デスストランディング 武器 比較。 【デススト】ヒッグスのピザ配達攻略+報酬武器まとめ

『デス・ストランディング』をプレイして配達依存症になった話|九条水音|note

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ブリーフィング+TGSプレイ動画、その他情報から判明していることをまとめてみました。 「アメリカ」の縦断&アメリを助ける! これまで明らかにされている情報から推測するに、大目的が2つあるようです!• 点在している「都市」(結び目)をつなぐためにアメリカを東から縦断• 「エッジ・ノット・シティ」(西海岸の果て)にいる「アメリ」を救う 「Qpid」で都市(結び目)をつなぐ! サムは 「Qpid」と呼ばれる特殊な装置をもって、各地の 「カイラル通信」という通信端末を起動していくことがメインミッションのようです。 カイラル通信端末は、アメリや彼女の仲間たちがいたるところに残しているようですが、点在しているだけで「線」としてつながっていない様子。 それを「結んで」あげるのが、サムに課されている役割みたいな感じでしょうか。 捕らわれた「アメリ」を連れ戻す 「アメリ」は次世代の大統領として「分断された」アメリカをつなぎなおしたい、と語っています。 具体的には 「アメリカ都市連合(UCA)」という組織を形成しているようです。 そんなアメリが仲間たちとアメリカを縦断し、 「孤立している都市や人々」をUCAに迎え入れることで「アメリカをつなぎなおす」ことをもくろんでいるようでしたが… 「分離主義者」という過激派たちがアメリを 「エッジ・ノット・シティ」という西海岸の果ての都市で捕まえてしまったようです。 サムは東海岸から西海岸へ向かって、 各地の都市のカイラル通信網をつなげつつ、最後には アメリを救出する、というのが現時点で判明しているこのゲームの目的ですね。 ただ小島監督のストーリーではそうすんなり着地しない気もしますが… 現時点では サムもアメリも謎が多すぎます。 ここまでのまとめ!• 「Qpid」を使って各地の「カイラル通信網」をつなげる!• 重要人物である「アメリ」を救出する! デス・ストランディングのゲーム内容は? デス・ストランディングの主人公・サムの目的がわかってきたところで、次は「どんなゲームなのか」の核心部分に迫っていきましょう! サム(主人公)は荷物配達人です サムは「Qpid+荷物運び」 これまでわかっていることとして、サムは 「配達人」として各地の配送センターから目的地まで• カイラル通信に使うQpid• その他必要とされる物資 を届けてあげるのがメインミッションのようです。 また、 「フリッパーズ」と呼ばれる、「孤立して暮らしている人々」にも落とし物などを届けてあげる「サブクエスト」も各地に点在しているみたいですね。 TGSのプレイ動画でも 「三浦大知」さんがフリッパーズ役でカメオ出演していました!フリッパーズは仲良くなると、サムに色々なものをくれたりするようです。 ルートや装備は自由!プレイヤー次第 プレイ動画を見る限り、荷物は結構多くて大変そう。 重さやバランスによってスタミナの減り方も変わるとのことです。 さらに荒れ果てたアメリカ大陸を縦断するので、 足場が悪い道も多数! コケると荷物が壊れてしまうようです。 なので、 装備は何をもっていこうか?どのルートを通って目的地まで行こうか?など、プレイヤーの考え一つで大きく変わりそう。 十人十色の運び屋が現れそうですね。 僕はバイクや車を使った運び屋になりたいです…(笑) 「ソーシャル・ストランド・システム」とは? そして、デス・ストランディング最大の目玉は 「ソーシャル・ストランド・システム」でしょう! サムは 基本的に孤独な一人旅で荷物運びを行います。 まあ、BB ブリッジベイビー と呼ばれる赤ちゃんはいますが…結構寂しいですよね。 サムがQpidでカイラル通信を起動させると、そのエリアは 「つながった」状態になります。 すると、 「一人だけど一人じゃなくなる」のです! 「カイラル通信」でつながる「世界」 カイラル通信をつなげると、「ソーシャル・ストランド・システム」が発動して、なんと 「他のプレイヤー」が残したアイテムや足跡といった「他のサム」の痕跡が見えるようになります! 「他のサム」が残していった(おいていった)アイテムは誰もが自由に使うことができ、SNSみたいに「いいね!」