単行本に収録されている。 部落解放同盟との対談 [ ] 業界に対しを巡って安易で軟弱な姿勢から起こるに対して批判を加えており、後にの関係者との対談等につながった。 そこから『』の題名での書き下ろし本への出版となった。 なおこの本の出版にあたっては書き下ろし漫画の表現を巡って小林側と部落解放同盟側と対立する一幕も見られた。 オウム真理教・関係知識人との対立 [ ] に起きたでは、漫画上で当初は名指しこそしなかったものの、を激しく追及。 これに対しオウム真理教側は自らの存在を厳しく批判する小林の存在を恐れ、様々な口実を作って自らの施設へ単独で誘い込もうと図るが小林側の警戒心は強く実現しなかった。 遂にはらがによるを試みる実力行使に出るが失敗に終わる。 これは後にオウム真理教への司法の追及が進むうちに発覚した。 この事件は当時の等で大きく掲載され話題を呼んだ。 しかし小林は、それすら「世界初暗殺されかかった漫画家」とネタにしつつ被害を訴えていた。 、『SPA! 』誌上でのオウム真理教擁護の動きに対し、編集長や、らと対立。 オウムへの疑念と警戒を強める小林に対し『SPA! 』本誌は宅八郎ととのを載せるなど雑誌内での両側の意見の乖離が現れていたのが連載を終了することになった原因である。 当時の連載内容によると、小林は靍師と電話で話し「もし靍師さんの家族がオウムに殺されても、オウムのインタビューを載せるんですか」と聞いたところ、靍師は「載せる。 それがだ」と答えたという。 この一件を契機として、小林は靍師と決裂した。 『SPA! これに対して西岡は、小林が掲載した資料は、「僕の『マルコ』事件についての記述があります。 あれはぜんぜん事実と違うんですね。 つまり、『マルコ』の原稿を僕が小林に送ったって話になってますでしょう。 (中略)全然別のものなんですよ。 僕が別のパンフレットを分前に彼に送ったことがあるんですけど、それが『マルコ』の原稿であったかのように書かれているんですね。 」 と、小林が掲載したのは、「94年に、パンフレットを作って、随分いろんな人に送ったんですよ。 送った一人に、小林よしのりもいたわけですね。 それは『マルコ』の原稿とは全然違うものです。 」 と語り「ナチ『ガス室』はなかった」の原稿ではなく、執筆依頼もしていないと主張。 別の文書をマルコポーロの原稿としたのは「」と批判、西岡は抗議文を『教科書が教えない小林よしのり』に発表したが、小林は返答をしていない。 その後、宅が、西岡を「週刊宅八郎」に招いたことが、小林を激昂させ『SPA! 』決別の大きな原因になったと靍師、宅は証言。 小林と『SPA! 』編集部の対立、決別までを検証する座談会を収録した、『教科書が教えない小林よしのり』で、両者は以下のように語っている。 つる師「'95年3月の頭ぐらいに、小林さんが「宅の連載は不快だと伝えてきた。 つまり、わしを攻撃してくる「噂真」の岡留の写真を載っけてけしからんとかさ。 まず、それが一点で、次がすがさんのカラオケ。 「わし」の作品を批判するすがの写真を載っけてカラオケするとは何たることかって。 」 (中略) つる師「3月上旬に「週宅」で西岡さんのインタビューを敢行したわけです。 丁度その1号前の号で、小林さんが「ゴー宣」で西岡さんについて描いてたんですよ。 編集部に対する3つ目の不満っていうのが、西岡さん問題だったんです。 それも、小林さんは『宅は西岡の擁護にまわってる』みたいな書き方をしているけれども、実際ちゃんと読んでみれば宅さんはそんな記事は書いてないよねぇ。 」 (中略) つる師「ところが宅さんがその原稿を発表した後、3月8日になって小林さんが僕に『宅八郎を攻撃する』ということを通達してきたんです。 さっきの岡留さんやすがさんなどを扱うこと自体が不快だと。 で、もっと不快なのは、わしが西岡に触れた次の号で、宅が西岡にインタビューしていることだ、と。 一週間後に西岡インタビューが載るってことは、宅は俺のを見て書いたんだろうって言ってきたわけ。 そこまで言ってきたわけ。 」 (中略) — 『教科書が教えない小林よしのり』(ロフト出版、1997年)54〜65ページ 小林は、同誌での連載を8月2日号で終了したが、こうした事情も、関係修復は不可能と判断した一因と考えられる。 宅はこの頃から小林の圧力があったと主張するが、これに対して小林側は、『SPA! 』での連載継続の意思を失ったと表明して間もなく、扶桑社の幹部から「どうすれば慰留して頂けますか? 」と暗に宅や靍師らの更迭を示唆する申し出があったのを敢えて断ったとして否定している。 『SPA! 』での最終回では本誌への厳しい批判と他社での次回連載を告知するという異例の事態となった。 なお、『教科書が教えない小林よしのり』(ロフト1997)には、当時の小林が関係者に送付したや、逆に小林に送付された内容証明郵便などが掲載されている。 その後、宅は扶桑社の意向などで小林批判を自粛。 を批判するなかでや自宅への嫌がらせ行為、行為を紙面上で展開し、切通の抗議を受けて連載が打ち切られた。 宅の行為を容認し、連載中止に反対していた靍師もを解任された。 この一件で宅や靍師に憤慨した小林は『SPA! 』連載分の単行本を扶桑社から引き上げ、に移した。 『新・ゴーマニズム宣言』 連載開始 [ ] 連載終了の動きを察知したは早速、小林にオファーをかけた。 これを受託した小林は、同社出版の『』で1995年9月27日号より『新・ゴーマニズム宣言』を開始する。 なお、連載開始前に同社の『』での顛末を描いた予告編的な書き下ろしを2週に分けて掲載している。 連載は後述の『大東亜論』を含む2019年1・2月号まで続き、その間に、「ゴー宣・暫」と改名、さらに前述のように再度「ゴーマニズム宣言」に戻っている。 同時並行で、『』に『ゴーマニズム宣言EXTRA』、また『』にも『本家ゴーマニズム宣言』として掲載され、それぞれ『ゴーマニズム宣言EXTRA 1』・『ゴーマニズム宣言EXTRA 挑戦的平和論 上・下』・『ゴーマニズム宣言EXTRA パトリなきナショナリズム』、『本家ゴーマニズム宣言」全2巻としてまとめられている。 薬害エイズ問題を巡って [ ] 旧『ゴー宣』時代にを取り上げた事がきっかけで、「HIV訴訟を支える会」代表に就任し精力的に活動する。 小林は積極的になどのTV番組へ出演し、問題の重要性を訴えた。 自らのネームバリューを生かそうと考え、であることを積極的、能動的に捉えていた。 本編においても支援集会の告知をし、ほぼ同時期にとのトラブルを抱えながらも画面露出は抑えることなくつづけていた。 HIV薬害感染者としてしたを全面的に肯定。 、、に対して対抗する案を本編で提案していた。 団後、運動に協力したが、協力団体(系)の影響でHIV薬害問題に限定したボランティアではなく、永続的な薬害運動、そして「追及」など無関係な問題にスライドさせられている事例を知り 学生が日常生活に戻らなくなる事を危惧し、作品内において「ボランティアの役目は終わった。 後はのの仕事であり、学生は日常へ復帰して、現場に出てプロの仕事をして、次のを防げ! 」と主張した。 また、この事件において政治的側面で最も活躍した政党はであると評価し、を「彼らのせいで派の人間は運動から遠ざかる」「弱者にたかる」と批判した。 しかし支える会からは「ボランティアの役目は永遠に終わらない、二度と悲劇が起こらないようをボランティアの目から監視すべきだ」と批判された。 支える会との対立は、『新・ゴーマニズム宣言』14章 が掲載されたことから起こったため、「14章問題」と言われる。 読者を切り捨ててでも自らの主張を貫く、小林よしのりの姿勢を印象付けた事件であった。 ボランティアの中心となった学生は、14章が発表された時点から団体の人間からの批判に晒され、小林に対しては沈黙と批判で答えることとなる。 その後、小林は学生と対話するが要領を得ず、「私達は、良いことだけ言ってくれるよしのりさんが欲しかったんです」(『カナモリ日記』)などと言われ、決裂が決定的となる。 なお、小林がHIV訴訟の代表に対して、原告団や学生達がなどの左翼に利用されていることを問うと川田は「知ってますよ」と答えた。 小林にはそれが自分に対する悪意を見せたかのように感じられ、愕然としたという。 小林は学生に範を示す意を持って会長を辞任したが実質的な解任であった。 『ゴー宣』と『脱正義論』で自省と「運動の正義」への批判を行い、薬害エイズ運動を沈静化させる道を選んだ。 「学生は運動をやめて日常に復帰せよ! 」と、運動家に乗っ取られた薬害エイズ運動を批判した小林を、ボランティアの学生達、らは激しく抗議した。 団体の広報誌では、小林よしのり批判の方が薬害エイズ批判よりも多くなってしまう状態となった反面、『ゴー宣』読者からは驚きと好意的な反応が帰ってきていた。 小林はこの後、読者には「良き観客でいろ」と言い、その後の様々な活動でも読者に一定の距離を保つことを求め続け、現在に至っている。 従軍慰安婦問題から「新しい歴史教科書をつくる会」へ [ ] 問題への事実関係についての疑問を発表。 それをきっかけに左派やの激しい批判を受ける。 その一方でに対して憂えていた人達からは熱狂的支持を受ける。 この為小林の反権力的意見に共感していた一部の読者は、これを機に離れていった。 小林は後の著書『』にて「慰安婦問題や戦争論で左の読者が離れ、を批判した事で右派も離れた。 商売としては美味しくない。 でも、わしは自分の正義を貫くだけだから。 」と、語った。 その流れからに参加。 当初のつくる会は、の で進んでいて、肯定論を語る知識人を呼ばない戦略を立てていた。 しかし小林は「戦争論」執筆の際には司馬史観を飛び越え「大東亜戦争肯定論」を描いた。 そして『』がヒットした事で、つくる会がそれに追従する形となる。 自らもに強く依頼された事から教科書の内容を執筆し、漫画でも克明に作業ややりとりについて記した。 発刊後しばらくして会の運営や理論姿勢等について内部で行き違いが発生し、小林は一部の支持者の主義に批判的態度を強めて行き遂には脱会する事となる。 小林脱会後のつくる会では大東亜戦争に批判的な意見も少なからず挙がっており、小林はそのことをとらえて、脱会後のつくる会を「」として批判している。 