坂本 勇人 リアルタイム。 坂本勇人は遊び人説は本当なのか?夜遊びエピソードや歴代彼女のまとめ!

【プロスピA】坂本勇人(Sランク)の評価とおすすめ称号|2020 シリーズ1|ゲームエイト

坂本 勇人 リアルタイム

「どうしたらもっとうまくなるだろうと自分で考えてほしい。 僕は今でもずっと考えている。 漠然と打った、打たれたで終わったらダメです。 プロに入ってすぐ、周りにいる先輩がスーパースターばかりだったので、これはどうにかしてうまくならないとダメだと、プロじゃやっていけないと思いました。 今でもずっと思っています。 1球1球考えて、試して、また考えて、その繰り返しです」 4年前の2016年春、宮崎キャンプ中に巨人・坂本勇人に車内インタビューをした時の言葉だ。 二軍や三軍の若手選手について聞くと、背番号6は真剣な表情でそう言った。 当時は高橋由伸監督の1年目でチームは過渡期、27歳だった坂本の前年の個人成績は、3年連続の打率2割台に10本台の本塁打。 不本意なシーズンが続いていた。 青島神社の絵馬に書かれた目標も「打率3割、20本塁打、25盗塁」と今にして思えば控え目な数字だ。 こうして振り返ると、長い時間が経過したのだと実感する。 あれから巨人は原辰徳監督が戻ってきて、21世紀の巨人をど真ん中で支えた阿部慎之助が引退して、若き4番バッター岡本和真が出現。 丸佳浩という中軸の負担をワリカンできる歳の近い相棒の存在もできた。 そして、20代が終わり、31歳になった坂本は19年には40本塁打を放ち、セ・リーグ遊撃手初のMVPでチーム5年ぶりの優勝に花を添えた。 気が付けば、今季でプロ14年目。 主将としても6年目のシーズンを迎える。 先日、宮崎で収録されたDAZN独占インタビューを見学しながら、自軍の若手選手について語る坂本の主将としての自覚に触れるシーンがあった。 「僕がショートのレギュラーになってから、もう13年ですかね。 巨人の生え抜きでセカンドのレギュラーを1年間守った人はひとりもいないので。 チャンスを平等にもらえている中で、誰ひとりとしてつかみきれていないというのは、すごく情けないと思います。 もっともっと誰かが、『ジャイアンツのセカンドは俺だ』という気持ちでやってくれないと困ります」 冒頭の4年前の車中取材を思い出す。 ここ数年、坂本は進化し、チームも新たなサイクルへと入った。 だが、この問題だけは未だ解決できていない。 そう、正二塁手の不在だ。 昨季は若林晃弘、田中俊太、山本泰寛、増田大輝、そして吉川尚輝といった若手選手たちが次から次へと抜てきされるも、ケガや不振で継続的にチャンスをものにすることはできなかった。 いや、若手と書いてしまったが、話題になった93年組にしても、今年27歳なので若手ではなく、もう中堅世代である。 「期待の若手」でいられる時間は少ないのだ。 誰が東京ドームで背番号6とともに二遊間を守るのか? どの世界でも、何の仕事でも、まずは試合に出続けなければ始まらない。 カメラの前でユニホーム姿の坂本は言う。 「試合に出続けることは大変なことなので。 そこへの意識、試合に出るための準備だったりケアだったり、そこだけは怠らないように。 この時期はそのケガをしないための体づくりが大事なんですけど、それがまたすごく難しいですね」 08年に19歳で全試合スタメン出場を記録した若い頃から、そうした意識はあったのだろうか? 「それはありました。 あったんでね、これだけ今まで大きなケガなく、試合もたくさん出られてますし、若い時からそういう意識は常にあった。 それが今はさらに強くなってますね……まあ体の変化を感じながらですけど」 そう言って31歳のキャプテンは少しだけ笑ったのだった。 衝撃デビューの十代、栄光と苦悩の二十代、全盛期の三十代。 もう14年間もその背中を追い続けてきたが、今季は間違いなくキャリアのひと区切りのメモリアルイヤーになるだろう。 残り116安打に迫った史上最年少2000安打、あと121試合で更新する遊撃手出場試合数第1位。 デビュー当時は偉大な先輩と比較され、「あいつで大丈夫か」と観客から野次られていたあの背番号61の少年は、ついに長い球史でもスペシャル・ワンの存在になった。 今年もキャンプインしたが、そこにはマシソンも上原浩治も山口俊もいない。 原巨人はチームの世代交代の真っ只中だが、変わらずその中心には背番号6がいる。 彼と長い時間を共有したファンは、その一挙手一投足を見るためにチケットを買い球場へ足を運ぶ。 あれが俺たちのヒーローだと。 少し古い言い方になるが、その存在は令和の「ミスター・ジャイアンツ」そのものだ。 時代が変わっても、変わらないものがある。 さて、球春到来。 東京五輪でのペナント中断前に2000安打の快挙達成はなるのか? その試合、誰が隣で二塁を守っているのか? 原巨人のあらゆるストーリーはこの男を中心に展開されるだろう。 過去でも未来でもない、今この瞬間「2020年の坂本勇人」をリアルタイムで見られる喜びをかみしめながら、東京ドームへ通おうと思うのだ。

