最後 の 晩餐 裏切り者。 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に隠された5つの謎とは!

最後の晩餐に隠された裏切り者ユダの謎・秘密とは?キリスト/ヨハネ

最後 の 晩餐 裏切り者

しかし、彼の仕事実績を見てみると、他の2人(ミケランジェロ・ラファエロ)よりだいぶ劣るのが現実です。 ミケランジェロはヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の装飾を任され、またラファエロもヴァチカン宮殿のラファエロの間に自身の作品を納めるなど、当時強大な力を持ったローマ教皇というパトロンから仕事を受注しています。 今の日本で例えるならば、天皇や政府から仕事を受注していたようなものです。 一方、ダヴィンチはローマ教皇から仕事を受注したことは一度もありません。 街の教会などからの受注によるものが一般的でした。 (今の日本でいえば市中のお寺や企業と言ったところでしょうか。 )その受注さえも発注者の注文通りに描かなかったり、完成させずに放りだしてしまったり。 現代のアーティストであればそういうイメージと若干親和性があるかもしれませんが、当時の画家はアーティストというより職人。 今でいうと、大工や内装工事業者に類するものです。 そんな人たちが、手付金を払ったにもかかわらず、途中で投げ出してしまったり依頼通りにしてくれなければ困ってしまいますよね。 彼は絵がものすごく上手だったため依頼をする教会などがあったのは事実ですが、そのような性格が災いしたのか、有力なパトロンに気に入られることは少なかったようです。 でも、そんな現代のアーティストの先駆けとも言えるようなところに、多くの人が引かれているのも事実だと思います。 ダヴィンチが考えた技法 もちろん、ダヴィンチがルネッサンス三大画家に数えられるのは彼のアーティスティックなキャラクターだけではありません。 彼は絵画における様々な技法を考え、また発展させ、それをルネッサンスの完成系であるラファエロへ継承させました。 この功績こそが、彼が三大画家に数えられる理由です。 ここでは彼が完成させた技法を紹介します。 遠近法 遠近法は、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法であり、それをダヴィンチが理論化しました。 なお、遠近法には2つの種類があります。 線的遠近法(一点透視図法):画面のどこかに設けた消失点(一点)から線を外に放射状に広げることで奥行きを表現する技法• 空気遠近法:手前のものははっきりと、遠くのものは薄くぼかして描くことで奥行きを演出する技法 陰影法 陰影法も、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法をダヴィンチが理論化しました。 陰影法とは、色の濃淡によるグラデーションで立体感を出す技法です。 スフマート スフマートというのは、レオナルドが発明したぼかし技法です。 油絵具を何重にも重ねることによって、輪郭線が分からないほどなめらかなグラデーションを再現する技法です。 一番ダヴィンチのスフマート技術が分かりやすいのは「モナ・リザ」と言われています。 三角構図 ダヴィンチが作り、そしてラファエロが完成させたルネッサンスを代表する構図が三角構図です。 ラファエロがダヴィンチを尊敬し、技術を引き継いだことも大きな要因でしたが、とにかくこれらの絵画技法は後世まで圧倒的な影響力を持ちました。 そのためダヴィンチはルネサンス3大画家の1人に数えられているのです。 最後の晩餐とは聖書のどんなシーンか? さて。 それでは本題の「最後の晩餐」のシーンに話を移します。 最後の晩餐とは、聖書の以下のページに記述されたエピソードです。 マタイによる福音書 26章 19-25• マルコによる福音書 14章 17-21• ルカによる福音書 22章 21-23• ヨハネによる福音書 13章 21-30 イエスが処刑される前日、弟子の中でも最も大事にしていた12人とともに最後に食事をするシーンです。 その中でイエスは、この12人の中の誰かひとりがイエスを裏切るだろう、と予言をします。 そして弟子たちは、「まさか、わたしのことでは」と動揺するのです。 