『よしりん辻説法』および『SPA! 』での復活 [ ] 詳細は「」を参照 『戦争論』内において、元日本兵の弁護の為小林は大東亜戦争()における日本の軍事行動を自存自衛として肯定、を肯定、をほぼ「なかった」論を展開して論争を巻き起こした。 続く『戦争論2』ではを非難するならばアメリカのも非難されるべきだと問題提起。 それまで小林の言動を支持していた派の中から、一転批判に転じる者もあった。 小林も親米保守派をと批判し、これ以降「」を自認する立場からの立場を取る。 後に発売された『戦争論3』ではさらに反米色を強め、の歴史的残虐性を指摘。 日本とアメリカの対決は運命であったと主張。 『戦争論』シリーズはこの3をもって完結。 に関しては、アメリカ追従の言論人を批判し、独立自尊の精神を持てと主張した。 それにより親米派が大半である保守系右派の言論人と袂を分かち、手厳しく批判している。 なお、『わしズム』Vol. 7の「戦争論3はこう読め!! 」という、秘書の金森(当時)による小林へのインタビューによれば、『戦争論』1を描いた時、小林とスタッフ一同は「これを出したらと言われて、ゴー宣も終わりじゃないか」と覚悟していたが、『ゴー宣』は続き、『戦争論』も3作まで出せたと言い、リスクを取る事の重要さを語った。 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』 [ ] 詳細は「」を参照 元の招きによる訪問を一部始終『新-』本編に描き、その後前総統らとの対談、書き下ろしなどを加えて『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』として出版した。 2008年には一部描き下ろしを加えた上で文庫化されている。 小林作品に一貫するが、実際には日本統治・支配の神聖化はしていない。 に比べ、が第二国民として、同じ成績でも評価が低くされたなどの事実も描く。 しかし、の徹底、整備など「それでもが、ちゃんとしたを与えてくれた事は嬉しかった」と日本に感謝する台湾人の声を出し、そして李登輝などによる「過去の日本が、台湾で悪い事ばっかりやったと思って、日本の若い人が、なんて悪い国に生まれたんだ、と自信を失っているのは悲しい事だ」という言葉を出し、歴史的遠近感から日本を肯定する。 また、よりは日本人の方が、よほど良かったという「犬が去ってブタが来た」という声、戦前はどちらかと言えばだった者が、中国に一度は期待し、しかし戦後の国民党支配の過酷さと低劣さにに転じた例など、内容は広範に渡る。 この作品は台湾でも大問題となり、小林は一時期台湾から入国禁止処分を受けた。 また、本作の影響力に危機感を覚えたが小林と同種の作品を描く人材を育成しようと図るなど、海外に与えた影響も大きかった。 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論』 [ ] 詳細は「」を参照 6月に刊行した本書では問題を描き、沖縄に関心を持とうとしない本土の人間の無関心さを批判した。 左翼勢力が強いとされる沖縄では批判的な評論が多いが、反面小林の主張に共感を寄せる県民も少なからずいるようでとなった。 作品内でがにより立証されたと主張。 2005年8月14日、ので小林よしのりの沖縄論講演会が開かれた際、現在の沖縄のの強さ、によるへの侵略、への恫喝などを語り、「自国内で平和平和と言ってて、それで平和が来ますか?」と問いかけた。 その一方で、「に参加すべき」などこれと反する内容も描かれた。 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 靖国論』 [ ] 8月にこれまでのに関する章をまとめ、描き下ろしを加えて出版。 戦後60周年の公式参拝をめぐる議論に加わった。 (特に首相経験者)各参拝方法に対する批判、に関する見解を作品内で展開した。 の簡略化参拝を批判。 への侮蔑と小林は言い、それを咎めたを毅然とした立派な存在と描いている。 戦死者を犠牲者と見なしている首相の参拝姿勢に対しては「国難に立ち向かった戦死者を奉る靖国神社のを冒涜している」と批判。 天皇親拝が廃された理由をの私人参拝発言としている。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』 [ ] 詳細は「」を参照 『』誌上にて全10回連載されたものに描き下ろしを加え、2009年6月に出版。 の歴史、などについて解説している。 『天皇論』刊行後は『SAPIO』誌上において「天皇論追撃篇」を連載しており、反響や反論に対し小林の主張を述べている。 小林は同書の中でのの規定は天皇を貶めるためのものと指摘し、国民主権に警鐘をならしている。 また天皇はを司り、民の安寧を祈る「祭司王」であるとし、世俗的君主である欧州の王や中国のとは一線を画する存在である(実際にははのであり、中国の皇帝は「」として天地の祭祀を行い祭祀者としての側面を持つ)としている。 また、天皇について、その存在の廃止やの弱体化に繋がる事を論ずる者は左翼であると定義し、批判している。 にも庶民は天皇の存在を知っており、敬慕していたとも述べている。 天皇・および夫妻への批判については「」と批判し、擁護姿勢を見せている。 また、美智子皇后のお言葉を引用しても容認すると語った。 関連著作の「皇后論」(『』2009年8月6日号掲載)においては、「のような人物は滅多に出ないものだから、多少劣っていたとしても受け入れなければならない」と発言している。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論』 [ ] 描き下ろし単行本。 2010年3月刊行。 についての小林よしのりの見解・主張・研究などをまとめている。 主に終戦前後の時期の昭和天皇にスポットを当てている。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論』 [ ] 2010年12月15日刊行。 『ゴーマニズム宣言スペシャル・天皇論』の続編に当たる。 主に前作の女系容認を支持したことに対する男系主義者の批判に反論した内容となっている()。 また、復帰論に反対している。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論 平成29年』 [ ] 『ゴーマニズム宣言スペシャル・天皇論』に100ページ以上加筆・修正した増補改訂版。 『新天皇論』からの内容も一部含む。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 国防論』 [ ] 2011年8月刊行。 3月11日に起きたとその救援活動を行ったの様子を作者の視点で描いている。 自衛隊の組織内部(防衛学校も含む や隊員の生活が詳細に書かれていると同時に、『脱原発論』につながるエピソードもある。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 反TPP論』 [ ] 2012年2月刊行。 グローバリズムへの批判とTPP()の問題点を書き下ろしも含めたマンガで構成したもの。 後述の『大東亜論』で描かれたについて初めてとりあげている。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 脱原発論』 [ ] この節のが望まれています。 対談本 [ ] 『本日の雑談』 [ ] 『ゴーマニズム宣言』を通じて友好を深めた、との対談本は数多く出版されている。 本書は、西部邁の「僕の文章は、論理的過ぎて分かりにくいと言われる」ため、「大胆で、相手である小林さんが、相手をしてくれればなあ」と提案され、ゴー宣の発刊ペースでは時事を追いきれない小林よしのりも同意、4月より約3カ月おきのペースで対談本シリーズとして刊行した。 やからやにいたるまでの幅広いを2人が雑談形式でざっくばらんに話したものである。 2005年11月刊行の第8巻で終了(第9巻からは第II期として、西部邁と、・の対談となった)。 なお西部邁は、「小林よしのりさんと 付き合いがあった頃にも思ったけど、漫画の世界は非常に嫉妬とかをしない、男らしい世界なんでしょうね」という言葉を発しており 、一部では「小林と西部の対立」が原因でII 期へ移行したのではないか、という憶測がある。 主張・内容 [ ] この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2009年11月) 親米保守派の言論人を作品内で猿に描くなど、強く批判。 これに対してモデルとされる言論人等がなどで小林を激しく批判し、泥仕合の様相を呈した。 以後、小林は該当の人物達をベタ塗りで描くと宣言した。 これはとの裁判で、上杉が彼らの批判をに提出し、小林の描写がである証拠として、裁判所に提出したためである。 そして裁判も小林勝訴に終わり、とは『ゴー宣・暫』2巻「第四幕・第三場 捨てられポチの一生」にて、めでたく(?)批判対象の親米保守の一員として、イラストが復活した。 2004年に起こったに対してやネット等からの、当の人質となった人間や家族の言動に対する激しいバッシングが沸き起こった一件に関して、『』vol. 11にてアシスタントのとの対談で「日本本来のを損ねる行為である」として厳しく批判した。 その後『わしズム』掲載分の対談に新たな語りおろしを加えた対談本を緊急出版した。 問題の人質関係者や左翼と呼ばれる(それを自称する)人間達の主張にも批判も行いながらも一面理解を示すなど、思考の柔軟性を損ねて事の本質を見誤る危険性に対する警鐘を提言した。 上での無責任な小林自身への批判・誹謗中傷に対し激しく批判を行っていたが、2007年3月『SAPIO』誌上で一転して立場を翻し、いわゆる「」に共闘をもちかける。 などに出演し 、史観を押し付けるマスコミの姿勢 を批判した。 作品内では「わしの『ゴー宣』は、描き始めてから発表に3週間かかる。 あえて批判してきたネット保守に共闘をもちかけたい。 今後、をかけるマスコミがいたら、直ちに批判してくれ!わしの力の限界を超えてくれ!」と、「ネット保守」に共闘を呼びかけている。 