をすることでもできます。 「設置アイテム」が共有できる! デス・ストランディングでは、 誰か(ほかのサム)が置いていったアイテムを皆でシェアできます。 川などを渡るための 「はしご」• 敵から逃げるための 「スピードシューズ」• 誰かが乗り捨てていった 「バイク」 これらみんな自由に使わせていただけるのです!これは助かりますよね。 逆に自分が 「こういうアイテムがあれば便利だろう」というものを置いたり設置していくものいいですね。 ナイスなアイテムや設置場所だったら 「いいね」がたくさんもらえるかも? 「建築物」も共有できる! デス・ストランディングでは、いろんな 建築物も作れるようです!• 「時雨」と呼ばれる雨をしのぐ 「シェルター」• 充電が必要な装備のための 「充電器」• 服や靴など装備を自由に保管できる 「ロッカー」• 皆が安心して休める 「セーフティハウス」• 陸をつなぐ 「橋」 これらは一人で建てるものもあれば、複数人で協力して建築することもあるようです。 アイテム同様、これら 施設も自由に他のサムが使えます! 急に雨が降ってきた!とか、息も絶え絶えでもう無理…な時でも、 誰かが作ってくれたシェルターやセーフティハウスに助けられる、なんてこともありそう! そんなときは、 ありったけの「いいね!」を送ってあげたいと思っています! 戦闘中も助けられる! 例えばボスと戦っているときに、相手の弱点となる 武器の弾薬や手もちが無くなった!大ピンチや!ってときに 「コミュニケーションボタン」というボタンを押すと、ネットで繋がっている 誰か(ほかのサム)が助けてくれることもあるようです! TGSのプレイ動画では、アイテムを投げてくれたり、とりあえず一生懸命に応援してくれたりする「他のサム」が映っていました。 どんなに手ごわい敵や怖いボスでも 「一人じゃない」って思えるだけで勇気が出てくると思うので、これもうれしい仕様ですね。 「間接的なアドバイス」も可能? 「ここはバイクじゃ通れないよ!」といった注意標識や、「ここに温泉があって休めるよ!」といった感じの 「看板」を任意で建てられるようです! これも自分が 「ここは危ない!」って思って注意を促すことができれば、 他のサムを助けられるかも?と思うとなんだか思いやりが湧いてくる気がします! 「いいね!」の間接的な優しいつながり 「ソーシャル・ストランド・システム」では様々なかたちで「他のサム」=「世界中のプレイヤー」と間接的につながれることがわかりました。 ソーシャル・ストランド・システムのつながり• アイテムを使わせてもらえる!ナイスな配置をしてあげたい• ここにあったら便利だな…という施設を建てられる!• 誰かがやられそう…アイテムをプレゼントしよう!• この先はこんな危険やいいことがあるからお知らせしよう これらはすべて「いいね!」を送ったり送られたりできます! 孤独な「サム」の分身だからこそ、「みんなで助け合おう」というのが、押しつけがましくなく 「想像しながら」アイテムや施設を設置していく、シェアしていく。 そういう 「ゆるくて」でも「ありがとう」といいたくなる、そんな感じのシステムになっているのでは?と僕はものすごい楽しみです! ゲーム初心者も安心仕様! 「ベリーイージーモード」も実装! そんなデス・ストランディングですが、 「やってみたいけど難しそう…」と購入を悩んでいたり、ためらっているなら、それは超もったいないです! なぜなら本作は小島監督が 「ゲーム初心者やゲーム自体をやったことがない人にもやってほしい!」という思いから 「ベリーイージーモード」を搭載しています! もともと小島監督は映画の大ファン で、またその知識や経験がゲーム作りにすべて生かされている監督さんです。 過去作でもその映画的なカメラワーク、脚本、世界観がかなり高く評価されているので、まさに 「プレイする映画」の最高峰であります。 さらに、映画では味わえない 「ゲームをプレイする」ことで得られる感動を突き詰めた演出や展開をいつも用意してくれる監督さんですので、今回が初めてのゲーム!という方もぜひ触ってみてほしい!と思います。 デス・ストランディングの発売日は? TGS2019でさらにワクワクが高まったデス・ストランディングですが、発売日もすでに発表されています! デス・ストランディングは11月8日に発売! 改めて デス・ストランディングの発売日ですが、 11月8日 金 と発表されています!.