結局、ユダがキリストを裏切ります。 もちろん、この時は他の弟子はその事実を知る由もありませんが。 ユダは、ユダヤ教のファリサイ派の教師やサドカイ派の僧侶達にイエスの居場所についての情報を銀30枚でもって売ったのです。 (ちなみに、現代に直すと100万円前後だとか。 )その結果、キリストは裁判にかけられ死刑を執行されてしまいます。 最後の晩餐が飾られる場所は? 最後の晩餐は、食事のシーンを描いたものです。 ですので一般的に、教会の食堂や貴族の食卓用などに描かれることが多かったようです。 実際、ダヴィンチによる『最後の晩餐』も、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として描かれたものです。 他の画家はどのように最後の晩餐を描いているのか? 「最後の晩餐」のシーンはキリスト教の教えを伝える上でとても大事なシーンなので、様々な画家が各教会からの発注を受けて描いています。 これは、レオナルド・ダ・ヴィンチが『最後の晩餐』を描く約10年前、1481年にロッセリーニという画家がヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に描いた最後の晩餐の絵です。 これは当時の一般的な最後の晩餐の構図です。 裏切り者のユダがひとり手前に置かれ、それ以外の弟子が彼と向かい合う構図となっています。 キリスト教絵画では、その時代・その時代で、「このシーンはこう描くのが定番!」という決まりがあります。 文字の分からない民衆にキリスト教の教えを学ばせる目的で描かれているので、分かりやすい構図や説明しやすい構図が求められたからです。 …でも、ダヴィンチはこの構図が、ちょっとおかしいと思ったんでしょうね。 だって、最後の晩餐をしている時点では、裏切る人はユダだと分かっていたわけではありませんから。 こんな構図では、ユダ以外の弟子もユダが裏切りを行う奴だと気付いてしまいますよね(笑)。 実際は、「誰だ!お前か!ふざけんな!」と、弟子同士が入り乱れて騒いだはずです。 ダヴィンチの『最後の晩餐』を解説 さて。 それではダヴィンチの『最後の晩餐』を見てみましょう。 まずは一般的な解説です。 ちなみに、ダヴィンチの『最後の晩餐』は、彼の作品の中でも数少ない最後まで完成させた作品です。 テンペラ画 この時代、普通であれば壁画を描くときにはフレスコ技法で描くのが一般的です。 フレスコ技法とは、壁に漆喰を塗り込み、それが乾くまでの間に色を付けるという技法です。 この技法では、後から塗り直したり修正したりすることができません。 一方、ダヴィンチは、油絵で何度も上から塗り直すスフマートの技法を得意としたので、フレスコ画は苦手でした。 そこで、『最後の晩餐』はテンペラ技法という、卵で絵具を溶く技法で描くことにしました。 しかし、テンペラ画は湿気が多い食堂には向いておらず、絵具が定着せず、すぐ剥がれる結果になってしまいました。 大規模修復後でも薄い絵しか残っていないのには、このような理由があるのです。 消失点 この作品は、イエスの額のあたりに消失点と言われる1点があり、この点を中心に糸で線を引き、構図を取ったことが分かっています。 実際に、この壁のイエスの額部分には、穴が空いているんだそうです。 消失点を利用した遠近法は、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法をダヴィンチが理論化したものであり、この作品はまさにそうしたダヴィンチのすごさを現世に伝えるものであるといえます。 ユダの位置 ダヴィンチの描いた『最後の晩餐』は、それまで描かれてきた最後の晩餐と、ユダの位置が違います。 先ほど紹介したように、それまでの最後の晩餐では、ユダだけが手前に置かれ、区別されています。 また、ユダは黒い服(罪人の印)を着て、キリストを売ることで得た銀貨30枚の入った袋を持っていることが一般的です。 しかし、ダヴィンチの『最後の晩餐』では、弟子は以下のように並んでいます。 バルトロマイ、小ヤコブ、アンデレ、ペテロ、 ユダ、ヨハネ、 イエス、大ヤコブ、トマス、ピリポ、マタイ、タダイ、シモン この絵画では、当時の常識では考えられない位置にユダが置かれているのです。 