トヨタ 自動車 九州 コロナ。 【トヨタも工場停止!!】 新型コロナ影響で世界需要が急減!! 生産が止まる車種は??

情報BOX:トヨタの工場稼働状況、チェコやインドの一部が再開

トヨタ 自動車 九州 コロナ

トヨタ車として初めて日本国外でも生産された車種である。 また、本項ではシリーズ11代目となる コロナ プレミオ(CORONA PREMIO)についても便宜上、記述する。 期には日本の代表車種として、広く親しまれたクルマである。 特に地方都市では 小型としても多く用いられた。 1960年代から1970年代、コロナの競合車種はの・であった。 このブルーバードとコロナが繰り広げた熾烈な販売合戦が「BC戦争」と呼ばれるものである。 1957年7月の初代以来11代の系譜をたどったが、1996年以降は「コロナプレミオ」となったことで無印コロナ名義としては1996年で消滅。 コロナプレミオがブランド終了となったあとは「」として系統を継承している。 なお、本稿ではコロナプレミオ以外の以下のモデルについても便宜上記述する。 以下、商用モデル系。 コロナライン( CORONA LINE)• コロナバン• コロナピックアップ• 以下、2ドアクーペ系。 コロナハードトップ• 以下、5ドアセダン()系。 コロナ5ドアセダン• コロナリフトバック• 995L 直4 0. コロナはこうした状況で誕生したトヨタの対ダットサン対抗馬である。 しかし、本格的な商品として企画されていたのは 2代目のT20系であり、初代T10系はそれまでのつなぎとしての企画であった。 この背景には、当時 乗用車の設計に強い発言力を有していた業界が20系の完成を待てず、そのニーズにこたえる必要のあったトヨタ自動車販売の意向で、開発・発売を急がせたという事情があったという。 ただし唯一画期的であったのは、関東自動車工業がトヨタ本体とは独立して独自に1950年代前半から研究を続けていた構造 が、トヨタの量産乗用車として初採用されたことであった。 このため、車両重量はようやく1000kgの大台を割っている。 7月 - 発売。 ボディは4ドア(ST10型)と、として別モデル扱いされた2ドア(ST16V型)があった。 その丸みを帯びたスタイルから、「 ダルマコロナ」の愛称で親しまれたが、前輪独立懸架で乗り心地が良い点を除くと、ライセンス生産していたのノウハウでOHV1,000ccエンジンを既に開発・搭載していた(210系)と比較し、開発費がかけられなかったこともあって、ハード面の評価は低かった。 4月 - マイナーチェンジを受け、車体の側面にモールが追加された。 フロントフード先端の、ドアハンドルの意匠を変更した。 10月 - 再びマイナーチェンジを受け、型式がST10型から PT10型(コロナラインはPT16V型)に変更される。 もメッシュタイプに変更され、後席寸法を拡大し、乗車定員は4名から5名に増加した。 0L 直4 1. 5L 直4 1. 4月 - フルモデルチェンジ。 トヨタが総力を挙げてダットサンセダン(に(310系)にモデルチェンジ)打倒を目指して開発された本格的な小型乗用車であった。 当時のを彷彿とさせるデザインは当時の日本車の水準を越えた流麗もので、当時増加傾向にあった女性ドライバーには特に好評であった。 販売キャンペーンも新しい方式が取られ、発表に先立ち1960年2月頃から新聞紙上に車体デザインの輪郭や一部分を露出して人気を煽る「」が日本で初めて実施された。 設計上最大の特徴は1枚との組み合わせによる式のリアであった。 優れた操縦性と乗り心地を実現したが、当時未舗装が多かった地方の道路でタクシーとして酷使されると、耐久性不足が露呈された。 また、ピラーが細くスマートなボディも強度不足が指摘された。 こうして主にタクシー業界で不評が広がり、当初好調に立ち上がった販売も1960年末頃には伸び悩むようになり、小型車市場でのの優位は、T10系の時代と変わらず続き、トヨタは乗用車メーカーとして国内2位の座に甘んじることになった。 トヨタは状況を回復すべく必死で対策を講じた。 3月 - 小型タクシー枠が拡大されたことを受けて、クラウンと同じ新規格一杯のR型1,453cc60馬力を搭載した「コロナ・1500」(RT20系)を投入、同様に1,200cc版を投入したブルーバードに対しパワー競争で差をつけた。 さらに10月には「コロナ・1500デラックス」(RT20D系)を追加し、自家用車向け販売を強化した。 また、特に女性ドライバーに人気があることからイージードライブ装置付きモデルに早くから力を入れ、2速の「トヨグライド」(トルクコンバーター付きだがLとDの変速は手動であった)、(通常の3速MTのクラッチ操作のみ自動化、トヨグライドより性能ロスが少ない)が追加された。 また、1500登場と同時に問題のリヤサスペンションをコンベンショナルな半楕円リーフスプリングに変更した。 - 日本で最初のカラーCMとなる「コロナ・1500デラックス」のテレビCM放映。 「スタント・ドライブシリーズ」 の1つとして制作されたもので、内容は色とりどりのドラム缶の上を走行したり、砂ボコリを上げながら蹴散らすというものだった。 4月 - ・・にあった自動車組み立て会社にて トヨタ・ティアラ Tiara として生産が開始され、これが日本国外で生産された初めてのトヨタ車となり、以降ののオーストラリア現地生産終了まで、54年間トヨタにおけるオーストラリア現地生産が継続された。 なおオーストラリアン・モーター・インダストリーズは後にトヨタが買収し、にとなる。 