しかし、それまでネットを厳しく批判していた小林の急変に、不信や疑問の声が上がっている。 一方、「共通の敵」(主に日本のサヨク・・の)と戦うと言う名目で、共闘に賛成する意見もある。 『ゴー宣・暫』1巻のスタッフとの「幕間ばなし」では、これに関して、「ネットの連中と、ちょっと遊んでやろうと思ったが、何の成果もなかったというだけのことだね」と語り、さらにに、異様な様子で「ネットなんかに協力求めちゃだめですよ!」と批判され、「どうでもいいとしか思ってないのに」と語った。 小林と上杉聰による裁判 [ ] 「」も参照 が執筆した『脱ゴーマニズム宣言』の題名で出版された「ゴー宣」批判本において、作品内の絵を大量に「無断引用」されたとして、小林はおよび(小林の著書と誤認させる恐れがあると主張)としてを起こした。 小林によれば、自分自身への批判は問題ではなく自分の絵を許可なく使用されたことを問題視して訴訟へ踏み切った。 一審は上杉のほぼ全面勝訴となったが、それについて小林は「悪質で一方的なこじつけ裁判だ」と語っている。 二審では、必要以上に改変されているとして一箇所の著作権侵害を認めたが、引用自体の差し止めなどは棄却となった(墨塗りも止むを得ない改変であり、合法との判断)。 全体的に上杉寄りの判決自体には少なからず不満を示すも自体は認められた事で「最初から出版差し止めが要求であり、目的は果たされた」と表明。 その後、上杉のみ上告したが、棄却され出版差し止めを認めた高裁判決が確定する。 前記の著作権裁判の高裁判決後、上杉は小林に対して(作中で『ドロボー』呼ばわりされた事なども加えて)を理由にを起こしたが、二転三転の末にで小林側のが確定した。 判決は、「本件漫画(小林の『ゴーマニズム宣言』)においては、被上告人(上杉)の主張を正確に引用した上で、本件採録の違法性の有無が裁判所において判断されるべき問題である旨を記載していること、他方、被上告人(上杉)は、上告人小林を被上告人著作中で厳しく批判しており、その中には、上告人小林をひぼうし、やゆするような表現が多数見られることなどの諸点に照らすと、上告人小林がした本件各表現は、被上告人著作中の被上告人(上杉)の意見に対する反論等として、意見ないし論評の域を逸脱したものということはできない。 」とあり、上杉の『脱ゴーマニズム宣言』で数多くの誹謗が行われていることから、主張を正確に引用し反論した小林の行為は、「論評の域を超えるものではない」とされ、小林勝訴となった。 なお、上杉は『脱ゴー宣』で引用した小林の絵の中で、「醜く描かれた人物をそのままで引用したのでは、引用した書物も名誉毀損になる可能性がある」としてそれらの人物描写の一部に墨塗りを行った。 小林は墨塗りを改竄と批判したが、上杉は「これ以上自分自身を醜く描けば名誉毀損で訴える」と宣言。 これに対して、小林は上杉を全てベタ塗りで描くようになった。 書籍 [ ]• レギュラー(『』、『』での通常連載)• ゴーマニズム宣言 全9巻 (文庫)• 1999年4月25日発行• 1999年4月25日発行• 1999年6月25日発行• 1999年8月25日発行• 1999年8月25日発行• 1999年11月25日発行• 2000年2月25日発行• 2000年4月25日発行• 2000年4月25日発行• 新・ゴーマニズム宣言 全15巻 ()• 1996年8月20日発行• 1997年3月1日発行• 1997年5月20日発行• 1998年1月1日発行• 1998年10月10日発行• 1999年4月1日発行• 1999年11月1日発行• 2000年4月1日発行• 2000年10月20日発行• 2001年8月1日発行• 2002年7月10日発行• 2002年12月10日発行• 2004年3月10日発行• 2004年12月10日発行• 2006年7月1日発行• ゴー宣・暫 全2巻 (小学館)• 2007年3月10日発行• 2007年10月2日発行• ゴーマニズム宣言NEO 全2巻 (小学館)• 2008年12月15日発行• 2009年10月5日発行• ゴーマニズム宣言2nd Season 既刊3巻• 2018年12月15日発行• 2019年4月10日発行• 2019年11月10日発行• 2020年5月25日発行• EXTRA(『』にて連載)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA 1』(2004年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA 挑戦的平和論 上巻』(2005年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA 挑戦的平和論 下巻』(2005年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA パトリなきナショナリズム』(2007年・小学館)• 本家(『』にて連載)• 『本家ゴーマニズム宣言』(2010年・)• 『本家ゴーマニズム宣言2』(2011年・ワック)• よしりん辻説法(『』にて連載、)• 2018年3月10日発行• 2019年4月10日発行• 2020年3月13日発行• SPECIAL• 『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』(1995年・) /(1998年・幻冬舎文庫)• 『新・ゴーマニズム宣言スペシャル 脱正義論』(1996年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』(1998年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 「個と公」論』(2000年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』(2000年・小学館) /(2008年・小学館文庫)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論2』(2001年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論3』(2003年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL よしりん戦記』(2003年・小学館)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論』(2005年・小学館)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 靖國論』(2005年・幻冬舎)• 『ゴー宣SPECIAL いわゆるA級戦犯』(2006年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 平成攘夷論』(2007年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論』(2008年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』(2009年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論』(2010年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論』(2010年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 国防論』(2011年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 反TPP論』(2012年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 脱原発論』(2012年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL AKB48論』(2013年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新戦争論1』(2015年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 民主主義という病い』(2016年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論 平成29年』(2017年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新・堕落論』(2018年・幻冬舎)• 大東亜論• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論 巨傑誕生篇』(2014年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論第二部 愛国志士、決起ス』(2015年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論第三部 明治日本を作った男達』(2017年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論最終章 朝鮮半島動乱す!』(2019年・小学館)• RISING• 『ゴーマニズム宣言RISING ニセモノ政治家の見分け方』(2012年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言RISING 開戦前夜』(2013年・幻冬舎)• 『素晴らしき哉、常識』(2018年・)• その他• 『ゴー外!! 1』(2004年・)• 『世論という悪夢』 (2009年・)• 『ゴーマニズム宣言PREMIUM 修身論』(2010年・)• 『ゴー宣道場 〜いまこそ、日本の「公論」を立ち上げよ!〜』(2011年・ワック)• 『ゴーマニズム戦歴』(2016年・)• 『ゴーマニズム宣言外伝「女について」』(2016年・幻冬舎)• 『慰安婦』(2020年・幻冬舎) 脚注 [ ]• ゴーマニズム宣言文庫版第1巻前書き• ゴーマニズム宣言文庫版第1巻p169• 小林よしのり 2015年5月14日. 