他の弟子とともに一列に並んでいることも衝撃的ですが、ユダの両脇にいるペテロとヨハネは、イエスの腹心中の腹心であることも同じくらい注目に値することです。 通常の絵画であれば、ペテロはイエスが一番信頼した弟子としてイエスの左に、ヨハネはキリストが一番愛した弟子としてイエスの右に描かれるのが一般的なのですが、そのような形は取られていないのです。 この絵ではペテロとヨハネの間にユダが入るという構図になっています。 これは当時の通常の配置としては考えられないことです。 ではなぜダヴィンチはこのような構図を考えたのでしょうか? 裏切ったのはユダだけなのか?というダヴィンチの問い 一般的な話としては、ユダだけが裏切り者で、そのせいでイエスは十字架に架けられたことになっています。 しかし、本当にそうだろうか、とダヴィンチは絵を見る人に問うたのだ、という考え方ができます。 ペテロは生前のイエスから、「鶏が鳴く前に私を三回知らないと言うだろう」と予言されます。 そして実際、キリストが捕えられ尋問を受けている間に、キリストの仲間であることを疑われたペテロは、「神に誓って自分はイエスの仲間ではない、彼のことは知らない」と3回に渡り否定をしてしまうのです。 のちに初代教皇となり一番の弟子だったペテロでさえ、イエスのことを裏切った。 そう考えると、裏切ったユダだけを罪人として手前に置くのではなく、みな人は罪人なのだ、というイエスの教えを真に表した絵であるとも言えるのです。 そのようなダヴィンチなりの意見を絵画に投影させたところが、アーティストの先駆けとしてのダヴィンチの魅力だと、私は思います。 以上で私なりの『最後の晩餐』徹底解説を終わります。 楽しんでいただけましたでしょうか?以下は、おすすめ図書です!.

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やりすぎ都市伝説の奇妙な楽譜!最後の晩餐に込められたメッセージとは|ももさくライフ

最後 の 晩餐 裏切り者

イエスの横の席の人物が 「イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。 」 最初にご紹介する最後の晩餐の謎はイエスの横の人物についてです。 この書き出しで始まる有名な最後の晩餐で、裏切りの予告直後の場面をあらわしたものはヨハネの福音書。 多くの絵が、このヨハネによる福音書による記述にもとづいて描かれたと言われていますが ダヴィンチの最後の晩餐はちょっと異なる様相を呈しています。 それと言うのもヨハネの福音書には「その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、『主よ、それはだれのことですか』と言うと」と言う記述があり、 最後の晩餐では主にイエスの隣のヨハネがイエスの胸もとにいる姿が描写されています。 しかしダヴィンチの最後の晩餐ではこの人物寧ろ距離をとっているのです。 何故あえて距離をとらせたのか?それはダヴィンチにとってこの人物はイエスの胸もとに寄りかかったままではいけないと思ったからだったのではないでしょうか? ヨハネと思われていた人物は 先程の最後の晩餐の謎について更に深く考えて見ますと、何故この一般的にヨハネだとされている人物がダヴィンチの中では胸元に寄りかかったままではいけなかったのかと言う疑問が浮かびます。 それはこの人物がヨハネではないからだという意見があるのです。 では誰なのか?その答えで多いのは「マグダラのマリア」です。 イエスによって回心した売春婦と言われるこの人物は当然女性で共観福音書 マタイ10:1-4、マルコ3:13-19、ルカ6:12-16 に記載される十二使徒は全員男性であるとされているのでこの最後の晩餐の13人の中にいるのは本来であれば不自然です。 しかしダヴィンチはヨハネの福音書の記述を基に最後の晩餐を書いたのであるとしたら、ヨハネの光景を描いたのだとしたらそこには14人いてイエスの隣に「愛した」マリアを置きました。 そしてマリアであればイエスとの間にとある理由から間を作ったのではないかと言われています。 聖杯とは さて、この最後の晩餐の謎を更に一段階掘り下げます。 ダヴィンチがマリアとイエスの間に間を作った理由とは、そこに二人の間の子供を本来であれば描いていたと言うのです。 