桜 蔭 戦記。 桜蔭 SAPIXオープン(11/3)

桜蔭中学ってこんな学校!卒業生が語る桜蔭学園のこと

桜 蔭 戦記

姉がまず中学受験塾に入り、わたしは 「お姉ちゃんがやるなら、わたしもやりたい」というスタンスだったのです。 姉は、家から近いフェリス女学院に入学。 とても 楽しそうにしていたので、当初は同じ学校が第一志望でした。 エデュ:では、なぜ桜蔭を受験・入学したのですか? 武藤さん:わたしたちの学年が、 たまたま「サンデーショック」に当たったのです。 「サンデーショック」とは、入試日が集中する2月1日に日曜があたる年、キリスト教系の学校が入試日を変更することにより生じる事象のこと。 それでフェリス女学院の入試日が変わるので、「1日に桜蔭を受けたら?」と塾や母から勧められました。 それから初めて桜蔭の文化祭を見に行ったところ、校風がとてもよかったのです。 エデュ:なるほど! たまたま「サンデーショック」に受験期が当たることで、運命の志望校と出会うこともあるのですね。 近所で通える塾の中から、 母が口コミを参考に選びました。 5年生になるタイミングで入ったのですが、入塾時は下から3番目のクラスでした。 もともと勉強ができるタイプではなく、 公立小学校のクラス内でさえ、中くらいの成績でしたから。 でも、6年生になって、最終的には最上位クラスをキープできるようになりました。 エデュ:え! すごいですね! その秘訣は何でしょう。 武藤さん:特別に思い当たることはありません。 人と競争するタイプでもなかったし、負けず嫌いでもありませんでした。 どちらかというと、自分との戦い。 いい点数を取ると母がほめてくれて、おいしいものを食べさせてくれたので、それにつられたのかもしれません。 一度クラスが上がると、「上がれるんだ」と分かることで余計にがんばれて、気づいたら最上位にいました。 エデュ:停滞期はありませんでしたか? 武藤さん:もちろんありました。 悪い点を取ってしまうと、母から残念そうな顔で叱られることも。 ただ、 具体的にダメな点を指摘してくれたので、「次がんばろう」というモチベーションになりました。 あと、受験直前期も不安が高まりました。 それについては、第一志望の前に 1月入試を受けたことでリラックスできました。 武藤さん:教育ママという感じではありません。 でも、よく考えれば 日常の中でさりげなくしてくれていたことを思い出します。 たとえば、わたしがお風呂に入っているとき、母が外からクイズや九九を出題してくれました。 あと、 塾の送迎時に、母から「今日何をしたのか、ママに教えて」と言われ、要点をまとめ報告するのが日課になっていました。 エデュ:「勉強」を「勉強」と思わせない、お母さまの技が効いていますね。 勉強面以外でお母さまはどんなことをしてくださいましたか? 武藤さん:生活面、特に食事について注力してくれました。 塾に行く前は眠くならないくらいの軽食、帰宅後の夕食は栄養のあるものなど、タイミングに合ったメニューをしっかり考えてくれていました。 入学してみて、どんな印象でしたか? 武藤さん:桜蔭は、常に「みんなでがんばろう」という雰囲気で、たとえば定期試験もゲームのような感覚でした。 他校の話を聞くと、おたがいに成績を探り合う雰囲気があるようでしたが、桜蔭はむしろ逆。 おたがいのテストや模試の点数を見せ合う環境でした。 志望校も打ち明け合って、「がんばろうね!」と切磋琢磨していましたね。 エデュ:塾は行きましたか? 武藤さん:塾も、周りの多くの友だちと同じように、鉄緑会に通っていました。 ただ、「大学受験」という観点では、 塾は行っても行かなくてもいいかもしれません。 大学受験はやればやるだけ伸びるので、自分の努力次第ですね。 そのエピソードは一見たしかに「ふつう」なのですが、一つひとつをじっくり聞くと、お母さまのさりげない「環境作り」に素直に応じて、力をつけたようすが伝わりました。 