小林よしのりオフィシャルサイト. 2016年3月10日閲覧。 小林, よしのり『ゴーマニズム宣言』3、、147-154頁。 両者は後に論を巡って対立関係になる。 第158章参照• 扶桑社1995 83頁• ロフト1997 『教科書が教えない小林よしのり』54〜65頁• ロフト1997• 「問題への謝罪をラップで訴えよう」などといった運動活動。 第1巻・脱正義論に収録。 冒頭で大学時代に「学生活動やりかけたことがある」と描かれている。 このエピソードは『ゴーマニズム宣言』第2巻・49章「絶対個の彼方へ」に詳しく、すでには下火となっていたが「レーニンマン」とされる左翼系の(、、など)を読み込んでいる男に影響され、学生運動に参加。 「わけのわからんことをほざきながら、ヘルメットにタオルという、ダサい格好だけは拒否していた」と語る。 結局、の勧誘の方が人数を増やしている状況、運動自体が目的化し遊んでいるようなものだと感じ、社会に出てになるための勉強を選び、参加することを辞める。 漫画家になった数年後、「レーニンマン」と偶然、街で出会い「で、ガンガン戦っている」と語る彼に、最初は呆れ半分に感心するが、を揺るがすような漫画を描くことを求められ、「個を潰して、社会のために働く気は無い」と、を明確に否定し、立ち去った。 『脱正義論』p. 78参照。 「日露までの日本は良かった、昭和に入り敗戦までの日本は暗黒の時代だった」とした等の主張。 製作の中でやに会い、の本も読むなど様々な著書や意見を参考にした。 『わしズム』Vol. 2013年6月10日 -• 『本日の雑談』10巻• 主にとなど。 『新・ゴーマニズム宣言』14巻参照。 『ゴー外!! 1』刊。 2007年『』号参照。 NHKの『日本の、これから』や、の『』などの番組など。 ・第11条を「諸判決」ではなく「裁判」と訳すなど恣意的な操作が行われている事を指摘・批判。 『新・ゴー宣』8巻• 判決後は、違法にならない体裁に修正されて販売されている。 本の帯・そでに 活字版ゴーマニズム宣言初登場と記載されている。 関連項目 [ ]•

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ゴー宣ネット道場(ゴー宣道場)

ゴー 宣 道場

概要 [ ] これまではギャグおよびコミカル的漫画のスタイル採っていた小林にとって、そのスタイルを180度転換し、的・風刺的・時事漫画的な内容として書き上げたことが話題となった。 「ゴーマニズム」とはからの作者の造語である。 各回の文末には「 ごーまんかましてよかですか? 」というキメ台詞と共に、総まとめをするスタイルになっている(初期など一部の回において上記のキメ台詞が無い回もある)。 「ゴーマニズム宣言」は時期が進むにつれ「 新・ゴーマニズム宣言」、「 ゴー宣・暫」と名前が変遷している。 2007年9月から、再び当初の「ゴーマニズム宣言」に戻っている。 『』・『』から続き、現在再度『SPA! 』に掲載されている通常連載と、『』内の『ゴーマニズム宣言EXTRA』特別連載、『』誌での『本家ゴーマニズム宣言』連載、『』などの論シリーズなど数種類の連載・書き下ろしで発表されている。 関連する連載として、『』における「よしりん辻説法」がある。 連載当初はエッセイ風の漫画として始まった作品で、な内容に富んだ作品だった。 連載が進むにつれ読者や、との論争など思想本としての色合いが強くなっていき、様々なやに対し主張を起こし、注目を浴びた。 所謂、およびの面もある。 『ゴー宣』誕生 [ ] 連載以前、『』に『』を約2年半連載していた。 しかし、読者から反感を買うような内容が多く、編集側もページ末に作品を茶化すような書きをしており、良好とは言えない状態が続いていた。 これを見たの『』より「ウチでもあんなのをやって欲しい」と執筆依頼を受け、1月22日号より『ゴーマニズム宣言』を開始。 当初のエッセイ的漫画から、社会に切り込む思想漫画と変遷し反響を呼んだ。 その後、漫画活動の軸足をこれへと移していくこととなる。 皇太子徳仁親王成婚に関する回の掲載拒否 [ ] とそれを報道するマスコミをギャグにした作品(タイトル:「カバ焼きの日」)は当初『SPA! 』誌での掲載を拒否された。 このため小林は原稿を『』()に持ち込み 、特別篇として1993年9月号に掲載される事となった。 その後から発行された単行本に収録されている。 部落解放同盟との対談 [ ] 業界に対しを巡って安易で軟弱な姿勢から起こるに対して批判を加えており、後にの関係者との対談等につながった。 そこから『』の題名での書き下ろし本への出版となった。 なおこの本の出版にあたっては書き下ろし漫画の表現を巡って小林側と部落解放同盟側と対立する一幕も見られた。 オウム真理教・関係知識人との対立 [ ] に起きたでは、漫画上で当初は名指しこそしなかったものの、を激しく追及。 これに対しオウム真理教側は自らの存在を厳しく批判する小林の存在を恐れ、様々な口実を作って自らの施設へ単独で誘い込もうと図るが小林側の警戒心は強く実現しなかった。 遂にはらがによるを試みる実力行使に出るが失敗に終わる。 これは後にオウム真理教への司法の追及が進むうちに発覚した。 この事件は当時の等で大きく掲載され話題を呼んだ。 しかし小林は、それすら「世界初暗殺されかかった漫画家」とネタにしつつ被害を訴えていた。 、『SPA! 』誌上でのオウム真理教擁護の動きに対し、編集長や、らと対立。 オウムへの疑念と警戒を強める小林に対し『SPA! 』本誌は宅八郎ととのを載せるなど雑誌内での両側の意見の乖離が現れていたのが連載を終了することになった原因である。 当時の連載内容によると、小林は靍師と電話で話し「もし靍師さんの家族がオウムに殺されても、オウムのインタビューを載せるんですか」と聞いたところ、靍師は「載せる。 それがだ」と答えたという。 この一件を契機として、小林は靍師と決裂した。 『SPA! これに対して西岡は、小林が掲載した資料は、「僕の『マルコ』事件についての記述があります。 あれはぜんぜん事実と違うんですね。 つまり、『マルコ』の原稿を僕が小林に送ったって話になってますでしょう。 (中略)全然別のものなんですよ。 僕が別のパンフレットを分前に彼に送ったことがあるんですけど、それが『マルコ』の原稿であったかのように書かれているんですね。 」 と、小林が掲載したのは、「94年に、パンフレットを作って、随分いろんな人に送ったんですよ。 送った一人に、小林よしのりもいたわけですね。 それは『マルコ』の原稿とは全然違うものです。 」 と語り「ナチ『ガス室』はなかった」の原稿ではなく、執筆依頼もしていないと主張。 別の文書をマルコポーロの原稿としたのは「」と批判、西岡は抗議文を『教科書が教えない小林よしのり』に発表したが、小林は返答をしていない。 その後、宅が、西岡を「週刊宅八郎」に招いたことが、小林を激昂させ『SPA! 』決別の大きな原因になったと靍師、宅は証言。 小林と『SPA! 』編集部の対立、決別までを検証する座談会を収録した、『教科書が教えない小林よしのり』で、両者は以下のように語っている。 つる師「'95年3月の頭ぐらいに、小林さんが「宅の連載は不快だと伝えてきた。 つまり、わしを攻撃してくる「噂真」の岡留の写真を載っけてけしからんとかさ。 まず、それが一点で、次がすがさんのカラオケ。 「わし」の作品を批判するすがの写真を載っけてカラオケするとは何たることかって。 」 (中略) つる師「3月上旬に「週宅」で西岡さんのインタビューを敢行したわけです。 丁度その1号前の号で、小林さんが「ゴー宣」で西岡さんについて描いてたんですよ。 編集部に対する3つ目の不満っていうのが、西岡さん問題だったんです。 それも、小林さんは『宅は西岡の擁護にまわってる』みたいな書き方をしているけれども、実際ちゃんと読んでみれば宅さんはそんな記事は書いてないよねぇ。 」 (中略) つる師「ところが宅さんがその原稿を発表した後、3月8日になって小林さんが僕に『宅八郎を攻撃する』ということを通達してきたんです。 さっきの岡留さんやすがさんなどを扱うこと自体が不快だと。 で、もっと不快なのは、わしが西岡に触れた次の号で、宅が西岡にインタビューしていることだ、と。 一週間後に西岡インタビューが載るってことは、宅は俺のを見て書いたんだろうって言ってきたわけ。 そこまで言ってきたわけ。 」 (中略) — 『教科書が教えない小林よしのり』(ロフト出版、1997年)54〜65ページ 小林は、同誌での連載を8月2日号で終了したが、こうした事情も、関係修復は不可能と判断した一因と考えられる。 宅はこの頃から小林の圧力があったと主張するが、これに対して小林側は、『SPA! 』での連載継続の意思を失ったと表明して間もなく、扶桑社の幹部から「どうすれば慰留して頂けますか? 」と暗に宅や靍師らの更迭を示唆する申し出があったのを敢えて断ったとして否定している。 『SPA! 』での最終回では本誌への厳しい批判と他社での次回連載を告知するという異例の事態となった。 なお、『教科書が教えない小林よしのり』(ロフト1997)には、当時の小林が関係者に送付したや、逆に小林に送付された内容証明郵便などが掲載されている。 その後、宅は扶桑社の意向などで小林批判を自粛。 を批判するなかでや自宅への嫌がらせ行為、行為を紙面上で展開し、切通の抗議を受けて連載が打ち切られた。 宅の行為を容認し、連載中止に反対していた靍師もを解任された。 この一件で宅や靍師に憤慨した小林は『SPA! 』連載分の単行本を扶桑社から引き上げ、に移した。 『新・ゴーマニズム宣言』 連載開始 [ ] 連載終了の動きを察知したは早速、小林にオファーをかけた。 これを受託した小林は、同社出版の『』で1995年9月27日号より『新・ゴーマニズム宣言』を開始する。 なお、連載開始前に同社の『』での顛末を描いた予告編的な書き下ろしを2週に分けて掲載している。 連載は後述の『大東亜論』を含む2019年1・2月号まで続き、その間に、「ゴー宣・暫」と改名、さらに前述のように再度「ゴーマニズム宣言」に戻っている。 