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坂本勇人 X 大城卓三の新型コロナ

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6月3日、巨人の大城卓三捕手とともに新型コロナウイルスに感染していることが確認されたことがわかった巨人の坂本勇人内野手。 その坂本について、今季達成が注目されていた「最年少2000本安打」について元大洋ホエールズ(現、横浜DeNA)で活躍した高木豊氏が、言及していた。 政府が、緊急事態宣言を5月31日まで延長する意向を発表した5月4日、みずからのYouTubeチャンネル〈高木豊〉で投稿された回でのことだが、番組冒頭、アシスタントのフリーアナ・森藤恵美がプロ野球解説者の江本孟紀氏の発言を取り上げた。 「江本さんが話してるんですけど、100試合くらい開催できるなら公式記録にカウントしてもいいだろうが、もっと少ない試合なら今季は参考記録の扱いにするべきかもしれないと。 90試合が江本さんはちょっとギリギリで、その90試合でバースの打率とか、沢村栄治さんの防御率0. 81といった伝説の記録が塗り替えられたら、気持ち的に複雑かなっていうのを…」 すると高木氏も、「江本さんの考え方に賛同する」と話したうえで、「ただ、この大変な状況下の中、90試合だとしても、その数字を残せた選手っていうのは、称賛に値するよね」と持論も展開した。 ちなみに6月4日現在では6月19日開幕されるプロ野球の試合数は、当初の143試合から削減されたものの、120試合となっているから、江本氏の考えに照らせば、記録は公式なものと考えて問題なさそうだ。 一方で、残り116本に迫った坂本勇人の今季最年少2000本安打記録の更新については、「もう無理だよね」と、リミットの7月29日までの記録更新はありえないとも、5月4日の投稿で高木氏は口にしていた。 「もちろん坂本選手は、そのために試合をやってるわけではないのは、みんなわかってるんですけど…」と森藤もあきらめきれない表情。 「それが注目の的でもあったしね」との高木氏のコメントに、最後には「はい…」と、森藤もうなだれるしかなかった。 〈坂本の2千本安打が見れないのは辛い!〉と視聴者のコメントもあり、新型コロナに記録更新の腰を折られ、がっかりの様子だった。 今季の開幕遅延は、ノリにノッていた選手にとって調子を崩す原因になるかもしれないが、ケガに苦しんでいた選手にとっては恵みの休息となっていたはずだ。 いずれにしても、この期間を選手は言い訳にしたくないに違いない。 まずは、坂本と大城には早期に復帰できることを、そして開幕した暁には、すべての選手の健闘を祈りたい。 (ユーチューブライター・所ひで).

