心身 の 新 月 面 が 描く 放物線 は 栄光 へ の 架け橋 だ。 「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」

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心身 の 新 月 面 が 描く 放物線 は 栄光 へ の 架け橋 だ

この記事には 複数の問題があります。 やでの議論にご協力ください。 がまったく示されていないか不十分です。 内容に関するが必要です。 ( 2015年12月)• した節があります。 プラチナ() チャート最高順位• 週間2位()• 2004年度年間26位(オリコン)• 登場回数75回(オリコン)• 2011年度年間40位()• 2012年度年間14位(iTunes Store)• 2011年度年間68位()• 2012年度年間17位(レコチョク)• 2013年度年間38位(レコチョク)• 2014年度年間61位(レコチョク)• 2015年度年間68位(レコチョク)• 2016年度年間88位(レコチョク)• 2017年度年間92位(レコチョク)• レコチョク歴代着うたフル R ・シングルダウンロードランキング45位 シングル 年表 (2004年) 栄光の架橋 (2004年) (2005年) 目次• 解説 [ ] 本作は、多くのCDが発売される水曜日ではなく木曜日に発売された。 前作から2ヶ月足らずでのリリース。 本曲は、『中継』である。 発売から約5年後の2009年には、のCMソングにもなった。 チャート成績 [ ]• 週間チャートでは2004年8月2日付で2位で初登場した。 初動売上は前作「」を下回ったが、の日本代表選手の活躍などで本作の注目度も上がり、2度の3週連続(自身最長タイ)を含む自身最多の計7週に渡って週間トップ10にランクインした。 累計売上は11作ぶりに30万枚突破を果たし、自身のシングルでは「」(2000年)、「」(2000年)「」(1999年)に次ぐ売り上げを記録している。 その結果、2004年のオリコン年間シングルランキングでは26位に入り、自身初の年間トップ30入りとなった。 チャートへの登場回数は、自身のシングルでは最多である75回を記録。 カラオケランキングではゆずの2人が立て続けに結婚を発表した2011年の秋頃に急浮上し、オリコンチャートでも同時期に再びチャートインした。 さらに、オリコン週間カラオケチャートで2012年の期間中に1位になった。 2011年には配信チャートでもヒットし、、において初の年間ランキングトップ100に入った。 2012年の開催期間中には、配信ランキングではオリンピック関連の楽曲が上位に多く入っており、本作も「」、「」(オリンピック関連ではないが夏の曲)とともに上位に浮上した。 その結果同年はiTunes、レコチョクともに年間トップ20に入った。 レコチョクでは2013年以降も常にデイリー、週間で100位前後に入り続け、年間トップ100にも入っている。 2月に発表された「レコチョク着うたフル(R)・シングル歴代ダウンロード数ランキング」で45位に入った。 中でも、レコチョクの着うたフル配信サービス開始(2004年11月)以前の楽曲としては、の「」に次ぎ2番目の高順位である。 今作は日本レコード協会の有料音楽配信認定は受けていないが、このランキングで順位が近い曲の多くが「着うたフル」でトリプル・プラチナの認定を受けている。 収録曲 [ ]• 栄光の架橋(5:26)• 作詞・作曲:、編曲:• 風に吹かれた(3:09)• 体操男子団体が28年ぶりに金メダルを獲得した時のの中継で、当時同局のであるがのの演技とこの曲の題名を重ねて実況した 「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ! 」という言葉がにノミネートされ、曲の知名度が上昇するきっかけになった。 冨田も、後日この放送によって周りから「栄光の架橋=冨田」というイメージを持たれたことを語っている。 においても、の、所属時代の(現:)が本拠地の試合で打席に入る際や、時代のの登板の際に使用していた。 においても、やが試合前の入場時に使用していた。 2004年12月11日にで行われた「ゆず体育館ツアー 1〜ONE〜 FINAL at BUDOKAN」の最終日には、を従えて披露された。 翌年4月6日に発売されたライブ『ゆず LIVE FILMS 1〜ONE〜』の発売前情報では、ボーナス映像としてその模様が収録される予定とあったが、実際には収録されておらず、後に会報に謝罪紙が同封されて届けられている。 この曲で2004年の『』に2年連続で出場。 NHKが中継実施時に自局テーマソングを設けるようになったの以降、同テーマソングを担当した歌手がその年のに出場したのはゆずが初めてだった。 また、2005年の『』では、NHK側が行った、同年の紅白で聴きたい曲のリクエストを募集した「」で白組対象の上位100曲に選ばれたが、出演はしていない。 13年後の2017年の『』でも自身初の大トリとして披露した。 2019年の『』でも「紅白SPメドレー 2019-2020」として「」とともに歌唱。 前作に収録の「桜木町」に引き続き編曲はが担当している。 上記の紅白では、ピアノ演奏で特別出演した。 正隆の妻でもあるが「大晦日は精神的な一日」とコメントし、長年紅白出演を固辞していたように夫の正隆も過去に出演歴が一切なかったため、紅白初出演であった。 表題曲のは、のので撮影された。 アテネから2大会後ののNHKの放送テーマソングの「」のMVもここで撮影されている。 がに発表したシングル「」のカップリング曲「栄光の男」は、曲名の元ネタが「栄光の架橋」であることを、同バンドのボーカル担当のが公言している。 NHKの音楽番組『』の出演回(2017年3月2日放送)において、北川かこの曲を作るにあたり「僕らは路上でアコースティックギターで素朴な曲を歌うイメージだったけど、(オリンピックテーマソングの)お話をいただいて、素朴な曲もいいけど、ダイナミックな壮大な曲を作りたいと思って、「」や「」みたいなXJAPANの広がりのあるバラードを作りたいとお話させていただいて、作った」と、X JAPANの曲に影響を受けたという制作秘話が語られた。 なお、北川はこの回のナレーションも担当した。 2019年4月18日放送の系バラエティ番組『』内で、お笑いコンビ・のが交際中の一般女性へのプロポーズにて「栄光の架橋」をピアノで演奏。 ゆずも春日の演奏に合わせて歌唱する形で協力した。 練習開始時にはまったくピアノが弾けなかった春日だが、3週間の猛特訓によって、ミスはありながらもそれまでで1番の演奏を実現させた。 その後、春日は手紙を読み上げ、プロポーズを成功させた。 2019年12月21日にで開催された「国立競技場オープニングイベント ~HELLO, OUR STADIUM~」にゆずがサプライズゲストとして登場し、「栄光の架橋」を披露。 サビでは6万人の観客が大合唱となった。 中国語版 [ ] 2017年4月には詞バージョンである「光榮之橋 - Chinese Version」がから配信された。 後にベストアルバム『』の台湾盤限定で収録された。 5月には台湾のYouTubeチャンネルにリリックビデオ風のMVがアップされたが、日本国内からは視聴不可。 収録アルバム [ ] 栄光の架橋• アルバムバージョンで収録。 「Shimphonic Orchestra Version」として収録。 「Live Version 1」(ライブ音源)を収録。 「Live Version 2」(ライブ音源)を収録。 台湾盤には中国語版も収録。 テーマソング(2004年)• 香る緑茶 いぶき CMソング(2009年) テレビ出演 [ ]• (2004年9月16日、)• 第55回NHK紅白歌合戦(2004年12月31日、)• (2005年6月17日、)• (2007年10月5日、)• (2009年8月30日、)• (2009年9月20日、)• (2009年10月18日、日本テレビ)• (2010年8月28日、)• 第68回NHK紅白歌合戦(2017年12月31日、NHK) 上記以外にも多数の番組で披露されており、ゆずの楽曲では最もテレビで披露された回数が多い。 脚注 [ ] 出典 [ ]• 中継ではこの曲ではなく、「Challenger」()を採用した。 iTunesではこの年からゆずの楽曲の配信が開始された。 前年の『』出場時には、・からの中継であったため、からの紅白出演は初めてであった。 ちなみに、このケース以後・共にこのテーマソングを担当した歌手はそのオリンピック前後年の紅白に出場してそれを歌唱するようになっていたが、のテーマソング「」を担当したは、その年ではなく翌年の紅白に出場した。 なお、それ以前ではNHKオリンピック中継テーマソング担当者が同年の紅白への出場を辞退したとされる事例がある(詳細は各回の「」の項を参照)。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ].

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2012 8月

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<体操男子団体・NHK刈屋富士雄アナウンサー~2004年アテネ五輪~> 体操ニッポンが、かつての輝きを取り戻したのは04年、アテネ大会だった。 60年ローマ大会から五輪5連覇の男子団体が、28年ぶりに金メダルを獲得。 NHKアナウンサー刈屋富士雄の「伸身の新月面が描く放物線は…」は、テレビ放送史に残る実況となった。 刈屋 今でも聞かれるのは「あの言葉は、いつ考えたんですか?」なんです。 もちろん、最初から考えていたわけじゃない。 いつと言われても分からない。 もともと「栄光」という言葉は頭になかった。 勝たなければ、金メダルじゃなければ使えないですから。 1位で通過した予選から中1日、決勝を前にして刈屋は悩んでいた。 予選1位だと、決勝では演技順が最後。 日本が最後の鉄棒を始める時は、他国は終わっている。 最終演技者の冨田の時には、ほぼ順位が決まっていることになる。 ただ、楽観的に「金メダルだ」とは思えなかった。 競技を熟知するからこそ、より考えることは多くなった。 刈屋 プレッシャーでしたね。 日本をどう評価するか。 正直、(優勝は)中国だろうと。 うまくいけば銀はあるけれど、ハム兄弟のアメリカも強い。 現実的にはルーマニア、韓国との銅メダル争いかなと。 時間を割いたのは、メダルを逃した時の評価です。 4位だと「復活」とは言えないけれど、3位との差が小さければ「復活間近」の評価はできるかなと考えました。 最初の床が終わった時点で7位になった日本だが、その後は好得点を連発して徐々に順位を上げる。 中国や米国などライバルのミスもあって、最終の鉄棒が始まる時点ではメダルがはっきりと見えていた。 刈屋 2人目の鹿島の得点が出た時に「復活への架け橋」という言葉が使えると思った。 直後に金メダルに必要な得点が8・962だと知って「栄光」という言葉が浮かんだ。 では、どこで金メダルが決まるか。 離れ技のコールマンが終わった時点で点数は9・6になる。 そこから着地で失敗しても大過失でマイナス0・5。 姿勢欠点があってもマイナス0・1。 つまり、金メダル確定はコールマンが成功した時なんです。 冨田がコールマンに入る直前、刈屋は「これさえ取れば」と叫んでいる。 そして「取った」と続ける。 鉄棒を「取った」の言葉の中には金メダルを「取った」の意味も込められていた。 本人も認める絶叫に近い声だった。 後は、演技する冨田同様に、どうフィニッシュを決めるかだった。 刈屋 考えたのは、金メダルを取ったことを日本にどう伝えるか。 1秒でも早く報告したかったし、着地をしちゃうと誰も僕の話なんか聞いてくれない。 考えていたのは「復活への架け橋」だったけど「復活どころじゃないぞ」と。 それで「栄光の架け橋」に変わった。 過去の栄光と未来、それをつなぐのが冨田の伸身の新月面だったんです。 ここで、予想外のことが起きた。 冨田のフィニッシュへの入りが、1回転多かったのだ。 急きょ「伸身の新月面」と「は栄光への架け橋だ」の間に「が描く放物線」を入れた。 仮に、冨田が着地で尻もちをついても、金メダルだった。 しかし、着地がピタリと決まったことで、言葉の輝きも増した。 日本チームの主将だった米田は振り返る。 米田 今でも、よく「ああ栄光への架け橋の」と言われます。 競技は忘れられても、言葉があるから覚えてもらえる。 刈屋さんは、すごく取材してくれたし、体操のこともよく分かってくれていた。 だからこそ、あのフレーズが出たんでしょう。 すごく思いのこもった言葉だと思います。 51歳の刈屋は過去8回五輪の取材をしている。 しかし、意外なことに金メダル実況は、この体操と06年トリノ冬季五輪の「オリンピックの女神は、荒川静香にキスをしました」の2回だけだという。 それでも、わずかな可能性にかけて準備するからこそ、日本人の心に残る言葉が出てくる。 刈屋 その言葉が残ろうが、残るまいが、スポーツアナウンサーとしての哲学は視聴者と現場を結ぶ、現場の空気感を伝えるということだけです。 言葉は不思議で、その瞬間に出たから伝わる。 1分ずれると伝わらない。 命があるんですかね。 ただ、事前の取材をしないと、言葉にたどりつくことは不可能なんです。 実は、この時には用意していた別の言葉があった。 冨田の得点が出た後の「体操ニッポン、日はまた昇りました」。 96年アトランタ五輪団体10位で、外国のコーチに「日本は沈んだ。 もう昇らない」と言われた悔しさから、いつか言おうと決めていたのだ。 そんな刈屋は、ロンドン五輪にも期待する。 「簡単ではないけれど、切り札がいますから」。 エース内村が再び「栄光の架け橋」を架けることを信じて。 早大時代は漕艇(ボート)部で活躍し、83年にNHKに入局する。 スポーツ中継の看板アナウンサーとして、主に大相撲、五輪などを担当。 昨年6月から解説委員を兼務する。 (2012年3月1日付日刊スポーツ紙面より) [2012年7月8日19時17分] 最新ニュース• 速報 [20日20:29]• 速報 [20日20:27]• 速報 [20日20:24]• 速報[20日19:26]• 速報 [20日19:17]• 速報[20日18:47]• 速報[20日18:42]• 速報[20日17:57]• 速報[20日17:55]• 速報[20日17:55]• 速報 [20日17:45]• 速報[20日17:38]• 速報 [20日12:50]• 速報 [19日21:46]• 速報[18日16:27]• 紙面 [18日10:04]• 紙面 [18日09:22]• 紙面 [18日09:21]• 紙面[18日08:48]• 紙面[18日06:58].