5月 - 、ツーリングカー1300 - 1600クラス「C-5」に出場し、1位から3位までを独占した。 宿敵ブルーバード・1200は別クラスになったことも幸いしていたが、コロナが丈夫で高性能であることをアピールする好機として、トヨタは盛んにこの戦果を宣伝した。 T20系はまた、対米輸出の戦略車種としても位置づけられ、こちらでも「トヨタ・ティアラ」(クラウンの『王冠』と意味を重ねたネーミング。 型式はRT30L)として1,900ccの3R型エンジンを搭載してに輸出されたものの、1960年にビッグスリーが相次いでコンパクトカーを発売して輸入車に反撃を開始したこともあって、トヨタの期待に反して販売は伸び悩み、アメリカ市場から一時撤退することとなる。 9月 - フルモデルチェンジ。 それまでの教訓を生かし、海外市場でも通用する高性能、高品質の車を目指し開発された。 エンジンは耐久性と使いやすさに定評があったR型エンジンを改良した2R型(1,490cc、70馬力)で、トルクカーブもフラットな使いやすいものが採用された。 新設計された足まわりで振動・騒音を低下させた。 乗り心地、居住性、装備は中型車並みとするため、旧型よりも全長、全幅で各60mm、室内幅で40mm大きくされた。 「アローライン」と呼ばれた傾斜したフロントノーズのデザインが特徴であった。 開通して間もないにて、発表早々に「10万キロ連続高速走行公開テスト」を実施。 58日間で10万kmを完全走破し、高速性能と耐久性をアピールして先代との違いを際立たせたことから人気が急上昇。 全国各地の発表会、試乗会には20数万人が押し寄せた。 との熾烈な販売競争、いわゆる「BC戦争」において、1月に初めてブルーバードを販売台数で追い抜き、国内販売台数第1位を達成した。 その後しばらく抜きつ抜かれつの状況が続いたが、1965年末頃からは第1位の座を磐石なものにした。 コロナの首位は、にに譲り渡されるまで続いた。 また、バン・ピックアップモデルのリアナンバープレートをバンパー中央に戻した。 7秒)を達成した。 4月 - SSやSSSなどスポーティモデルを充実させるブルーバードに対抗して「1600S」を追加、エンジンは4R型(OHV1,587cc・SUツインキャブレター・90馬力)で、コロナ初の前輪、4速フロアシフトを採用し、内装には、フルリクライニングのを採用した。 同年7月には、日本車初のピラーレス構造の2ドア(T50系)を追加、11月にはこれも日本車初となる5ドアセダンを追加、など、で人気が出始めていた5ドアをいち早く取り入れた。 ハードトップはその後のの先駆けとして好評であったが、5ドアセダンは人気が出ず、少数販売にとどまった。 しかしトヨタは6代目になってこれを復活させ、以後もこのボディ形式を日本に根付かせようとその後も努力を続ける。 欧米への輸出も トヨタ・コロナとして行われたが、日本国外でも好評をもって迎えられ、T40系の輸出台数は1964年に8,734台、65年23,096台、66年60,864台と急拡大し、1967年10月には80,058台と、日本車の単一車種輸出台数の新記録を更新、T40系の成功で、輸出においてもトヨタは日本一の座を獲得した。 6月 - マイナーチェンジを受け中期型となる。 ホーンリングの変更やフロントグリルが格子状になる。 2月 - ・のSteel Brothers'Motor Assembliesにて生産が開始される。 6月 - マイナーチェンジ。 フロントマスクの再変更、バンパー位置のかさ上げ(米国安全基準対応)が行われた。 またリアランプも変更され、リアとブレーキランプ/が一体式(兼用)にされた(バン・ピックアップモデルはコンビネーションタイプのままデザイン変更)。 1967年9月 - トヨタ自動車が月産8万台を達成した際、そのうち3万台を40系コロナが占める ほどの主力車種であった。 1966年のT40系の生産台数はバンを含め252,492台で、これは単一車種の生産規模としては 1,295,834台 には大差を付けられているもの、の24万3,384台を上回る第2位であった。 また、の新進自動車(現:)でもされた。 1967年8月 - 派生車種として、2ドアハードトップのボディを用いてDOHC1,600ccエンジンを搭載した「」が登場。 1968年9月 - コロナマークII発売に伴い通常のコロナは2R型1,500ccエンジン搭載のセダン(スタンダード・デラックス)とバンのみに車種整理され、5ドアセダンは廃止。 あわせて大幅値下げが行われた。 3代目の生産台数は57万8534台。 販売期間 - 5人 2ドアハードトップ 4ドアセダン 5ドアバン 2. 2月 - フルモデルチェンジ。 コロナシリーズは当初、マークIIが4代目コロナとなる計画であったが、T40系の根強い人気から、新たに4代目コロナが別途開発されることになった。 当初は4ドアと5ドアのみ(ピックアップトラックを廃止)の設定で、グレードはT20系以来の2R型OHVエンジンの1500スタンダード・1500DX、R40系ゴールデンシリーズのエンジンが再登場となる1600DX・1600SLの4種類であった。 対抗車種であった3代目(510系)がすでにエンジン、四輪独立懸架を乗用車全車種に採用していたこととは対照的に、メカニズム的には旧態依然としたものであった。 唯一画期的だったのは、1600デラックスにノーマルとスポーツの2種類の変速モードが選べる、日本初の電子制御式3速AT「EAT」 が選択可能になったことであるが、発売地区が大都市圏に限定され、実際の販売台数は極めて少なかった。 