また、これまで取材した東大・京大生にはいなかった、「人と競争するタイプでもなく、負けず嫌いでもない」という武藤さんの性格に、「みんなでがんばろう」という桜蔭の雰囲気はとても合っているように思えました。 さて、その桜蔭と武藤さんを出会わせた「サンデーショック」。 次に来るのは2015年です! こちらを読んでくださっているみなさまも、他人事ではないかもしれませんね。 2013年6月4日• 2013年6月20日• 2013年7月4日• 2013年7月30日• 2013年8月14日• 2013年9月5日• 2013年9月19日• 2013年11月20日 ふつう女子が桜蔭&東大に行けたワケ 武藤千明さんインタビュー• 2013年12月4日• 2014年1月9日• 2014年1月23日• 2014年2月6日• 2014年2月20日• 2014年3月5日• 2014年3月20日• 2014年4月3日• 2014年4月17日• 2014年5月1日• 2014年5月14日• 2014年6月5日• 2014年7月3日• 2014年7月17日• 2014年8月7日• 2014年8月28日• 2014年9月18日• 2014年9月26日• 2014年10月16日• 2014年11月6日• 2014年11月20日• 2014年12月4日• 2014年12月18日• 2015年1月8日• 2015年2月5日• 2015年2月19日• 2015年3月5日• 2015年3月19日• 2015年4月2日• 2015年4月16日• 2015年5月7日• 2015年5月21日• 2015年6月4日• 2015年6月18日• 2015年7月8日• 2015年8月20日• 2015年9月17日• 2015年10月29日• 2015年11月19日• 2015年12月17日• 2016年1月21日• 2016年2月18日• 2016年3月17日• 2016年4月21日• 2016年5月19日• 2016年6月16日• 2016年7月21日• 2016年8月18日• 2016年9月23日• 2016年10月20日• 2016年11月17日• 2016年12月15日• 2017年1月19日• 2017年2月16日• 2017年3月16日• 2017年4月20日• 2017年5月18日• 2017年6月22日• 2017年7月20日• 2017年8月24日• 2017年9月21日• 2017年10月19日• 2017年11月16日• 2017年12月21日• 2018年1月25日• 2018年2月22日• 2018年3月22日• 2018年4月11日• 2018年5月16日• 2018年6月13日• 2018年7月11日• 2018年8月15日• 2018年9月12日• 2018年10月10日• 2018年11月14日• 2018年12月12日• 2019年1月16日• 2019年3月13日• 2019年4月10日• 2019年5月15日• 2019年6月12日• 2019年7月10日• 2019年8月14日• 2019年9月11日• 2019年10月21日• 2019年11月13日• 2019年12月11日• 2020年1月22日• 2020年2月12日• 2020年3月11日.

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女子御三家「桜蔭・女子学院・雙葉」校風と入試傾向 (1/3) :日経DUAL

桜 蔭 戦記

お久しぶりです。 桜道造です。 中学受験本番まであと2週間ですか。 この季節になると あの頃を思い出します。 あれからもう3年も経つんですね。 美咲も今年の4月から高校生。 いよいよ大学受験に向かっていく歳になってきました。 結局第一志望のには届きませんでしたが その悔しさを この三年間、 僕も美咲も忘れていません。 さらに三年先の舞台で 大きな桜を咲かせるまでは。 そんなことを思っている時、 ふと受験のことを思い出しました。 僕と美咲が中学受験するきっかけとなった一冊です。 