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実況「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だ」 蘇る名場面、名実況・・・思い出したい方はご覧ください※他名場面集・動画大量

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【世界の論点】コロナ対策 日本再評価 米紙「奇妙な成功」 香港紙「称賛すべき規範意識の高さ」 新型コロナウイルスの感染対策で日本は、2月のクルーズ船の隔離停泊以来、海外からの批判にさらされてきたが、最近、認識が改められつつある。 数字は雄弁で、日本の感染死亡率が突出して低いからだ。 日本の対応に懐疑的だった米外交誌はこれを「奇妙な成功」と評した。 香港メディアは、日本人の規範意識の高さが導いた結果と分析した。 だが、まだ気を緩める時ではないのは明白。 ウイルスとの闘いでの勝利は、なお先だ。 米外交誌フォーリン・ポリシー(FP)電子版は14日、この見出しの論評を掲載した。 論評は書き出しから刺激的だ。 「コロナウイルスとの闘いで、日本はすべて間違ったことをしてきたように思えた。 ウイルス検査を受けたのは人口の0. 国民の大多数も政府の対応に批判的である。 しかし、 死亡率は世界最低(水準)で、医療崩壊も起こさずに感染者数は減少している。 不可解だが、すべてが正しい方向に進んでいるように見えてしまう」 FPが日本の「成功」の論拠としているのは死者の少なさだ。 感染者数は、検査数が少ないのであてにならないが、死者数は確かな「指標」になるというわけである。 14日時点での人口100万人当たりの死者数は、日本が5人、米国が258人、スペインが584人、欧州での防疫の成功例として挙げられているドイツですら94人に上ると指摘。 日本の少なさは「ほとんど奇跡的」と評した。 無論、少ない検査数では感染が原因の死亡例も過少に算出される可能性があるが、FPは「(感染死者数が誤って算出され)肺炎など他の類似疾病の死者数が急増しているわけでもない」として、死者数の信憑性を強調した。 日本の死者が少ない理由としてFPは、『他人を思いやる気持ちが強い文化』『握手をしない風土』『衛生意識の高さ』などを挙げたが、これだけでは「数的に説明がつかない」と分析。 「単なる幸運なのか、政策が良いからなのか、見極めるのは難しい」とやや皮肉交じりに結論付けた。 感染者を出したクルーズ船が横浜港に停泊し、乗客乗員の2週間船内隔離が行われた際には「隔離は疫学的悪夢であり、過去に例を見ない失敗」(2月17日付米紙ニューヨーク・タイムズ)と酷評され、ウイルス検査の少なさについても「日本は本来あるべき数から、0が1つ足りない(桁違いに少ない)」(4月30日の英BBC放送)と指弾されるなど、海外からの日本批判が続出していたが、今や潮目が変わったようだ。 医療従事者の献身的奉仕が「奇跡」の一端を支えているのは明白であるが、一方で、日本人も気付いていない隠れた理由があるかもしれない。 最近、日本、韓国、インドなど結核予防ワクチン、BCGの接種義務がある国の死亡率が、接種習慣のない欧米諸国と比べて際立って低いことが注目されているが、因果関係は不明だ。 [香港 称賛すべき規範意識の高さ] 新型コロナウイルスの感染で目立つのは、アジア以外での急拡大だ。 米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると、世界の感染者数は最多の米国をはじめ欧米や南米の国が上位を占め、当初爆発的に感染が拡大した中国は10位にも入っていない。 香港のオンラインメディア、アジアタイムズは15~16日、「なぜ東アジアはコロナ対策で欧米に打ち勝ったのか」という記事を掲載した。 記事では「 新型コロナウイルスの流行で最も驚くべき特徴は、東アジアと欧米の間には大きな差があることだろう」とし、感染者数や死者数を比べれば「東アジアはウイルス管理において欧米より優れた結果を収めていることは明らかだ」と分析した。 東アジア地域の特性について記事は「 簡単に言えば、東アジア人は個人主義的な欧米人よりもルールに敏感であるという傾向がある。 抗議文化で知られる韓国でも暴力は稀だ」と指摘した。 香港でも昨年の「逃亡犯条例」改正案に端を発した抗議活動で、整然としたデモの様子が度々報じられた。 日本については「世界屈指の高齢者人口を抱えながら死亡率が低いことは特筆に値する」と評した。 イタリアの死亡率は日本の「約45倍」と指摘し、高齢者が介護施設ではなく在宅で生活している割合は両国ともほぼ同じという調査結果も紹介した。 「日本は検査数が少ないことで広く批判されてきた。 だが、世界で最もリスクの高い(高齢者)人口を抱え、高度な医療システムを持つ日本は、新型コロナの最も致命的な症状のひとつである肺炎の治療法を開拓してきた」と分析した。 さらに「日本のロックダウン(都市封鎖)は軽度」だが、「大規模な集会の禁止、マスク着用、手の消毒などの指示が広く守られている」とし、韓国とともに 社会的な規範意識の高さを称賛した。 こうした日本人の規範意識を称える声は別のメディアでもある。 シンガポールのオンラインメディア、マザーシップは9日の記事で、日本在住のシンガポール人男性の意見を取り上げ、「日本の対応はシンガポールほど効率的ではないと思うが、新型コロナの拡散を遅らせている」との声を紹介した。 シンガポールは4月7日から職場・学校の閉鎖措置「サーキットブレーカー」を導入し、厳格な外出制限を実施している。 男性は「(日本も)家にいることを義務化できればいいと思う」としつつ、「シンガポール人と比べ、 日本人は自身を律し、ルールを守る人が多い。 政府が法律で強制的に家に押し込める必要はないのかも」と解説した。 5月25日 産經新聞 社説 より 緊急事態宣言が発令されて4月14日から1日1回、更新してきました。 学校生活を送れない、部活を行えない、生徒に伝えられない、話が出来ない、顔を見られない、そんな気持ちから始めました。 内容は、主に新型コロナウイルス関連でしたが、こう見えて一応サッカー部顧問ですので時々サッカーの話題にも触れてきました。 一昨日、安倍晋三首相より緊急事態宣言が解除され、学校も再開できそうになりました。 そこで、更新頻度の緩和措置に入ります。 社会活動や経済活動、学校関係は段階的にということですが、ブログの更新は一気に緩めます。 ですので、従来の更新頻度に戻ります。 最後に、私の職場同僚のこのひと月の運動状況を載せて締めくくりたいと思います。 何処かの高校の先生も、来る学校再開に向けて学校近隣の土手を走って準備をしているようなことをHPに書かれていましたが…どこの学校の先生方もみなさん同じみたいです。 4月14日 (昼)8. 0km 5月 15日 (朝)8. 0km (夕方)10. 0km 4月15日 (昼)8. 0km 5月 16日 (朝)8. 0km (夕方)10. 0km 4月16日 (昼)8. 0km 5月 17日 (朝)8. 0km (夕方)8. 0km 4月17日 (昼)8. 0km 5月 18日 筋トレ実施 4月21日 (昼)8. 0km 5月 19日 (朝)8. 0km 4月23日 (昼)8. 0km 5月10日 (朝)8. 0km (夕方)8. 0km 4月25日 (朝)8. 0km 5月12日 筋トレ実施 4月26日 (朝)7. 0km 5月13日 (夕方)10. 0km 4月28日 (昼)5. 0km 5月14日 (夕方)7. 0km 4月29日 (朝)8. 0km (夕方)8. 0km 5月15日 (夕方)10. 0km 4月30日 (朝)8. 0km (夕方)9. 0km 5月22日 (夕方)8. 0km 5月 11日 (昼)9. 0km 5月23日 (夕方)11. 0km 5月 12日 (朝)8. 0km (夕方)9. 0km 5月24日 (夕方)7. 0km 5月 13日 (朝)8. 0km (夕方)3. 0km 5月25日 (夕方)10. 0km 5月 14日 (朝)8. 0km (夕方)9. 0km 43日間で合計294㎞ <緊急事態宣言を全面解除> 政府は25日夜、新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言を全面解除した。 継続中だった北海道と首都圏の東京、埼玉、千葉、神奈川の計5都道県を対象から外した。 安倍晋三首相は記者意見で、外出やイベントを含めたあらゆる社会活動を段階的に緩和する方針を示した。 「わずか1か月半で流行をほぼ収束させることができた」と強調。 再流行に備え、医療体制の充実に2兆円の予算を積み増すと説明した。 日本の感染症対策は新たな局面に入った。 5月25日 共同通信 より <1か月半でほぼ収束> 安倍晋三首相は25日、記者会見し、新型コロナウイルスが3月以降、欧米で爆発的に感染が拡大しており、「世界では今なお日々10万人を超える新規の感染者が確認され、2ヵ月以上にわたりロックダウンなど強制措置が行われる国もある」と指摘した。 そのうえで「わが国では緊急事態を宣言しても罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することはできない。 それでも、そうした日本ならではのやり方で、わずか1か月半で今回の流行をほぼ収束させることができた」と感染の封じ込めに一定程度以上成功したことを強調した。 「まさに日本モデルの力を示したと思う。 すべての国民のご協力、ここまで根気強く辛抱してくださったみなさまに心より感謝申し上げる」とも語った。 5月25日 共同通信 より <全国移動は6月19日からOK> 政府は25日、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の全面解除を受けて、社会経済活動を段階的に拡大する指針をまとめた。 外出や店舗営業、観光、イベント開催などについて、都道府県知事が域内の感染状況を見ながら約3週間ごとに基準を見直し、6月19日から全国での都道府県をまたぐ移動やプロスポーツの無観客試合などを容認する。 指針では、都道府県をまたぐ移動は6月1日から容認するが、5月25日に解除された東京、神奈川、埼玉、千葉の4都県や北海道との往来は6月18日まで控えるよう求めた。 観光は都道府県内なら5月25日、都道府県外へは6月19日から徐々に再開し、8月1日からの全面再開を目指す。 5月25日 毎日新聞 より 昨夕の首相記者会見後、20時から西村経済再生担当大臣が会見を行いましたが御覧になりましたか。 テレビ中継はやっていなかったと思いますが、各社インターネット配信をライブでやっていました。 諮問委員会の尾身茂会長と緊急事態宣言の解除を決定した理由についてグラフや表を用いて詳しく解説と今後の社会活動の段階的緩和の指針について述べられていました。 『 新しい生活様式を定着していくことが大事。 マスクの着用、消毒、換気、人との距離を離すことは基本的なことです。 』 『 戦後最大の危機という表現も使いました。 日本は戦後、焼け野原でゼロからのスタートだった。 何もなくなったところから立ち上がった。 それ以降では日本が初めて経験する最も厳しい状況にあるんだと。 しかしながら、戦後の復興時には何もなかったわけです。 インフラがすべて壊され、ゼロからの復興であったわけですけれども、今回、建物や工場、何かインフラが壊されているわけではありません。 見えないウイルスが原因であります。 原因がはっきりしていますので、これから経済活動、社会活動を段階的に引き上げていく中で、適切なタイミングで適切な政策を討てば、 必ず日本経済は復活できるという確信を持っています。 (中略)しかし、ここまでこれたのは、私は様々な医療体制とか、CTの普及の多さとか様々あります。 でも、私自身はやはり、 日本人の意識の高さ(良識)、 自制心、 連帯意識、こういったものの成果だと考えています。 』 会見の内容を詳しくご覧になりたい方は、動画を載せておきますのでご覧ください。 大臣からのまとめのメッセージは、20分あたりから約10分程度です。 昨日まですべてを報道はされていませんが西村大臣は、緊急事態宣言が出されてから毎日記者会見を開かれていたのを知っていましたか。 会見が出来なかったのは議会が延びてしまったことによる1日だけだったそうです。 私には、政治のことはよく分かりませんが、この会見の西村大臣の様子を見ると、私も出来ることから協力をしたいと思えました。 言葉も非常に大切ですが、どんな時でも顔を見るというのは、大きな力になるのだと思います。 【西村経済再生担当大臣 5月25日 記者会見】 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ 本日25日、北海道、東京、埼玉、神奈川、千葉の5都道県の緊急事態宣言が全面解除される予定です。 今更ですが、「 緊急事態宣言」とはどういう事だったでしょうか?宣言が「 解除」されたら、すべてが通常に戻るのでしょうか? 緊急事態宣言とは、新型インフルエンザ等特別措置法によって国家の存続を揺るがしかねない有事の際に内閣総理大臣が発令します。 宣言が発令されると、対象の都道府県知事は、 法的な効力をもって以下の3点を行うことが出来るようになります。 つまり、 「強制力」がなくなるということです。 職種や店舗によっては、非常に大きな意味を持つことです。 学校にとっても宣言が解かれるというのは、再開や登校の目途が立ちますので大きなことなのです。 ですが、日常生活はどうでしょうか。 緊急事態宣言が解除されると、人との接触も もう大丈夫なのでしょうか。 大勢の人が一堂に集まって活動しても もう大丈夫なのでしょうか。 暑いからと窓を閉め切って冷房を効かせた部屋に複数人で何時間も居座ってても もう大丈夫なのでしょうか。 これまで、このブログを読み続けてくれた人なら分かりますよね。 今日、初めてブログを読まれた人は、もしも時間が許すのであれば、 62 『人との接触を8割減らす「10のポイント」』、 79 『家庭での対策 今こそ再点検』、 82 『宣言解除後の防止策』を是非読んでみてください。 22日、小池都知事は会見で現在の状況を「ステップ0」として、外出自粛や休業要請等の緩和措置の内容を「ステップ1~3」に分けて提示したうえで『もし25日に緊急事態宣言が解除という決定になれば、ステップ1に進むのは26日午前0時ということになろうかと思う。 25日の判断次第になるが、そういうタイムスケジュールで考えている』と述べられていました。 東京都では、今後以下のように段階的に緩和が進んでいきそうです。 分散登校や時差通学を活用しながら徐々に実施し、 6月22日(1か月後)から通常の学校運営に移行する計画だ。 市町村立の小中学校や高校に関しても、同様の対応をとるよう各教育委員会に要請する。 県が示したスケジュールによると、6月1日~7日を「登校馴らし期間」に位置づけ、期間中に1回の登校日を設ける。 8~21日は「通常登校移行期間」として登校日を1週間当たり2~5回に増し、22日には通常の登校を再開する。 部活動は通常登校再開までは休止する。 休校で生じた学習の遅れは夏休みを短縮することなどで補う。 特別支援学校については、それぞれの学校の実情を踏まえて実施するとした。 再開後も、感染対策は継続し、マスクの着用や換気を徹底するほか、各家庭で児童生徒の体温などを「健康観察カード」に記入してもらい、学校側と健康情報を共有する仕組みを作る。 感染リスクの高い音楽の歌唱や近距離での運動は当面禁止する。 5月22日 産經新聞 記事より <埼玉県、6月1日にも学校再開 感染減続けば、夏休み8月1~24日> 埼玉県の大野元裕知事は22日記者会見し、休業が続いてる学校の再開について「(新型コロナウイルス)新規感染者数が5月10日以降1桁台で推移し、19日には0人になるなど減少してきている。 この傾向が継続することを前提に6月1日から分散登校や時差通学を活用しながら段階的に学校を再開する」と述べた。 再開からしばらくは分散登校を行う予定。 初め週はならし期間として週1日の登校とし、馴らし期間とする。 その後、週2~5日へと徐々に増やしながら通常登校へと移行し、「再開から3週間で通常登校にしたい」と語った。 部活動の再開は通常登校が始まってから。 夏休みは原則として8月1日から8月24日までとする。 県南部と北部では感染状況や通学状況(近所から通う生徒が多いか、遠方から通う生徒が多いか)が異なり、「今後の感染動向を踏まえて柔軟に対応する」とした。 特別支援学校も各学校の実情に合わせて再開していくという。 いずれの学校も、徹底した感染防止対策を講じていく、と説明した。 5月22日 THE PAGE より 【外出自粛等の解除の検討の目安について(記者会見資料より)】 【通常登校までの考え方(埼玉県会議資料より)】 政府は、北海道、東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県の5都道県の緊急事態宣言を25日に全面解除する方針を固めたそうです。 臨時休校中に与えられた課題は、もうすべて終わっていますか?新入生は、体育着等の準備も整えてありますか?classroomにはログインしましたか? classroomに入らないと動画課題は見られません 3か月間伸びきった頭髪もサッパリしてありますか?6月から更衣になりますが夏服の準備もできていますか?