三角窓を廃し、「サンダーウェーブ」と名付けられた、シンプルでありながらボディ側面の窓下に抑揚を効かせたスタイルを特徴とし、発売当初は「シルエット70」(セブンティ)と名付けられて宣伝されたが、同時期のカローラにも似たこの時代の典型的なデザインだったことや、カローラとコロナの中間車種であるカリーナが登場したこともあり、注目度はあまり高くなかった。 バンモデルはリアランプをウインカー・ブレーキ兼用の一体式に変更し、リアナンバープレートの位置をバックドアに移設。 1970年8月 - 2ドアハードトップ(マフラーはデュアルを採用)が復活、エンジンはマークIIと同じ1,700cc・1,900ccと1,500ccであった。 翌9月にはセダンも1,600ccSOHCエンジンが6R型1,700ccに変更され、1700DX・セダン1700SLとなった。 さらに1500は2月に12R型OHV1,600ccに換装され、1600スタンダード・1600・ハードトップ1600となった。 8月 - マイナーチェンジ。 角ばったフロントデザインに変更されて印象を大きく変えた。 リアランプは、1973年からの改正を踏まえ、ウインカーを独立させ点滅に変更した。 バンモデルはこの変更に伴い、後退灯をリアランプから分離してバックドアに新設。 このモデルの愛称は「ブラボーコロナ」。 8月 - 2度目のマイナーチェンジを受け、フロントグリルやホイールカバー等のデザイン変更を受けた。 この際、2ドアハードトップのみに設定されていた1900が、同年1月のマークIIのフルモデルチェンジを追うかたちで2,000ccに変更される。 エンジンは「18R-B」型(SOHC・ツインキャブ)および「18R-E」型 SOHC・EFI で、グレードは2000SL、同EFI、そして新たに追加された2000SRである。 このマイナーチェンジの際、EATはマニュアルモードが選択可能なものに改良され、1700デラックス、2000SLに選択可能となった。 モデル末期の4月には、昭和48年対策を受けた。 このモデルのキャッチコピーは「いいものに国境はない」。 販売終了前月までの新車登録台数の累計は38万6784台。 - フルモデルチェンジ。 先代同様4ドア、2ドア、5ドア(リアランプを後退灯と一体化)の3種類で登場したが、キーワードを「予防安全」として、安全性への配慮をアピールしたことが当時としては目新しかった。 また、設計の古いR系のOHVエンジンがようやく姿を消し、と同じ半球型燃焼室を用いたV字型クロスフロー・方式のが搭載されることになり、出力は83馬力から一気に100馬力となった。 T100系の設計に当たっては、対米輸出車向けの衝撃吸収バンパー(5マイル・バンパー) や、のようなサイドプロテクションモールが1800GL・1800SL・2000SL・2000GTにオプション設定され、機械の異常を知らせる11の警告灯がオーバーヘッド・コンソールに「OKモニター」として装備。 4ドアセダンでは視界の良さを強調する古典的なノッチバックスタイルを採用。 1973年12月から10月まで、小型乗用車市場1,400cc - 2,000ccクラスで35ヶ月連続、ベストセラーの地位を確保した。 1973年10月 - 2ドアセダンの1600デラックス・1600GL・1800SR・2000SRが追加された。 2ドアの需要はアメリカではあったと思われるが、日本市場ではほとんど需要がなく、歴代のコロナとしては最初で最後となった。 12月にはタクシー仕様車として1600スタンダード、1600デラックスが追加され、1800デラックスにも仕様がメーカーオプションで設定された。 2月 - から導入した(複合渦流燃焼方式)の技術を用いて昭和50年排出ガス規制に適合する19R型エンジン搭載の4ドアセダン2000デラックス(RT111系)が登場した。 2,000ccとはいえ最高出力は80馬力に過ぎず、シリーズ中最も鈍足であった。 このエンジンは当初単に「クリーンエンジン」と呼ばれたが、触媒方式の「-C」が登場すると、「TTC-V」( VはVortex(渦流)の略)と呼ばれるようになった。 10月 - 1600・2000GTが昭和50年排出ガス規制に適合する。 いずれもTTC-C方式を採用し、1600のエンジンは 90PS に、2000GTは 130PS となった。 タクシー向けは(仕様70PS)であった。 この時点でEFI付きの搭載車(2000SL・2000SR)は廃止された。 続いて11月に1800が昭和50年排出ガス規制に適合したが、SUツインキャブ仕様は廃止され、1800SLはシングルキャブレター仕様に変更され、2ドアセダン1800SRは廃止となった。 バン1600、バン1800も商業車の昭和50年排出ガス規制適合となり、1600スタンダードも12Rエンジンからに変更された。 また、サイドに木目パネルを貼ったバン1800DXカスタムが追加された。 1976年6月 - 触媒方式 TTC-C による昭和51年排出ガス規制適合の2000シリーズ(RT122系。 グレードはデラックス・GL・SL。 1月 - マイナーチェンジ。 センターグリルを強調した新しいフロントグリルとなる。 ドアロックがT字型から四角形型に、リアコンビネーションランプはシルバーモールが消え、バックランブとリフレクターの上下位置が入れ替わり、曲線型からフラットになる。 しかし、あまり好評とはいえず、連続ベストセラーの記録もここで途切れる。 1800 16R-U が廃止になるとともにモケット地のシートなどを持つ「エクストラインテリア」仕様がGLに追加された。 