うさぎ 駅長。 お花ラッピング列車でうさぎ駅長に会いに行こ!山形鉄道宮内駅

うさぎの看取りとケアのこと

うさぎ 駅長

山形鉄道フラワー長井線宮内駅。 この駅の「うさぎ駅長」に会ってきました。 可愛らしいうさぎが三匹。 近くの熊野大社の本殿に、三匹のうさぎが隠し彫りされているという由縁もあり、こちらの駅でうさぎが飼われているのですが、一番大きいのは、山形鉄道の経営難でした。 赤字経営をなんとかしなければと、知恵を絞った結果が「うさぎ駅長」。 フラワー長井線には「白兎駅」もあり、上記の熊野大社の縁もあり、動物駅長をどうするかにあたって、うさぎに白羽の矢が立ちました。 そして、置賜農業高校で生まれたうさぎのうちの三匹、「もっちい」「ぴーたー」「てん」が迎え入れられ、駅長と駅員としての日々が始まったのが、平成22年のことです。 フラワー長井線は、その名の通り沿線周辺に花が多く、風光明媚なところでもあるのですが、それにさらに、うさぎ駅長が加わったことで、うさぎたちをあしらったラッピング電車を走らすなど、特色を打ち出そうと努力を続けています。 山形新幹線の止まる赤湯駅から5分もかからない宮内駅。 赤湯駅周辺は、その名から想像されるように温泉街でもあります。 温泉に訪れる機会があったら、うさぎたちも訪ねてみてはいかがでしょうか。

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うさぎの看取りとケアのこと

うさぎ 駅長

台の下に隠れた駅長「もっちぃ」を撮影するファン。 ぬいぐるみやバッチなどもっちぃグッズも販売されている もっちぃが駅長になったのは、当時の新入社員が「動物園のような駅をつくりたい」と提案したのがきっかけだった。 大きな動物は無理でも、ウサギなら飼えるかもしれないなと社内で検討していたころ、置賜農業高校(川西町)で5匹のウサギが誕生。 駅の近くにある熊野大社の本殿裏に彫られている3匹のウサギにちなみ、3匹を引き取った。 お餅のようにふわふわで真っ白なウサギを「もっちぃ」、おでこに斑点のあった茶色のウサギを「てん」、ピーターラビットに似ていた茶色のウサギを「ぴーたー」と命名。 元気で人懐っこい性格のもっちぃが駅長に、ほかの2匹は駅員に「採用」された。 そんなもっちぃも、人間でいうと「おばあちゃん」にあたる年齢。 昔のように「駅長室」を駆け回ることは少なくなった。 それでも、駅員の飯沢優花里さん(23)は「宮内駅に来るのは、もっちぃに会いに来たという方がほとんど。 たくさんの人に可愛がられて、立派な駅長です」。