学校生活の開始に向けて規則正しい生活を送れていますか?スタートから躓いて出遅れないように。 順当に行けば、あと8日後に「始動」です。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ 【現在の明治神宮の大鳥居(第二鳥居)】木造の明神鳥居では国内最大 今日はコロナウイルス関連のことではありません。 台湾の記事を載せさせてもらったところ、偶然にも掲載されていましたので… <100年の森> ~明治神宮物語~ 日本と台湾を結ぶ大鳥居 明治神宮から約30キロ離れた、さいたま市大宮区の武蔵一宮氷川神社参道入り口に、朱色の大鳥居が建っている。 この鳥居は、元は明治神宮の大鳥居(第二鳥居)だった。 大正9年の創建時に完成し、多くの参拝者を迎えてきたが、昭和41年に落雷により北側の柱が破損。 新しい鳥居が奉納された翌年の51年、氷川神社に寄贈された。 明治神宮では白木だったが、氷川神社では他の鳥居に合わせて朱色に塗られている。 この氷川神社は、明治天皇が東京に入って2週間後に行幸されるなど、皇室と縁が深いことで知られている。 また、引っ越してきた鳥居とともに生まれた縁もある。 「台湾の方が見えて『これが台湾のヒノキでできた鳥居ですか』と喜んで行かれるんです。 寄贈して頂いてよかったと思っています。 」そう話すのは権禰宜(ごんねぎ:神職の職階のひとつ)の遠藤胤也 59 さんだ。 明治神宮の8つの鳥居は、創建時はすべて台湾ヒノキを用いていた。 [用材は総数38本、材積尺締1384本、総て台湾総督府の進献にして、其最も長大なるものは長さ55尺 (約17m)、樹齢1284年に達し(中略)、新高山の西腹より伐採せしと云ふ](明治神宮造営誌) 本殿に近い第三鳥居の建て替えなどを手掛けた清水建設の寺社・文化財担当の小橋孝吉さん 70 は「当時の日本にも直径1mを超えるヒノキがあったかもしれないが、台湾ヒノキは地上1500mの高山にあるため寒さで年輪の成長が遅く、強度が高い。 雨や霧が多く菌類が木を攻めるため、木は自分を守るために油分を蓄えて成長し、そのため耐久性も高い」と説明する。 南参道と北参道が出会う場所にある第2鳥居は、高さ12m、幅17. 1m、柱の太さは直径1. 2mで、『木造の明神鳥居としては日本一の大きさ』とされる。 建て替え後の昭和50年12月23日に行われた「くぐり初め」で、奉納した東京都世田谷区の木材商、川島康資さん 当時72 は「感無量の面持ち」で鳥居を見上げたと本紙は伝えている。 実は代わりのヒノキは国内では見つからず、川島さんは台湾に足を運び、丹大山(3300m)で巨大なヒノキを発見。 地元の木材商などが運搬用のトレーラーと道路を新たに作るなど全面的に協力してくれたという。 平成26年9月放送のインターネット番組「日本文化チャンネル桜 台湾チャンネル~日台交流頻道」は、この経緯を当時存命だった関係者らに取材して報じ、視聴した台湾の人々が明治神宮や冒頭の氷川神社を訪れるなどの反響を呼んだ。 番組で取材した台湾研究フォーラム会長、永山英樹さん 58 は「伐採に協力した孫海さんという木材商は、丹大山に寺を建て、伐採した樹木を供養していると聞いた」と話し、こう続ける。 「木の命を大切にして森を守るという同じ感性を、日本と台湾の人は持っているのではないでしょうか」 明治神宮の8つの鳥居は順次、建て替えや修復が行われている。 台湾材の輸出が禁止されたこともあり、第三鳥居は国産材が使われ、今後建て替えられる第一鳥居も奈良・吉野スギなどで一新される予定だ。 前出の小橋さんによると、氷川神社の鳥居のように、東玉垣鳥居と西玉垣鳥居は福島市の福島稲荷神社で使われている。 第三鳥居の建て替えで生じた部材は、近年の社殿修理の際、ご神体が遷る仮殿の造営に生かされたという。 鳥居の木々は、姿や場所を変えながら、創建時からの100年の歴史と記憶とともに生き続けている。 5月22日 産經新聞 コラムより 【明治神宮から移設された武蔵一宮氷川神社の大鳥居】 台湾とこんな歴史的繋がりがあったことをご存知でしたか?大宮氷川神社の大鳥居が、明治神宮から移設されたものだったことは、埼玉県民なら当然知っていましたよね。 みなさんも、別の用事で時々近くまで行きますよね。 この機会に8つの鳥居すべてを見学してみるのもいいかもしれません。 私たち日本人の心の中には、『 木の命を大切にして、杜を愛する感性』が脈々と受け継がれているはずですから。 【日本一の大鳥居までの地図】 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ < WHOと中国 異様な影響力を排除せよ> 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)のさなか、世界保健機関(WHO)の総会がテレビ会議方式で開かれた。 浮かび上がったのは、新型コロナウイルスの発生国である中国がなんら反省点も表明せずに、我が物顔で振舞うことを許すWHOのおかしさである。 これでは国際社会は結束してパンデミックに対応できない。 中国の異様な影響力を取り除き、国連の専門機関として公正な姿を取り戻す改革が必要だ。 日米など多くの国が台湾のオブザーバー参加を求めたが、WHOは中国の圧力に屈し認めなかった。 中国の隣に位置しながら世界で最もうまく新型コロナウイルスを封じ込めてきた台湾の参加は今こそ必要だ。 認めなかったのは、人類の命と健康よりも「台湾封じ込め」を優先する中国の政治的立場にWHOがくみしたことを意味する。 中国の習近平国家主席は演説で新型ウイルスでWHOが「重大な貢献」をしたと称えた。 自国については「終始一貫してオープンで透明性があった」と述べ、今後2年間でウイルス対策へ20億ドルを拠出すると表明した。 米国のアザー厚生長官は「世界が必要としていた情報の(中国からの)入手にWHOが失敗したことが、感染が抑制不能になった主要原因だ」と述べ、中国とWHOの初期対応を批判した。 説得力ある指摘である。 中国は今も武漢への独立した国際調査団を認めていない。 初動の実態を詳らか(つまびらか)にしなければ、今と将来のパンデミックに対処できない。 欧州連合(EU)や日本、オーストラリアなどが総会へ提出した決議は、WHOなどの初期対応に問題がなかったか、「独立した検証」を早期に行うよう求めた。 テドロス事務局長は総会でこれに応じる態度を示した。 だが、習氏は演説で「(新型ウイルスの)抑制後」にWHOが主導して検証するよう唱えた。 先送り論であり、中国が決議に賛成したと言っても意味ある検証は難しい。 トランプ大統領はテドロス氏への公開書簡で中国寄りの姿勢を批判し、30日以内に改善できなければ資金拠出を恒久的に停止し、脱退も検討すると通告した。 日本など先進7か国(G7)、オーストラリアなど各国も、台湾加盟やテドロス氏辞任を含む抜本改革を強く迫っていくべきだ。 5月20日 産經新聞 主張 より < 「武漢ウイルス」から露見した「中国の真相」 日本の皆様へ 台湾から伝えたいこと> 昨年12月、中国より拡大した「武漢ウイルス」は約187国・地域に広がり、感染者は480万人を超えて、31万人以上の命が奪われました(数字は5月19日時点)。 これほどの人的被害の発生は、第2次世界大戦以降で初めてです。 最大規模の「人為的ミス」による災難と言えます。 中国と最短で幅約130キロの海峡を隔てたところに位置する台湾も大きな被害は免れ得ないところでした。 ただ、蔡英文政権が迅速な対応策を取ったことで、感染拡大の抑え込みに全体としては成功しています。 蔡政権の初期段階の施策としては、1月22日に中国疫区との往来を禁止し、台湾入境者全員に14日間の強制隔離を厳格実行することを決めました。 マスク対策では、行政院(内閣)が24日に輸出停止を表明する一方、国内生産を企業に促して増産し、政府が全面的に管理下に置くことで国内6千か所の健康保険特約薬局で平等に購入できるシステムを構築しました。 背景には複雑な経緯がありました。 親中路線の国民党の馬英九前政権は2014年に中台が一段と市場開放を進める「サービス貿易協定」締結を中国と進めてきました。 対中急接近に危機感を強めた学生らは、同協定締結について審議中の立法院(国会)を占拠する「ヒマワリ運動」を起こし、締結阻止につなげました。 仮に締結されていれば、中国全土からさまざまな業種の中国人が大量に台湾に押しかけていた恐れがありました。 ただ、中国は同協定締結が阻止されたことに不満を強めました。 さらに、台湾独立志向の民主進歩党(民進党)が16年の総統選と立法委員(国会議員)選で勝利して再び与党になりました。 これに対しても中国は強く反発しました。 中国は圧力強化の一環として、台湾を訪れる観光客を制限し、昨年8月から中国から台湾への個人観光旅行を全面的に停止しました。 これらが台湾を訪れる中国人が激減した理由です。 思い起こせば、サービス貿易協定を阻止しようと 懸命に抵抗した若者たちの勇気ある行動こそが、「武漢ウイルス」による台湾での被害を最小限に抑えられたきっかけだったと言えます。 さらに、世界中がウイルス対策で躍起になっている最中に、台湾周辺に頻繁に軍用機と軍艦を派遣し、台湾の領空と領海を侵犯してきました。 これらの動きは、台湾国民の対中嫌悪感を高める一方です。 中国は3月末から「国際親善援助」として欧米や南米諸国などにマスクや医療資材を送りました。 各国から賞賛を期待しつつ、災害便乗商法も同時に推進しています。 しかし、スペインでは中国企業から購入した検査キットが不良品だと判明して5万8千個が返品となったり、オランダでも中国製マスクを回収、トルコでも検査キットの欠陥が見つかったりするなど中国製から多くの不良品が見つかりました。 このような非道徳的行為に対し、責任感と正確な判断力を有する各国政担当者が中国に好印象を抱くはずがありません。 「武漢ウイルス」の感染拡大に対し、米政府の関係筋は「第1級殺人に相当する」と指摘した上で、中国に対して欧州人権裁判所に提訴するなどの法的措置を取ることを検討していると発表しました。 ブラジルも「(中国が)ウイルスの中心地」と非難しています。 国際司法裁判所、全インド弁護士会も賠償請求に向け、国連に調査提案を提出しました。 さらにイギリス外交シンクタンク「ヘンリー・ジャンクソン協会」も損害賠償請求報告書を作成しています。 感染拡大が一定程度落ち着いた後、次々と中国を相手取った損害賠償の請求が始まるとみられます。 しかし、台湾に対する姑息な振る舞いからは大国としての器量は全く感じられません。 中国は世界各国の大総領事館に駐在している外交官を総動員するとともに、共産党が指導する「サイバー軍」を活用して、台湾への友好的な言論に対して激しい中傷誹謗、さらには恐喝などの攻撃を続けています。 サイバー軍は、国内外の世論を中国の主張に沿うように誘導することを狙っています。 台湾の陳時中衛生福利部長(衛生相)は今年1月20日に発足した中央感染症指揮センター対策本部のトップを兼任して以降、毎日欠かさず記者会見を開いて、感染を巡る最新情報や対策について丁寧に説明しています。 陳部長の真摯な姿勢に対して、国民は熱い信頼を寄せ、人気は極めて高くなっています。 しかし、中国は台湾に留学に来ている中国学生らを使ってネット上に「ナイフを磨きながら(いずれ)殺す」と書き込み、陳部長を脅迫しました。 台湾の警政署(警察庁)の調査によると、複数の中国人留学生が関与していたとされます。 中国による台湾世論の攪乱を狙った浸透工作を裏付けました。 1月時点でマスク生産能力は日産188万枚でしたが、現在は日産1500万枚に達しています。 そのため、欧州連合(EU)に700万枚、米国に200万枚、日本に200万枚、台湾と外交官関係を結ぶ友好国に100万枚を贈呈しました。 また、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏や著名歌手のバーブラ・ストライサンド氏らからも台湾に対する熱い賛辞が寄せられています。 「グローバル化」は過度に美化され、支持する人たちは資本、金融、投資のグローバル化の長所しか見てこなかったと思います。 一方、「反グローバリゼーション」を主張する人たちは、批判の対象を階級社会の二極化や地球環破壊といった分野に集中していました。 「グローバル化に伴う感染症の拡大」という副作用は、全く研究されていません。 今回の世界規模の感染拡大は、まさに今、世界に警鐘を鳴らしています。 今後の社会科学の視点や世界の人々の見方を変えるきっかけとなるのは間違いありません。 さらに、世界金融株式市場の脆弱さ、人類の命の安全にかかわるグローバル化がもたらしたリスクについても、改めて考え直さなければならないと思います。 まず、台湾です。 蔡英文政権が的確に対応できた根本的な理由は、民主主義の価値を堅持しつつ 専門知識を最大限活用し、政権が強いリーダーシップを発揮したためです。 そして、 台湾国民の根気強さと、他者を思いやる優しい心が台湾を支える最強の力となっています。 そうした中、台湾で民主主義のメリットを受けながら、中国共産党の顔色をうかがいつつ片棒を担ごうとする親中政党は極めて残念な存在です。 次に、中国です。 感染拡大に対する責任を反省することなく、ウイルスが人工的につくられたとの指摘に対しても説明をしていません。 このような中国政府に洗脳された中国人は、グローバル化に伴い、民主主義などの価値観を掲げる西側社会に接する機会を得られているにもかかわらず、簡単には一党独裁の中国共産党への盲信から抜け出せないことが明らかになりました。 WHOに加盟できていないため、世界各国に通報されている情報を受け取ることができません。 台湾は厳しい現実をかみしめつつ、懸命に自力で国民の健康を守ってきました。 中国による絶え間ない嫌がらせにより、さまざまな局面で国際社会から排除されるという理不尽な目に遭ってきました。 しかし、今回の世界的危機に当たり、台湾は世界に対する人道的支援活動を展開しています。 台湾国民の大多数は微力ながら、国際貢献に尽くしていきたいと願っています。 日本とも今後さらなる信頼関係を築き、多くの国際事業で手を携えていくことができればと願っています。 5月19日 47NEWS 簫新煌(しょうしんこう)氏 より 89に掲載した鈴木達治郎氏の言葉と簫氏の言葉は、重なる点が多いなと感じるのは、私だけでしょうか。 < 「夏の甲子園」の中止決定 戦後初> 日本高校野球連盟は20日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で8月10日に開幕予定だった第102回全国高校野球選手権大会について、地方大会も含めて中止することを決めた。 大会の中止は戦後初。 今春の第92回選抜高校野球大会も史上初めて中止となっている。 また、今夏の全国高校軟式野球選手権大会も史上初の中止が決定した。 日本高野連は、感染防止対策として、無観客開催や開会式を行わないことなども検討したとしたうえで「開催期間が2週間以上に及ぶこと、代表校が全都道府県から長時間かけて移動することなどを考慮すると、感染と拡散のリスクが避けられない」と理由を説明。 地方大会についても、休校や部活動停止などが長時間に及んでいることを挙げ、十分な練習を積めていないことによるけがのリスクや学業の支障になりかねないことから実施は困難と判断した。 大会は、全国中等学校優勝野球大会として1915年に始まった。 夏の大会の中止は米騒動があった18年の第4回大会と、戦争の影響を受けた41年の第27回大会の2回あり、今回で3回目。 42~45年は戦争の影響で中断された。 全32校の出場が決まっていた今春の選抜大会は一時無観客開催も視野に入れたが、開幕8日前の3月11日に感染拡大の収束が見通せないとして中止を決定した。 5月20日 毎日新聞 ONLINEより <夏の甲子園の中止を決定 高野連、コロナ禍で開催断念 > 日本高野連(八田英二会長)が新型コロナウイルスの感染拡大を受け、甲子園球場(兵庫県西宮市)で8月10日に開幕予定だった第102回全国選手権大会の中止を決めたことが20日、関係者への取材で分かった。 この日正午からオンライン形式で大会の運営委員会を開いて決定した。 続いて行われる理事会で正式決定する。 今春の選抜大会も史上初めて中止されており、甲子園大会が春夏とも開かれないのは戦時中を除けば初めて。 全国の新規感染者数は大幅な減少傾向にあるが、大会には全国からの生徒の移動や宿舎での長期間の集団生活が避けられず、感染リスクが高いことが開催断念の大きな要因になったとみられる。 また、政府の緊急事態宣言を受けて部活動を再開できる時期が不透明な地域もあり、49代表校を決める地方大会を選手権大会開幕までに全て終えるのは難しい状況になっていた。 今夏に開催予定だった東京五輪・パラリンピックが1年延期されるなど、コロナ禍の影響は多くのスポーツイベントに及んでいる。 高校スポーツでは今春の選抜大会のほか、選手権大会と同時期に東北から九州の21府県で分散開催する予定だった全国高校総合体育大会(インターハイ)も4月26日に中止が決まっていた。 大正4(1915)年から100年を超える歴史をもつ大会は、戦時中の昭和17~20年の中断のほか、米騒動が起きた大正7(1918)年の第4回大会と、先の大戦の戦局が悪化した昭和16年の第27回大会が中止されたことがある。 