同時並行で、『』に『ゴーマニズム宣言EXTRA』、また『』にも『本家ゴーマニズム宣言』として掲載され、それぞれ『ゴーマニズム宣言EXTRA 1』・『ゴーマニズム宣言EXTRA 挑戦的平和論 上・下』・『ゴーマニズム宣言EXTRA パトリなきナショナリズム』、『本家ゴーマニズム宣言」全2巻としてまとめられている。 薬害エイズ問題を巡って [ ] 旧『ゴー宣』時代にを取り上げた事がきっかけで、「HIV訴訟を支える会」代表に就任し精力的に活動する。 小林は積極的になどのTV番組へ出演し、問題の重要性を訴えた。 自らのネームバリューを生かそうと考え、であることを積極的、能動的に捉えていた。 本編においても支援集会の告知をし、ほぼ同時期にとのトラブルを抱えながらも画面露出は抑えることなくつづけていた。 HIV薬害感染者としてしたを全面的に肯定。 、、に対して対抗する案を本編で提案していた。 団後、運動に協力したが、協力団体(系)の影響でHIV薬害問題に限定したボランティアではなく、永続的な薬害運動、そして「追及」など無関係な問題にスライドさせられている事例を知り 学生が日常生活に戻らなくなる事を危惧し、作品内において「ボランティアの役目は終わった。 後はのの仕事であり、学生は日常へ復帰して、現場に出てプロの仕事をして、次のを防げ! 」と主張した。 また、この事件において政治的側面で最も活躍した政党はであると評価し、を「彼らのせいで派の人間は運動から遠ざかる」「弱者にたかる」と批判した。 しかし支える会からは「ボランティアの役目は永遠に終わらない、二度と悲劇が起こらないようをボランティアの目から監視すべきだ」と批判された。 支える会との対立は、『新・ゴーマニズム宣言』14章 が掲載されたことから起こったため、「14章問題」と言われる。 読者を切り捨ててでも自らの主張を貫く、小林よしのりの姿勢を印象付けた事件であった。 ボランティアの中心となった学生は、14章が発表された時点から団体の人間からの批判に晒され、小林に対しては沈黙と批判で答えることとなる。 その後、小林は学生と対話するが要領を得ず、「私達は、良いことだけ言ってくれるよしのりさんが欲しかったんです」(『カナモリ日記』)などと言われ、決裂が決定的となる。 なお、小林がHIV訴訟の代表に対して、原告団や学生達がなどの左翼に利用されていることを問うと川田は「知ってますよ」と答えた。 小林にはそれが自分に対する悪意を見せたかのように感じられ、愕然としたという。 小林は学生に範を示す意を持って会長を辞任したが実質的な解任であった。 『ゴー宣』と『脱正義論』で自省と「運動の正義」への批判を行い、薬害エイズ運動を沈静化させる道を選んだ。 「学生は運動をやめて日常に復帰せよ! 」と、運動家に乗っ取られた薬害エイズ運動を批判した小林を、ボランティアの学生達、らは激しく抗議した。 団体の広報誌では、小林よしのり批判の方が薬害エイズ批判よりも多くなってしまう状態となった反面、『ゴー宣』読者からは驚きと好意的な反応が帰ってきていた。 小林はこの後、読者には「良き観客でいろ」と言い、その後の様々な活動でも読者に一定の距離を保つことを求め続け、現在に至っている。 従軍慰安婦問題から「新しい歴史教科書をつくる会」へ [ ] 問題への事実関係についての疑問を発表。 それをきっかけに左派やの激しい批判を受ける。 その一方でに対して憂えていた人達からは熱狂的支持を受ける。 この為小林の反権力的意見に共感していた一部の読者は、これを機に離れていった。 小林は後の著書『』にて「慰安婦問題や戦争論で左の読者が離れ、を批判した事で右派も離れた。 商売としては美味しくない。 でも、わしは自分の正義を貫くだけだから。 」と、語った。 その流れからに参加。 当初のつくる会は、の で進んでいて、肯定論を語る知識人を呼ばない戦略を立てていた。 しかし小林は「戦争論」執筆の際には司馬史観を飛び越え「大東亜戦争肯定論」を描いた。 そして『』がヒットした事で、つくる会がそれに追従する形となる。 自らもに強く依頼された事から教科書の内容を執筆し、漫画でも克明に作業ややりとりについて記した。 発刊後しばらくして会の運営や理論姿勢等について内部で行き違いが発生し、小林は一部の支持者の主義に批判的態度を強めて行き遂には脱会する事となる。 小林脱会後のつくる会では大東亜戦争に批判的な意見も少なからず挙がっており、小林はそのことをとらえて、脱会後のつくる会を「」として批判している。 『よしりん辻説法』および『SPA! 』での復活 [ ] 詳細は「」を参照 『戦争論』内において、元日本兵の弁護の為小林は大東亜戦争()における日本の軍事行動を自存自衛として肯定、を肯定、をほぼ「なかった」論を展開して論争を巻き起こした。 続く『戦争論2』ではを非難するならばアメリカのも非難されるべきだと問題提起。 それまで小林の言動を支持していた派の中から、一転批判に転じる者もあった。 小林も親米保守派をと批判し、これ以降「」を自認する立場からの立場を取る。 後に発売された『戦争論3』ではさらに反米色を強め、の歴史的残虐性を指摘。 日本とアメリカの対決は運命であったと主張。 『戦争論』シリーズはこの3をもって完結。 に関しては、アメリカ追従の言論人を批判し、独立自尊の精神を持てと主張した。 それにより親米派が大半である保守系右派の言論人と袂を分かち、手厳しく批判している。 なお、『わしズム』Vol. 7の「戦争論3はこう読め!! 」という、秘書の金森(当時)による小林へのインタビューによれば、『戦争論』1を描いた時、小林とスタッフ一同は「これを出したらと言われて、ゴー宣も終わりじゃないか」と覚悟していたが、『ゴー宣』は続き、『戦争論』も3作まで出せたと言い、リスクを取る事の重要さを語った。 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』 [ ] 詳細は「」を参照 元の招きによる訪問を一部始終『新-』本編に描き、その後前総統らとの対談、書き下ろしなどを加えて『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』として出版した。 2008年には一部描き下ろしを加えた上で文庫化されている。 小林作品に一貫するが、実際には日本統治・支配の神聖化はしていない。 に比べ、が第二国民として、同じ成績でも評価が低くされたなどの事実も描く。 しかし、の徹底、整備など「それでもが、ちゃんとしたを与えてくれた事は嬉しかった」と日本に感謝する台湾人の声を出し、そして李登輝などによる「過去の日本が、台湾で悪い事ばっかりやったと思って、日本の若い人が、なんて悪い国に生まれたんだ、と自信を失っているのは悲しい事だ」という言葉を出し、歴史的遠近感から日本を肯定する。 また、よりは日本人の方が、よほど良かったという「犬が去ってブタが来た」という声、戦前はどちらかと言えばだった者が、中国に一度は期待し、しかし戦後の国民党支配の過酷さと低劣さにに転じた例など、内容は広範に渡る。 この作品は台湾でも大問題となり、小林は一時期台湾から入国禁止処分を受けた。 また、本作の影響力に危機感を覚えたが小林と同種の作品を描く人材を育成しようと図るなど、海外に与えた影響も大きかった。 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論』 [ ] 詳細は「」を参照 6月に刊行した本書では問題を描き、沖縄に関心を持とうとしない本土の人間の無関心さを批判した。 左翼勢力が強いとされる沖縄では批判的な評論が多いが、反面小林の主張に共感を寄せる県民も少なからずいるようでとなった。 作品内でがにより立証されたと主張。 2005年8月14日、ので小林よしのりの沖縄論講演会が開かれた際、現在の沖縄のの強さ、によるへの侵略、への恫喝などを語り、「自国内で平和平和と言ってて、それで平和が来ますか?」と問いかけた。 その一方で、「に参加すべき」などこれと反する内容も描かれた。 『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 靖国論』 [ ] 8月にこれまでのに関する章をまとめ、描き下ろしを加えて出版。 戦後60周年の公式参拝をめぐる議論に加わった。 (特に首相経験者)各参拝方法に対する批判、に関する見解を作品内で展開した。 の簡略化参拝を批判。 への侮蔑と小林は言い、それを咎めたを毅然とした立派な存在と描いている。 戦死者を犠牲者と見なしている首相の参拝姿勢に対しては「国難に立ち向かった戦死者を奉る靖国神社のを冒涜している」と批判。 天皇親拝が廃された理由をの私人参拝発言としている。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』 [ ] 詳細は「」を参照 『』誌上にて全10回連載されたものに描き下ろしを加え、2009年6月に出版。 の歴史、などについて解説している。 『天皇論』刊行後は『SAPIO』誌上において「天皇論追撃篇」を連載しており、反響や反論に対し小林の主張を述べている。 小林は同書の中でのの規定は天皇を貶めるためのものと指摘し、国民主権に警鐘をならしている。 また天皇はを司り、民の安寧を祈る「祭司王」であるとし、世俗的君主である欧州の王や中国のとは一線を画する存在である(実際にははのであり、中国の皇帝は「」として天地の祭祀を行い祭祀者としての側面を持つ)としている。 また、天皇について、その存在の廃止やの弱体化に繋がる事を論ずる者は左翼であると定義し、批判している。 にも庶民は天皇の存在を知っており、敬慕していたとも述べている。 天皇・および夫妻への批判については「」と批判し、擁護姿勢を見せている。 また、美智子皇后のお言葉を引用しても容認すると語った。 関連著作の「皇后論」(『』2009年8月6日号掲載)においては、「のような人物は滅多に出ないものだから、多少劣っていたとしても受け入れなければならない」と発言している。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論』 [ ] 描き下ろし単行本。 