桜井信一さんの娘さん、 どうなったかな? もう大学生だっけ? そんなことを考えながら 桜井さんのブログを覗いてみると… なんですか この不甲斐ない結果は。 見苦しい言い訳のオンパレード。 現役で難関大に入れないもんだから 地方の医学部へ逃げる方向で浪人。 情けない。 驚きました。 そして失望しました。 ざまぁねえな! だんだん怒りすら湧いてきました。 なんたるブザマ! あなた方の、 あの3年近い苦労は、 あれはなんだったんですか! 壁に貼ったあの「人生のしくみ」は、 あれはなんだったんですか! 小4から高3までの8年間。 ここをがんばれば残りの人生、61年間、 たくさんの人に感謝され、尊敬され、 お金の心配もなく暮らすことができる! 素敵な話だなと思いました。 娘にもそんな人生を歩んで欲しいと思いました。 僕みたいに泥水をすするんじゃなく、 もっと高いステージで人生を送ってほしい、 だから僕ら父娘2人も いろんなことを犠牲にしながら がんばりました。 正体を明かすのは大学受験合格後と決めているので 詳しいことは書けませんが 現在中3の娘は校内でも全国模試でも 輝かしい成績を残しています。 の門をくぐれなかった悔しさを ずっと胸に秘めて 日々精進しています。 なのに なのに 僕たち2人の憧れの存在だった あなたたちの体たらく。 人は数年でこんなにも 変わってしまうのでしょうか… 悲しいです。 悲しいですよ!桜井さん! 僕は悲しいです。 悔しいです。 共にの門を目指した仲間として。 そしてあの狭き門にはじかれ 同じ屈辱を味わった仲間として。 地方の医学部? そんなの意味なくないですか? 「医学部」という記号で 誤魔化したいだけでしょ? なんやかんや紆余曲折あったけど 医学部合格やー!と。 虚しいです。 50とか52. 5とか 60とか埼玉とか獨協とか聖マリとか そういうことでしょ? みたいな裏技(英語と小論文)で 慶応に入って「偏差値40アップ!サクセス!」とか 言ってるよりは幾分マシですけど… 虚しい… 僕ら2人も3年後、 そういうブザマなことにならないよう もう一度あの悔しさを胸に刻んで 進んでいきます。 次はまた3年後かな。 またお会いしましょう。 さようなら。 あれからもう5ヵ月と3週間、もうすぐ半年が経とうとしているのですね。 娘は今、とても充実した学校生活を送っています。 いろいろ自慢したくなるような話もあるのですが、 やっぱりすぐに学校がバレるような話なので、 すいません、できません。 娘は結局、第一志望のには合格できませんでした。 できませんでしたが、すぐに気持ちを切り替えて 新しい制服で、新しい学校、新しい友達、新しい先生と 新しい生活を楽しんでいます。 僕はと言うと、 きっと天狗になりたかっただけなんですね。 「道造さんのお子さん、に受かったんですって?すごいですねー!」 と言われたかっただけなんだと思います。 多くの受験ママと同じく、自分の受験コンプレックスを子どもを使って代理、代理リベンジをしようとしていただけでした。 今だから正直に言えることです。 年末から年始にかけての冬期講習と正月特訓。 クラスでも上位にちょくちょくいけるようになり、 の狭き門に手がかかったように思えた瞬間が何回かありました。 しかし。 その一ヶ月後。 奇跡の逆転は起きませんでした。 2月、3月、4月、 気持ちを切り替えて新しい生活を送り始めた娘とは対象的に 僕はずっと落ち込んでいました。 悔しいやら燃え尽きたやら恥ずかしいやら、美咲に申し訳ないやら… 気持ちの整理がまったくつかなかったのです。 解決してくれたのは半年の時間でした。 この半年間の娘の笑顔。 勉強でも部活でも遊びでも圧倒的な結果を出しまくり(ほんとは自慢したい)、 笑いまくって、疲れたら死んだように眠る美咲を見ていたら、 いつの間にか「」のことは僕の中でちっぽけなことになっていました。 そうそう、さんには感謝しないといけません。 から東大、そして、そして「このハゲー!」そして離党&入院。 を吹っ切るという意味では彼女には大いに助けられました。 に行けたらそれはそれで素晴らしいことだけど、 行けばいいってもんじゃないなと。 