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うさぎ支配人のいるホテル

うさぎ 駅長

うさぎの看取り方って、あまり語られないと思います。 うさぎさんを看取った経験がある方は、2つに分かれると思うんです。 木が枯れるように、安らかに、看取った方と、わたしのように壮絶な看取りをした方・・・。 うさぎさんの看取りのことを、他人に話すことが、できるほど、経験もないし、度胸もありません。 わたしも、この記事を書いては、やめ、また書いては、泣くのです。 うさぎの看取りは、ほぼ、人間の看取りと、同じだと思うんです。 うさぎと人間で、違うのは、看取りに、医療従事者がいなくて、自分ひとりで看取ることに、なるということです。 多くは語りたくない、うさぎの看取り うさぎさんの最期も、人間と同じで、 二通りだと思います。 壮絶な最期を経験した方は、気を病んでしまうことがあるほど、 うさぎさんの最期とは、壮絶な場合も、ある、そのことを、知っておいてください。 うさぎの看取り、最期に、いつもの瞬間に戻ることを経験しました。。。 最期は、うさぎさんが、 バッと走り出すことも、あります。 最期は、うさぎさんが、 大きくジャンプすることも、あります。 しっかりと、わたしを見つめ、ひょっとしたら、元気になったんじゃないか、と思うほどの 瞬間が、ありました。 もしも、このとき、うさぎさんに、それほどの体力や、エネルギーが残っていないのなら、安らかという雰囲気で、亡くなるのでしょう。 わたしの愛うさぎは、言うのです。 よくなったのかな?でも、いつもの調子じゃないんだって・・・。 しっかり、目を見て、わたしに言うのです。 もしも、その瞬間を、一緒に過ごせるのなら、 うさぎさんを、抱きとめてあげてください。 急に、バタンと、 倒れるうさぎさんもいるようです。 うさぎさんを、抱きとめておけば、倒れることはありません。 例え、倒れても、床への衝撃は、大きくありません。 抱きとめてください。 カラダが、横になってからも、足をバタバタさせて、走るようなしぐさをすることもあります。 息ができないよ・・・というように、金魚が水面でパクパクと、 クチをあけるようなしぐさです。 酸素のマスクが外れても、もう、苦しくはありません。 パクパクと、クチを動かして・・・、 大きく息を吸います。 小さく、キュと鳴くこともあるし、大きい声で鳴くこともあると言います。 最期まで、頑張って、生きているように見えるけど、それほどまでに、生きることにこだわりは持っていないと思います。 やなもとあいさ氏著「漫画でわかるうさぎとの暮らし」が、おそらくそのままでした わたしは、うさぎと暮らすことが、普通になっていたので、死への意識が全くありませんでした。 だって、雑誌には、うさぎさんは10歳を超えて生きることも、ある、と紹介されていたから・・・。 だからこそ、愛うさぎを失ったときの、 喪失感は、すごく大きかったんです。 ペットロスになってから、眠れなくなったので、その間に、いろいろな本を読みました。 うさぎさんの最期を、記している本は、少なかったと、思います。 は、やなもとあいささんのうさぎさんとの出会いから、最期までを描いたマンガで、うさぎの最期は、そのものだと思います。 やなもとあいさ先生は、きっと、この本を書くのが、おつらかったことと、思います。 わたしだって、こうして、記事を書いているけど、息が苦しくなりますもん・・・。 もしも、看取りをイメージしたいのなら、どんなことが、起こるのか、最期の瞬間を知りたい方は、手に取ってみてください。 うさぎの看取り、死が何日後に迫っているのか、だれにもわからないことを知りました。。。 わたしが看取ったとき、他の動物と、違うと感じたことは、うさぎさんの最期の姿は、 キレイな状態だった、ことです。 死ぬときに、たいていの動物は、ニオイが出ます。 うさぎさんからは、死臭のようなニオイを感じませんでした。 だから、死ぬなんて、思えないのかも、しれません。 そして、最期は、どんなに、最期のあがきをしても、安らかに死んだように、見えます。 うさぎの看取りガイド著者の先生にも、思い切って、聞いてみました。。。。 最期をどうすごすのか、昨日、うさぎの看取りガイドの著者の獣医さんに、思い切って、聞いてみました。 他の動物のように、安楽死を、提案することは、ないといいます。 ネコやイヌのような、他の動物の場合は、最期の時期が長くなるときが、あるようです。 うさぎさんの場合には、死を意識して、死を迎えるまでに、そう長くないから、とのことでした。 そう、 うさぎさんの場合は、数日間しかないのです。 ちなみに、ペットロス重症の人は、この本を読むと、苦しくなってしまいますから、おススメしません。 病気で入院していれば、動物病院での看取りも、あるかもしれません。 退院して、余生を住み慣れた家や、酸素室で過ごして、最期を看取る方も、いるでしょう。 看取りについては、獣医さんよりも、うさぎと過ごした経験が多い人の話が、参考になるのではないか、と思います。 