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車(トラック)

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2019年リリース。 監督作品。 『デス 』(以下、デススト)は、今年、発売前に最も注目されたゲームだろう。 何が面白いのか分からない訳ではないのに、なかなかその魅力を言葉にする事が難しい。 そんな不思議な作品であるが、個人的には傑作だと感じた。 文句をつけることはいくらでもできるだろうが、それでもこんな作品を作り上げることは、なかなか余人にはできないだろう。 本稿では、この作品の持つオリジナリティを他のゲームとの比較から語り、また、作品の特色でもあるンや演出についてゲーム作品だからこその魅力を持っているということを述べてみたいと思う。 「表の遊び」と「裏の遊び」の逆転 『デススト』が提示する遊びというのは個々の一つ一つを見ると決して革新的というわけではない。 しかし、本作は、既にどこかにあった遊びの「位置付け」を変えている。 具体的に見てみよう。 荷物を大量に運ぶ上で何を持っていき、何を諦めるかという点は『スカイリム』(2011年)や『フォールアウト4』(2015年)などの重量制限で味わったことがある感覚だと思う人は多いだろう。 また、重い荷物を左右バランスを取りながら歩くところなどは、アクションゲームで細い足場を渡る時に左右のバランスを取る的なギミックとして体験した感じに似ている。 そして、様々なサブクトを受注した時に、どのように目的地を巡っていけば効率的にお使いタスクを消化できるか?というのも、昨今のオープワールドゲームを遊ぶ際に似たようなことを考える場面は多い。 『デススト』が特徴的なのは、そうしたこれまで「裏側の遊び」だったものが表側に「位置付け」が変わっている点である。 一方で、その他のゲームでは「表側の遊び」として位置付けられる「敵を銃で撃つ」「ステルスで敵をやっつける」「車やバイクを運転する」などの行為が、『デススト』では、ほとんど表に出てきている印象がなく、この点で逆に特徴的であると言える。 『デススト』は、他のゲームで一般的になっている「表側の遊び」「裏側の遊び」の感覚を逆転させたところに、そのオリジナリティがあると言えるのではないだろうか。 個人的に特にこの「表裏の逆転」という感覚を強く感じたのはグレネードの存在と山登りの2つである。 他のゲームであれば、補助的な役割になりがちなグレネードという投擲武器が初期から中盤にかけて、ほとんどメイン武器、標準武器として位置付けられている。 また山登りについては、かつて『スカイリム』をプレイしていた時に、目的地に着こうとしてちょっと急な斜面をポリゴンの引っ掛かりを探しながら無理やり登った時のことを思い出した。 「『スカイリム』ってこういう遊びのゲームではないんだろうけど、この山登りってちょっと面白いな」と思ったことが印象に残っている。 『デススト』では、その密かな遊びをメインの遊びとして提示してきており、梯子をギリギリ引っ掛けて無理矢理に崖を登っている時に「あ、あの裏側の遊びがメインディッシュになっている!」という驚きを感じた。 このように『デススト』というのは、をよく遊ぶ人ほど、不思議な逆転の感覚を与えてくれる批評的な作品ではないかと思う。 提示された遊びを単に享受させるだけではなく「こういう所が意外に面白いのではないか」という「面白さを発見する面白さ」をプレイヤーに仕掛けてきている。 面白いことそれ自体に意外性(こんなことが面白いんだ!)があるところが面白いゲームなのである。 「ゲームの人」か?「映画の人」か? というゲーム作家を表現するのに、「ゲームの人」か?「映画の人」か?という議論がある。 シリーズでもそうだが、特に『デススト』ではンが長いという印象があるため「は映画を作りたいのか?」とやや揶揄を込めて言われることがある。 一方で、「やはりはゲームの人なんだ」という言われ方もする。 