当たり前だけど。 の神童の中で深海魚のように6年間過ごすのも それはそれでしんどいだろうなぁとも。 そんな負け惜しみも気軽に言えるようになりました。 ただ、まだまだ心の傷は深いです。 2月2日の2時。 あの桜の下の木陰で起こったこと。 あの阿鼻叫喚のこと。 あの時のこと、記事を途中まで書いて封印しています。 あのことを話すにはまだもう少し時間が必要です。 それくらい本気で打ち込みました。 受験後、親しい、しかし無理解な、ママ友達に大変傷つけられました。 それは想定外でした。 傷つきました。 あまりの無理解に傷つきました。 だって僕らは本気でを目指していたからです。 3年間いろんなことを犠牲にしてきました。 いろんなことを僕も我慢したし、美咲にも我慢させました。 ママ友に相談できるはずもなく、孤独に、 ただただ耐えてきたのです。 そんなに軽く励まされることではないのです。 金メダルを目指してきて、結局最後に負けた選手ってこういう気持ちだったんだろうなぁと思います。 ごめんなさいと泣きじゃくる彼女に「銀メダルでも充分すごいじゃん!」という人、たくさんいましたよね。 本気で金を目指した人に銀でもすごいじゃん!なんて 僕だったら言えないし、言って欲しくもない。 そんな気持ちでした。 あーこういう風に傷つけられるんだぁ。 想定外だなぁと思いながら傷ついていました。 いまだに傷ついています。 まだママ友を恨んでいます。 まだ、あんな軽口を叩いたママ友を許せないでいます。 しかしこれも時間が解決してくれることでしょう。 この半年間、たくさんのコメントをいただきました。 特に「伏せ字を明かせ」というコメントを多数いただきました。 すいません、今はまだ無理です。 間違いなく明かせる時期、それは美咲が大学受験に成功した時なんだろうなぁと思います。 リベンジをした時。 5年半も先になってしまいますね。 それより手前で、明かせるようになるのかもしれません。 来年?来月? それは僕には分かりません。 なんとなく、 この半年溜め込んだ、 鬱屈した気持ちと晴れ晴れとした気持ちを、 書き連ねました。 もう遠い遠い昔のことのようです。 ただ昨日のことのように思い出すシーンもあります。 受験前夜のことです。 1月は徐々に就寝(22時)と起床時間(6時)を早くしていったこともあり、 なかなか寝れませんでした。 普段夜型なので。 横で眠る美咲を「絶対に」起こしてはいけないと 寒く真っ暗な冬の寝床で、寝返りをそーっと、息を殺すようにしたあの夜の、緊張と不安が張り詰めていた寝室の情景。 忘れられません。 次の記事は、 また半年後かもしれません。 ただ、僕が今年受験する後輩ママさんに、 伏せ字を明かすと言いながら明かしていない罪滅ぼしもかねて、 役に立てるとすればそれは、 の出願は何時に並べば何番がとれるのか?の情報だと思っています。 始発で向かい並びました。 何時に並んで何番だったのか、受験当日何番の人は何時に面接が終わったのか? 克明に記録しました。 あの日あの場所でめっちゃメモとってた男、それが桜道造です。 去年僕が喉から手が出るほど欲しかったその情報。 またその時期が近づいたら、書きたいと思います。 2017年2月。 2月1日からの約1週間。 濃密でドラマチックな時間でした。 そうそう、自殺未遂したママ友もいました。 経緯を聞くと、あーそれ僕も同じ状況になってたら自殺しそうだわぁ、という残酷な話でした。 話を聞いただけで涙が止まりませんでした。 僕も本気でやっていたけど、周りも本気でした。 死ぬ気でやってました。 だから。 本気の受験をしてない人は本気でを目指した人に 軽口を叩かないで下さい。 「銀でもすごいじゃん!」なんて軽く言わないでください。 殺したくなるんです。 お願いします。 は倍率が毎年ちょうど2倍くらいです。 低いと思われるかもしれません。 しかし最高峰ですからね、最後に回避する志願者が多いのでそのくらいになります。 志望校を下げずに2月1日にに挑戦し、 翌2日にあの桜の木の下でを受けた500人あまりの子どもたち。 