5月20日 産經新聞 THE SANKEI NEWSより <夏の甲子園大会は中止 代表49校を決める地方大会も > 全国高校野球選手権大会を主催する朝日新聞社と日本高校野球連盟は20日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今夏の第102回全国選手権大会と、代表49校を決める地方大会の中止を発表した。 この日オンラインで開かれた運営委員会で決定し、日本高野連の理事会で承認された。 全国大会の中止は、米騒動があった1918(大正7)年の第4回大会、戦争の影響を受けた41(昭和16)年の第27回大会に続き、3度目。 42~45年は戦争のため中断していた。 記者会見で、大会会長の渡辺雅隆・朝日新聞社社長は「最後の夏を迎える3年生のためにも集大成の場になる試合を設けられないか、ぎりぎりまで検討したが感染拡大防止の取り組みが長期化し、第2波、第3波を指摘する専門家もいる。 安全を最優先に考えた判断だった」と話した。 日本高野連の八田英二会長は「高校野球を教育の一環とする限り、球児の心身の健全な発育と安全の確保は最優先課題。 残念ながら、中止という選択をせざるを得なかった。 本当に悔しい思いだ」と語った。 運営委員では、感染症に詳しい専門家の助言をもとに、全国大会で感染リスクを高める「3密」(密閉・密集・密室)を避ける対策を検討。 試合を無観客開催にし、組み合わせ抽選会や開会式の取りやめなどを想定してきた。 しかし、代表校の長時間移動や集団での宿泊などを考慮すると、感染と拡散のリスクを避けられないと判断した。 また、選手権大会は全国大会と地方大会で構成されるひとつの大会で、感染拡大の影響で49代表がそろわない可能性もあった。 地方大会については、政府の緊急事態宣言は14日に39県で解除されたものの、全国的に休校や部活動の停止が長期化。 練習が十分でない選手の安全と健康を守ることが難しい。 また、夏休みの短縮で登校日を増やす動きがあるなか、大会の開催は学業の支障になりかねないと判断した。 これらを踏まえ、全国大会および地方大会の中止を決めた。 大会回数は第102回として数え、来年の大会は第103回となる。 高校野球では感染拡大の影響で、3月の第92回選抜高校野球大会が中止に。 春季大会は全国9つの地区大会すべてと46の都道府県大会が開幕前に取りやめとなり、全国で唯一実施された沖縄県大会は無観客で開催したものの、準決勝以降が打ち切りとなっていた。 また、日本高野連は8月に兵庫県明石市などで開かれる予定だった第65回全国軟式野球選手権大会と代表16校を決める地方大会、府県大会の中止も発表した。 全国軟式選手権の中止は初めて。 5月20日 朝日新聞DIGITAL より 【 夏の甲子園大会 記憶に残る名勝負5戦】 1. 1998年 準々決勝 横浜高校(神奈川) vs PL学園(大阪)《 延長17回の死闘》 1998年の高校野球界の話題をさらったのは、横浜高校の「松坂大輔」だった。 圧倒的なピッチングで春の選抜大会で優勝した後の夏の全国選手権大会、準々決勝でPL学園と対戦する。 当時の横浜高校は、松坂に支えられ、公式戦44戦無敗の金字塔を打ち立てたチーム。 彼を最も苦しめたのがPL学園だった。 序盤で3点を先制して試合を優位に進めていく。 しかし、そこは最強ピッチャーとうたわれた松坂。 失点を重ねるも要所は締めるピッチング。 延長戦に突入してからも味方の援護もあり、15回裏を終えて6-6。 16回表に執念で横浜が勝ち越すも、その裏にPL学園が再び追いついて7-7。 17回表に2点を奪い横浜が突き放す。 その裏、最後の打者を松坂が三振に仕留めてようやくゲームセットを迎えた。 試合時間337分、松坂の投球数は250球を超えていた。 この試合を機に、延長に関する規定が見直され、延長戦はそれまでの18回から15回までという変更がなされることになった。 2. 2007年 決 勝 佐賀北高校(佐賀) vs 広陵高校(広島)《 がばい旋風》 2007年の決勝は、ドラマティックな幕切れが待っていた。 広陵の久保投手の好投もあり、佐賀北は7回までに打ったヒットがわずか1安打のみと完璧に抑えられていた。 一方で広陵に4点を奪われる苦しい展開。 しかし、転機は8回に訪れた。 久保投手が前触れもなく制球を乱し、1死満塁のチャンスを迎えたのだ。 続くバッターが押し出し四球を選び1点を返す。 追撃ムードの佐賀北は、この満塁のチャンスでなんと続くバッターが打ったボールは風に乗り見事にスタンドイン。 逆転満塁ホームランとなり、あっという間にスコアをひっくり返し5-4。 そのまま反撃を許さず、初の全国制覇を達成したのだ。 開幕戦に登場し、初戦がなんと延長15回引き分け再試合。 再試合でも延長戦を制して延長サヨナラ勝ち、2回戦に進出し、そして劇的な決勝。 数々の熱戦を演じ、この大会を大きく盛り上げた。 当時流行した「佐賀のがばいばあちゃん」になぞらえ「がばい旋風」と呼ばれる旋風を巻き起こした伝説のチームだ。 3. 2006年 決 勝 早稲田実業高校(東京) vs 駒大苫小牧高校(北海道)《 ハンカチ王子》 2006年の甲子園をわかせたのは、早稲田実業の「斎藤佑樹」投手。 ポケットに汗を拭うハンカチを仕込ませていたため「ハンカチ王子」というあだ名が付いていた。 駒大苫小牧の田中将大(現ヤンキース)との壮絶な投げ合いを演じたのが今大会決勝だった。 1-1のまま双方譲らず延長15回で引き分け再試合が決定。 翌日の再試合。 前日の疲労を考慮して駒大苫小牧は田中将大を温存するも、初回に1点を失ったところですぐにマウンドに上がる。 一方の斎藤佑樹投手は先発としてマウンドに立ち、執念で投げ続けた。 試合は早稲田実業が4-1でリードしたまま終盤に突入。 駒大苫小牧にとって最後の攻撃となる9回表にドラマが待っていた。 ホームランで2点を奪い1点差に迫ったのだ。 2アウトとなり最後のバッターは田中将大。 鬼気迫る表情でバッターボックスに立った田中だったが、最後は齋藤投手が三振に仕留めてゲームセットを迎えた。 2日間に及ぶ見応えのある投手戦に、満員のスタンドからは万雷の拍手が響いていた。 4. 2009年 決 勝 中京大中京高校(愛知) vs 日本文理高校(新潟)《 野球は9回2アウトから》 『野球は9回2アウトから』という言葉は、「諦めない精神の象徴」とも言える野球界の金言だ。 2009年の決勝戦はこの言葉の大切さをかみしめた一戦となった。 中京大中京高校打率5割超のエース・堂林を中心に得点を量産。 対する日本文理も抵抗を見せるも追いつくには至らず、10-4と6点リードを許したままで最終回に突入する。 すぐに2アウトを奪われ崖っぷちに立たされた日本文理。 しかし、ここから奇跡が始まる。 四球からの2連打で10-6。 続く打者に死球を与えたところで中京大中京は投手交代を決断。 しかし、重圧に耐えられず最初の打者に四球を与えると、続くエース・伊藤が2点タイムリーを放ち10-8。 いよいよあと2点差にまで迫る。 球場全体の異様な盛り上がりに完全に呑まれた中京大中京ナインは立て直しができず、代打の石塚選手にタイムリーヒットを打たれ、スコアは10-9に。 スタンドもミラクルを期待するが、最後の打者の強烈なライナーは三塁手のグラブに収まりゲームセット。 あと一歩及ばなかったが、奇跡を見た一戦となった。 5. 2006年 準々決勝 智辯和歌山高校(和歌山) vs 帝京高校(東京)《 史上稀にみる乱打戦》 夏の甲子園史上稀に見る乱打戦となったのがこの試合だ。 両チーム合わせて7本のホームランが飛び出す、派手な試合展開になった。 7回を終えた時点で4本のホームランで帝京を攻略していた智弁和歌山が8-2で6点リードを奪っていた。 追いすがる帝京は、8回表に2ランホームランでスコアは8-4に。 続く9回表、2アウト1&2塁から4連打で3点を奪い1点差に詰め寄ると続く打者がタイムリーを放ち、ついに同点。 後続打者は3ランホームランで逆転に成功する。 6連打で8点を奪い逆転した帝京は8-12で9回裏を迎える。 しかし、代役の投手がおらず、外野手がマウンドに上がらざるを得なかった帝京。 連続四球でいきなりのピンチを背負うと、続く打者が打ったボールはスタンドイン。 3ランホームランでスコアを11-12にまで戻し1点差に迫る。 ここからまた四球と死球で2人が出塁。 この後、さらに出塁を許し1アウト満塁。 交代投手がいない帝京、イニングの途中では立て直しが効かず、最後は押し出し四球で13-12。 意外な形で乱打戦に終止符が打たれた。 今年の夏は、高校生たちの夢を追うあの眩しい姿が見られないのか・・・。 「栄冠は君に輝く」 作曲:古関裕而 作詞:加賀大介 雲は湧き 光あふれて 天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ 若人よ いざ まなじりは 歓呼に答え いさぎよし 微笑む希望 ああ 栄冠は 君に輝く 風を打ち 大地を蹴りて 悔ゆるなき 白熱の力ぞ技ぞ 若人よ いざ 一球に 一打に賭けて 青春の 讃歌を綴れ ああ 栄冠は 君に輝く 空を切る 球の命に 通うもの 美しく匂える健康 若人よ いざ 緑濃き 棕櫚(しゅろ)の葉かざす 感激を 目蓋(まぶた)に描け ああ 栄冠は 君に輝く 作曲した古関裕而は、他にも「ドラゴンズの歌(青雲たかく)」「阪神タイガースの歌(六甲おろし)」「巨人軍の歌(闘魂こめて)」「オリンピックマーチ」など数多くの応援歌、行進曲の作曲も手掛けている。 偶然にも、今年1月に行われた全国高校サッカー選手権大会決勝戦のカードだった静岡学園高校と青森山田高校の校歌の作曲者でもある。 作詞した加賀大介は、生前一度も甲子園球場を訪れなかったのは有名な話。 以下「知られざる『全国高校野球大会歌』誕生秘話」より引用。 1948年、甲子園は30回大会を迎えるにあたり、大会歌を新聞紙面で募集した。 作曲は、阪神タイガースの「六甲おろし」早稲田大学の応援歌「紺碧の空」などを作曲した古関裕而。 賞金は5万円、当時の甲子園の給与の10倍以上であった。 5252編の応募の中から選ばれたのは加賀道子、女性であることが新しい時代を感じさせ、採択の理由のひとつであった。 当時、金沢市の郵便局員だった彼女のもとには取材が殺到した。 作詞者として甲子園への招待は事あるごとに届いたが、頑なに断り続けていた。 50回の記念大会を控えた1968年2月、道子は取材を通じて真実を告白する。 本当の作詞者は夫であると。 「栄冠は君に輝く」の作詞者を妻の名で応募したのは、賞金稼ぎだと思われることを嫌ったためであった。 加賀大介は、仕事仲間との野球を楽しんでいた最中の怪我が原因で、片足を切断する手術を受けた。 まだ、麻酔の技術も発達していない当時、早慶戦をラジオで聞いて、痛みを忘れようとした。 それほどの野球好きだった。 野球ができない体になった後、文学賞をとって東京に行くという目標をもった。 それが文学を志した加賀大介にとっての甲子園に値する、人生をかけて追い求めたことであった。 しかし、当の本人には稼ぎはほとんどない、自宅にずっといるのだが、子育ても家事もまったくしない、不器用で頑固な性格で、文学のみにすべての情熱を注ぐ。 ペンネームだった「加賀大介」を自身の本名に改名するほどだ。 もちろん、その変更をいやいやながら、すべてを手伝ったのは道子。 被害を受けたのは二人の子供たち、名字が一夜にして変わったのである。 作詞者であることが公開された後、甲子園からは記念大会のたびに招待が届いたが、一度たりとも足を運ばなかった。 それどころか、生前、娘には一度たりとも、自分が作詞したと語らなかった。 死の直前に自身でプロデュースした葬式でも曲を流すことをよしとしない頑固さ(甲子園の閉会式では「栄冠は君に輝く」にあわせて優勝校・準優勝校が行進したあとに、「蛍の光」を歌う。 その「蛍の光」を自身の葬儀での曲に選んだ)。 徹頭徹尾、亭主関白を押し通しながら、最期まで文学賞をとることを夢見た大人げない永遠の文学青年であった。 しかし、最後まで自分の欲した舞台で栄冠に輝くことはなく、その生涯を終えた。 加賀大介死後の翌年、一昨年の100回記念大会で始球式をおこなった男が同じ町内に誕生した。 甲子園での5連続敬遠で負けて名を上げた、松井秀喜である。 その男は、加賀の魂を受け継いだかのような活躍をその後、世界の人々に見せることとなる。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <原発事故の教訓生かせ>~人間性を忘れるな~ 「デジャヴ(既視感)」。 新型コロナウイルス感染症の拡大と政府の対応や世論の動き、社会の反応を見ていると、どうしても 東京電力福島第一原発事故の対応が重なって見える。 私は感染症専門家ではないので感染症対策の是非を論じることはできない。 ただ2011年当時、政府の一員として原発事故を経験した者として「あの時の教訓が生かされているのか」との視点から、現下の危機への示唆を考察してみたい。 危機に際し、 国民の命を守ることの重要性は何よりも優先されるべきだ。 これは国民あるいは社会全体への「リスクを最小化する」と言い換えることもできる。 問題は、あるリスクを最小化させる施策が、別のリスクを高めることにつながる可能性がある点だ。 その結果「リスクのトレードオフ(相殺)」や「バランス」を考慮する傾向が伴う。 「リスクのトレードオフ」は価値観の差異や、政治力学が作用するため、政策決定者の判断が揺らぎがちになる。 国民よりも「経済を守る」、ましてや「政権を守る」といった間違った基準で危機管理対策を取られては、何をかいわんやだ。 具体的には、 命を守る対策の経済コストに配慮して対策の実施を引き延ばしたり、その実効性を担保するためのコスト負担をためらったりしてはならない。 例えば、今回のように事業者や住民に自粛要請をするのであれば、その影響に対する「補償」はセットで考えなければならない。 「経済対策」ではなく、命を守るためのコストとして考えるべきだ。 原発事故対応の時も、汚染水処理に見るように、 最もリスクを下げる案よりも当面のコストを最小化する案が採用されることがしばしばあった。 そうした対策が結果的に、リスク最小化にならなかった反省が生かされていないのではないか。 しかし、 緊急事態宣言はあくまでウイルス対策を有効に進める「手段」であって「解決策」そのものではない。 果たして今回の緊急事態宣言で示されたさまざまな施策について、同じ目的を達成することのできる代替案は十分に検討されたのだろうか。 2月末に首相が突然表明した一斉休校要請も代替案を検討した気配がない。 危機管理に追われる中で代替案の検討は本当に難しい。 時間的余裕がない状態で意思決定を迫られると「実現可能な策」から実行していくしかない面もある。 だが、今回の緊急事態宣言まで時間的猶予は十分あった。 原発事故の際もさまざまな制約条件の下、代替案の検討がおろそかになることがあったが、その反省が生きていないというのが実感だ。 感染症対策には世界の英知と国際協力が必須だからだ。 各国の事情が異なる点を考慮しても他国の対策が参考になることは多いだろう。 原発事故の対応で私が最も重要と感じたのが、世界の英知を集めることだ。 実際、世界の専門家や産業界から日本に対し多くの助言や援助の申し出があった。 ところが「日本の問題は日本で解決すべきだ」といった心理が働いたのか、廃炉の措置も真に世界の英知を活用できる体制が構築できたとは思えない。 新型コロナ対策も同様だ。 PCR検査が日本では海外に比べ極端に少ない。 本来なら検査数を増やすことが原則であり、世界保健機関もそう勧告していた。 世界で検査をかなりのスピードで実施している国々の知見から学ぶこともできたはずだ。 日本の特殊な事情があるからといって、PCR検査の数を抑制すれば、結果的に守るべき命が守れなくなる。 リスク最小化や代替案の比較の教訓とともに、是非、世界の英知を活用してもらいたい。 多様な選択肢の中でどれを選ぶべきか。 その根拠となる科学的知見が欠けていると、政策の実効性は保証されない。 そのためには、専門知を政策に有効に反映させる体制が鍵となる。 新型コロナ対策で政府が設置した専門会議は、その独立性と権限が担保されていないように見える。 原発事故の時、参考として紹介されたのが、英国の「緊急時科学顧問会議」だ。 これは英国が牛海綿状脳症(BSE)事件の後、科学と政策の関係を改善するために設置した機関だ。 首席科学顧問が危機に際して最も有効と思える専門家を集め、独立した立場から政府に助言を行う。 日本も独立した権限を持つ同様の科学顧問組織を早急に設置すべきだ。 原発事故時に私が痛感したのは、原子力政策に対する「信頼の喪失」だった。 国民の信頼が得られなければ、どんなに良い政策でも実効性は乏しい。 だからこそ、意思決定プロセスの透明化、そのための徹底した情報公開、市民やマスコミの質問に丁寧に答える双方向の「リスクコミュニケーション」が絶対的に重要なのだ。 そして、代替案や科学的根拠を明示し、専門家の知見を反映させる意思決定プロセスが不可欠となる。 以上、福島事故の教訓から、今回の新型コロナ対策を俯瞰してみた。 失敗しないようにすることは大事だが、失敗から学ぶことがもっと大事だ。 今こそ原発事故の教訓を生かしてもらいたい。 そして、1954年のビキニ水爆実験後に核兵器と戦争の根絶を訴えた「ラッセル・アインシュタイン宣言」の有名な一節を想起してもらいたい。 「人間性を忘れるな、他のすべてを忘れても」 5月18日 埼玉新聞 元原子力委員会委員長代理 鈴木達治郎氏 より <首都圏の「自粛解除は一体」で 4知事テレビ会議で確認> 東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県の4知事は19日、新型コロナウイルスの対応を巡ってテレビ会議で意見交換し、緊急事態宣言に伴う外出自粛や休業要請の解除について、 各都県の感染状況にかかわらず、一体となって実施する方針を確認した。 