本作もそうだが、目新しく見えるや遊びを作品に盛り込んでくることも確かであり、また先の「映画の人だ」という評価へのカウンターとして「ゲームの人だ」という語りはなされることがある。 どちらの言い分にも理はあると思うが、個人的にはその中間とも言える「はゲーム演出の人だ」という印象が私にはある。 それはどういうことか。 のゲームでは、明らかにンが「ご褒美」として機能している面がある。 苦労して何かを成し遂げると、そのリワードとしてンがプレイヤーに与えられる。 この90年代から2000年代のゲーム業界の文化の香りを『デススト』には感じる。 しかし、こうしたンがご褒美になるという文化は、『ウィッチャー3』(2015年)あたりで、完全に息の根を止められたような印象がある。 昨今、美麗なンはプレイヤーにとって特に嬉しいものではなく、「ンはご褒美」という考え方は古臭いと思える。 しかし、『デススト』には、その「ンはご褒美」を今なお成立させるだけの変則的な搦め手が仕込まれていると考える。 それはややと言った豪華な出演者たちにやや奇妙な振る舞いをさせるという部分であり、また、あの世と通信をするという突飛なSF的設定をベースとした不可思議なである。 こうした他の映画やTVドラマでは味わえないような「破綻した面白さ」を仕込むことで、一見すると古臭い「ご褒美」をギリギリに成立させている。 『デススト』という物語に仮に設定矛盾や理屈に合わないところがあったとしても、それは単純に非難すべきところというよりも、ゲームだから許される「突飛さ」をむしろ積極的に取り入れていったところだと言えるだろう。 『デススト』は気取るために狂ったフリをしているのではなく、狂った設定や狂った演出によって、むしろギリギリにゲームを成立させているのである。 プライベートルームでのの数々の珍妙で突飛な振る舞いに世界観や物語上の理屈などは存在しない。 これらの要素は他の映画や小説やTVドラマであれば、意味不明な悪ふざけとしてしか認識されないかもしれない。 しかしゲームであればそれがささやかな遊びとして受け取られ、突飛であることによって、ゲームのプレイヤーにとって小さなご褒美として成り立つのである。。 ゲームプレイのストレスを浄化する幸福な既視感 『デススト』には数々の印象的な場面やビジュアルがある。 多くの人が強い感慨を抱いたであろう場面の一つに、ポートノットシティ(K3)到着直前のシティを一望できる場面がある。 ポートノットシティ到着クトの前にはバイクを入手するという流れがあり、そのバイクによってゲームのスピード感は増す。 しかし、ポートノットシティへの到着にあたっては、逆にそのバイクの存在が厄介になる。 そのため、無理やりにバイクでポートノットシティに到着する場合でも、バイクを乗り捨てて徒歩でポートノットシティに到着する場合でも、どちらの場合であっても、ポートノットシティを一望できる丘にまで到着した時には、プレイヤーはある種の感慨を抱くようになっている。 どんなルートでも困難とその克服を感じさせる仕組みになっているからだ。 の作るンには、ポートノットシティを一望する時のような「ありがちだけど幸福なデジャブ」というものがある。 バイクがぶつかりそうになったフラジャイルが瞬時に消えてしまう序盤のシーンや、泥沼から起き上がったクリフォードが無言でガイコツ兵に攻撃指示を与えるシーンや、ヒッグスが両手を広げて空中に浮かぶシーンなど、どんな場面もどこかで既に見たことがあるような、そういう既視感がある。 しかしそうした既視感は単に「凡庸だ」となるのではない。 というのも、プレイヤーはあくまでゲームプレイを通して、そうしたンや演出を味わうからだ。 プレイ時間が長くなればなるほどに、おそらく反復されるンはスキップされる事が多いだろう。 しかし時々、ふとした気まぐれで「今回のカイラル通信の接続シーンはスキップせずに見ようかな」と思うことがある。 この「気まぐれ」は、ゲームプレイによって醸成されている。 『デススト』が単に見るだけのエンターテインメントであれば、そういう気まぐれが起こる事はない。 