寿命についても、はっきりとしていないので、天命が尽きるときが、いつなのか、正直なところは、わからないと思います。 獣医さんでも、うさぎさんが、あのどのくらい過ごすのか、はっきりとは、わからないようです。 それほど、 いつも通りに見える瞬間が、あります。 数日後には、別れがくるとわかったのなら、覚悟して、うさぎとの時間を大切にしながら、そっと見守りをしてあげてください・・・。 やってあげられることは、実は、いつもと同じことです。 寒くないように、毛布を入れてあげたり、できます。 今まで、いろいろあったうさぎの人生を、ほめてあげることも、できます。 小さいころに歌ってあげた、歌を歌ってあげることも、できます。 好きだった食べ物のニオイをかがせてあげたり、クチの前に持っていって、もしも食べれば、笑いかけてあげてください。 最期の数日は、特別なことではなくて、いつも通りに、過ごすこと。。。 例え、数日間だったとしても、あなたがうさぎさんにしてあげられること、です。 もう、長くないとわかっていて、強制給餌を行って、後悔している方もいるようです。 反対に、まだ生きられたのに、強制給餌をしなくて、後悔している方もいるようです。 獣医さんでも、強制給餌をされる方もいるし、強制給餌をしない方もいるようです。 みんな、みんな、 うさぎさんが、あとどのくらい過ごせるのか、正確に、わからないのです。 わからないときでも、何かを 決断しなければならないので、とても、苦しいです。 うさぎさんと暮らしている方が、最期に、うさぎを思って、うさぎさんにしてあげることは、どれも、みんな正しいです。 自信をもって、うさぎの母、うさぎの父になってあげたら、それで、いいと思います。 参考:あまり語られていない、人間の看取り 最後のときは、安らかに、息を引き取りました、という表現だと思うのですが、息を引き取るまでに、暴れることもあります。 暴れたり、大きな声を出したりするときは、たいていが、病気で、亡くなる場合だと思います。 人間でいえば、病気の治療で、入院している人は、壮絶な最期であることも、多いと思います。 点滴をしているし、命をつなぐ処置を受けているからでしょう。 生きることから、 死ぬためのハードルが、高いんだと思うのです。 人間の看取りについては、香山リカ氏著の「「看取り」の作法」が、参考になると、思います。 人間の場合でも、たいてい、最期のひとあがきは、語られることはありません。 病院であれば、落ち着いてきたころ、家族の方が呼ばれて、最期のお別れの時間になると思うのです。 一方、ゆっくりと木がかれるように、亡くなる場合は、たいてい、だんだん食べられなくなって、だんだん水が飲めなっています。 内臓の動きが減ってきて、血圧を落として、呼吸を減らして、苦しくないようにして、亡くなるときです。 わたしの経験では、祖父がそうでした。 なんだか、おなかが痛い、おしりがおかしい、ちょっと、具合が悪い気がする・・・そういって、横になりました。 これまでに、具合が悪いなんて、言うことはなかったので、医師に往診をお願いしたところ、「 今夜が峠です」と、言われました。 家族全員がびっくりしました。 だって、さっきまで、普通に歩いて、トイレにいって、普通の日常を過ごしていたんです。 どうすればいいのか、お聞きしたところ、「できることはない」、「木が自然に枯れていくのと同じこと」とのことでした。 「呼吸が、荒くなって来たら、例え夜中であっても、電話ください。 」 医者がついていないと、人間の場合は、不審死として扱われてしまいます、と言われました。 そして、夜になって、お医者さんが来て、数分でしょうか・・・祖父は眠るように、命を全うしていきました。 そのお医者さんは、もうずいぶん前に、亡くなられましたが、とても、立派なお医者さんでした。 看取りをしてみたら、後悔のない看取りなんて、ないって、わかった。。。 どんなときでも、看取るときに、後悔しないことなんて、ありません。 もしも、後悔がなかったと、言う人がいたのなら、それは、自分の気持ちに、 一区切りつけるために、言った言葉なんでしょう。 ホンネを全部、吐き出すことができる人なんて、そうたくさんは、いないから。 看取りも知ってほしいけど、看取るためには、今をしっかり、生きていこうね! 死に方は、正解はなくて、残された人が、どう思うかしかありません。 だけど、全員に等しく、この死は訪れます。 理想通りの死を迎えることは、おそらく少ないと、思います。 看取りとは、残された者が、勝手に評価しているだけなんだと、思います。 はっきりすることは、みんなが、満足できる死なんて、ないんだって、ことです。 だからこそ、生きている間には、いいと思うことを、たくさん、してください。 わたしも、残された者として、今後の人生を、考えて生きていきます。 参考図書• 漫画でわかるうさぎとの暮らし:やなもとあいさ著、誠文堂新光社、2011. ウサギの看取りガイド:田向健一著・伊藤ハムスター絵、エクスナレッジ、2017. 「看取り」の作法:香山リカ著、祥伝社、2011.

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