政府の専門家会議が示した緊急事態宣言解除の判断基準のうち「直近1週間の新規感染者数の合計が人口10万人当たり0.5人未満程度」を18日までに埼玉、千葉両県が達成。 東京都と神奈川県はクリアできておらず、対応が焦点となっていた。 東京都の小池百合子知事は「 解除に向け、足並みをそろえながら進めたい」と述べた。 5月19日 共同通信 記事より <大阪、京都、兵庫、21日に緊急事態解除検討> 政府は19日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う「緊急事態宣言」を継続している8都道府県のうち、大阪、京都、兵庫の近畿3府県について、宣言を解除する調整に入った。 いずれも直近1週間の新規感染者数が基本対処方針で示した人口10万人当たり「0.5人程度以下」の基準を満たしており、21日の政府対策本部で最終的な状況を見極めて正式決定する見通しだ。 一方、 基準を上回る北海道と東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏1都3県の解除は見送られる公算が大きい。 見送りが決まった場合、政府は28日に改めて解除の可否を判断する。 埼玉、千葉両県の10万人当たりの新規感染者数は0.3人程度にとどまっているが、東京、神奈川は0.8~1.1人程度と基準を上回っている。 政府は首都圏4都県は社会・経済活動の関係が互いに深いことから、解除の可否は一括で判断する方針。 北海道も10万人当たりの感染者数が0.9人程度と基準を超えており、5都道県の解除は以前難しい状況だ。 宣言が解除されれば、都道府県知事による外出自粛の要請は解かれる。 ただ、政府は「感染第2波」への警戒から、月内の県境を越えた移動や、これまでにクラスター(感染者集団)が発生している夜の繁華街の接待を伴う飲食店やカラオケ、ライブハウスなどへの出入りは引き続き控えるよう呼び掛ける方針だ。 5月19日 毎日新聞 記事より 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <お客が自分の席で食べたい料理を注文するレストランのような外食が始まったのは…> お客が自分の席で食べたい料理を注文するレストランのような外食が始まったのは、欧米では18世紀という。 日本では17世紀の明暦の大火の後に繁盛した奈良茶飯(ならちゃめし)の店が江戸の外食文化を開花させたと言われる。 「五歩に一楼、十歩に一閣、みな飲食の店ならずという事なし」(意味:江戸の町を五歩行けば小さな店が一軒あり、十歩行けば大きな店に出会う。 これらはすべて飲食店である)。 文人、太田南畝が飲食店のひしめく江戸の街をこう随筆に記したのは、19世紀初めの文化年間である。 当時の江戸は8000軒近い飲食店があったという記録もある。 単身赴任の地方武士や独身男性の比率が大きく、人口も多い江戸は当時の世界でも珍しい外食都市だったようだ。 天ぷら、そば、すし、うなぎ料理から会席料理まで、今日の世界的な和食評価に繋がる豊かな食文化を育んだ外食だ。 そんな外食文化の曲がり角になるのか。 新型コロナ時代の飲食の「新しい日常」である。 先日、外食業界団体が公表した指針では、客の間は最低1メートルの距離、座席の横並びや間仕切りの使用、定数以上の客の入店制限などが掲げられた。 大皿料理のシェアや、卓上に調味料を置くのを避けるといった外食の風景を変える要請もある。 客に会話を控えてもらうというのは感染防止にはもっともな話だが、昔の江戸っ子が聞いたら「てやんでぇ!」の啖呵のひとつも出そうだ。 できることから始めようという指針だが、飲食業者がさしかかった難所の険しさ、厳しさを表す新しい日常の基準である。 ここは、外食文化の富を分かち合ってきた お客の心意気も試される難所なのだろう。 5月16日 毎日新聞 余録 より <地球上で最も多くの人の命を奪う、怖い生き物は?…> 「地球上で最も多くの人命を奪う、怖い生き物は?」 多くは、猛獣や人食いザメを思い浮かべるかもしれない。 答えは、「 蚊」。 この小さな昆虫が媒介する感染症で、年間80万人以上が死ぬと推定される。 マイクロソフトの共同創業者、ビルゲイツ氏のブログから引いた。 これによれば、ライオンによる死者は100人ほど。 サメによる死亡も1ケタだ。 蚊に次いで多くの人命を奪うのは、「ヒト」という結果になった。 パソコンの基本ソフト開発で世界一の富豪となったビルゲイツ氏は2000年、妻と「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を設立した。 世界最大規模の慈善団体として、途上国の子どもたちを感染症から守るワクチン普及に力を注いできた。 そのゲイツ氏が5年前の講演で、新型コロナウイルスの流行を『予言』したと話題になっている。 エボラ出血熱の教訓を踏まえ「 今後1000万人以上が命を落とすとすれば、戦争ではなく、ウイルスの可能性が高い」と指摘した。 今回のコロナ禍を受け、ゲイツ氏は財団の資金を集中投資するという。 つい先日もワクチン開発に、各国政府と並んで巨額の支援を約束した。 今春の叙勲では旭日大綬章を受章した。 経済ではなく人類の健康への貢献に対してだ。 「 時間は味方してくれない。 一刻も早く準備しよう」。 今聞けば耳が痛い、5年前の警告だ。 救いは、この間に科学技術が多少とも進歩したことだろうか。 1日も早いワクチンの開発を。 そして、誰もが公平に恩恵を受けられることを願う。 5月17日 毎日新聞 余録 より 【 お知らせ】 埼玉スタジアムを ブルーにライトアップします 日頃より埼玉スタジアム2〇〇2公園をご愛顧いただきありがとうございます。 また新型コロナウイルス感染拡大予防にご協力いただきまして、ありがとうございます。 この度、埼玉スタジアムでは、新型コロナウイルス感染が拡大する中、医療従事者など最前線で働く関係者への感謝の気持ちを込めて、下記の通り、 埼玉スタジアムをブルーにライトアップします。 <期 間> 令和2年5月11日(月) から 令和2年5月31日(日) <ライトアップの時間> 18時00分 から 21時00分 5月11日 埼玉スタジアム2〇〇2公園管理事務所 より こうした運動は、現在日本全国で起きているようです。 「 今できることから始めよう」 『夜20時の拍手』みんなで力を合わせよう 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <新たな感染、国内全体では24人 2ヵ月ぶり30人下回る> 国内では17日、新たに24人の新型コロナウイルス感染が確認された。 累計は1万6303人となった。 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客乗員を含めると1万7015人。 1日当たりの感染確認が2桁となるのは8日間連続で、30人を下回るのは3月16日以来、約2ヵ月ぶり。 休日で検査数自体が少ない事情があり、これまで多くの感染確認がされていた都道府県の発表も少なかった。 5月17日 共同通信 より <月内解除へ自粛継続を> 西村康稔経済再生担当相は17日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため引き続き緊急事態宣言の対象とした8都道府県について、「 感染の第2波は来ると思わなければならない。 気を緩めずさまざまな自粛をお願いしたい」と述べ、5月中の宣言解除の着実な実現に向け、改めて協力を呼び掛けた。 安倍晋三首相は同日午後、西村氏らと首相官邸で会談し、新型コロナ対策の状況について協議。 8都道府県の繁華街では緊急事態宣言が続いているにもかかわらず、人の流れが戻ってきていることが報告された。 西村氏は記者会見で、21日にも宣言解除の可否を再判断するに当たり、感染者の推移と併せてPCR検査の整備状況を注視する考えを示し、「専門家の意見を聞き適切に判断したい」と語った。 宣言を解除した39県についても「 経済活動をいっぺんに元に戻すとことは避けてもらいたい」と要請。 解除された県同士での移動や接客を伴う飲食店の営業再開なども、月内は「慎重に対応して欲しい」と求めた。 5月17日 時事通信社 より <緊急事態解除されていない東京や大阪、夜の人出増加> 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が39県で解除された後、 各地の繁華街で夜間の人出が増加したことがソフトバンク系列のIT企業「アグープ」のデータで分かった。 宣言が解除されていない東京都や大阪府、北海道でも人出が増えており「自粛疲れ」が伺われる。 アグープがスマートフォンのアプリから得た位置情報を基に半径500メートルの滞在人数を推計。 15日午後7時台の人出を、宣言解除が発表された14日と比較した。 宣言が解除された地域では、名古屋市の栄駅で10. 宣言が解除されていない東京都でも新宿・歌舞伎町で12. 大阪市では心斎橋駅が20. 5月16日 讀賣新聞online より 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <給付金で大混乱 「市役所窓口」のヤバすぎる内情> 5月1日に国が1人当たり一律10万円を支給する「特別定額給付金」のオンライン申請の受付が始まって2週間。 全国の自治体が大混乱に陥っている。 起きている問題は主に3点。 第1に、 自治体の窓口に人が押し寄せて対応する職員が疲弊している。 第2に、オンライン申請を受付ける「情報提供等記録開示システム(通称マイナポータル)」で システム障害が多発している。 第3に、 申請内容に大量の不備が見つかっている。 郵送の場合は、自治体から郵送されてくる申請書類に必要事項を書き込んで返送する。 どちらの方法も、基本的に役所に出向く必要はない。 それでは、役所に殺到している人々は何をしに来ているのか。 「 最も多いのは、マイナンバーカードのパスワードの再設定のため」だという。 マイナンバーカードはマイナンバー(個人番号)などが記載されたプラスチック製のICチップ付きのカードで、身分証明書として利用できる。 一方、個人番号を記載した緑色の紙のカード(通知カード)には電子証明機能はなく、オンライン申請には使えない。 オンライン申請をするには、マイナンバーカードが必要なだけでなく、マイナンバーカードを取得した際に設定したパスワードも必要になる。 せっかくマイナンバーカードを持っていても、パスワードを忘れていたらオンライン申請はできない。 従来のパスワードを覚えていれば、マイナポータルにインターネットでアクセスしてパスワードを変更できるが、忘れてしまった場合は厄介だ。 パスワードを再設定するには、忘れてしまったパスワードを一旦削除する必要があり、これが役所に設置されている、マイナポータルと専用回線で繋がっている専用端末でしかできないのだ。 このほか、「オンライン申請にはマイナンバーカードを読み込むカードリーダーが必要で、これがどういうものかとか、どこで入手できるのかとかを聞きに来る人、マイナンバーカードは役所に来れば作れると勘違いして来る人もいる」(東京都職員)と言う。 交付申請書には「署名用電子証明書」「利用者証明用電子証明書」が不要な場合にチェックマークを入れる欄がある。 ここにチェックマークを入れて作ったカードには証明機能がないので、今回の申請には使えない。 利用者証明用電子証明書は、マイナポータルなど行政のサイトやオンラインバンキングなどのサイトへのログイン時やコンビニで住民票の写しなどを受け取る際の本人確認に使う。 署名用電子証明書は、税金の電子申告やインターネットバンキングの登録などの際、作成・送信した電子文書の作成者が誰であるのかを証明するもので、なりすましを防ぐ目的で使われる。 マイナンバーカードが出来上がるまでには、平時でも1カ月かかり、これを受け取るには役所に出向かなければならない。 対面で本人確認をしたうえで手渡しする。 その際に、署名用、利用者証明用、それぞれに別のパスワードを役所の専用端末で設定する。 今回の特別給付金の申請に必要なのは、署名用の機能とそのパスワードだ。 「役所でマイナンバーカードは作れないことや、平時でも申請から1カ月かかることなどを正確に説明した結果、相手が逆上するケースもある」(自治体職員) マイナポータルのシステム障害は、申請の障害になっているだけでなく、役所の職員の業務遂行上も多大な障害になっている。 自分のPCやスマートフォンから申請する利用者は、いわゆる利用者クライアントソフトを使い、インターネット回線でマイナポータルにアクセスする。 申請が殺到した結果、このインターネット回線でのシステム障害が多発していることは言うまでもないのだが、役所とマイナポータルを結んでいる専用回線の方もシステム障害が多発しているのだ。 その原因は想像にたがわず、パスワードを忘れた人による、パスワード再設定依頼の殺到である。 専用回線が混雑すると、その専用回線で送られてくる申請情報の出力もスムーズに行かない。 マイナポータルは単純に申請を受け付けるだけで、申請者が入力した情報は何のチェックもかからず、そのまま自治体に転送される。 このため、マイナポータルでの申請は、システム障害さえ起きなければ同一人物が何度やっても受け付けられる。 世帯主以外は本来申請する資格がないのに、申請者が世帯主かどうかの判定すらしない。 否、判定できないのだ。 自治体ではマイナポータルから転送されてくる情報を紙に出力し、職員が住民基本台帳システムなどを使い、手作業で記載内容に間違いがないかや必要書類が整っているかなどをチェックする。 修正や必要書類の提出依頼は、職員が申請者に電話をかけて行っている。 その手間暇は、尋常ではない。 実は、地方自治体職員が最も怒っているのも、この点なのだ。 マイナポータルが申請を受け付けた情報を、住民基本台帳システムと連携させることが出来れば、確認作業の負担は大幅に軽減されるはずなのに、それができないのである。 と言うのも、そのシステム開発は自治体がやらねばならず、国はやってくれない。 と言うよりも、出来ないのだ。 地方自治体がそれぞれ独自に住民票や印鑑証明のシステムを開発しているため、自治体ごとにフォーマットが異なるからである。 したがって、国が特別給付金申請用のチェックシステムを開発し、全国の自治体に配るということができない。 一方、自治体にシステム開発をしている余裕は、時間的にもマンパワー的にもない。 つまり、 間違った申請があっても、不正な申請があっても、チェックするのは自治体であり、チェック漏れが発生し、二重払いなどが発生しても、その責任を問われるのは自治体なのだ。 そして、 オンライン申請の推奨をやめ、郵送されてくるのを待つよう、徹底的に啓蒙することだろう。 自治体レベルでは、郵送の推奨を行っているが、そもそも給付金は国の事業なのだから、国自身がやるのが筋ではないか。 せめて、テレビで盛んに流されている特別給付金の告知で、この2点を強調するくらいのことをしても罰は当たらないはずだ。 5月16日 東洋経済 伊藤歩氏 より 世界の先陣を切ってドイツのブンデスリーガが16日に再開しました。 欧州では新型コロナウイルス感染拡大によりフランス、オランダ、ベルギーが今シーズンのリーグ戦打ち切りを決めた状況の中、ドイツでは3月11日の試合以降のリーグ戦となり、無観客で試合が行われました。 日本代表の長谷部誠選手や鎌田大地選手、大迫勇也選手も試合が行われます。 欧州ではイングランド、スペイン、イアリアが6月中の再開を模索していますが、私たちのJリーグも来月には再開できるでしょうか。 部活の方も「始動」できるでしょうか。 東京や大阪など残る8都道府県は継続し、21日を目途に解除の是非を改めて判断する。 政府は、直近1週間の新規感染者数が「人口10万人当たり0.5人以下」になるなど感染状況の好転や、重症者増に対応できる医療提供体制、PCR検査など感染状況の監視体制を総合的に踏まえ解除を決めた。 命を守る上で必要な感染症対策だったとは言え、外出自粛や休校、店の休業などによる社会・経済への副作用は大きかった。 ただし、気を緩めれば再び感染が拡大しかねないことを肝に銘じたい。 人との距離をとるなど感染防止に効果的な行動をやめてウイルス禍以前の生活に戻ったり、自粛でたまったストレスを一気に発散しようとして密閉、密集、密接の「3密」状態を作り出したりすれば これまでの努力が水泡に帰すことになりかねない。 外出制限が緩和されたドイツや韓国では感染再拡大の懸念が強まっている。 北海道は独自の緊急事態宣言で感染を抑えたが解除後に拡大し特定警戒都道府県になった。 オーバーシュート(患者の爆発的急増)の恐れが去ったわけではなく、政府はその兆しがあれば対象区域に再指定する方針だ。 感染対策と社会経済活動の段階的再開の両立という難しい課題を解かなければならない。 特定警戒都道府県に残った8都道府県でも人の動きが増え出しているが、これまで通りの外出自粛やテレワークを続けたい。 それが解除への近道だ。 大阪府は独自の基準を設けて休業要請の段階的な解除に進むが、府の想定以上に緩まぬよう注意は欠かせない。 安倍晋三首相は記者会見で、外出自粛やテレワークなどに協力した国民に感謝を表明した。 