ゲームプレイによってプレイヤーが特定のを抱くからこそ、そうしたベタな演出やンも、ほどよく幸せなデジャブ体験として成立するのだ。 前節では、の作るンや演出の「突飛さ」を強調したが、一方で小島演出にはどこかで見たような「ベタさ」にも満ちている。 しかしそれがプレイヤーにとって幸福なのである。 ベタであるからこそ安心して受け取れる。 ゲームプレイによって受けたストレスを癒してくれたり、よく知っているものを期待通りに提供してくれるものとして、『デススト』のンは極めて機能的に作用している。 の作るンや演出は、以上のような両極端の要素を抱えている。 「突飛さ」と「ベタさ」である。 これらの要素は単品のンや演出として見たときには、「悪ふざけ」や「凡庸さ」としてしか捉えられないかもしれない。 しかしゲームプレイを通して悪ふざけはご褒美になり、凡庸さは癒しになるのではないだろうか。 逆に言えば、が仮に映画を撮ったとしてその出来を勝手に想像して不安に思うのは、ゲームプレイを伴わない映像作品が「悪ふざけ」と「凡庸さ」に満ちてしまうのではないかという危惧があるからだろう。 傑作としての『デス 』 のゲームは、演出によって際立っている。 これはこれまでの作品からも言える事だろう。 『デススト』がこれまでの作品の中でも傑作と言える出来だと思うのは、ゲームプレイと演出の噛み合わせが非常に上手くいった例だと思うからである。 ゲームが剥き出しになったようなゲームプレイが、本作を単なるン偏重のゲームとして捉えることを抑制している。 一つ一つは既存のゲームと似ているように見えても、総体としては特異に見えるゲーム(裏表の逆転)が強く本作の存在感を主張している。 「ンが長すぎる」という批判はあっても、『』(2008年)のような「ンばかりのゲーム」などと批判されることはおそらくないだろう。 加えて、ンや演出がそこに至るまでのゲームプレイへのご褒美もしくは癒しとして適度に作用している。 もちろん比較的退屈なンを長く見させられるという印象を終盤に感じる人もいるかもしれない。 それでも、物語の最も印象的なシーンだけを、あくまでゲームプレイへのご褒美や癒しとして適切なバランスで提供するという事が本作は比較的高いレベルで達成されているように思う。 過去作で言えば、『』や『』(2015年)ではンの量に比べて、ゲームプレイの不足を感じさせるものであったと私は捉えている。 もし見ることに特化した物語を伝えることを第一義にするならば、サムの亡き妻ルーシーとの別れや思い出を語る場面がドキュメントだけでなく、ンとしてあってもよかっただろう。 しかし、それらがバッサリとカットされていることは、本作のンとゲームプレイのバランスとして良い方に働いていると考える。 サムとルーシーとの関係が全くンとしては描かれず、唯一写真とドキュメントだけで表現されるのは、開発コストの制約からなのか、意図的な演出なのかは分からない。 ただ、ルーシーとの別れはサムにとって最も鮮烈なトラウマであるだろうから、それをあまり語らないのは、逆に不自然のような気もする。 このように「見る物語」として評価した時に『デススト』には様々な舌足らずさがある。 しかし、(単に見る物語としてでなく)ゲームとして見たときには非常に良いバランスになっていると考える。 「物語としてどうか」「ゲームとしてどうか」というように分析的(?)な批評スタイルでそれぞれを分けて評価してしまうと、今ひとつ『デススト』の魅力というの見えにくくなる。 もちろん『デススト』という作品の魅力の不思議さゆえに、要素を小分けにして分析したくなることもよく分かる。 しかし、我々がそういう批評家になってしまうというのは、『デススト』を評する上で、逆に罠なのかもしれないと思うのだ。 『デス 』は奇跡のような作品だ。 おそらくの持つ強運がもたらした偶然の産物という側面はあるものと想像する。 しかし奇跡だろうと偶然だろうと、独立後一発目の作品で、これだけのものを世に出したことへの賛辞はどれだけしても、し過ぎということはないと思う。 