2010年3月刊行。 についての小林よしのりの見解・主張・研究などをまとめている。 主に終戦前後の時期の昭和天皇にスポットを当てている。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論』 [ ] 2010年12月15日刊行。 『ゴーマニズム宣言スペシャル・天皇論』の続編に当たる。 主に前作の女系容認を支持したことに対する男系主義者の批判に反論した内容となっている()。 また、復帰論に反対している。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論 平成29年』 [ ] 『ゴーマニズム宣言スペシャル・天皇論』に100ページ以上加筆・修正した増補改訂版。 『新天皇論』からの内容も一部含む。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 国防論』 [ ] 2011年8月刊行。 3月11日に起きたとその救援活動を行ったの様子を作者の視点で描いている。 自衛隊の組織内部(防衛学校も含む や隊員の生活が詳細に書かれていると同時に、『脱原発論』につながるエピソードもある。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 反TPP論』 [ ] 2012年2月刊行。 グローバリズムへの批判とTPP()の問題点を書き下ろしも含めたマンガで構成したもの。 後述の『大東亜論』で描かれたについて初めてとりあげている。 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 脱原発論』 [ ] この節のが望まれています。 対談本 [ ] 『本日の雑談』 [ ] 『ゴーマニズム宣言』を通じて友好を深めた、との対談本は数多く出版されている。 本書は、西部邁の「僕の文章は、論理的過ぎて分かりにくいと言われる」ため、「大胆で、相手である小林さんが、相手をしてくれればなあ」と提案され、ゴー宣の発刊ペースでは時事を追いきれない小林よしのりも同意、4月より約3カ月おきのペースで対談本シリーズとして刊行した。 やからやにいたるまでの幅広いを2人が雑談形式でざっくばらんに話したものである。 2005年11月刊行の第8巻で終了(第9巻からは第II期として、西部邁と、・の対談となった)。 なお西部邁は、「小林よしのりさんと 付き合いがあった頃にも思ったけど、漫画の世界は非常に嫉妬とかをしない、男らしい世界なんでしょうね」という言葉を発しており 、一部では「小林と西部の対立」が原因でII 期へ移行したのではないか、という憶測がある。 主張・内容 [ ] この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2009年11月) 親米保守派の言論人を作品内で猿に描くなど、強く批判。 これに対してモデルとされる言論人等がなどで小林を激しく批判し、泥仕合の様相を呈した。 以後、小林は該当の人物達をベタ塗りで描くと宣言した。 これはとの裁判で、上杉が彼らの批判をに提出し、小林の描写がである証拠として、裁判所に提出したためである。 そして裁判も小林勝訴に終わり、とは『ゴー宣・暫』2巻「第四幕・第三場 捨てられポチの一生」にて、めでたく(?)批判対象の親米保守の一員として、イラストが復活した。 2004年に起こったに対してやネット等からの、当の人質となった人間や家族の言動に対する激しいバッシングが沸き起こった一件に関して、『』vol. 11にてアシスタントのとの対談で「日本本来のを損ねる行為である」として厳しく批判した。 その後『わしズム』掲載分の対談に新たな語りおろしを加えた対談本を緊急出版した。 問題の人質関係者や左翼と呼ばれる(それを自称する)人間達の主張にも批判も行いながらも一面理解を示すなど、思考の柔軟性を損ねて事の本質を見誤る危険性に対する警鐘を提言した。 上での無責任な小林自身への批判・誹謗中傷に対し激しく批判を行っていたが、2007年3月『SAPIO』誌上で一転して立場を翻し、いわゆる「」に共闘をもちかける。 などに出演し 、史観を押し付けるマスコミの姿勢 を批判した。 作品内では「わしの『ゴー宣』は、描き始めてから発表に3週間かかる。 あえて批判してきたネット保守に共闘をもちかけたい。 今後、をかけるマスコミがいたら、直ちに批判してくれ!わしの力の限界を超えてくれ!」と、「ネット保守」に共闘を呼びかけている。 しかし、それまでネットを厳しく批判していた小林の急変に、不信や疑問の声が上がっている。 一方、「共通の敵」(主に日本のサヨク・・の)と戦うと言う名目で、共闘に賛成する意見もある。 『ゴー宣・暫』1巻のスタッフとの「幕間ばなし」では、これに関して、「ネットの連中と、ちょっと遊んでやろうと思ったが、何の成果もなかったというだけのことだね」と語り、さらにに、異様な様子で「ネットなんかに協力求めちゃだめですよ!」と批判され、「どうでもいいとしか思ってないのに」と語った。 小林と上杉聰による裁判 [ ] 「」も参照 が執筆した『脱ゴーマニズム宣言』の題名で出版された「ゴー宣」批判本において、作品内の絵を大量に「無断引用」されたとして、小林はおよび(小林の著書と誤認させる恐れがあると主張)としてを起こした。 小林によれば、自分自身への批判は問題ではなく自分の絵を許可なく使用されたことを問題視して訴訟へ踏み切った。 一審は上杉のほぼ全面勝訴となったが、それについて小林は「悪質で一方的なこじつけ裁判だ」と語っている。 二審では、必要以上に改変されているとして一箇所の著作権侵害を認めたが、引用自体の差し止めなどは棄却となった(墨塗りも止むを得ない改変であり、合法との判断)。 全体的に上杉寄りの判決自体には少なからず不満を示すも自体は認められた事で「最初から出版差し止めが要求であり、目的は果たされた」と表明。 その後、上杉のみ上告したが、棄却され出版差し止めを認めた高裁判決が確定する。 前記の著作権裁判の高裁判決後、上杉は小林に対して(作中で『ドロボー』呼ばわりされた事なども加えて)を理由にを起こしたが、二転三転の末にで小林側のが確定した。 判決は、「本件漫画(小林の『ゴーマニズム宣言』)においては、被上告人(上杉)の主張を正確に引用した上で、本件採録の違法性の有無が裁判所において判断されるべき問題である旨を記載していること、他方、被上告人(上杉)は、上告人小林を被上告人著作中で厳しく批判しており、その中には、上告人小林をひぼうし、やゆするような表現が多数見られることなどの諸点に照らすと、上告人小林がした本件各表現は、被上告人著作中の被上告人(上杉)の意見に対する反論等として、意見ないし論評の域を逸脱したものということはできない。 」とあり、上杉の『脱ゴーマニズム宣言』で数多くの誹謗が行われていることから、主張を正確に引用し反論した小林の行為は、「論評の域を超えるものではない」とされ、小林勝訴となった。 なお、上杉は『脱ゴー宣』で引用した小林の絵の中で、「醜く描かれた人物をそのままで引用したのでは、引用した書物も名誉毀損になる可能性がある」としてそれらの人物描写の一部に墨塗りを行った。 小林は墨塗りを改竄と批判したが、上杉は「これ以上自分自身を醜く描けば名誉毀損で訴える」と宣言。 これに対して、小林は上杉を全てベタ塗りで描くようになった。 書籍 [ ]• レギュラー(『』、『』での通常連載)• ゴーマニズム宣言 全9巻 (文庫)• 1999年4月25日発行• 1999年4月25日発行• 1999年6月25日発行• 1999年8月25日発行• 1999年8月25日発行• 1999年11月25日発行• 2000年2月25日発行• 2000年4月25日発行• 2000年4月25日発行• 新・ゴーマニズム宣言 全15巻 ()• 1996年8月20日発行• 1997年3月1日発行• 1997年5月20日発行• 1998年1月1日発行• 1998年10月10日発行• 1999年4月1日発行• 1999年11月1日発行• 2000年4月1日発行• 2000年10月20日発行• 2001年8月1日発行• 2002年7月10日発行• 2002年12月10日発行• 2004年3月10日発行• 2004年12月10日発行• 2006年7月1日発行• ゴー宣・暫 全2巻 (小学館)• 2007年3月10日発行• 2007年10月2日発行• ゴーマニズム宣言NEO 全2巻 (小学館)• 2008年12月15日発行• 2009年10月5日発行• ゴーマニズム宣言2nd Season 既刊3巻• 2018年12月15日発行• 2019年4月10日発行• 2019年11月10日発行• 2020年5月25日発行• EXTRA(『』にて連載)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA 1』(2004年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA 挑戦的平和論 上巻』(2005年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA 挑戦的平和論 下巻』(2005年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言EXTRA パトリなきナショナリズム』(2007年・小学館)• 本家(『』にて連載)• 『本家ゴーマニズム宣言』(2010年・)• 『本家ゴーマニズム宣言2』(2011年・ワック)• よしりん辻説法(『』にて連載、)• 2018年3月10日発行• 2019年4月10日発行• 2020年3月13日発行• SPECIAL• 『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』(1995年・) /(1998年・幻冬舎文庫)• 『新・ゴーマニズム宣言スペシャル 脱正義論』(1996年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』(1998年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 