あの日あの場所に立てた。 それだけで誇らしい。 そんな桜の花のような子どもたち。 半分が咲き、半分が散りました。 恐ろしく、美しい光景でした。 あの日凍りついた僕の心が 少しづつ溶けてきました。 少しづつ、あの日のこと、 2月のこと、それからのこと、 書いていけるようになるといいな と思っています。 最後にこれからを受ける方へ。 僕はあなたが羨ましいです。 に挑むこと、素晴らしい挑戦だと思います。 あなたにはの狭き門をくぐれる可能性があります。 僕と美咲にはもうありません。 に挑めること、入れる可能性があること。 羨ましくてしょうがありません。 美咲は悔いなくがんばったようです。 僕は、、、やっぱり悔いが残っています。 に挑めることの喜びを噛み締めながら、 ただし悔いのないように、挑んでください。 以上です。 長文失礼しました。 久しぶりのブログ、楽しかったです。 こちらは父娘で最難関を目指したハードコアな中学受験ブログ「桜道」とはうってかわって、バスケと受験を両立させながら塾なしで偏差値50あたりを目指す、ゆるーくエコな受験ブログです。 果たして新4年生の弟・アサヒの運命やいかに! ぜひご覧ください。 美咲はルンルンで学校を早退し会場へ向かう。 新しい生活の始まりを強く感じながら。 ただそれを手放しで喜べないのは、 戦いを終えた、僕らの周りの 「中学受験」という戦場が 想像以上に死屍累々だったからだ。 がんばれ!受験生!吉報を祈ってます!。。。。。 2月第二週、 主要な試験や合格発表などの日程が終わり、 中学受験が一段落した。 周りにはいろんな子がいる。 第一志望に落ちた子、 1つしか受からなかった子、 1勝多敗の子、 1月校しか合格がもらえず遠距離通学になる子、 都立の結果を待っている子。 全敗で都立の結果を待つ子。 まさかの全敗の子。 似ているようでみんな事情が違う。 僕らは1つ上、2つ上の すでに受験を終了した先輩たちのブログで 戦いの様子を知っている。 彼ら終了組のブログを読んで、 中学受験の日々を先取り学習しているのだ。 しかし。 そこで一つの勘違いをする。 なんだかんだ言っても どこかには受かる、 全敗はない。 なぜなら終了組のブログに 全敗の話が出てこないからだ。 だから僕たちは勘違いしてしまいがちだ。 中学受験は残酷だ。 受かる子より落ちる子が多い。 受験日程後半は敗者復活戦の様相を呈するが、 その参加者全員に合格が出ることはない。 全敗で終わる子がたくさん出るのは必然。 なのになぜこの「なんとかなる」という勘違いが生まれるのか? それは、 ・全落ちを記録したブログが存在しない ・成績が終盤下降した家庭のブログの多くは消えている だから僕たちが目にしているブログは、 一部の、全落ちしなかった、 いわゆる合格体験談だけなのだ。 当たり前だけど、で感じるより 現実の僕の周りは、遥かに多くの(ブログをやってない)方たちが 受験を目指し、遥かに多くの人が全落ちで公立に進学を決めていっている。 なのでこれから受験を目指す受験生とご家庭は、 終了組のブログ群を眺めながら「うちもどっかには受かるだろう」などと ゆめゆめ思わないようにされたい… と、そこまで妻に話をしたら、 「行き先がゼロになる高校受験よりマシじゃん」と言われた。 ああああああ…おそろしい…たしかにそりゃそうだあああ… そんなおそろしい高校受験を避けられるという点でも やっぱり中学受験はおトクなのかな…。 多数のご応募ありがとうございました。 身バレしないようにしつつ受験生家族を紹介するって、、、難しいですね。 というわけで、 テレビ取材を受けてもいいよーという方を大至急で探しています。 関東の名門校・難関校に合格して、なおかつ顔出しOKなご家庭がいらっしゃったらご連絡ください。 テレビ局におつなぎします。 締切は今夜!お早めに! ・中学校名 ・性別 ・大まかな住所 を明記の上、下記メールアドレスまで sakuramichizo. ありがとうございます。 不合格は僕の責任。 