そう言われると確かにマリアと思われる人物とイエスの間は他の弟子との距離よりも圧倒的な間が空いています。 それこそ間に人が一人いてもおかしくないような感じがします。 世界的ベストセラーとなった小説「ダ・ヴィンチ・コード」では、失われた聖杯とは、これまで言われていたようなキリストが最後の晩餐で用いた杯ではなく、マグダラのマリアとイエスとの血統、即ち二人の子孫を指すという新たな解釈が成されたのもこの絵を見ての見解ができます。 二人の間に作られた「V」字型の空間はイエスの血を受けた「聖杯」=マリアの子宮を意味し、即ち二人の間には子供が出来ていたことを指し示すと結論を出しています。 ユダについての謎 さて、続いてはこれまでの事からは少しはなれて少し違った最後の晩餐の謎についてみて見ましょう。 続いての謎はダヴィンチの最後の晩餐のユダについてです。 ユダは基本的に最後の晩餐でイエスを裏切った代償としての銀貨30枚が入った金入れの袋を持っているとされており、ダ・ヴィンチは聖書にある「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」の表現が難しかったため分かりやすいようにこうしたといわれています。 完璧な表現を目指し研究を重ね、その成果によりあらゆる側面で他人から揶揄される要素を排除して、自身自身が納得できないと絵が描けない性格の人間ダヴィンチがこれを欠けなかったというのもおかしな話ですね。 加えてダヴィンチは歴史上の人物を描くには、聖書の記述を尊重し、人体は解剖学的にも正しいものを描きました。 マタイによる福音書では、イエスを引き渡した後で銀貨を受け取ることになっていたユダがここで銀貨を持った絵をダヴィンチは何故描いたのでしょうか? イスカテリオのユダ 最後にこの最後の晩餐のユダの謎についてもう少し迫って終わろうと思います。 先程のユダについての謎のところで触れたようにダヴィンチの絵でユダが金入れの袋を持っているのは不自然です。 では何故そうなったのかと言いますと、ユダの下半分が剥落し、後世の修復により現在のようになっただけで、当初はユダの左手は何も持たず驚きの余り、鉢に浸した持っていたパンを落とした瞬間の描写であったと考えられるのです。 そして右手は聖書の記述にしたがって、金貨の入った袋を持たずにじつはナイフを持っていて、身を乗り出したペテロの右手に押さえつけられている姿になります。 このためにユダの姿勢はテーブル前方に乗り出し、顔は背後を見ようとしている。 そしてこの顔も、現在のような横顔ではなく右後方からのものとなるためユダの顔は識別できない。 ユダの顔は誰かに似ているということもない。 このように解釈することで絵の構図、解剖学的な人物描写、聖書の解釈とのつじつまが合うのです。 イスカリオテ(短剣)のユダこそがナイフを持ち、ペテロはそれを押さえつけていると考えるなら確かにおかしなナイフの向きではなくなります。

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イスカリオテのユダ

最後 の 晩餐 裏切り者

絵の概要 レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」は、当時のミラノのルドヴィーコ・スフォルツァ公(ルドヴィコ・イル・モーロ)の依頼によりミラノのサンタ・マリア・デレ・グラツィエ聖堂修道院の食堂の装飾壁画として制作されました。 キリスト教美術における「最後の晩餐」の主題は、古くからあり、キリスト教教会、僧院、修道院の装飾壁画のひとつです。 絵はイエスが十二人の使徒に対し、「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」」と予言する場面で、それまでにない横一列の人物配置により、人物の表情と手の描き方により、多様な心理を描写しています。 近年の修復作業では、卓上には魚料理が描かれたことなどが判明しています。 絵画技法については、当時の壁画で通常用いられたフレスコ画法(壁に漆喰を塗り、乾かないうちに不透明の水溶系顔料を使用することで、絵を定着させる技法)ではなく、油彩とテンペラ(顔料を卵白と混合する技法)によって描かれています。 フレスコ画は、漆喰に絵の具が染みこむため、定着性がありますが、漆喰の乾くまでの短時間で描かなくてはなりません。 