この際、シートベルトがELR式となった(1600スタンダードを除く)他、タクシー仕様車、2000GTが昭和51年排出ガス規制適合となり、タクシー仕様車にN40型トランスミッション(オーバードライブ付きコラムシフト)が追加され、1800DXカスタムに代えてバン1800GLを設定した。 個人タクシー仕様の設定を1800DXから2000DX(18R-U車のみ)に変更。 これに伴い、当初から販売不振だった2ドアセダンを全て廃止した。 (後期のみ)CM出演者は。 1977年4月 - 触媒方式 TTC-C による昭和51年排出ガス規制適合の1800シリーズ(TT121系。 グレードはデラックス・GL・SL。 1977年10月 - 再び内外装の一部変更を受け、コスト削減の理由によりホイールカバーが廃止され、代わりに既存のGT同様のの保護用センターオーナメントの付いたキャップレスホイール仕様になる、SL及びGTの衝撃吸収バンパーがガード付きになるなどの変更を受けた。 また、セダン及びハードトップの1800のMT車が昭和53年排出ガス規制に適合した。 5代目の販売終了前月までの新車登録台数の累計は80万5528台。 販売期間 - 1月 5人 4ドアセダン 2ドアハードトップ 5ドアリフトバック 5ドアバン 2. 9月 - フルモデルチェンジ。 この代より車名が「 トヨタ・コロナ」となり、長年親しまれたの名は廃止された。 4ドア、2ドア、5ドアが設定され、2ドアセダンは消滅した。 デザインは5代目のイメージを継承したが、当時流行の角形4灯式に(バンとセダンのタクシー仕様は丸型4灯)、衝撃吸収バンパーも新設計の製に改められた。 シャーシはフロアパンから新設計されている。 RT20改良型以来のサスペンションはようやく時流に合わせて変更され、フロントがストラット式コイルスプリング、リヤがトレーリングリンク車軸式コイルスプリングに変更された(セダンのタクシー仕様とバンはリーフスプリングのままであった)。 ブレーキは全車に前輪ディスクブレーキ(セダンのタクシー仕様を除く)を装備する他、1800SLツーリング・2000SL・2000GTには後輪ディスクブレーキ、9インチ大型ブレーキブースターも装備され、付4速ATが新設定のノーマル系トップモデル・2000CXに設定された。 1978年10月 - RT56系以来10年ぶりの5ドアセダンである「LB(リフトバック)」を追加、再度5ドアハッチバックの普及を試みたものの、やはりさしたる販売実績を残せなかった。 8月には1800SLにAT車を追加し、トランク右側の「TOYOTA」エンブレムを大型化する小変更が行われた。 8月 - マイナーチェンジでスラントノーズ化された。 ハードトップとリフトバックのヘッドライトを異形2灯式に変更した。 この際、セダンの3速マニュアルコラムシフト車はLPGタクシー仕様のみになり、LPGタクシー仕様の2000STD・DX(5R-U型)には3速フロアAT車が追加された。 3月 - 25周年記念車としてセダンDXをベースにパワーウインドウなどの装備を追加した「エクストラサルーン」を発売、同時に2000GTに新仕様車を追加した。 当モデルは前期型がテレビドラマ『』の劇中で演じる島公之(通称・殿下)が乗っていたことから「殿下コロナ」の愛称で呼ばれることもある。 販売終了前月までの新車登録台数の累計は45万3295台• 販売期間 セダン、バン: - ハードトップ: - タクシー仕様: - 5人 4ドアセダン 2ドアハードトップ 5ドアバン 2. 670mm 全高 1,325-1,385mm 2,500mm 車両重量 1,165kg ブレーキ 前: ベンチレーテッドディスク 後: ディスク データモデル 4ドアセダン 1800GT-TR 5速MT(後期型) 後継 (ハードトップ) に統合(タクシー仕様)• 1月 - フルモデルチェンジ。 角ばったスタイルへと変貌し、6代目(910系)に対抗すべく、スタイリッシュなイメージを強調した。 また、この代からが・と共有化された。 特にハードトップはセリカがベースとなって、セダンベースの従来車より車高(重心)が低くなり、従来のコロナのイメージを脱却したスポーティなデザインとなった。 スタイルの5ドアセダンは一旦消滅したが、1年後にコロナ史上初のとなるT150系で再度復活する。 歴代コロナの中でも異例に短いライフサイクルとなったT140系は、スポーツモデル専用車として変則的なモデルライフを送った。 そしてこれが最後の後輪駆動のコロナとなった。 CM出演者は。 6代目ブルーバードのキャッチコピー「ザ・スーパースター」「ブルーバード、お前の時代だ」に対し、コロナでは「スーパーヒーローより愛をこめて」、「舞台は主役を待っていた」、「舞台は主役のためにある」のキャッチコピーで対抗した。 さらに初期のテレビCMでは、ブルーバードのCM出演者のを連想させる白スーツの男が噴水に落下するシーンを入れており、ブルーバードとの本格的な対決姿勢を表面に出していた。 1982年10月 - それまでの2000GT(18R-GEU型エンジン搭載)に代わり、1. 8Lツインカムターボの3T-GTEU型エンジンを搭載した1800GT-T・GT-TRが登場した。 - ここまでの新車登録台数の累計が17万7374台 に達する。 また、バンのガソリンエンジンが1. 6Lの12T-Jから1. 5Lの5K-Jに変更された。 8月 - 後継車種であるの発売により2ドアハードトップが廃止。 同時に前輪駆動セダンへの3S-GELUエンジン搭載のGT及びGT-R追加に伴い、後輪駆動のGTシリーズが廃止された。 8Lの型エンジン搭載する1800GX、型エンジンを搭載する1500STD・DX・GXのみに整理された。 