そういう自身の境遇という文脈の面白さを置いておいたとしても、作品が我々みんなを批評家としてしまい、またそれによって何が面白いのかがかえって不思議に感じられる、そんな「面白さの迷宮」に我々を誘うという点においては、唯一無二のゲームではないだろうか。 : 山登りを「表側の遊び」として提示したゲームは既に『 BotW』がある。 しかしの場合はかなりしっかりと山登りがゲーム化されており、とポリゴンのイタズラでギリギリ登れてしまう、みたいな遊びがより堂々と表現されている点は『デススト』の特徴なのではないかと思う。 : : 本作を社会情勢に対する真面目な問題提起として捉えることにはあまり価値がないと思っている。 「繋がり」というテーマに薄っぺらさを感じる人は多いと思うが、下記のインタビュー記事などを読むと、は繋がりの鬱陶しさにも言及しており、そこまで「繋がり」一辺倒ではないとも思う。 しかし、例えば、サムの恐怖症は最後には克服されるような表現がされており、こういうところがの思想の甘さとも感じられる。 より現代的に恐怖症を描くならば、その症状を抱えたまま、引きこもりとして生きていっても良いじゃないか?という面を強調する描き方もあったはずである。 そういう風には描けない保守性が、のポピュラリとも言えるし、限界でもあるかなと個人的には思う。 : 岩場でBT出現というエリアがあるため、バイクでの踏破が少し難しく、おそらく多くの人がここでBTに捕まるという洗礼を受けることになる。 tuquoi.

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デス・ストランディングはどんなゲーム?これまでの最新情報まとめ!

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こんにちは、はしゃしんです。 つい先ほど、「 デス・ストランディング(以下デススト)」のストーリーをクリアして感慨深い状態なのですが、発売してから間もなく1週間。 いろいろな人の動画やブログを見て、 「買おっかなぁ どーしよっかなぁ」 「そもそもPS4のソフトたけぇんだよ・・」 と呟いてる人も多くいると思います。 結論から言うと、本作は何の疑いの余地もなく 神ゲー でございます。 ただし、あくまでこの結論は個人の見方であり、やり始めて早々、自分に合わなくてメルカリで即出品してる人も少なからずいます。 何にせよ、「歩いて物を配送するゲーム」とか言われて、面白そう!と思う人の方が少ないはず。 本記事では、一通りストーリーをクリアした上で、個人的な本作に対する評価を良い点・悪い点を踏まえてレビューしていきます。 なお、ネタバレはなしで、公開できる範囲のみ書いてますのでご安心を。 購入の際の一つの参考基準として加えていただければ、うれぴこでございます。 デスストランディングってなんすか?! 購入を迷ってる人の多くが、そもそも「 デス・ストランディングって何ぞや?」という状態になってるかと思います。 プレイ動画はネタバレになるし、かといって公式のトレーラーじゃ訳わかんない! そんな方のために、はじめのはじめの第一歩として「デスストとはなにか」をスーパー簡単に説明していきまSHOW。 そう遠くない未来のアメリカ。 「デス・ストランディング」と呼ばれる現象によって、都市と都市は分裂し、アメリカは崩壊。 「時雨」と呼ばれる雨が降ると、あの世の存在「BT」がこの世と繋がり出現。 このBTに人間が飲み込まれてしまうと、「 対消滅」と呼ばれる現象を起こして、あたりいっぺんが巨大なクレーター化となります。 これを恐れた人々は物資の供給が出来ず、インフラも整わない状態。 こんな世界をどうにかしちゃる!と働き出したのは、アメリ率いる「 ブリッジズ(BRIDGES)」と呼ばれる組織。 このサムとブリジッドが手を組んで、カイラル通信と呼ばれる通信網を広げ、分断された都市と都市を繋ぎ、アメリカを再建する。 というのが本作の目的。 なんとなく分かるような分からないような、複雑な背景をもつ本作。 