これに対して、壁画を油彩やテンペラで描くことは、絵の具の塗り重ねにより、質感などの描写力に優れるが、定着性に劣り、絵の具が剥離するリスクがありました。 ダ・ヴィンチは、絵の完成度を求め、このリスクがある技法を選らびましたが、完成後まもなく絵の具の剥離や遜色が始まりました。 また、食堂の湿気や時代によっては、食堂が馬小屋として使用されたことにより、ダ・ヴィンチ没後半世紀ほどのイタリアの美術史家ヴァザーリも、制作後数十年で剥離ひどくなっていたと記述しています。 さらに、第二次大戦時の空襲で建物の多くの部分が破壊され、壁画は無事でしたが風雨にさらされることになるなど、壁画の保存は極めて悪い状態がありました。 そのため、この傑作は制作当時の状態をわずかに残すのみの現在の状態になっています。 また、この完成当時の絵に関する資料がほとんどなく、16世紀から19世紀に行われた度重なる修復(欠落部分の補筆や加筆)により、ダ・ヴィンチが3年の歳月をかけて完成した、この絵の原型は想像するしかありません。 絵画史上の傑作であることはもちろんですが、現存していることさえも奇跡であると言われています。 ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」で特徴的なのは、それまでの宗教画にあった後光などを描かず、よりリアリティのある人物群像として描いたことです。 そこでは、イエスもユダも一人の人間ですが、考え抜いた構図と緻密な描写により、人間性と心理描写を高度に表現しました。 それまでの宗教絵画の概念を超えた革新的な絵画と言えます。 「最後の晩餐」絵のナゾと私見 以下の文章はダ・ヴィンチ「最後の晩餐」において、従来よりナゾとされる部分に関する個人的な見解です。 「ダ・ヴィンチ・コード」では、一般的には最年少のヨハネと言われている、イエスの向かって左の人物が、マグダラのマリアであり、イエスが妻帯していたとされています。 聖書では「イエスの愛しておられた者がみ胸近く席についていた」との記述があるのみで、人物名が特定されていませんので、こうした解釈ができます。 聖書を知らない人にとっては、この人物を少年と見るのはたしかに難しいと思います。 この人物の下絵と思われるデッサンがあります。 タイトルは「Head of a Young Woman」(若い女性の頭部)で、眉などダ・ヴィンチの女性を描く特徴があり、どうみても少年には見えません。 ルネッサンス期の画家アンドレア・デル・サルトの「最後の晩餐」は、横一列の配置や心理描写重視など、多くの点でダ・ヴィンチの影響を受けていると思われるますが、この絵では、少年として描かれたヨハネの手にイエスが手を重ねています。 「最後の晩餐」の絵でイエスが弟子に手を重ねるように描くことは、それまでには無かったことです。 アンドレア・デル・サルトのアイデアかも知れませんが、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見た影響であったとすれば、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のこの部分は、剥落後の修復で、現在のように感情表現が無いかのように、手を組むものではなく、当初はイエスと手が重なり合う、信頼と愛情を示す表現であったとも考えられます。 ダ・ヴィンチ「若い女性の頭部」デッサン アンドレア・デル・サルト「最後の晩餐」部分 次に、従来からナゾとされているイスカリオテのユダに関する考察です。 Wikipediaでは、「イエスを裏切った代償としての銀貨30枚が入った金入れの袋を握るとされる。 (ただし、マタイによる福音書では、イエスを引き渡した後で銀貨を受け取ることになっていたが、ダヴィンチは、聖書にある「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」の表現が難しかったためではないかと言われている。 」とありますが、ダ・ヴィンチに対して「表現が難しかったためではないか」は当たらないと思います。 ダ・ヴィンチは、完璧な表現を目指し研究を重ね、その成果により、あらゆる側面で他人から揶揄される要素を排除して、自身自身が納得できないと絵が描けない性格の人間だったからです。 