「個と公」論』(2000年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論』(2000年・小学館) /(2008年・小学館文庫)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論2』(2001年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論3』(2003年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL よしりん戦記』(2003年・小学館)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論』(2005年・小学館)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 靖國論』(2005年・幻冬舎)• 『ゴー宣SPECIAL いわゆるA級戦犯』(2006年・幻冬舎)• 『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 平成攘夷論』(2007年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論』(2008年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』(2009年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論』(2010年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論』(2010年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 国防論』(2011年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 反TPP論』(2012年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 脱原発論』(2012年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL AKB48論』(2013年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新戦争論1』(2015年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 民主主義という病い』(2016年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論 平成29年』(2017年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 新・堕落論』(2018年・幻冬舎)• 大東亜論• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論 巨傑誕生篇』(2014年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論第二部 愛国志士、決起ス』(2015年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論第三部 明治日本を作った男達』(2017年・小学館)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 大東亜論最終章 朝鮮半島動乱す!』(2019年・小学館)• RISING• 『ゴーマニズム宣言RISING ニセモノ政治家の見分け方』(2012年・幻冬舎)• 『ゴーマニズム宣言RISING 開戦前夜』(2013年・幻冬舎)• 『素晴らしき哉、常識』(2018年・)• その他• 『ゴー外!! 1』(2004年・)• 『世論という悪夢』 (2009年・)• 『ゴーマニズム宣言PREMIUM 修身論』(2010年・)• 『ゴー宣道場 〜いまこそ、日本の「公論」を立ち上げよ!〜』(2011年・ワック)• 『ゴーマニズム戦歴』(2016年・)• 『ゴーマニズム宣言外伝「女について」』(2016年・幻冬舎)• 『慰安婦』(2020年・幻冬舎) 脚注 [ ]• ゴーマニズム宣言文庫版第1巻前書き• ゴーマニズム宣言文庫版第1巻p169• 小林よしのり 2015年5月14日. 小林よしのりオフィシャルサイト. 2016年3月10日閲覧。 小林, よしのり『ゴーマニズム宣言』3、、147-154頁。 両者は後に論を巡って対立関係になる。 第158章参照• 扶桑社1995 83頁• ロフト1997 『教科書が教えない小林よしのり』54〜65頁• ロフト1997• 「問題への謝罪をラップで訴えよう」などといった運動活動。 第1巻・脱正義論に収録。 冒頭で大学時代に「学生活動やりかけたことがある」と描かれている。 このエピソードは『ゴーマニズム宣言』第2巻・49章「絶対個の彼方へ」に詳しく、すでには下火となっていたが「レーニンマン」とされる左翼系の(、、など)を読み込んでいる男に影響され、学生運動に参加。 「わけのわからんことをほざきながら、ヘルメットにタオルという、ダサい格好だけは拒否していた」と語る。 結局、の勧誘の方が人数を増やしている状況、運動自体が目的化し遊んでいるようなものだと感じ、社会に出てになるための勉強を選び、参加することを辞める。 漫画家になった数年後、「レーニンマン」と偶然、街で出会い「で、ガンガン戦っている」と語る彼に、最初は呆れ半分に感心するが、を揺るがすような漫画を描くことを求められ、「個を潰して、社会のために働く気は無い」と、を明確に否定し、立ち去った。 『脱正義論』p. 78参照。 「日露までの日本は良かった、昭和に入り敗戦までの日本は暗黒の時代だった」とした等の主張。 製作の中でやに会い、の本も読むなど様々な著書や意見を参考にした。 『わしズム』Vol. 2013年6月10日 -• 『本日の雑談』10巻• 主にとなど。 『新・ゴーマニズム宣言』14巻参照。 『ゴー外!! 1』刊。 2007年『』号参照。 NHKの『日本の、これから』や、の『』などの番組など。 ・第11条を「諸判決」ではなく「裁判」と訳すなど恣意的な操作が行われている事を指摘・批判。 『新・ゴー宣』8巻• 判決後は、違法にならない体裁に修正されて販売されている。 本の帯・そでに 活字版ゴーマニズム宣言初登場と記載されている。 関連項目 [ ]•

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ゴー宣道場

ゴー 宣 道場

概要 [ ]• 4月11日、小林よしのり・・・・の5人で第1回が開催された。 「 身を修め、現場で戦う覚悟をつくる公論の場」を道場開設の主旨とし、日本社会における公論の形成をその主眼目標としている。 二部構成となっており、第一部では後述する師範、あるいはゲスト講師による、議題の公開討論形式にて進行され、休憩時間を挟み、第二部では参加者による質疑応答が行われる。 そのため、プライバシー保護のため、第二部は(後述のゴー宣道場チャンネルの会員以外には)非公開である場合が多い。 上記のことから、政治・経済・社会にまつわるテーマを討議することが多いが、第9回や第38回、第76回のような、身近な題材を扱うこともある。 創設当初は毎月第2日曜日に開催されていたが、現在は、原則として隔月第2日曜日に実施されている(東京以外の地方で開催される機会も増えており、その場合はこの限りではなく、毎月開催になることもある)。 レギュラー講師を「 師範」、過去に道場に参加したことがある、専用のメーリングリストの会員を「 門下生」と称する。 参加費1,000円。 開催10日前ごろまで後述する ゴー宣ネット道場より参加応募可能である(当初は往復葉書で応募し、当選者にはその返信用葉書が送られていた)。 開催当日にはやで視聴することもでき、当日視聴できない人のための、1週間までの視聴が可能である。 過去の道場については、 ゴー宣ネット道場の「ゴー宣道場チャンネル」にて、視聴することもできる。 ただし、ゴー宣道場チャンネルの会員に登録していなければならない。 また、第二部の質疑応答については、上述の参加者のプライバシー保護の目的で編集が行われている。 師範・アドバイザー [ ] 代表師範 小林よしのり 創設師範 堀辺正史、高森明勅、笹幸恵 / 宮城能彦(第9回まで参加) 師範 (第6回から第65回まで参加) / (第8回から第14回まで参加)/ (第30回から参加)/(第58回から参加) アドバイザー (議員の、第17回から参加) ゴー宣ネット道場 [ ] 「ゴー宣道場」のホームページ。 師範のブログやニコニコ動画、「ゴー宣道場」にまつわる情報、ニコニコ動画チャンネル「小林よしのりチャンネル」のメインコンテンツである公式WEBマガジン、 (毎週火曜日配信)などからなる。 11以後の日本は変わるのか? - 人事労務会館 第15回 2011年7月10日 天皇を知らない保守言論人 - 第16回 2011年8月7日 なでしこ VS 日本男児、どっちが強い? - 第17回 2011年9月11日 グローバリズムは歴史の必然か? (官僚) 五反分正彦 第18回 2011年10月16日 国防論を語ろう! 玉川区民会館 第19回 2011年11月13日 期待できる政治家っているのか? TKP渋谷カンファレンスセンター 第20回 2011年12月11日 70年目の日米開戦前夜 - 人事労務会館 第21回 2012年1月15日 ソーシャルメディアの罠 第22回 2012年2月12日 国家と故郷とTPP (衆議院議員) (衆議院議員) 第23回 2012年3月11日 3. 11以後、発狂した政治・言論を撃て! 第24回 2012年4月8日 女性宮家創設の今一つの危うさ - 第25回 2012年5月13日 公民と国民、何が違うか? 