」を書き上げて、 ふとを見てみると、 昨日5位だったのが1位に! いいい、、、 1位! ついにテッペンだよおっかさん! 漠然と、前から思っていた、 書籍化。 総合ランキングで10位に入ったら考えてもいいかな… ま、無理だろうけど…。 と思っていたのですがトップ10どころが1位になっちゃいました! ランキングTOP10には 本を出してる先輩ブログ、有名ブログがたくさんあって…、 ちょっと…その気になってます。 本も出したいし、取材があれば受けてみたい。 です! というわけで 出版社さま・マスコミさま 各位 みなさまからのご連絡、心よりお待ちしております! sakuramichizo. の合格発表があったあの時から、 そこに僕らの番号がないと知ってから 今日まで僕は混乱していた。 2月1日の合格と 2月2日の不合格。 僕らの手元には 散った桜と 咲いた桜があった。 うれしいのか悲しいのか、 勝ったのか?負けたのか? 散ったのか?咲いたのか? 結局いま なにがどうなっていってるのか? よく分からなかった。 よく分からないまま、 それでも戦いは連日続いた。 僕はずっと、この受験はなんだったのか?を考えていた。 そんなときふと一つのサッカーの格言を思い出した。 勝利は選手のもの。 敗北は監督の責任。 合格は美咲のもの。 不合格は僕の責任。 なるほど… そういうことなんだろうな… 少しだけ頭の中がスッキリした。 最後の結果が出た。 これですべての結果が出揃ったのだ。 こうして僕達の約2年半、 910日に及ぶ中学受験が終わった。 5時10分。 目覚ましがなったわけでもなく、 自然に目が覚める。 えっと…今日は… 今日は、、、? そうか。 もう終わったんだった。 昨日の19時の合格発表で 受験のすべての予定が終わったんだ。 昨夜のことを回想する… 2月4日。 19時10分。 予約したレストランで打ち上げだ! 靴を履く玄関先で たまたま二人きりになった僕と美咲。 そこで僕は切り出すことにした。 すべての結果が出揃うまで言えなかったことを、 美咲に言っておくにはちょうどいいタイミングだと思った。 靴を履いた美咲に声をかける。 「美咲。 ちょっとだけいいか? 受験お疲れ様でした。 ごめんお父さん今予想してない感じで すごく動揺してるんだけど、 聞いて。 受験どうだった? 受験して…よかったのかな。 お父さん今よく分からないんだよね… 中学受験が… … 入れなくてごめんな 」 いつも泣きながらブログを書いている僕。 基本的に泣き虫だ。 ただ美咲の前では泣いたことがない。 泣かないようにしてきた。 でもこの瞬間。 僕はその場にしゃがみこみ、 顔を両手で押さえ、 泣き出してしまった… 「… 入れなくてごめんな。 美咲はがんばった。 でもお父さんのがんばりが足りなかった。 ごめん。 本当にすごいよ。 よくがんばった。 ではダメだった。 それは全部僕のせいだ。 ごめんな… ほんと、ごめん… ははは ごめんごめん、 泣いちゃって… よし行こう! 合格おめでとう! よくがんばった! 行こう! お母さんが待ってる 」 お互い照れくさい2人は 目を合わせるでもなく、 赤い目をして街へ飛び出した。 2月4日19時20分。 こうして僕達の約2年半、 910日に及ぶ中学受験が終わり、 新たな日々がはじまった。 1年間ご愛読いただきありがとうございました。 この物語に続きがあるのかないのか。 今はまだ分かりません。 当面は受験期間中にいただいた応援や励ましのコメントに 少しずつ返信をしながら、受験の余韻に浸りつつ、 まだ答えの出ていない中学受験とはなんだったのか?を 頭の中で整理したいと思います。

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【プチ炎上】 エデュに書かれた誹謗中傷「桜蔭うかるはずない」 !【保管】

桜 蔭 戦記