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坂本 勇人のプロフィール|読売巨人軍公式WEBサイト

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「どうしたらもっとうまくなるだろうと自分で考えてほしい。 僕は今でもずっと考えている。 漠然と打った、打たれたで終わったらダメです。 プロに入ってすぐ、周りにいる先輩がスーパースターばかりだったので、これはどうにかしてうまくならないとダメだと、プロじゃやっていけないと思いました。 今でもずっと思っています。 1球1球考えて、試して、また考えて、その繰り返しです」 4年前の2016年春、宮崎キャンプ中に巨人・坂本勇人に車内インタビューをした時の言葉だ。 二軍や三軍の若手選手について聞くと、背番号6は真剣な表情でそう言った。 当時は高橋由伸監督の1年目でチームは過渡期、27歳だった坂本の前年の個人成績は、3年連続の打率2割台に10本台の本塁打。 不本意なシーズンが続いていた。 青島神社の絵馬に書かれた目標も「打率3割、20本塁打、25盗塁」と今にして思えば控え目な数字だ。 こうして振り返ると、長い時間が経過したのだと実感する。 あれから巨人は原辰徳監督が戻ってきて、21世紀の巨人をど真ん中で支えた阿部慎之助が引退して、若き4番バッター岡本和真が出現。 丸佳浩という中軸の負担をワリカンできる歳の近い相棒の存在もできた。 そして、20代が終わり、31歳になった坂本は19年には40本塁打を放ち、セ・リーグ遊撃手初のMVPでチーム5年ぶりの優勝に花を添えた。 気が付けば、今季でプロ14年目。 主将としても6年目のシーズンを迎える。 先日、宮崎で収録されたDAZN独占インタビューを見学しながら、自軍の若手選手について語る坂本の主将としての自覚に触れるシーンがあった。 「僕がショートのレギュラーになってから、もう13年ですかね。 巨人の生え抜きでセカンドのレギュラーを1年間守った人はひとりもいないので。 チャンスを平等にもらえている中で、誰ひとりとしてつかみきれていないというのは、すごく情けないと思います。 もっともっと誰かが、『ジャイアンツのセカンドは俺だ』という気持ちでやってくれないと困ります」 冒頭の4年前の車中取材を思い出す。 ここ数年、坂本は進化し、チームも新たなサイクルへと入った。 だが、この問題だけは未だ解決できていない。 そう、正二塁手の不在だ。 昨季は若林晃弘、田中俊太、山本泰寛、増田大輝、そして吉川尚輝といった若手選手たちが次から次へと抜てきされるも、ケガや不振で継続的にチャンスをものにすることはできなかった。 いや、若手と書いてしまったが、話題になった93年組にしても、今年27歳なので若手ではなく、もう中堅世代である。 「期待の若手」でいられる時間は少ないのだ。 誰が東京ドームで背番号6とともに二遊間を守るのか? どの世界でも、何の仕事でも、まずは試合に出続けなければ始まらない。 カメラの前でユニホーム姿の坂本は言う。 「試合に出続けることは大変なことなので。 そこへの意識、試合に出るための準備だったりケアだったり、そこだけは怠らないように。 この時期はそのケガをしないための体づくりが大事なんですけど、それがまたすごく難しいですね」 08年に19歳で全試合スタメン出場を記録した若い頃から、そうした意識はあったのだろうか? 「それはありました。 あったんでね、これだけ今まで大きなケガなく、試合もたくさん出られてますし、若い時からそういう意識は常にあった。 それが今はさらに強くなってますね……まあ体の変化を感じながらですけど」 そう言って31歳のキャプテンは少しだけ笑ったのだった。 衝撃デビューの十代、栄光と苦悩の二十代、全盛期の三十代。 もう14年間もその背中を追い続けてきたが、今季は間違いなくキャリアのひと区切りのメモリアルイヤーになるだろう。 残り116安打に迫った史上最年少2000安打、あと121試合で更新する遊撃手出場試合数第1位。 デビュー当時は偉大な先輩と比較され、「あいつで大丈夫か」と観客から野次られていたあの背番号61の少年は、ついに長い球史でもスペシャル・ワンの存在になった。 今年もキャンプインしたが、そこにはマシソンも上原浩治も山口俊もいない。 原巨人はチームの世代交代の真っ只中だが、変わらずその中心には背番号6がいる。 彼と長い時間を共有したファンは、その一挙手一投足を見るためにチケットを買い球場へ足を運ぶ。 あれが俺たちのヒーローだと。 少し古い言い方になるが、その存在は令和の「ミスター・ジャイアンツ」そのものだ。 時代が変わっても、変わらないものがある。 さて、球春到来。 東京五輪でのペナント中断前に2000安打の快挙達成はなるのか? その試合、誰が隣で二塁を守っているのか? 原巨人のあらゆるストーリーはこの男を中心に展開されるだろう。 過去でも未来でもない、今この瞬間「2020年の坂本勇人」をリアルタイムで見られる喜びをかみしめながら、東京ドームへ通おうと思うのだ。

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