ですから、歴史上の人物を描くには、聖書の記述を尊重し、人体は解剖学的にも正しいものを描きました。 このために納得できずに未完成となった絵画も多くありました。 また、もう一つのナゾである、イスカリオテのユダ背後に描かれているナイフを持った右手についても象徴的にユダの背後に描かれたものではないかとの曖昧な解釈のままです。 たしかに、イスカリオテという言葉は「短剣」(=イエスを後ろから刺す者)という意味ですが、これについて、次のように考えています。 ユダの下半分が剥落し、後世の修復により現在のようになっているが、当初はユダの左手は何も持たず、驚きの余り、鉢に浸した持っていたパンを落とした瞬間の描写であった。 また、右手は、聖書の記述にしたがって、金貨の入った袋を持たずに、ナイフを持っていて、身を乗り出したペテロの右手に押さえつけられている。 このために、ユダの姿勢はテーブル前方に乗り出し、顔は背後を見ようとしている。 そしてこの顔も、現在のような横顔ではなく、右後方からのものとなるため、ユダの顔は識別できない。 (したがってユダの顔は誰かに似ているということもない。 )このように解釈することで、絵の構図、解剖学的な人物描写、聖書の解釈とのつじつまが合うように思います。 以上の想像したことを元にして「最後の晩餐」復元をしてみました。 現在のように、やや静粛なものではなく、もっと劇的なものになりましたのでご覧ください。 ただし、この正否はあくまで想像なのですが、しっくりすると思いませんか? ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」部分復元 ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」部分復元 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」原画 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」復元 登場人物と表現(復元後の私見) 向かって左から、• バルトロマイ — イエスからもっとも離れた位置におり、イエスの言葉を聞き取ろうと立ち上がった様子に描かれている。 小ヤコブ — イエスと容貌が似ていたとされる使徒。 左手はユダを指差し、告発しようとしている。 アンデレ — 両手を胸のあたりに上げ、横で起こったことへの一瞬の驚きを表している。 イスカリオテのユダ — イエスの言葉に驚くと共に、ペドロにナイフを持った右手を押さえられて、振り向こうとしている。 左手は持っていた食べ物を落とした瞬間。 ペトロ — 右手でユダの右手を押さえ、身を乗り出し、左手を差し出して、イエスに告発しようとしている。 ヨハネ(マグダラのマリア?) — 聖書で「イエスの愛しておられた者がみ胸近く席についていた」と記されている人物。 左手はイエスの右手が重なり、右手は動揺を抑えようとするが、悲しみに体を傾ける。 イエス — 右手で ヨハネ(マグダラのマリア?)の動揺を抑えようとする。 左手は神の定めを受け入れることを示している。 十二使途が各三人づつになっているが、イエスは中央でひとり、動揺や怒り、悲しみなどの感情を示すことなく、静かに神の定めを受け入れている。 トマス — 大ヤコブの背後から顔を出しており、体部は画面ではほとんど見えない。 右手の指で天を指し、神のお告げかとイエスに問い掛けている。 左手はテーブルの上に置かれている。 大ヤコブ — 驚愕のあまり、両手を広げている。 フィリポ — 両手を胸にあて、「私たちがお守りします。 」というように心情を訴えかける。 マタイ — イエスの言葉の真意を年長者であるタダイ、シモンに問いかけている。 タダイ — シモンとともにマタイの問いかけに対する答えを話しあっている。 シモン — イエスの言葉を神のお告げと思うが、この先のことを計りかねているかのように、掌を上に向けて少し挙げている。 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」 イタリアのデジタル画像処理会社HAL9000の.

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