前回記事 では、関東圏の男子中学御三家と言われる3校について紹介しました。 今回は関東圏の女子中学御三家について紹介します。 ところで皆さん、女子中学御三家と言われる3校をすべて言えるでしょうか? 男子中学御三家は知っていても、女子御三家となると「あれ? どこだっけ?」と分からない人が案外いらっしゃるかもしれません。 関東圏の女子御三家は「桜蔭中学校・高等学校(以下、桜蔭)」「女子学院中学校・高等学校(以下、女子学院)」「雙葉中学校・高等学校(以下、雙葉)」の3校。 いずれも東京23区内にある伝統校です。 この3校の共通点といえば、毎年数多くの東大合格者を出す進学校であること。 でも、同じ進学校でも、その中身は大きく異なります。 女子中学御三家の特徴を表すものとして、ユニークなたとえがあります。 【桜蔭】 1930年(昭和5)、東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)の同窓会「桜蔭会」により創立。 全国の女子校の中でも、毎年50人以上の東大合格者を出す進学トップ校として名を馳せる。 医学部への進学も多い。 校訓は「勤勉・温雅・聡明であれ」「責任を重んじ、礼儀を厚くし、よき社会人であれ」。 建学以来、「礼と学び」の心を大切にし、「知・徳・体」に調和の取れた教育を実践。 勉強のみならず、人として必要な礼法にも力を入れている。 全体的に勤勉な生徒が多い。 授業は、中3の自由研究をはじめ、自ら調べ、考え、発信していく力の育成を重視。 大学受験のための勉強ではなく、学問に対する興味を養うことを目指している。 東京都文京区本郷所在。 中学校240名、高校募集なし。 【女子学院】 1870年(明治3)創立のプロテスタント校。 キリスト教精神に基づいた豊かな人間性を育む教育を行うとともに、高い理想を持つ自立した女性の育成を目指す。 東大合格者数は、桜蔭には及ばないものの毎年20人以上に上る。 自由な校風が特徴で、制服や細かい校則がなく、校則にあたる規定も「校章のバッジをつける」「上履きは指定のものにする」などの4項目のみ。 授業は、中学では全科目をバランスよく学習しながら、実験やリポート、作文、作品制作などにも力を入れている。 また、毎朝礼拝が行われ、週1時間「聖書」の授業がある。 東京都千代田区一番町所在。 中学校240名、高校募集なし。 【雙葉】 1872年(明治5)創立のカトリック校。 校訓は「徳においては純真に、義務においては堅実に」。 6年間を通して「宗教」の授業があり、ボランティア活動に力を入れたり、毎日生徒が校内掃除を行ったりするなど、カトリックの精神に基づいた全人教育を実践。 女子御三家の中で唯一併設の小学校がある。 校則はそれほど厳しくないが、上品で礼儀正しい女性になるようにという雙葉の文化が根付いているので、身だしなみが乱れていると学校側から注意を受けることも。 併設の小学校では英語を正課としているため、中1では内部生と外部生は別クラスで授業を行い、1年間で進度を調整し、中2から一緒に学ぶ。 中3からフランス語の授業が加わり、高校では第一外国語として英語かフランス語を選択。 カリキュラムは全教科においてしっかりしているが、中でも外国語教育に力を入れている。 東京都千代田区六番町所在。 中学校100名、高校募集なし。 このように、ひとくちに進学校と言っても、3校の校風は見事にバラバラ。 そのため、進学実績の良さだけで学校を選んでしまうと、入ってから学校の雰囲気に馴染めないといったミスマッチが生じてしまうことも。 そうならないためには、まずは学校説明会やオープンキャンパス、文化祭などへ親子で足を運び、わが子がその学校の雰囲気に合うかどうか見極める必要があります。 いち早く2017年中学受験速報・分析が聞け、子どものやる気と学力を伸ばすための適切な親の関わり方を見直す、両先生渾身のオリジナル受験準備キット付き。 参加者の方から抽選で西村先生、小川先生の個別相談クーポンをプレゼント。 ぜひご参加ください。 必須の記入項目とはしておりませんが、できる限りご回答ください。

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