12月 - 後述する9代目(T170系)コロナの販売開始に伴い自家用向けT140系セダン、およびバンの販売終了。 - 2代目から続いてきたオーストラリアでの販売終了。 同地ではが後継車とされ、これ以降のモデルは販売されていない。 タクシー仕様• 1982年1月 - タクシー仕様ディーゼル車登場。 8L、1C型エンジン搭載。 LPG車は先代型130系を継続販売 ・1982年9月 - タクシー仕様LPG車登場。 8L、2Y-PU型エンジン搭載が追加。 リアサスペンションは従来通りリーフ式を採用。 12月 - 大がかりな仕様変更(マイナーチェンジ)を受け、タクシー専用車の登場。 トランクパネル以外の外板がすべて変更されフロントグリル・ライト・ウインカーはA60型カリーナバン(スーパーDX仕様車はA60型カリーナクーペ用にメッキを施した物)のものを流用、その他にもフロントバランスパネル・フードロックブレース等一部にA60型カリーナセダンのものを流用し全長が140mm切り詰められ、Cピラーを立たせて室内長を40mm長くすることで乗降性を向上させるという大変更を受けた。 同時にディーゼル車のエンジンは1. 8Lの1C型から2. 0Lの2C型に変更された。 日本国内のみならず、、などにも輸出される。 11月 - ディーゼル仕様が廃止。 4月 - 1995年12月より販売を開始した(当時)に統合される形で販売終了。 販売期間 - 5人 4ドアセダン 5ドア 2. 5L 直列4気筒 ディーゼル2. 1月 -「コロナFF」5ドア発売。 T150系はコロナ初の車で4ドアセダンはなく、当初はT140系の派生車種という位置付けであった。 当時のトヨタは前輪駆動への転換に慎重な姿勢を取っており、前輪駆動と後輪駆動の2つのコロナを並行して販売していた。 8Lガソリンののみの設定であった。 この代よりボディサイズがカムリより小さくなり、この後前輪駆動になる、と同じを使う兄弟車になる。 1983年10月 - 6ライトウィンドウを採用した4ドアセダンが追加され、T140系の主力車種に取って代わり前輪駆動系がシリーズの中核となった。 エンジンバリエーションには1. 8LにEFI付きの高出力版の1S-ELU型、1. 5L 3A-LU型、2. 0L 2C-L型ディーゼルが追加された。 キャブレターの1S-LU型はセントラル・インジェクション仕様の1S-ILU Ci に換装された。 また、に4速も選べるようになった。 CM出演者は・・・、。 8月 - マイナーチェンジを受けて内外装を変更し、リアコンビネーションランプが大型化される。 従来EXサルーンADのみの装備であったフロント合わせガラスが全グレードへ採用となる。 4ドアセダンにはDOHCエンジン搭載車(型、2. 0GT、2. 0GT-R 型式E-ST162)が追加された(型式E-ST160)。 GT系(T160系)は前輪駆動のカムリ・ビスタ同様の5穴ホイールとなる。 また、型エンジンを搭載するスポーティグレード・1800SX-Rも追加された。 5L 直4 2C型 ディーゼル2. 12月18日 - フルモデルチェンジ。 4ドアセダンと5ドアセダンを設定。 5ドアセダンには「 SF」というサブネームが付いた。 SFとは「センセーショナル・フィーリング」の頭文字である。 欧州仕様は「CARINA II」の名称で販売された。 エンジンは2. 0L 3S-GE型と3S-FE型、1. 8L 4S-Fi型、1. 5L 5A-F型のガソリンと2,000cc2C型ディーゼルを用意。 また同時にバンもフルモデルチェンジされ前輪駆動化された。 バンのエンジンは1. 5L 3E型ガソリンと2. 0L 2C型ディーゼルの設定であった。 スポーティグレードの「GT」はこの代が最後となり、6代目のリフトバック以来の5ドアセダンのGT「SF-GT」は、最初で最後の5ドアの「GT」であった。 グレードは上から「GT-R(2. 0・3S-GE)」「EXサルーンG(2. 0・3S-FE)」「EXサルーン(1. 0ディーゼル・2C)」「SX-R(2. 0・3S-FE)」「MX(1. 5・5A-FLU)」「GX(1. 0ディーゼル・2C)」「DX(1. 5・5A-FLU)」「STD(1. 5・5A-FLU)」。 ボディカラーは「スーパーホワイトII」「グレーメタリック」「スーパーレッドII」「レッドマイカメタリック」「ミディアムベージュメタリック」「ライトブルーメタリック」「ダークブルーマイカメタリック」の計7色が設定された。 8月 - セダンに(1. 6L、型)が追加される。 既存車はATシフトロックを追加。 11月 - マイナーチェンジ。 外観は、のデバインが変更されが横型から縦型になり押し出し感が強調される(バンのフロントは変更なし)。 また、リアガーニッシュとテールランプが横一列タイプになり、リアが下部に移動された。 エンジンは1. 8Lと1. 5LがEFI化され4S-FE型、5A-FE型にパワーアップされ、2. 0LのGTは無鉛プレミアムガソリン化で165馬力にパワーアップした。 グレードはMXに代わり特別仕様車であったセレクトサルーンがカタログモデルとなった。 5月 - 累計販売1000万台達成記念車として「コロナスーパールーミー」 Corona Super Roomy が追加された。 4ドアセダンの全長を210mm延長したストレッチで、500台が限定販売された。 1月 - 生産終了。 在庫対応分のみの販売となる。 2月 - セダン並びにSFがフルモデルチェンジによって販売終了。 