解除された県の人々に「あらゆる場面でウイルスへの警戒を怠らないで欲しい」と述べ、新たな日常を取り戻す「 本格的なスタートの日だ」と語った。 首相が解除の考え方を説明し、予防策の徹底継続を呼び掛けたのは妥当だ。 ウイルス対策は手探りの状態であり流行の第2波がいつ襲ってくるか分からない。 特に秋冬に感染が急拡大する場合に備えたい。 解除した県を含め病床の確保など医療体制の整備を急がねばならない。 首相が語ったように、各種の検査体制を拡充して市中感染を抑えることやワクチン、治療薬を準備することも極めて重要だ。 知事の休業要請に応じない事業者への罰則を作るなど特措法改正へ具体的に動き出す必要もある。 オンライン授業の充実と並行して可能なところから学校再開を急ぐべきである。 安倍首相は新型コロナウイルス対策のための第2次補正予算案の編成を命じた。 39県で経済活動が動き始めるとしても、経済が極めて厳しい状況下にあることに変わりはない。 東京や大阪などの大都市圏では緊急事態が続くのである。 その中で、いかに経済の苦境を和らげられるかが問われる。 雇用や暮らしを守るため、引き続き経済の「止血」に政府が全力を尽くすべきは当然である。 そのためにも、2次補正予算を速やかに作り成立させることをまずは優先すべきだ。 2次補正に盛り込む施策は多い。 例えば、休業で収入を失った人たちを支える雇用調整助成金の拡充や休業者への直接給付金がある。 固定費捻出がままならない事業者への家賃負担軽減策も必要だ。 困窮学生に対する支援も喫緊の課題である。 いずれも、従来の支援策では不十分であったり、手続きが煩雑で迅速に対応できなかったりしたことに起因する追加策だ。 規模面でも手続きのスピードや使い勝手の面でも万全の策を講じたい。 5月15日 産經新聞 主張 より <東京都の休業緩和 感染1日20人未満などを基準に> 都が休業要請や外出自粛を緩和する指標として用いるのは、『新たな感染者数』『感染経路が不明な人の割合』『週単位の増加比率』『重症患者数』『入院患者数』『PCR検査の陽性率』『受診相談窓口での相談件数』の7項目。 感染経路が不明な人の割合については、50%未満などの目安を掲げた。 緩和に踏み切る場合、段階的な実施措置としてまずは博物館や美術館、図書館を対象にする。 その後「クラスター(感染集団)歴がなく3密になりにくい施設」となる劇場の再開や、飲食店の営業時間短縮の一部を緩和するという。 感染拡大の「第2波」への備えとしては、指標として使った数値が1項目でも緩和の目安を超えた場合に「 東京アラート」を発動し、都民に対して警戒を呼び掛ける。 その後、新たな感染者が1週間平均で1日50人以上、感染経路不明な割合が50%になるなどすれば、外出自粛や休業を再び要請する。 都は「第2波」に対する体制整備にも言及。 新型コロナ外来を拡充したり、PCRセンターの設置を支援したりするとした。 5月15日 朝日新聞DIGITAL より 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <あの日の沖縄> 沖縄百万県民の長年にわたる祖国復帰の願望が遂に実現し、本日ここに内閣主催による沖縄復帰記念式典が挙行されるにあたり、沖縄県民を代表してごあいさつ申し上げることができますことを生涯の光栄に思います。 私は、今、沖縄がこれまで歩んできた歴史の一齣一齣をひもとき、殊に終戦以来復帰をひたすらに願い、これが必ず実現することを信じ、そしてそのことを大前提としてその路線に沿う基礎布石、基盤づくりに専念してきた者として県民とともに言い知れぬ感激とひとしおの感慨を覚えるものであります。 私は、復帰への鉄石の厚い壁を乗り越え、険しい山をよじ登り、茨の障害を踏み分けて、遂に復帰に辿り着いてここに至った県民の終始変わらぬ熱願、主張、運動、そこから引き出された全国民の世論の盛り上がり、これに答えた佐藤総理大臣をはじめ関係ご当局のご熱意とご努力、さらには米国政府のご理解などを顧みて深く敬意を表し、心から感謝を申し上げるものであります。 それと同時に、今日の日を迎えるにあたり、たとえ国土防衛のためとは言え、さる大戦で尊い生命を散らした多くの戦没者の方々のことに思いを馳せるとき、ただただ心が痛むばかりであります。 ここに、謹んで沖縄の祖国復帰が実現いたしましたことを御霊にご報告申し上げますとともに、私ども沖縄県民は、皆さまのご意志を決して無にすることなく、これを沖縄県の再建に生かし、そして、世界の恒久平和の達成に一段と努力することを誓うものであります。 さて、沖縄の復帰の日は、疑いもなくここに到来しました。 しかし、沖縄県民のこれまでの要望と心情に照らして復帰の内容をみますと、必ずしも私どもの切なる願望が入れられたとは言えないことも事実であります。 そこには、米軍基地の態様の問題をはじめ、内蔵するいろいろな問題があり、これらを持ち込んで復帰したわけであります。 したがって、私どもにとって、これからもなお厳しさは続き、新しい困難に直面するかもしれません。 しかし、沖縄県民にとって、復帰は強い願望であり、正しい要求でありました。 また、復帰とは、沖縄県民にとって自らの運命を開拓し、歴史を創造する世紀の大事業でもあります。 その意味におきまして、私ども自体が先ず自主主体性を堅持して、これらの問題の解決に対処し、一方においては、沖縄がその歴史上、常に手段として利用されてきたことを排除して県民福祉の確立を至上の目的とし、平和で、今より豊かでより安定した、希望のもてる新しい県づくりに全力をあげる決意であります。 しかしながら、沖縄に内包する問題はなお複雑なものがあります。 幸い、私ども沖縄県民は名実とも日本国民としての地位を回復いたしましたし、政府並びに全国民の皆さまにおかれては、沖縄問題を新しい立場から共通の課題として止揚していただき、その完全・全面的解決のため、これまで以上のご関心とご協力を賜りますよう念願するものであります。 沖縄は、長く、苦しかった試練を乗り越え、今ここにその夜明けを迎えました。 復帰は、まさしく沖縄という新しい生命の誕生でありますし、私ども県民は、これまでの基地の島という暗いイメージを払拭し、新たな自覚に立って県民自治を基調とする「平和で、明るい、豊かな県づくり」に邁進するとともに、文化豊かな社会の建設に真剣に取り組み、国家繁栄のために貢献する決意であります。 沖縄の戦後は、まさに茨の道でありましたが、県民の体験はまた貴重なものであります。 私どもは、昨日の今日ではなく、歴史上銘記さるべきこの日を転機として取り残されてきた歴史に終止符を打ち、体験を生かし、国民の皆さまのご協力も得て復帰の意義と価値を高め、その正しい位置づけに十分努力するつもりであります。 本日の式典に際し、私どものためにいろいろと、お励ましを賜りました皆さまのご好意に対し厚くお礼を申し上げ、皆さまと国のこの上ないご繁栄を祈念してご挨拶といたします。 昭和47年5月15日 沖縄復帰記念式典 沖縄県知事 屋良朝苗氏 より <復帰の日> 47年前の今日、戦後27年間、米軍に統治された沖縄は日本復帰を果たしました。 日本国憲法が適用されなかった県民は基地のない平和で豊かな島、人権尊重、民主主義を求め、祖国復帰を勝ち取りました。 復帰以降、振興計画と先人の努力で自立型経済の構築のためさまざまな成果が表れてきました。 観光は2018年度の入域観光客数が999万9千人で6年連続で過去最高を更新しました。 県内の経済、雇用情勢は良好に推移しています。 一方で県民所得は全国の7割程度で、全国一高い非正規雇用率などを背景に、子どもの貧困など新たな社会問題も顕在化しています。 また、米軍基地問題では日本全体の70.3%の米軍専用施設が集中し、騒音や環境問題、事件・事故など過重な負担を強いられ続けています。 県民投票で示された辺野古埋め立てに反対する圧倒的民意を一顧だにせず政府は工事を強行し、憲法が定める国民主権、民主主義、地方自治が脅かされている状況にあります。 令和という新しい時代、3年後に復帰50年を迎える新時代沖縄の到来を見据え「自立」「共生」「多様性」の理念で誰一人取り残さない社会を実現するため、全国との所得格差の解消や過重な基地負担の軽減など課題解決に取り組み、県民が笑顔で暮らせるよう全身全霊を注いで参ります。 令和元年5月15日 沖縄県知事 玉城デニー氏 より ちなみに、以前にも書きましたが本日5月15日は、日本プロサッカーリーグ「Jリーグ」が誕生して28年目を迎えました。 沖縄県の本土復帰とJリーグの誕生は同じ日なのです。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <市民の「常識」前提だが> 新型コロナウイルス禍は、緊急事態宣言の延長がなされて、自粛生活も依然として続く。 ここでは、コロナ騒動から見えてきた 日本社会の在り方を論じたい。 今回の政府の基本方針はかなり明確で、一方で、医療崩壊を防止するために感染者の爆発的増加は避ける、他方で、できるだけ経済活動への打撃も小さくする、という妥協的なものだ。 この方針は、欧米とも韓国とも違う。 欧米は、国家が都市封鎖や外出禁止により私権を完全に制限し、韓国は、市民行動を情報的に把握することで、徹底した監視社会を作り出した。 日本は、法的にも実際上も都市封鎖などできず、私権の徹底した制限もできない。 とすれば自粛に頼るほかない。 なかば強制的な自粛という奇妙なものが出現した。 自粛要請は、きわめて日本的なやり方だろう。 日本社会には「右に倣え」の同調傾向と「しゃくし定規な規則主義」がある。 これはいわば 国民性と言うべきものだ。 自粛要請はまさにその日本社会の性格に訴えたい。 いかなる業種が自粛対象なのか、不要不急の外出とは何か、などがいちいち論議され、一瞬のうちに街の中心部から人が消えた。 見事と言ってよい。 しかし、郊外の大型スーパーや公園や海岸など自粛対象とならない場所に人が繰り出した。 これでは何のための自粛だったのだろうか。 また、県境をまたいだ移動の自粛を政府が呼び掛けると、他府県ナンバーの車の駐車を禁止したり、車が傷つけられたりする事態も起きた。 つまり、日本の「右に倣え」の背後に「しゃくし定規な規則主義」がある。 「規則」という「権威」に従わざる者は排除するという同調圧力である。 「自粛」が絶対化されてしまう。 このような「右に倣え」は、ある程度、自立的な社会秩序を生み出す効果もあるが、基本的に、権威への依存を前提にしている。 その権威は大抵の場合、政府である。 市民は、一方では、政府に依存しつつ、他方では、政府に苦情を述べ立てる。 「政府は『自粛』を求めて自らは責任を取ろうとしない」「自粛要請をするなら罰則を設けよ」「自粛要請と経済的補償は一体でなければならない」等の批判が出てくる。 自粛要請と経済的補償は別の議論だと私は思う。 今後を考えれば、ほぼ次の2つの可能性しかないと思う。 ひとつは、あくまでも日本式で、政府の権限をさほど強化せず、ある程度の市民的な同調傾向に任せる。 ただその場合、 真に重要なことは、市民の側にある種の「常識」がなければならないということだ。 市民社会が国家権力から自立的に自粛を展開するには、市民の「常識的な判断力」が要求される。 日本に西洋型市民社会はないが、それとは別の 公共精神や 他者への配慮が あったはずだ。 それらがもはや欠如しているならば、欧米型で、緊急時における国家権力をもっと強化する必要度がある。 緊急事態とは、戦争以外に、大規模災害、テロ、そして今回のような感染症があり、今後、これらは十分に生じうる。 憲法に緊急事態での例外的な 権力の行使を明記すべきだと思う。 5月13日 毎日新聞 佐伯啓思 京都大学名誉教授 論点 より <抗原検査 迅速さ武器> キット初の承認 新型コロナウイルスに感染しているかを医療現場で 迅速に調べられる抗原検査キットの実用化は、「PCR検査頼み」の状況を大きく変える可能性がある。 一方で精度に課題があるため、厚生労働省は当面、感染者数が多い地域の専門外来にキットの供給先を限定。 性能や生産体制が安定してきた段階で、救急医療の現場やクラスター対策など活用の場面を広げていく2段構えで臨む。 厚労省幹部によると、同省は当初、抗原検査をPCR検査に代わる検査手法として位置づけることも検討。 開発元の富士レビオは週20万件分の検査キットを供給できるとしており、検査の簡便さに加えて検査件数の大幅増大により「PCR検査問題」の突破口になり得ると考えた。 ただ、採取した検体のウイルス量がごくわずかでも検査機器で遺伝子を増幅させて感染の有無を調べられるPCR検査に比べて、抗原検査キットの精度は劣る。 こうした特徴を踏まえ、厚労省は当面、抗原検査の供給先をPCR検査を既に実施ている約1400の「帰国者・接触者外来」などのうち、感染者数が多い東京や大阪などの数百の医療機関に限定。 対象者は発熱などの症状が出ている患者に限り、PCR検査の前にまず抗原検査を行い、陽性反応が出た人は「感染者」と診断することを認める。 陰性だった人は、翌日などウイルス量が多くなるまで待ってから再度抗原検査をしたり、追加でPCR検査をしたりする流れで進める。 5月13日 毎日新聞 焦点 より いよいよ本日、4月7日に7都道府県に発令され16日に全都道府県対象に拡大された緊急事態宣言が47都道府県のうち39県で解除される。 宣言を継続するのは、13の特定警戒都道府県の中で依然として状況が厳しい北海道、千葉、埼玉、東京、神奈川、京都、大阪、兵庫の8都道府県。 21日を目途に2回目の中間評価を行い、先行解除の可否を再検討するそうだが、その時にあらわれてくる感染者数の数値は連休最終日前後のもの。 東京都は、ここ数日感染者数が減少して8日連続で40人を下回っているとも発表。 しかし、連休明けの国民の生活様子を見ると21日過ぎあたりから再び感染者の数が増え始めるのではないかと懸念する専門家もいる。 宣言が解除されたからと言って途端に「いつも通り」に戻るわけでもない。 まだまだどうなるか分からないものだ。 <秀吉 最後の城 石垣発見> 豊臣秀吉が最晩年に築城したとされる「京都新城」の石垣と堀が、京都市上京区の京都御苑内にある「京都仙洞御所」で発見された。 市埋蔵文化財研究所が12日、発表した。 秀吉が築いた最後の城とされ、文献などから存在は明らかになっていたが、遺構が見つかったのは初めて。 専門家は「石垣などの痕跡が実際に確認された意義は大きい」と評価する。 今回の調査は、京都仙洞御所内に防火水槽を建設する工事に伴い実施され、新城の堀と石垣の跡が見つかった。 堀の跡からは、豊臣家の家紋「五七桐(ごしちのきり)」の金箔瓦も出土した。 立命館大の谷徹也准教授は、「屋敷と言うより、実態としては城だったのでは」と指摘し、「『関ヶ原の戦いの前に石垣を壊した』とする文献と一致する。 当時の姿を残しており貴重だ」と評価する。 5月13日 毎日新聞 総合社会面より 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <全国知事会 緊急事態宣言解除後のコロナ拡大防止策徹底求める> 緊急事態宣言について、政府が14日、特定警戒都道府県の一部とそれ以外の34県すべてで解除を検討することを受けて、全国知事会はオンラインでの会合を開き、 解除後の感染拡大防止策を徹底するよう求める意見が出された。 この中で、東京都の小池都知事は「大型連休が終わった根拠のない達成感に加え、『一部の地域で宣言解除』という報道が溢れているので、緩みが大変心配だ」と述べた。 大阪府の吉村知事は「大阪では、新たに感染が確認された人が1人で、大きな穴は抑えつつあるが、今のうちに 第2波、第3波への備えを行うべきだ」と述べた。 また、特定警戒都道府県以外の34県からも、広島県の湯崎知事が「宣言が解除された後も、知事が段階的な自粛要請を行えるようにするなどの配慮を求めたい」と述べるなど、解除後の感染拡大防止策を徹底するよう求める意見が出された。 一方、宣言が解除された地域での都道府県をまたいだ移動については、多くの知事から「引き続き、原則として自粛を求めるべきだ」とする意見が出たのに対して、奈良県の荒井知事は「奈良県からは大阪府に通勤する人が3割に上る」などとして、通勤のための移動は認めるべきだという考えを示し、 知事会として「不要不急の移動」の自粛を求める方向で調整することになった。 菅官房長官は、閣議の後の記者会見で「政府としては今週14日を目途に専門家の意見を踏まえて、地域ごとの状況を分析し、可能であれば緊急事態宣言を解除する考えだ。 その際に、都道府県をまたぐ移動をどのように扱うかについても、専門家の意見を踏まえて判断することになる」と述べた。 その上で菅官房長官は「新型コロナウイルスで観光業に深刻な影響が出ているが、観光関連産業は、我が国が観光立国として生きていくための必要なインフラであり、雇用の維持と事業の継続のために、あらゆる施策を講じて全力で支援していきたい」と述べた。 <ドイツ 経済活動制限緩和も流行の広がり示す数値再び上昇> ドイツは新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために行っていた経済活動の制限を先週、大幅に緩和すると発表した。 その後、流行の広がりを示す数値が再び上昇したが、政府の研究機関は新たな感染者の数などと合わせ、総合的に評価する必要があるという姿勢を示している。 ドイツ政府は5月6日、3月から行っていた経済活動の制限を大幅に緩和し、すべての店舗の営業を認めると発表。 