そんな本作を手がけるのは、「 メタルギア」シリーズで世界的に知られる「 小島監督」。 2015年にコナミを退社して独立。 およそ3年半の歳月をかけ完成させた、独立後初のタイトルが、この「デス・ストランディング」です。 小島監督という、プロデューサー自体のブランドが非常に高い人物による新規タイトルに加え、新しいジャンルへの挑戦、豪華俳優陣の起用が本作の最大の魅力。 歩きます。 配達します。 繋ぎます。 本作のメインシステムは、 荷物を配達すること。 配達する際に、 地面がぬかるんでいる場所や凹凸の激しい場所、急な下り坂を通ってしまうと、体のバランスが崩れて荷物を落としてしまいます。 荷物を落としてしまうことで荷物が損傷、届けた際の評価に繋がります。 先述の「 ソーシャル・ストランド」とは、間接的に世界中の、デスストをプレイしてる人たちと繋がれることです。 自分の世界にはもちろん一人だけ。 目立った建物はなく、本当に自分だけ。 ただ、ありとあらゆる所で、 他のプレイヤーが設置した梯子やロープ、建築物が、自分の世界にも反映されるのです。 また、誰かが落とした荷物を自分が代わりに拾って届けてあげることもできます。 もちろん、そのまた逆も。 誰かが設置したアイテムを自分が利用すると「 いいね!」が設置した人に送られます。 自分もまた、自分が設置したアイテムが誰かの世界に反映されて、いいねを貰えたりします。 いいね!はただの「いいね!」ではありますが、荷物を運ぶ際のモチベーションに繋がります。 誰かが建てた橋、意味のわからないホログラム、いい感じに掛けてある梯子。 全く知らない人との繋がりを、 オンラインゲームのような直接的な接触はないけれど、たしかにその存在を感じることは出来る、それが「デス・ストランディング」であり、「ソーシャル・ストランド・ゲーム」というジャンルです。 まさに最高級ハンバーガー。 豪華すぎる俳優陣! 本作で登場する主要人物は、3Dキャプチャされて二次元化した実際の俳優さんたち。 その面々は、「ウォーキング・デッド」で知られる ノーマン・リーダスをはじめとした、北欧の至宝と言われる マッツ・ミケルセン、フランスの レア・セドゥ、映画「パシフィック・リム」の ギレルモ・デル・トロ監督などなど。 これらの俳優さんの吹き替えをしている日本の声優陣も豪華で、「メタルギア」シリーズではお馴染みの大塚さんも担当されています。 まさに、バンズからトマトソースまで片っ端から最上位のものを集めて作った 最高級ハンバーガー並の破壊力。 (意味わからん) ファンの方はもちろん、ファンでない人、初めて知った人も、リアルで繊細なムービーを見てるうちにファンになっていたりいなかったり。 デスストの良い点・悪い点は…なんですか! 長らくお待たせしました。 目次からここまで飛ばした方ははじめまして。 本作の良い点・悪い点を、ババッと上げていきます!ぜひ購入の際の参考に。 現時点で、ブログやSNSで「デスストは神ゲーか糞ゲーか」で議論されている部分が多く、小島監督の作品のファンは何でもかんでも面白いとか言うんだよ・・という意見もあったり。 ユーザー全体の意見を含めた本作の評価としては「 賛否両論」というのが一番合っているのかもしれません。 【良い点】 ストーリーが重厚。 アメリカ再建に焦点を当てつつ、主人公や主要人物の奥深い過去に迫り、自分たちに訴えかけてくるようなメッセージのこもった物語。 ムービーの質も非常に高く、表情の細かさ、肌の質感まで非常に繊細で、プレイ画面も含めてグラフィックが非常に綺麗。 映画のような引き込まれる映像に夢中になります。 「配送」という行いを根幹にした、全く新しいゲーム。 トラックやバイクなど、ゲームを進行していく過程で入手可能ですが、序盤は特に、歩くことがメインになります。 これらがストレスに感じる方が、いわゆる「合わない人」です。 ただ、一つ言いたいのは やってみないと分からない! という事です。 行く先々で、間接的に世界中の人たちとの「繋がり」を感じることができるのが本作の魅力。 