バンは同年11月の登場まで生産され、T170系が最後のコロナバンとなった。 販売終了前月までの新車登録台数の累計は49万2918台。 販売期間 - 5人 4ドアセダン 5ドアリフトバック 3S-FE型 2. 0L 直4 4S-FE型 1. 8L 直4 4A-FE型 1. 6L 直4 2C型 ディーゼル2. 0EXサルーンG 4速AT(前期型) 後継 教習車:へ統合• 2月 - フルモデルチェンジ。 先代に引き続き、4ドアセダンと5ドアセダンの「SF」を設定。 欧州仕様は、「CARINA E」という名称で、・、のトヨタ工場で現地生産された。 外寸は大型化され、(E100系)に似た丸みを帯びたデザインとなった。 グレードは、GX(1. 0ディーゼル4WD)、セレクトサルーン(1. 0ディーゼル4WD)、EXサルーン(1. 0ディーゼル4WD)、EXサルーンG(1. 0L)があったが、GTなどのスポーティグレードは姿を消した。 他に仕様も設定されていたが、「トヨタ教習車」として取扱いされていた(コロナエンブレムがトヨタCIマークになっている)。 モータースポーツではこの10代目をベースとしたツーリングカーがに1994年の1年のみだが参戦していた。 CM出演者はで、演じた「コロナ氏」は大学教授の設定になっている。 それを題材にしたミニドラマ「中村雅俊のただいま授業中」が系列にて放映されていた。 2月 - マイナーチェンジ。 フロントグリルをカラード化(車体と同色化)する一方、サイドプロテクターを素地色とし、前後バンパーにも素地色のプロテクションモールを装着。 また、横一列タイプだったリアガーニッシュとテールランプは左右に分割させて小型化し、リアをからに移動させた。 3代目から続いていたニュージーランドでの生産を終了。 12月 - 生産終了。 在庫対応分のみの販売となる。 - プレミオのサブネームを付けた11代目と入れ替わって販売終了。 販売終了前月までの新車登録台数の累計は26万9293台。 販売期間 - 5人 4ドアセダン 3S-FSE型 2. 0L 直4 3S-FE型 2. 0L 直4 7A-FE型1. 8L 直4 4A-FE型1. 6L 直4 3C-TE型 ディーゼル2. 2L 直4 ターボ 2C-T型 ディーゼル2. 0G 4速AT(前期型) 後継• - コロナ最後のフルモデルチェンジ。 車名にサブネームが付き、「 コロナプレミオ」 Corona Premio となり、発表当初は日本国内専売であった(のちに台湾市場でも発売を開始した)。 また、次期モデルでは逆にコロナの名がなくなって単に「プレミオ」となったためこのモデルはコロナの名を持つ最後のモデルとなった。 なお、ラインナップも4ドアセダンのみの設定となる。 テレビCMにはが出演、この最後のコロナの開発テーマは安全性の強化とコストダウンであった。 全車に助手席や後席中央席への3点式を標準装備すると共に、「」と呼ばれる衝突安全設計のボディなどの安全装備を充実させ、車にはリア・を標準装備するなど、当時の水準以上の安全装備が施された反面、ドアパネル等の部品は同時期のと共用になり、内装はグローブボックスの鍵が廃止されたり、車体・インテリアのカラーバリエーションを非常に絞り込むなどの変更が行われた。 エンジンバリエーションは、2. 0L(3S-FE型)、1. 8L(7A-FE型)、1. 6L(4A-FE型)、そして2. 0Lディーゼルターボ(2C-T型)であったが、トヨタ初の「」 Direct Injection 4-Stroke 2. 0kgmも追加投入され、当初は特別仕様車として販売(本革シートなども装備されていた)された。 12月 - マイナーチェンジを受け、エクステリアの変更、内装色の追加、との液晶化、後席中央へのヘッドレストを追加するなどの改良を受けた。 ディーゼルは2. 2Lターボ(3C-TE型)に変更され、ディーゼル四輪駆動車についてはトランスミッションが5速MTのみから4速ATのみの設定へ変更され、直噴エンジン搭載モデルが正式にカタロググレードとなる。 CM出演者はに変更された。 11月 ー オーダーストップに伴い生産終了。 以降は在庫対応分のみの販売となる。 12月 - 後継車のの登場に伴い、販売終了。 コロナの名称は11代44年の歴史に幕を閉じた。 欧州市場ではが、カリーナEの後継車として投入された。 販売期間中の新車登録台数の累計は26万3880台。 ただし、以降の基準に置き換えた場合だと扱いとなる。 関東自工は、1952年から1953年にかけてトヨタS型エンジンを搭載した独自設計のモノコック試作車「FL-II」を開発・製作していた(五十嵐前掲書 p67)• ・共著・刊・「小林彰太郎の世界」の対談中における小林の発言:「それからコロナは良くウィンドスクリーンが外れましたね。 ボディが歪んじゃうためにね」が一例。 コロナの耐久性をアピールするために制作されたCMシリーズ。 自動車メーカー間ではレース結果を宣伝に使わない申し合わせがあったため、日産やプリンスは戦果の宣伝を控えた。 しかし、トヨタは自販主導でレース出場準備や宣伝活動を大掛かりに行った。 宣伝を特にコロナに集中され、クラウンやパブリカも同様に優勝したのに、コロナの広告写真が一番大きく扱われた。 しかし、実際にはプラクティス中にハードコーナリングを行うと突然転倒したりフロントガラスが外れるなど、車体の強度不足は完全には克服されていなかったようである。 経緯についてはの項も参照。 1980年代に「ECT」に発展する。 小型国内販売登録台数・自販連調べ。 出典 [ ] []• 著「世界の自動車・トヨタ」(刊 1972年)p94。 