メルケル首相は、判断の理由の1つとして、1人の感染者が何人に感染を広げているかを示す『実効再生産数』が、流行収束の目安とされる「1」を継続的に下回っていることを挙げた。 ドイツの『実効再生産数』は、先月15日以降「1」をほぼ連日下回り、緩和が発表された今月6日には0. 65まで下がっていた。 しかし、その後再び上昇に転じ、9日には1. 10、10日には1. 13、11日には1. 07と推計され、連続して「1」を上回っている。 一方で、新たな感染者数は多い時には6,000人を超えていたのが、今では1,000人を下回る日もあり、減少傾向が続いている。 こうした状況について、感染症対策にあたる政府の研究機関は11日、感染者数が少なくなる中では実行再生産数の数値の振れ幅が大きくなると指摘した上で「実行再生産数が『1』を超えているが、それをもって再び感染が拡大するとは現時点では評価できない」としている。 <ロシア コロナ感染連日1万人超でも全国一斉の休業措置解除へ> ロシアでは新型コロナウイルスの新たな感染者が連日1万人を超える状況が続いているが、プーチン大統領は11日、全国一斉に行っている休業措置について12日で解除する方針を明らかにした。 これ以上の経済の悪化を避けたいねらいと見られる。 ロシア政府の11日の発表では、ロシアで新型コロナウイルスに感染した人はおよそ22万1千人に上った。 新たな感染者が連日1万人を超える深刻な状況で、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のまとめでは、イタリアを上回って世界で4番目に多くなっている。 しかし、プーチン大統領は11日、政府内テレビ会議で、3月下旬から全国一斉に行っている休業措置については、当初の期限から延長せず12日で解除する方針を明らかにした。 ただ、プーチン大統領は「地域によって状況は異なっている」と述べ、外出制限や予防策など具体的な措置については地方の知事などに委ねる考えを示した。 プーチン大統領は、ロシア国内での失業者が140万人に上ると明らかにしていて、今回、全国一斉の措置を解除するなど、地域にあわせて段階的に制限を緩和することで、これ以上の経済の悪化を避けたいねらいと見られる。 5月11、12日 NHK NEWS WEB より <韓国のクラブ集団感染、客ら86人感染 釜山などに拡大> 感染拡大が沈静化したとして、行動制限を大幅に緩和した韓国で、クラブの客を中心とした集団感染が起き、感染者は11日時点で86人となった。 多くはソウルやその近郊に住むが、釜山や済州島などにも広がっている。 韓国の新型コロナウイルス対策は国内外で高い評価を受けてきたが、政府は規制の再強化を迫られている。 今回の事態にソウル市は9日、クラブなどの遊興施設に事実上の営業禁止に当たる集合禁止令を出した。 ソウル近郊の京畿道も10日、クラブの客に検査を義務付け、人と接触しないよう求める行政命令を出した。 教育省は11日、段階的に13日から行おうとしていた学校の登校再開を1週間、延期すると発表した。 韓国では流行が下火になったことを受け、 4月20日から名簿の作成や発熱チェックを条件にクラブなど遊興施設の営業を再開。 政府は6日から「社会的距離の確保」と呼んでいた行動制限を緩和させていた。 国内の新規感染者は5月に入って9日まで1ケタ台がほとんどだった。 ただ、今回の集団感染を受けて10、11日と連続で30人台となっている。 文在寅大統領は10日の就任3年の演説で集団感染に触れ「防疫の手綱を緩めてはいけない」と強調しつつ「韓国の防疫体制は油断しなければウイルス拡散をコントロールできる」と語った。 5月11日 朝日新聞DIGITAL より <武漢の全市民にPCR検査へ 1100万人、コロナ再流行懸念> 中国メディアによると湖北省武漢市当局は12日までに、 すべての市民に新型コロナウイルスの感染を調べるPCR検査を実施する方針を決めた。 最近、市内で計6人の集団感染が起き、再流行への懸念を強めたとみられる。 同市の人口は約1100万人。 市当局は11日、区ごとに10日間で全員の検査を実施するよう指示。 無症状感染者が多数いる恐れが指摘されており、4月8日に都市の封鎖を解いた際にも全員を検査するべきではないかとの声が上がっていた。 新華社通信によると、武漢市東西湖区の同一の居住エリア内で6人の発症者が確認された。 うち5人は当初、無症状感染者だった。 5月12日 共同通信 より 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <厚生労働省集計 感染者向け8割埋まる> 厚生労働省は10日、新型コロナウイルス感染症の入院患者向けに、都道府県が1日時点で確保したベッド数を公表した。 東京、石川は8割以上が患者で埋まり逼迫した状況となっている。 全都道府県で確保できたのは計約14,000床。 感染拡大のピークに備え、各自治体が確保を目指す計約31,000床の半分以下にとどまっていることも判明した。 政府は、新規感染者数や重症者を受け入れる医療提供体制が整っているかどうかなどを踏まえ、14日を目途に緊急事態宣言を一部解除する方針だ。 厚生省は、1日時点の病床確保数と4月28日時点の入院患者数をまとめた。 東京は、2,000床を確保したのに対して入院患者は1,832人。 石川は、170床に対して患者は150人だった。 <電話で選別「無責任」>入院できず死亡 遺族憤り 遺族によると男性は80代の妻と2人暮らしで、4月上旬から発熱やせきなどの症状があり、近所の病院を受診。 処方された解熱剤を飲むなどして自宅療養していた。 同13日に症状が悪化して同県所沢市の病院に救急搬送された。 しかし、入院の必要はないと判断されPCR検査を受けて帰宅した。 男性は15日に狭山保健所から電話で陽性を告げられた。 妻は「頼むから早く入院させてほしい」と依頼したが、保健所からは「重症者を優先して入院させている」などと返された。 夜に再び保健所から「病院は見つからなかった」と連絡があったという。 男性は16日に自宅で呼吸困難となり、再び所沢市の病院に救急搬送された。 だが、重篤な状態だったためその日のうちに、より高度な治療ができる県内の別の病院に運ばれた。 集中治療室で人工呼吸器を付けたが27日に死亡した。 厚生労働省は、高齢の感染者は原則入院との指針を示している。 埼玉県は4月15日時点では、「感染者は全員入院させる」と決めていた。 5月11日 毎日新聞 記事より 5月4日、安倍首相が緊急事態宣言を5月末まで延長することを決定して1週間が経ちますが、これが現状です。 明後日、政府の諮問委員会では緊急事態宣言の一部解除も含めて検討がされます。 その条件の中には記事の中にもあった「新規感染者数や重症者を受け入れる医療提供体制が整っているかどうか」も含まれています。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ 都の感染者 111人報告漏れ、35人重複 東京都が毎日発表している新型コロナウイルスの感染者数について、小池知事は、保健所からの報告に111人の漏れなどがあったと発表しました。 東京都は、区や保健所などから報告を受けて、新型コロナウイルスの感染者数を毎日、発表していますが、小池知事はインターネットのライブ配信で、複数の保健所からの報告に、現時点で111人の漏れと35人の重複があったと発表しました。 都では、保健所などが端末に入力した感染者の情報を、紙で報告を受けていますが、その紙が届かなかったり、二重で報告されていたということです。 都は現在、集計をやり直していて、感染者の総数は、これまでよりも増えるということです。 担当者は、「入力システムが統一されていないことや、保健所の業務がひっ迫していることが原因」と説明しています。 5月11日 日テレNEWS24 より コロナ再陽性、17道府県で37人 原因不明 厚労省「陰性後も4週間観察を」 新型コロナウイルスに感染後、いったん陰性が確認されながら再び陽性となった人が少なくとも17道府県で計37人(11日現在)いることが毎日新聞の調査で分かった。 再陽性は世界各地で起きているが、ウイルスの特性について未知の部分が多く、原因は分かっていない。 厚生労働省は、陰性が確認された後も4週間程度は健康観察を続けるよう求めている。 毎日新聞が全国の都道府県や政令市などに調査したところ、今月11日までに再陽性が確認できたのは17道府県の20~90代の男女37人(北海道は一部年齢非公表)。 北海道9人、大阪府7人、愛知県5人、兵庫県と滋賀県各2人、長野県や福岡県など12府県は各1人だった。 37人はいずれも退院時や療養施設を退所時などにPCR検査で2回連続で陰性判定を受けていた。 また、37人中34人は再陽性と判定される直前に、発熱や味覚障害、倦怠(けんたい)感など典型的な新型コロナの症状が出ていたことも確認されている。 ほかの3人は無症状だった。 熊本市の20代の女子学生は4月3日に感染が判明し入院したが、検査で2回連続で陰性となり6日後に退院。 しかし、同17日以降に倦怠感や味覚異常などを訴え、26日に再び陽性が判明した。 同居する親族の50代女性の感染も同日、明らかになった。 退院から不調を訴えた17日まで、女子学生は自宅から出ていないといい、市は「再発」を疑う。 しかし、新たに感染した可能性も拭えないという。 大西一史・熊本市長は「新型コロナは非常に長期間、感染者に潜む特性があるのではないか。 もし抗体ができたのに再感染しているのであれば大問題だ」と強い危機感をにじませる。 熊本市はデータを国立感染症研究所に提供し、解析を進める。 再陽性者が出た北海道や秋田県も、同研究所から依頼があり、データを送っているという。 菅義偉官房長官は7日の記者会見で再陽性について問われ「一般的に感染症にかかれば抗体を獲得し、短期的には再感染は考えにくいとされる。 しかし、新型コロナでは、抗体の有無と再感染の関係性などは明らかになっていない点が多い。 国で分析中だ」と説明した。 再陽性者は中国や韓国など他国でも数多く発生しており、研究が進む。 立命館大大学院の美馬達哉教授(先端総合学術研究科)は「海外の研究では、死んだウイルスの断片が検出された『偽陽性』を指摘する声もある。 検査上のエラーや再発、再感染の可能性があるが、長期的にデータを追って研究を進めないと解明できない」と話した。 【斎川瞳、三上健太郎、林田奈々】 5月11日 毎日新聞 より 最近、東京都の感染者数が連日100人を下回っていて、新型コロナウイルの蔓延も収束に向かっているような気がしてくる。 また、長い期間、自分や周囲の人が新型コロナウイルスにかかっていないと、新型コロナウイルスによる脅威を感じづらい気がする。 しかし、記事にあるように、「報告漏れ」や「再陽性」の話も浮上してきている。 新型コロナウイルスに関しては、分からないことがまだまだ多い。 なにしろ言えることは、新型コロナウイルスに関しては、心配してもしすぎることはないということだ。 報道でも言われていることだが、今、自粛の成果が少しずつ出ているところだと思う。 油断せず、しっかりと新型コロナウイルスの対応を続け、「何気ない日常」を取り戻しましょう。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ < 正しい知識備え みんなの命守る> 新型コロナおさらい 政府の緊急事態宣が全国に拡大され、迎えた大型連休。 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ最大の力は、正しい知識と、一人一人が行動を変えることだ。 何度でも確認したい、ウイルス対策に役立つ知識をまとめた。 「 買い物や通院 滞在時間短く 」 【外出時の注意点】 「 流水で丁寧に20~30秒 」 【正しい手洗い】 「 体操習慣で筋肉維持 」 【運動不足の解消法】 「 原則2メートル 屋外も注意 」 【ソーシャルディスタンス】 「 家族や友人との距離 オンラインで縮めて 」 【帰省や飲み会】 「 顔と隙間なく 」 【マスクの着け方】 「 息苦しさ顕著なら相談を 」 【受診の目安37. 5度以上4日】 「 症状長引き 強いだるさ 」 【初期は発熱、せき】 「 個室で安静に こまめに換気 」 【軽症 自宅療養も】 「 子どもも要注意 」 【親からの感染予防を】 「 効果検証は不十分 」 【既存薬活用急ぐ】 4月28日 毎日新聞 特集面 より 見開き1枚に渡って載せられていた特集欄の大中小見出しだけを書き出しました。 紙面では、分かりやすいようにイラストや図、表なども工夫されて載っていましたが、文章全体が長くなりそうだったので割愛しました。 この中で、「 受診の目安37. 5度以上4日」と小見出しがあります。 厚生労働省は8日、相談・受診の目安からこの『37. 5度以上の発熱が4日以上続く』との表記を削除しました。 具体的には、『息苦しさや強いだるさ、高熱のいずれかの症状がある』『高齢者や基礎疾患がある人で、発熱やせきなどの比較的軽い症状がある』『比較的軽い風邪が続く』の3項目を設定し、 ひとつでも該当すれば相談センターにすぐに相談するように呼び掛けました。 また、同様に「 既存薬活用急ぐ」の小見出しの記事の中では、アメリカの医薬品メーカーがエボラ出血熱の治療目的で開発したレムデシベルについても触れられ『投与された重症患者のうち4分の1に腎機能低下などの重い副作用が報告されたほか、今後、十分な量を確保できるかどうかも不透明』と書かれていましたが、 厚生労働省は7日夜に国内初の新型コロナウイルス感染症の治療薬として「レムデシベル」を 特例承認しました。 日本で開発されている抗インフルエンザ薬ファビピラビル( 商品名アビガン)も政府は 5月中に治療薬として承認したい考えだそうです。 ただ、アビガンは胎児への副作用が報告されていて妊婦には使えないのが問題点だそうです。 4月28日の記事からまだ10日ほどしか経っていませんが、 情報や 状況は刻一刻と変わっています。 「新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ最大の力は、正しい知識と、一人一人が行動を変えることだ。 何度でも確認したい、ウイルス対策に役立つ知識」 昨日までは、保健所に連絡しても「発熱されてからまだ2日ですとー、検査対象にはなりませんのでもうしばらく自宅で様子を見てもらえますか」・・・ 昨日までは、自己判断で「ちょっとだるさと咳があるけど、軽症の場合は自宅で安静でいいってテレビで言ってるから電話とかしなくても大丈夫か」・・・ これまでは、陽性反応が出ても治療薬として承認された薬がないために医師が自信をもって投薬できなかった・・・ あと45日早ければ、志村けんさんも、岡江久美子さんも、そして、新型コロナウイルス感染症が原因で亡くなられた多くの方々も、救われていたかもしれないのでしょうか。 私たちは、「今できること・今するべきこと」に精一杯取り組み、1日も早くこのコロナ禍を終息 させて、戻ってきた何気ない日常を懸命に生きるべきではないでしょうか。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ 本日は、「母の日」ということでスピオンオフ版「日本医師の母」についてです。 みなさんは、「荻野吟子」さんを知っていますか。 簡単に説明しますと、1885年に日本で最初の医籍登録者になった女性、つまり『日本人女性で最初に医師の資格を有した人』です。 熊谷市のホームページでは以下のように説明されています。 嘉永4年(1851年)に現在の熊谷市俵瀬に生まれました。 自分の体験から女性医師の必要性を痛感し、医師になることを決意します。 当時、女性には医師の道は閉ざされていましたが、目の前に立ちはだかる壁を信念とたゆまぬ努力で克服し、明治18年(1885年)医術開業試験に合格して、日本の公許女性医師第1号となった 埼玉県三偉人のひとりです。 彼女は、様々な困難や苦労を乗り越えて念願の医師となり、その後は東京、北海道で開業します。 時代は、今と異なり明治のことですが、私たちは偉大な先人から見習わなければなりません。 彼女のことをさらに詳しく知りたい方は、以下の「熊谷市立荻野吟子記念館HP」に載っていましたのでご覧ください。 また昨年の秋には、彼女の生涯を映画にした「一粒の麦」が上映されました。 ちなみに「埼玉県三偉人」のあとのふたりは誰のことだか、知っていますよね。 なのでヒントを。 ひとりは、あの世界的に有名な「三重苦の聖女が心から尊敬し学問を習得する際の手本とした人」です。 もうひとりは、「新1万円札の肖像となり令和3年の大河ドラマ『晴天を衝け』の主人公」ですね。 みなさんは、言うまでもありませんがもうお分かりですよね。 【熊谷市立荻野吟子記念館HP】 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ 新型コロナウイルス感染拡大に伴う 緊急事態宣言が解除され、外出自粛をやめて完全に元の生活に戻すと、約15日後には感染者数が増加に転じる可能性があるとの試算を、大橋順准教授(東京大学集団遺伝学)がまとめた。 同氏は、「継続して人との接触を減らしていかないと努力が水の泡になる」と警告する。 大橋准教授は、初期に感染者1人が平均2. 5人にウイルスをうつし、感染拡大とともにうつす人数が徐々に減ると仮定。 人口10万人あたりの治癒していない感染者数が50人になった日から30日間、行動を自粛すると仮定して、感染者数の推移を試算した。 