〜権力批判のすすめ〜 - 第26回 2012年6月10日 保守って何? 〜自民党ならいいのか?〜 (衆議院議員) アットビジネスセンター 東京駅八重洲通り 第27回 2012年7月15日 チルドレン政治の終わらせ方 (参議院議員) 人事労務会館 第28回 2012年8月19日 マスゴミとネトゴミといじめ - 第29回 2012年9月16日 倫理と成長の脱原発 (衆議院議員) 玉川区民会館 第30回 2012年10月14日 慰安婦問題、アゲイン! - 人事労務会館 第31回 2012年11月11日 サブカル・ヒーローの本質に迫る - アットビジネスセンター東京駅八重洲通り 第32回 2012年12月9日 なぜ政治家に失望するのか? - 人事労務会館 第33回 2013年1月13日 景気と幸福について考えよう - 第34回 2013年2月10日 女性問題と少子化対策 - 第35回 2013年4月14日 体罰って何だろう? - 第36回 2013年6月9日 ネットと排外主義を考察しよう 第37回 2013年8月11日 雅子妃殿下の行方 - 第38回 2013年10月13日 『』から現代を考える - 第39回 2013年12月1日 政治権力と天皇 - ネット第1回 2014年1月12日 安倍首相の靖国神社参拝をどう見るか - - ネット第2回 2014年2月9日 細川・小泉の『脱原発』こそが資本主義である! - - 第40回 2014年3月2日 専業主婦が女のあるべき姿なのか? - 人事労務会館 第41回 2014年4月13日 憎韓・嫌中ブームの反知性主義を斬る! (教授) 第42回 2014年6月18日 憲法を知らない保守を叱る! - 第43回 2014年8月10日 危ない日本語48 - 第44回 2014年10月12日 幼児化する大人たち 第45回 2014年12月14日 道徳教育は可能なのか? 第46回 2015年2月8日 「新戦争論」と戦後70年 (元衆議院議員・民主党) 第47回 2015年4月12日 第2弾・「新戦争論」と戦後70年 - 第48回 2015年6月14日 戦争と道徳 第49回 2015年8月2日 安倍晋三は中韓に屈している! 第50回 2015年10月11日 憲法9条で平和は守れるか? 松竹伸幸 第51回 2015年11月8日 とりま民主主義ってデモか? - 日本研修センター江坂 (第1回関西ゴー宣道場) 第52回 2015年12月13日 道徳Revenge 人事労務会館 第53回 2016年2月14日 慰安婦〈合意〉は正しかったのか? (客員教授) 第54回 2016年4月10日 追悼 堀辺正史 武士道と現代日本 木立氏(骨法道場) 第55回 2016年6月5日 言論の自由と潔癖王国 - 第56回 2016年7月10日 民主主義という病い 東浩紀 津田大介 第57回 2016年8月7日 おそるべき天皇 生前退位の真相 日本研修センター江坂 (第2回関西ゴー宣道場) 第58回 2016年9月11日 天皇陛下のお気持ちをなぜ叶えないのか? 倉持麟太郎 人事労務会館 第59回 2016年10月9日 高森明勅 皇室典範改正案 公表! - 第60回 2016年12月11日 天皇制と女性の活躍 第61回 2017年2月12日 大御心か?権力か? (衆議院議員) (民進党衆議院議員) 第62回 2017年3月12日 自民党にもいる尊皇派 (議員) 第63回 2017年4月9日 天皇の願いは叶ったか? - リファレンスビル駅東ビル (第1回九州ゴー宣道場) 第64回 2017年6月11日 公の為に~生前退位と共謀罪 (民進党衆議院議員) 山尾志桜里(民進党衆議院議員) 人事労務会館 第65回 2017年8月6日 9条に自衛隊って本気か!? (大学院教授) (民進党衆議院議員) 第66回 2017年10月8日 真の憲法改正とは何か? 第67回 2017年11月12日 権力と共謀して何がオモロイねん! (大学院教授) 山尾志桜里(衆議院議員) 日本研修センター江坂 (第3回関西ゴー宣道場) 第68回 2017年12月10日 憲法改正の作法を教えよう 山尾志桜里(無所属衆議院議員) 人事労務会館 第69回 2018年2月4日 憲法9条の命運 (法学部教授) 山尾志桜里(衆議院議員) 第70回 2018年3月11日 新世代の憲法論 (京都大学教授) 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) 日本研修センター江坂 (第4回関西ゴー宣道場) 第71回 2018年4月8日 権力の腐敗と立憲主義 (教授) 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) 人事労務会館 第72回 2018年5月3日 安倍暴走を立憲主義なら糾せる! (東京大学大学院教授) (教授) 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) 枝野幸男(立憲民主党衆議院議員) 目黒区中小企業センターホール 第73回 2018年6月2日 保守とリベラルの役割。 そして立憲 (リベラルアーツ研究教育院教授) LOFT9 SHIBUYA 第74回 2018年6月10日 憲法は国民のものではないのか? - 八重洲博多ビル (第2回九州ゴー宣道場) 第75回 2018年8月5日 立憲的憲法、山尾志桜里・条文案、発表! 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) 人事労務会館 第76回 2018年10月14日 男女平等とLGBTの真相 第77回 2018年11月11日 『戦争論』以後の日本と憲法9条 TKP京都四条烏丸カンファレンスセンター (京都ゴー宣道場・第5回関西ゴー宣道場) 第78回 2018年12月9日 移民と人権とナショナリズム 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) 人事労務会館 第79回 2019年2月10日 国防のリアルと憲法の矛盾 第80回 2019年3月10日 石破茂は何を考えているのか? (自由民主党衆議院議員) 日本研修センター江坂 (第6回関西ゴー宣道場) 第81回 2019年4月7日 日本経済は復活できるのか? (京都大学大学院工学研究科教授) 人事労務会館 第82回 2019年6月9日 新天皇即位と皇室の未来 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) 第83回 2019年8月4日 皇室と憲法における平和主義 第1部: 第2部: 第84回 2019年10月20日 天皇論「日米激突」 (教授) 第85回 2019年11月10日 九州は男尊女卑か? リファレンスビル駅東ビル (第3回九州ゴー宣道場) 第86回 2019年12月8日 正念場を迎える皇位の安定継承 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) オフィスパーク名駅プレミアムホール&会議室 (第1回東海ゴー宣道場) 第87回 2020年2月9日 道場10年 成果と展望 人事労務会館 第88回 2020年3月8日 女性が輝く時代は来るか? 第一セントラルビル2号館会議室セントラルフォレスト (第1回中四国ゴー宣道場) (延期) 2020年5月3日 立憲主義は常識だ! 伊勢﨑賢治(東京外国語大学教授) 井上達夫(東京大学教授) 山尾志桜里(立憲民主党衆議院議員) (第2回東海ゴー宣道場) 第89回 2020年6月14日(予定) 【限定開催】コロナと緊急事態条項 (弁護士) 第90回 2020年7月12日 コロナの正体 (医師)• 2011年3月13日の回は、()の影響で中止になり 、師範のみの地震に関する議論が「道場生のいないゴー宣道場」として動画で公開された。 関連書籍 [ ]• 『ゴー宣道場 〜いまこそ、日本の「公論」を立ち上げよ!〜』(2011年・) (第1回から第5回まで収録)• 『ゴー宣道場選書 原発はヤバイ、核兵器は安全』(2012年・) (第18回を収録)• 『希望の国・日本』(対談集・2010年・飛鳥新社) (第3回関連)• 『「白紙召集」で散る 〜軍属たちのガダルカナル戦記〜』(笹幸恵著・2010年・) (第5回関連)• 『新日本人に訊け!』(対談集・2011年・飛鳥新社) (第13回関連)• 『日本の10大天皇』(高森明勅著・2011年・新書) (第15回関連)• 『「日本男児」という生き方』(笹幸恵著・2011年・) (第16回関連)• 『はじめての支那論 〜中華思想の正体と日本の覚悟〜』(対談・2011年・幻冬舎新書) (第17回関連)• 『ゴーマニズム宣言SPECIAL 国防論』(小林よしのり著・2011年・) (第18回関連)• 『孤独を貫け』(小林よしのり・著・2016年・イースト・プレス)(第55回関連)• 『ザ・議論! 「リベラルVS保守」究極対決』(小林よしのり・井上達夫著)・2016年・)(第65回関連)• 『立憲的改憲-憲法をリベラルに考える7つの対論』(山尾志桜里著 ・2018年・)(第75回関連)• 『天皇論「日米激突」』(小林よしのり・著・2019年・) (第84回関連)• 『泥にまみれて』(著・1949年・)(第85回関連) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 基調講演:堀辺正史師範• 基調講演:高森明勅師範• 基調講演:切通理作師範• 基調講演:有本香師範• 基調講演:小林よしのり代表師範• 期待できる政治家のランキング投票• ネット版「ゴー宣道場」第1回• 「ゲンロンカフェ」による道場ジャック• 小林よしのり代表師範初司会• 基調講演:切通理作師範• 上皇陛下のビデオメッセージ発表前日• 基調講演:倉持麟太郎師範• 拡大版ゴー宣道場• 基調講演:泉美木蘭師範• 基調講演:笹幸恵師範• 大よしりん絵コンテ展開催• 基調講演:倉持麟太郎師範• そのほか、全国11ヶ所でが行われた• 基調講演:泉美木蘭師範.

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