トヨタ自動車. 2018年8月16日閲覧。 2020年4月8日閲覧。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第46号3ページより。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第48号11ページより。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第99号3ページより。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第14号11ページより。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第51号7ページより。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第28号11ページより。 リクルート株式会社 2020年1月12日. 2020年1月12日閲覧。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第55号11ページより。 リクルート株式会社. 2020年1月12日閲覧。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第61号5ページより。 リクルート株式会社 2020年1月12日. 2020年1月12日閲覧。 デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第65号11ページより。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 後継車種• - 8代目以降の姉妹車種• - カリーナの後継車種でプレミオの姉妹車種• - プラットフォーム共有車種• - ハードトップの後継車種• - コロナクーペの後継車種での姉妹車種• - 欧州市場関係車種• - 欧州市場後継車種• - 北米・オセアニア市場等での後継車種• - 上級モデル(4代目までで5代目以降はコロナから独立)• - 3代目派生車種• - 競合車種 外部リンク [ ]• RT40系コロナを紹介•

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【トヨタも工場停止!!】 新型コロナ影響で世界需要が急減!! 生産が止まる車種は??

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日産広報担当の百瀬梓氏は、「稼働再開のタイミングについては、新型コロナウイルスの状況、需要状況、サプライヤーの状況を踏まえて決定している」とコメントした。 マツダは5月末の時点でメキシコ工場の稼働を停止している。 6月もタイで休業日を多く設けるほか、国内でも昼勤のみの稼働とする。 スズキとスバルはそれぞれ主力のインド、米国工場で生産を再開している。 工場再開のタイミングの違いで、結果として「各社の総合力が表れる形となった」とブルームバーグ・インテリジェンスの吉田達生アナリストは指摘する。 国や地方政府の規制、各社のサプライチェーンの状況や販売の強弱が工場再開時期に影響しているとみており、在庫があれば早期に再開する必要はないと話す。 東海東京調査センターの杉浦誠司アナリストは日産の米国工場の再開遅れについて、販売不振による在庫調整のほか新型車の量産の遅れや予定しているラインの統廃合の調整が影響しているのではないかと指摘。 マツダは、コロナ以前はメキシコの稼働率が上昇傾向にあったものの、昨年出した新型車の売れ行きが芳しくなく、市場状況をみても生産しすぎるのを懸念している可能性もあると述べた。 初めての経験 一方、世界規模で感染が広がった今回の混乱を受け、自動車各社はサプライチェーンの見直しも改めて検討している。 ホンダの八郷隆弘社長は先月の決算会見で、2011年の東日本大震災発生時の生産休止への反省からサプライチェーンの対応を図ってきたが、「まだまだ十分ではない」と説明。 コストより品質や安全供給が重要だと痛感しているとし、部品生産の国内回帰も含めて必要であればコストをかけてでも正しくサプライチェーンが回るようなやり方を検討していきたいと述べた。 トヨタの白柳正義執行役員も決算会見で、東日本大震災を受けてサプライチェーンの可視化が進み、震災当時は「問題のある場所の特定に2週間くらいかかっていたが、今は半日で特定できるところまできている」と危機管理の取り組みが進んでいることを明らかにした。 今回のコロナ禍では「代替生産場所の確保や現地現物での確認ができないというのは初めての経験だった」とし、「各地域、グローバルに、必ず残せる生産台数をどういう風に維持するかという答えをこれから真剣に考えていかなくてはいけない」と話した。 1日までに明らかになった国内自動車メーカー7社(トヨタ自動車、ホンダ、日産自動車、三菱自動車、マツダ、スバル、スズキ)の主要工場の稼働状況は下記の通り。 