一人なのに孤独ではない新しい感覚があり、誰かの役に立ちたい、という気持ちが込み上げてくる作品。 荷物を届けた終えたときは、なんとも言えない達成感が。 なぜこの荷物が必要なのか、それぞれに理由があって、そこが面白く、やる気にさせてくれます。 「その任務をやる意味」を持ってプレイするのと、クリアしたいからプレイするのでは大きな違いです。 こういった面を見てみると、「 今までになかった、今までにプレイしたことのないゲーム」であることは言うまでもありません。 小島監督ならではの、小ネタもいっぱい存在。 映画のような雰囲気をしているけれども、やっぱりゲームしかできない事を取り入れて、一つの作品にしている。 例えば、小便機能。 適当な所でおしっこが出来る。 するとちっさなキノコが生えて、そのキノコに他の人がおしっこすると、キノコはどんどん成長していきます。 敵であるBTに対してかけたら、追ってこなくなったり。 そんなシステム、どうでもいいわ!って人からしたら、1ミリも面白くない要素になってしまうのですが。 ゲームらしさを根底に置きつつ、映画のようなリアルで壮大な世界観に魅了されっぱなし。 私自身、最初は「自分にも合うかなー」っと不安がありましたが、ストーリーも面白いし、ゲームシステムも魅力的で夢中になれました。 【悪い点】 これは悪い点というより、好みの分かれる部分という意味なのですが一応。 ムービーの割合が非常に多く、それが本作の魅力でもあるのですが、見るより操作したい、物語に興味がない人にとっては、退屈してしまう場面が多く存在します。 特に序盤、 最初の1時間はほとんどムービーで、実際に操作できる時間は全然なかった記憶があります。 一つの任務につき、 クリアまでにだいたい30分前後 (移動距離や乗り物によって大きく変わります)かかります。 学校や仕事でゆっくりプレイする時間がなく、 少しずつでもクリア出来るゲームが良い人にとっては、その進行度合いに対して長ったらしく感じてしまうかもしれません。 私の場合は、朝早いし夜遅いタイプの人間ですが、本作にすっかりハマってしまったこともあり、少しずつでも全然楽しんでプレイができました。 戦闘に関してですが、 全く持って派手ではありません。 序盤はグレネードも銃も持てないので、BTと呼ばれる敵に対しては攻撃手段がなく、隠れてやり過ごす必要があります。 エイリアンが持ってそうなカッコいい武器や近未来的な装置は出てきません。 個人的に不満に思った点は、 UIが見づらいという点。 UIとは、ゲーム内のおおよそのデザインと考えてもらえたらいいのですが、 文字の量が多い割に文字が非常に小さい点や、自分がどの荷物を何個所持しているのかを、一回一回、自分背負っている荷物の欄をスクロールして確認していく必要があって非常に面倒くさかったり。 色々な情報が一か所に集まってゴチャゴチャしてしまっているような感じで、もう少しスッキリして欲しいというのが切実な思い。 本作をレビューしているサイトを見ると、他のゲームと比べて評価している記事も稀に見かけます。 しかし。 今まで、デスストと似たゲーム性のタイトルなんて他になかった訳ですし、それを他の作品を比べてここが劣っているとかどうとか、書くべきではないと思うんですね。 もちろん、グラフィックではこのゲームの方が繊細だったとか、どのゲームにも共通した要素の比較はありますが、 ゲームのシステム云々を比較して評価をつけるべきではないかなと個人的には思います。 この頃、デスストのレビュー動画とか頻繁に見ますが、多くの人が「 一度プレイしてみないと分からない」といったことを述べてます。 私もその通りだと思いますし、 「良い点」「悪い点」に分けても、結局は好みによって分かれるかなぁという部分がほとんどなので、 人によって良し悪しと感じる部分は大きく異なると思います。 実際に遊んで、判断して欲しい! 少しでも興味があるなら買って欲しい作品です!.

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