その結果、全員が他の人との接触を8割減らせば、自粛開始後5日目から感染者数は減少するが、元の生活に戻ると、自粛解除後15日間で再び増加に転じる結果になった。 一方、自粛期間終了後も、自粛をやや緩める形で接触を7割抑制し続ければ感染者数は緩やかに減少し続ける。 自粛開始から74日後、 7割抑制を始めてから44日後に、人口10万人あたりの感染者が10人を切り、ピーク時の5分の1以下となるという。 試算は、東京や大阪などの大都市に当てはめても、同様の結果になるとしている。 大阪大病院の朝野和典教授(感染制御学)は「 どこまで感染者が減少したら安全かという指標がない。 地域ごとの人の行動などさまざまな要因を加えて、2週間後の感染者数を予測できるようにならなければ緊急事態解除のタイミングを決めるのは難しいのではないか」と指摘する。 一方、現状の自粛には地域差があり、全国一律ではないきめ細かな呼び掛けが必要とのデータもある。 キャノングローバル戦略研究所などのチームは、携帯電話の位置情報データを使い、住宅地の昼間と夜間の人口を比較し、500メートル四方ごとにデータを集計して外出の自粛率を推計した。 この手法だと、商業地ではなく、市区町村ごとでも自粛率が把握できるメリットがあるという。 1月6~31日の平均値と比較し、都道府県別に自粛率を分析したところ、緊急事態宣言が全国に拡大されて初の日曜だった4月19日に高かったのは、東京58. 最も低かったのは宮崎32. チームの水野貴之・国立情報学研究所准教授(計算社会学)は「地域ごとに成果を示すことで、市民が取り組みを評価でき、一層の努力を促すなどの動機付けにつながる」と指摘する。 4月28日 毎日新聞 記事 より 11日前の記事です。 あと3、4日もすればこの記事が出された頃の国民の行動状況の反映結果が見えてくると思います。 大阪は、宣言解除の独自の指標を示しました。 国は、14日を目途に解除の目安を示したいと話しています。 北海道では、一度はおさまった感染の拡大が再び増加し始めています。 収束の日は、あとどのくらい離れているのでしょうか。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ 先日、臨時休校が5月31日まで延長されました。 学校では、5月12日(火)に新たな課題を郵送する予定になっています。 なかなか外で存分に運動ができず、気分が晴れない人もいるかとは思いますが、しっかりと取り組みましょう。 今日は、家の中でもできるリフレッシュ方法をご紹介します。 実践してみて、ストレスをしっかりと解消し、ぜひこの期間を有効に活用してください。 睡眠は不足していると、身体の修復が十分にできないので、病気のリスクも高まったり、精神的にも悪影響を及ぼします。 眠いのに寝付けない場合でも、身体を横にしているだけでリフレッシュ効果が期待できます。 2 湯船にゆっくりつかる 慌ただしい毎日を送っていると、お風呂もシャワーだけで済ます人も多いと思います。 しかし、心身ともにリフレッシュするなら、ゆったりと湯舟につかるのがおすすめです。 湯舟にゆっくりとつかることによって、体が温まり全身の筋肉も緩んで、副交感神経が優位なリラックスした状態になり、寝付きもスムーズになります。 3 アロマキャンドルを焚く 家にいる時に、アロマキャンドルを焚くだけでも心身ともにリフレッシュします。 実は、アロマキャンドルは中の水分が熱によって変化するため、森林浴の4倍ものマイナスイオン効果があります。 アロマキャンドルを焚いた部屋で過ごすだけで、自然の中にいる以上の癒し効果を得ることができるのです。 心に悩み事やストレスを抱えて頑なになっている時は、大概身体も固くなっています。 簡単なストレッチをして、全身に血を巡らせて筋肉をほぐしていくと、心も柔らかくなり気持ちを切り替えることができます。 溜まったストレスを発散したい時は、少し激しい運動がおすすめです。 好きなアーティストの動画を見ながら家で思いっきりダンスをすると、楽しみながらストレスも発散することができます。 2 掃除をする 疲れているのに掃除?と疑問に思う人も多いと思いますが、無理のない範囲で掃除をすることもリフレッシュにつながります。 まず、掃除をするとなるとその事に集中するので、普段の悩みやストレスから頭が離れていきます。 そして、掃除機をかけたり、片付けをするので適度に運動していることにもなります。 最後に、片付いた部屋を見ると、達成感や充実感も味わうことができるのです。 3 模様替えをする 掃除が終わったら、部屋の模様替えをしてみるのもいいリフレッシュになります。 ずっと同じ部屋の中にいると、代り映えしない部屋の中で思考が滞ってしまうこともあります。 十分な睡眠をとって、心身の調子に合わせながら、少しずつ部屋の様子を変えていくのも良いかもしれません。 さらに、臨時休校は1か月ほど延長することになりました。 学校に通えないこの期間を、無駄にせず、有意義に過ごしてください。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ コロナ治療薬「レムデシビル」を特例承認 申請から3日 抗ウイルス薬レムデシビルについて、厚生労働省の部会は7日、新型コロナウイルスの治療薬としての製造販売を了承し、特例承認されることが決まった。 新型コロナの治療薬が国内で承認されるのは初めて。 対象は、人工呼吸器をつけるなどしている重症の新型コロナ患者。 レムデシビルはエボラ出血熱の治療をめざして開発された注射薬。 新型コロナの感染者の治療については、米食品医薬品局(FDA)が1日に重症の入院患者を対象に緊急時の使用を許可した。 これを受け、日本政府は海外で販売されるなどした医薬品について、国内の薬事承認の審査を簡略化できる特例承認の対象とした。 2009~10年に新型インフルエンザが流行した際は、英国とスイスの企業のワクチンがこの制度で承認されている。 製造する米医薬大手ギリアド・サイエンシズの日本法人から厚労省に承認申請が出されたのは今月4日。 申請から3日間という異例の早さで承認されることとなった。 5月7日 朝日新聞デジタル より 感染ゼロ続く17県で解除も 西村氏、非常事態宣言巡り 西村康稔経済再生担当相は7日の記者会見で、14日をめどに検討する緊急事態宣言の地域ごとの解除について、新型コロナウイルスの新規感染者ゼロが6日時点で1週間続いた17県などで「解除が視野に入ってくる」と述べた。 重症者の受け入れ余力を含む医療提供体制の状況といったことも踏まえて判断する考えを示した。 内閣官房によると、新規感染ゼロが1週間続いているのは、青森、岩手、宮城、秋田、栃木、福井、三重、鳥取、岡山、徳島、香川、高知、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島の17県。 5月7日 共同通信 より 最近のニュースを見ると、「新型コロナウイルスに有効と言われている薬の使用が日本で承認された」という話があったり、「東京都の感染者が連日100人を下回った」という報道があったりします。 4月中旬から末まで、在宅勤務をしていますが、GW明けの本日久しぶりに通勤したところ、電車の中は新型コロナウイルス感染拡大前までとはいきませんが、人が多かった気がします。 また、いわゆる『ソーシャルディスタンス』と呼ばれるような「他の人と距離をとろう』という意識が、電車内では薄れてきているような気がしました。 先日も、ここで書かせてもらったが、 新型コロナウイルスが収束に向かっていったとしても、デマに流されて油断しないこと。 とにかく、「自分の都合のいいように真実を捻じ曲げて理解・納得しないこと」「自分の都合のいいことにのみ耳を傾けて自分の行動を決めないこと」に注意し、日々心がけるようにしてほしい。 北海道では、第二波、第三波があったと聞く。 今、警戒を薄めれば、首都圏にも第二波、第三波がくることは自明であろう。 感染0が17県で続いても関係ない。 今首都圏では、緊急事態宣言は解除されていない。 この文章を読んでいる君たちが、自分のこと、周りの人のことを考え、行動できる人であることを願う。 『夜20時の拍手』にみんなで力を合わせませんか? ~ 新型コロナウイルス感染拡大防止の為に私たちを支えてくれている人たちへの感謝と励ましの気持ちを込めて~ <サッカー日本代表の歴史> 2018年ロシアW杯に出場した日本代表。 アジア有数のサッカー強豪国に成長した日本だが、1990年代前半まではプロチームもなく、W杯本大会出場にはなかなか手が届かない時期もあった。 日本サッカーが世界レベルで初めて本格的に知られるようになったのは、1968年メキシコ五輪。 大会得点王となった釜本邦茂や渡辺正、杉山隆一らの活躍で銅メダルに輝いた。 1960年代までは日本サッカーの目標は五輪にあり、W杯は1970年のメキシコ大会から予選に継続的に出場するようになる。 だが、当時はオーストラリアやイスラエル(当時はアジア連盟所属)、韓国といった国々の壁が高く、敗退を重ねる。 1986年(メキシコ大会)アジア予選は、本大会出場を決めるゾーンB(東地区)の最終予選で韓国に敗退。 1990年(イタリア大会)も北朝鮮に敗れ、一次予選を通過できなかった。 日本サッカー協会は1991年、社団法人日本プロサッカーリーグを設立し、1993年に10チームで「Jリーグ」がスタート。 1992年には日本代表初の外国人監督としてハンス・オフト(オランダ)が就任し、W杯本大会出場に向けた本格的な態勢が敷かれた。 この時期の中心選手には三浦知良、ラモス瑠偉、井原正巳、柱谷哲二ら。 強化は順調に進み、アメリカ大会アジア予選では、最終予選に進出したが、イラクと対戦した最終戦(第5戦)で後半ロスタイムに同点に追いつかれてあと一歩のところで出場権を逃した。 同試合はカタールのドーハで行われ、第4戦終了時には1位にいた日本は、得失点差で韓国に抜かれて3位に転落。 日本サッカーファンは、これを「ドーハの悲劇」と呼んで記憶にとどめることになる。 4年後のフランスW杯予選では、最終予選グループで韓国に次ぐリーグ2位に。 プレーオフのイラン戦は、マレーシアのジョホールバルで行われ、延長戦の末に勝利をものにして悲願のW杯出場権を初獲得した。 この歴史的快挙を「ジョホールバルの歓喜」と呼び、今なお語り継がれている。 1998年フランスW杯の監督は、岡田武史。 中心的な選手には、中山雅史、井原正巳、中田英寿、名波浩、秋田豊、城彰二、川口能活がいた。 グループリーグでアルゼンチン、クロアチアともに0-1で敗れ、早々とリーグ敗退が決定。 最終戦もジャマイカに1-2で敗れ、初出場のW杯は3戦全敗で終わった。 日本のW杯初得点は、中山雅史が記録した。 W杯史上初となる日本と韓国の共同開催となった2002年日韓W杯。 監督のフィリップ・トルシエ(フランス)は、中田英寿や宮本恒靖、松田直樹、森島寛晃などのほか、小野伸二や稲本潤一、中田浩二といった1999年ワールドユース選手権準優勝組をメンバーの中心に据えた。 グループリーグ初戦のベルギーに2-2の引き分け、第2戦のロシアに1-0、第3戦のチュニジアに2-0で勝ち、グループリーグ1位で決勝トーナメント進出を決めた。 決勝トーナメント1回戦ではトルコに0-1で敗れ、ベスト16で2回目となるW杯を終えた。 トルシエの後任は、ブラジルの英雄ジーコが監督に就任。 2006年ドイツW杯には3大会連続出場となる川口能活や中田英寿らのほか、中村俊輔や中澤佑二、高原直泰、三都主アレサンドロといった新戦力を率いて臨んだ。 だが、3度目となるW杯はグループリーグ初戦でオーストラリアに1-3とまさかの逆転負け(悪夢の8分間)。 第2戦のクロアチアには0-0で引き分けたものの、最終戦のブラジルには1-4と完敗してリーグ最下位に終わった。 2006年代表監督に就任したイビチャ・オシム(ボスニアヘルツェゴビナ)は、急病に倒れ翌年退任。 後を引き継いだ岡田武史がフランスW杯に続き2010年南アフリカW杯の指揮を執った。 チームの中心選手は、長谷部誠や遠藤保仁、本田圭佑、長友佑都、大久保嘉人、田中マルクス闘莉王ら。 グループリーグ初戦のカメルーンに1-0で勝利。 第2戦のオランダには0-1で敗れたが、第3戦のデンマークに3-1で快勝して決勝トーナメントに進んだ。 決勝トーナメント1回戦では、強豪パラグアイ相手に0-0の引き分け、PK戦の末3-5で惜しくも涙をのんだ。 南アフリカW杯後、岡田武史の後任監督としてアルベルト・ザッケローニ(イタリア)が就任。 攻撃的サッカーを掲げて2011年アジアカップを優勝に導き、2014年ブラジルW杯への出場も果たした。 しかし、初戦のコートジボワール戦は1-2で敗れ、第2戦のギリシア戦は0-0の引き分けに踏みとどまったものの、最終戦のコロンビア戦では1-4と惨敗を喫しグループリーグで敗退した。 2018年ロシアW杯は、開幕まで2カ月に迫った4月に3年間代表チームを率いたヴァヒド・ハリルホジッチ(ボスニアヘルツェゴビナ)が電撃解任され、後任に西野朗が就任。 グループリーグ初戦のコロンビア戦は2-1で勝利、第2戦のセネガル戦はリードされた後に追いつき2-2の引き分けに持ち込んだ。 最終戦のポーランドには0-1で敗れたものの、セネガルと勝ち点4、総得失点差0、総得点4で並び、今大会から導入された警告数の少ない方を優位とするフェアプレーポイントでセネガルを上回り、辛くも決勝トーナメント進出を決めた。 決勝トーナメント1回戦で強豪ベルギーを相手に一時は2点リードしたものの、同点に追いつかれ、最後はアディショナルタイムで逆転された。 2018年7月3日 WEB より <平成の時代に着実な前進を見せた日本サッカー> 平成サッカー史を振り返っていくと、どの出来事も印象深い。 ただ、最初の大きな成功体験となった「ジョホールバルの歓喜」から学んだことは非常に多かったように思う。 成功を得るための大切なエッセンスが、ここには詰まっていた。 (1) 準備の大切さ 1997年11月16日、舞台は中立地マレーシアの都市ジョホールバル。 日本は高温多湿の環境に慣れるべく、試合の6日前に現地に到着していた。 一方のイランは、第3代表決定戦に回ることが決定してから移動してきたために試合の2日前にマレーシア入り。 飛行機のフライト遅れもあって、疲労を蓄積させた状態で決戦の地にやってきたのだった。 岡田武史監督にこの時のことを振り返ってもらったことがある。 「マレーシアでやれることも我々にとっては大きかった。 我々はしっかり暑熱対策をやってからジョホールバルに入ったけど、逆にイランは直前になって入ってきたよね。 だから後半、彼らの運動量は明らかに落ちた。 試合前日には、我々の練習中にイランが周りをランニングしたり、アジジが車椅子に乗っていたり(怪我をして試合に出られないんじゃないかと日本を騙そうと)…サッカー以外のところで集中していた感があった。 我々は逆にサッカーそのものに集中していた」移動距離や時差などで言えば、日本の方がイランよりも条件は良かった。 だが、こういった『準備の差』が、最後の最後にあらわれるという教訓を得た。 (2) プレッシャーに打ち勝つ大切さ 勝ったら天国、負けたら地獄。 言葉では言い表せないほどのプレッシャーがのしかかる状況下で、力を発揮しなくてはならない。 ガチガチにならず、集中が途切れなかった。 その意味で象徴的な場面があった。 2-2で迎えた延長後半13分、イランは右サイドからディフェンスラインと川口能活の間に低く速いアーリークロスを送り、逆サイドからエースのアリダエイが飛び込んできたのだ。 川口は懸命に前に出て阻もうとし、ダエイのシュートはクロスバーの上を飛び越えて行った。 その時、川口は座り込むダエイの頭をポンポンと撫でたのだ。 後に川口は語っている。 「グラウンドがスリッピーでクロスのボールが伸びるなとは思っていましたし、ダエイが来たことも分かっていました。 さすがのダエイも届かないだろうと思っていたら、届いた。 ダエイが凄く悔しそうな顔を浮かべていたので、「大丈夫か」みたいな感じでした。 あんなことやれるぐらい、精神的に落ち着いていたんだと思います」このシーンの直後に、岡野雅行の決勝ゴールが生まれた。 『プレッシャーに負けず、集中を切らさず』。 加茂周監督の解任や様々な出来事を乗り越えて、精神的にもタフになったことが「落ち着き」をもたらしたのだった。 (3) 決断の大切さ とにかく岡田采配が光った。 前半に中田英寿のスルーパスから中山雅史が決めて先制しながらも、後半に入ってイランに2点を奪われて勝ち越される。 すると指揮官は、大胆にも三浦知良、中山雅史の2トップを城彰二、呂比須ワグナーの2枚替えに踏み切って、城の同点ゴールが生まれている。 そして、最終予選で一度も試合に出場していない岡野雅行を勝負どころで投入。 足が止まったイランは、岡野のスピードについていくことができなかった。 以前、聞いた指揮官の回想。 「岡野の起用はよく聞かれるんだけど、俺からしたら『使ったことなかったっけ』くらいの感じ。 というのも決断は直感でやる。 どっちを選ぶかじゃない、自分がどういう状態で選べるか。 これで負けたらヤバいとか思うときの決断は大概当たらない。 でも、すっと雑念がなくなって無心で『ここは岡野だ』と。 自分の経験上、そういうときは大体当たっている」雑念のない『無心の決断』が勝利の女神を振り向かせた。 (4) 諦めない大切さ ここまでの予選の状況と、イラン戦の状況があまりに似ていた。

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