日本: 会社 工場 稼働 トヨタ 全完成車工場 5月5日、12日、19日、26日を停止(高岡の第2ライン、豊田自動織機の301、302ラインは4日とも稼働) 堤 5月12日から15日まで第1、2ラインを停止 6月4日、11日、18日、25日は第1ラインを停止 田原 5月12日から18日まで第1ラインを5日間停止 5-6月は第1、3ラインで昼勤のみの稼働 6月4日、11日、18日は第1ラインを停止 (4月は第1、3ラインで延べ14日間停止) 高岡 4月20日から28日まで第2ラインが停止 トヨタ自動車東日本・東富士 4月24日は稼働停止 5月12日はF201、F301ラインを停止 トヨタ自動車東日本・宮城 4月17日は停止 6月4日、11日は停止 トヨタ自動車東日本・岩手 5月12日と13日は第1ラインを停止 6月3日、4日、10日、11日、17日、18日、25日は第1ラインを停止 6月4日と11日は第2ラインを停止 トヨタ車体・富士松 6月11日と18日は第2ラインを停止 日野自動車・羽村 5月12日から15日まで第1ラインを停止 5月12日は第2、4ラインを停止 5-7月は第1ラインで昼勤のみの稼働 6月11日、18日は第1、2、4ラインを停止 従業員約4000人一時帰休 トヨタ自動車九州・宮田 4月3日から15日まで第1ラインを9日間停止 豊田自動織機 4月20日から28日まで2ラインが停止 岐阜車体 6-7月は第1ラインで昼勤のみの稼働 5-8月は第2ラインで昼勤のみの稼働 6月3日、4日、10日、11日、17日、18日、25日は第2ラインを停止 従業員約400人一時帰休 ダイハツ・滋賀第2 4月13日から24日までの間の10日間の停止 ダイハツ・本社 5月1日、11日、12日、6月4日、5日、11日、12日、18日、19日、25日、26日は停止 ダイハツ・京都 5月1日、11日、6月5日、12日、19日、26日は停止 ダイハツ・大分 第1工場は6月4日、5日、11日、12日は停止 第2工場は6月5日、12日は停止 ホンダ 狭山 完成車ラインを4月16日から17日、27日から5月1日まで停止、同11日に再開 寄居 完成車ラインを4月27日から29日まで停止、5月11日に再開 鈴鹿 第1ラインを4月17日から24日まで6日間停止 熊本 二輪完成車ラインを4月15日から生産再開(13、14日に停止) 期間従業員130人を5月11日から、さらに179人を6月から一時帰休) 日産 追浜 4月3日、13日、24日、5月1日、11日、12日、25日、6月1日は停止 栃木 4月6日から10日、13日から17日、20日から22日、5月1日、11日から15日、18日から20日、21日、28日、29日、6月1日から5日、8日から12日、15日から19日は停止 従業員の一時帰休を検討 日産自動車九州 4月2日から3日、6日から10日、13日から17日、20日から24日、27日から30日の夜勤を停止 5月1日、11日から13日、6月1日から5日は停止 第1工場は5月29日は停止 第2工場は5月14日、15日、18日から22日、25日から29日の夜勤を停止 第2工場は14日、15日、18日、19日、21日、25日、28日、29日は昼勤を停止、6月8日から12日、15日から19日、22日から26日は夜勤を停止 生産調整期間の従業員は一時帰休 その他 4月27日から5月1日まで本社と厚木、追浜、栃木地区などの間接員約15000人を対象に臨時休業、4月25日から5月10日まで最少人員で稼働 三菱自 水島 第1ライン(軽自動車)を3月27日から4月14日、5月12日から20日まで停止 第2ライン(登録車)を4月6日から23日、5月12日から21日まで停止。 22日からは昼勤のみの稼働で6月3日から12日までは停止 最大約3000人を一時帰休 岡崎 4月9日から17日まで、27日から5月1日まで、5月12日から22日まで停止。

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新型コロナ:トヨタ、期間工募集再開 国内生産回復受け5カ月ぶり :日本経済新聞

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世界的な新型コロナウィルス感染症の拡大による需要減を受けての措置で、この5工場はトヨタの全国内生産台数の約半分を占める生産能力を持つ。 従業員は約3万人。 停止期間は(稼働日ベースで)3日~9日間。 最長で2020年4月15日までの停止となり、約3万6000台の減産を見込む。 6 13:30) 停止される工場の生産品目には、プリウス、カローラ、ハリアーなどの人気車種も含まれており、この新型コロナ騒動で国内受注も不安定なことから、納車時期も長期化する可能性がある(「伸びる」と言われているものが、いきなり短くなる可能性もある)。 プリウスを製造する愛知県豊田市の堤工場も一時停止される いっぽう新型ヤリスを生産するトヨタ自動車東日本(宮城県大衡村)の岩手工場や、クラウンなどを生産するトヨタの旗艦ともいえる元町工場は稼働を続ける見込み。 今回一時停止する5工場の従業員は約3万人だが、「雇用は維持する」と言っているあたりはさすがトヨタ。 この動きはトヨタだけでなく、日産、ホンダ、スズキ、三菱と、国内工場の一時停止を発表しており、なかでもスバルは国内、海外すべての工場を一時停止すると発表。 停止期間は各メーカーさまざまで、現時点ではいずれも2020年5月上旬(GW明け)には再開を見込んでいるが、今後の新型コロナウィルス感染症の拡大具合や、世界経済の情勢(自動車の需要減)によっては、さらに伸びる可能性もある。 今年6月は新型車の発売が相次ぐ予定で、トヨタは新型ハリアーが、日産は新型キックス、ダイハツは新型タフトと、いずれも量販を期待できるモデルが準備されている。 国内での感染者が増加し、不安がつのる毎日ではあるが、何年もかけて開発、準備してきた新型車の登場は、せめて華やかに迎えたい。

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